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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第34章 2016年度秋季団体戦2日目(2016年10月2日日曜)
206/487

205手目 ナイトクラブ

挿絵(By みてみん)

 ふいぃいいいいい……つかれた。

 盤と駒の数が合っているか、その確認をようやく終えた。

 三宅みやけ先輩に結果を報告する。

 先輩はチェックリストにメモをとった。

「……よし、おつかれさん」

「今日は打ち上げとかありますか?」

 私の質問に、三宅先輩は顔をあげた。

「したいか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……やる雰囲気かな、と」

 房総ぼうそう戦に勝って、チームはなんとなくお祭りムード。

 ただ、三宅先輩は浮かない顔をしていた。

山場やまばはいちおう来週だ」

 そうなのよねぇ。2位の房総に勝ったのは、たしかに大きい。

 それと、都ノみやこのの追い風になっていることが、もうひとつあった。

 2日目を終えた時点で、2位の房総と3位の修身しゅうしんが2敗しているのだ。

 どちらも都ノと赤学あかがくに負けている。

「聖ソフィアは1敗のままですか?」

「ああ、聖ソフィアは3日目が修身→房総→うち、だ」

 そっか……ライバル同士の潰し合いがかなりあるわけか。

 3日目の都ノは、東海道→赤学→聖ソフィア。さすがに3連敗はしないと思う。そう思いたい。修身、房総、聖ソフィアも潰し合いだし、負けたところから順次脱落の流れ。

 三宅先輩はチェスクロをかばんにしまいながら、

「というわけで、聖ソフィアは昇級がかなり厳しいと思う」

 とつけくわえた。

 その言い方に、私のセンサーがひっかかる。

「やっぱりいっしょに上がりたい……ですか?」

 三宅先輩は腕組みをした。じっと虚空こくうを見つめる。

 夕暮れどきの大教室は、赤く染まりかけていた。

「……部長としての立場ではノーだな」

「Cに残って欲しい、と?」

「いや、部長としては『都ノが昇級できれば他は関係ない』だ」

 そこはストイックなわけか。

 私が納得しかけたところで、三宅先輩は先を続けた。

「ただ、俺個人としては、聖ソフィアにはがんばってもらいたいな、と思う。おなじDを戦ったメンツだし……裏見うらみの場合は、火村ほむらとよく遊んでるのもあるよな」

 バレてたか。まあ、バレてあたりまえではある。

 大谷おおたにさん、ララさんたちも巻き込んで遊んでるし。

 それになあ、火村さん、今日はぜんぜん顔を見せなかった。へこんでるのかしら。

 Bに上がれなかったら将棋をやめる、とか言いださなきゃいいけど。

 そう思った瞬間、入り口に風切かざぎり先輩が顔をのぞかせた。

「おーい、会場の撤収、終わったぞ」

 風切先輩たちは、対局会場のテーブルをなおす手伝いをしていた。

 こういうのも学生がやらないといけないから、大変。

 まあ、高校のときの大会運営で慣れてるけどね。

 私たちは荷物を持って、電電でんでん理科りか大学まえの広場にあつまった。

 三宅先輩からあいさつが入る。

「おつかれさま。今日はほんとによくがんばってくれたと思う。赤山はまだ全勝だし、聖ソフィア、修身、房総の昇級の目がなくなったわけでもない。3日目もよろしく頼む」

 三宅先輩は風切先輩へ顔をむけた。

隼人はやとからなんかあるか?」

「俺か? いやべつに」

 三宅先輩はちょっと拍子抜けした顔。

 風切先輩は、

「なんかいい忘れてること、あったか?」

 と尋ねかえした。

「そういうわけじゃないんだが……主将からのエールというか……」

「エール?」

「ほら、来週にむかっての意気込みとか……ないか?」

 三宅先輩の説明に、風切先輩は苦笑した。

「悪い……やっぱ俺は主将にむいてないな」

「べつに非難してるわけじゃない。コメントがないなら、それはそれで……」

「なんというか、俺にとって将棋はやっぱり個人競技なんだよなぁ」

 そのセリフに、三宅先輩はシビアな表情を浮かべた。

 風切先輩は笑って続ける。

「いや、そんな深刻な顔しないでくれ。団体戦がキライってわけじゃないんだ。ただな、ペア将棋をしてるわけでもないし、けっきょく指してるのはひとりひとりだろ? ルールであとから勝敗を合算する、って言ってるだけだ。ああ指せ、こう指せっていうほど、俺は将棋を分かってないしな」

 なんとなくしんみりした雰囲気になる。

 三宅先輩は咳払いをして、

「……なかなかいいエールだったんじゃないか」

 と褒めた。風切先輩はまた笑う。

「そうか? 俺もまんざら捨てたもんじゃないな」

「おまえが主将でじっさいよかったよ……それじゃ解散。おつかれさん」


  ○

   。

    .


 30分後、私は松平まつだいら、ララさん、大谷おおたにさんの4人で、駅前の家電量販店にいた。

 松平のイヤホンが壊れたとかで、帰る方向もいっしょだし同伴。

「んー、どれがいいかな……」

 松平はさっきから15分くらい悩んでいた。

 どれもあんまり変わらないと思うのよねぇ。

 カタログスペックは違っても、人間の耳で聞き分けられるかというと疑問。

 松平が時間をかけるから、ララさんと大谷さんはうしろの試聴機で遊んでいた。

「ん〜このリズムいいねぇ、ひよこも聴く?」

「拙僧、激しい音楽はめまいがしてきます。お経は入っていないのですか?」

「オキョウ? 新しいアーティストの名前?」

「ひとつお聞かせいたしましょう。如是にょぜ我聞がもん一時いちじ仏在ぶつざい舎衛国しゃえこく祇樹きじゅきっ孤独園こどくおん与大よだいしゅうせん二百にひゃく五十人ごじゅうにん……」

「あ、なんかそのリズムいいねぇ。ネットで聴ける?」

 うしろはうしろで、よくわからないことになっている。

 私は松平の横にならんで、ザッと品ぞろえを確認した。

 LEDのついたまっしろな棚で、目がチカチカしてくる。

「……この『当店売れゆきNo1』じゃダメなの?」

裏見うらみ、そういうのを買うタイプなのか?」

「そういうわけじゃないけど……売り上げで1位なら、不良品をつかまされる可能性は減るでしょ。不具合とかは、すぐにネットで広まるし」

「たしかに、安心感はあるよな。ただ……」

「なかなかいいアドバイスだね」

 滑舌かつぜつのいい男の声が聞こえて、私たちはふりかえった。

 というのも、その声には聞き覚えがあったからだ。

 そして、その記憶はまちがっていなかった。

 前髪に赤いラインの入った、バンドマンみたいな少年が立っていた。

 松平はちょっと動揺して、

「あ、赤学のわき……?」

 と、いきなり呼び捨て。こらこら。

「こんばんは、都ノのひとたちだよね」

「……ああ」

「このまえは椅子を貸してくれてありがとう」

 松平は、あれは店の椅子だからとかなんとか、無難な返事をした。

 それから、

「脇は、どうしてここに?」

 と尋ねた。脇くんは商品棚のまえに立って、

「ここの3階がミュージックショップになってるから、立ち寄っただけ」

 と答え、さっきのイヤホンを見た。

「いい感じのブランドじゃないかな。値段も手頃だし」

「……」

「どうしたの? デザインが気に入らないとか?」

「……イヤホンを勧めるために声をかけてくれたのか?」

 脇くんはくすりと笑った。

「ごめんごめん、迷惑だったかな」

「いや、そういうわけじゃない……サンキュ」

 私たちはお会計を済ませて、退店。

 外はもう暗くなり始めていた。人通りのしつが変わり始める。

 サラリーマンは駅に消え、おしゃれをしたひとたちがたむろしていた。

 松平はパッケージを開けて、さっそく視聴した。

「……ん、いい感じだな」

 脇くんは、整った眉毛を浮かせて微笑ほほえむ。

「お気に召してなにより……ところで、都ノは今から打ち上げ?」

 松平はイヤホンをカバンにしまいながら、

「いや、俺の買い物につきあってもらっただけだ。そろそろ帰る」

 と答えた。

「せっかく都内へ出てきてるんだから、遊ばないともったいないと思うな」

「遊ぶって言ってもなぁ。場所も知らないし」

「あ、そうなんだ。じゃあ、僕が行きつけの店に行かない?」

 なんかあやしい勧誘。

 松平も不穏に感じたのか、行き先をたずねた。

「すぐ近くのクラブだよ」

「クラブ? ……ダンスして酒を飲むところか?」

「シンプルに言うと、そうだね」

 これを聞いたララさんは、大いに乗り気になって、

「ヤッホー! 大学生はそうでなくっちゃ!」

 と、その場で小躍りした。

 こらこら。お酒はダメ、と遠回しにことわっておく。

「べつに飲まなくてもいいんだよ。こども連れとかもいるし……どう?」

 私たちは顔をみあわせる。

 ララさん的には、行くことで決まってるっぽかった。

 彼女だけ置いて帰る、というのも冷たいので、全員参加を表明。

「それじゃ、こっちだよ」

 はたから見ると、なんだかポン引きされたみたい――ま、いっか。


  ○

   。

    .


 ペンキで白く塗ったコンクリートの壁。

 木製のテーブルと、天井からぶらさがった電飾。

 その明かりに照らされて、ファッショナブルなひとびとがたむろしている。

 グラスを片手に、立ったまま語り合う若者たち。

 テーブルについてぼんやりと音楽を聴いているおじさん。

 なにやら外国の言葉で話している3人の男女。

 奥の暗がりには、踊っているひとたちの姿がみえた。

 音楽はジャズっぽくて、思っていたようなクラブハウスとはちがっていた。

「狭いけど、そこのカウンターでいいかな?」

 脇くんに案内されるまま、私たちはカウンター席についた。

 正面には色とりどりのお酒がならんでいる。

 ララさんはこういうお店が初めてじゃないらしく、すぐにメニューをチェックした。

「ん〜カクテルにしよっかなぁ」

 ちょっとちょっと、私はララさんをとめる。

「ダメでしょ。お酒は20歳になってから」

「え? なんで? ララ、ブラジル人だし、ブラジルは18歳からオッケーだよ?」

 ん、そうなの? ……こういう場合って、どうなるのかしら?

 私たちの会話を聞いたバーテンダーさんは、

「ああ、お嬢ちゃん、悪いね、日本にいる以上は20歳からなんだよ」

 と教えてくれた。

 ララさんはチェッと軽く舌打ちをした。

「そっかぁ……じゃあ、ソフトドリンクのシークサワーで」

 私たちもメニューを見て、めいめい注文を決めた。

 場所代が入ってるのかなぁ、ちょっと高い気がする。

 私はグレープフルーツ、松平はコーラ、大谷さんはウーロン茶。

 脇くんだけは注文をしなかった。松平はこれに気づいて、

「注文しないのか?」

 と尋ねた。脇くんはスマホをいじりながら、

「僕のはいつも決まってるから」

 と返事をした。

 それはアレですか、「マスター、いつもの」ってやつですか。

 しばらくして、頼んでいない脇くんのまえにグラスが置かれた。

 バニラアイス入りのメロンソーダだった。

「じゃ、お先に……ん? どうしたの?」

 みんなの視線を受けて、脇くんはスプーンをとめた。

「もしかして、こどもっぽいもの食べてるから変に思った?」

 私たちはあわてて否定した――けど、ちょっとだけ思ったかも。

 メロンソーダって、お子様ランチとおなじような分類になっている。私のなかで。

 そのあと私たちのテーブルにも、次々とドリンクが運ばれてきた。

 まずはひとくち……ふむ、味はふつうね。

 あと、スナックのおつまみがついてきた。

「ララ、ちょっと踊って来よっかな」

 ララさんは椅子から飛び降りて、薄暗いダンスホールへ足を運んだ。

 リズムに合わせて軽快に体をうごかす。

 すぐにほかのひとたちに溶け込んで楽しみはじめた。

 松平はスナックをかじりながら、

「ララはいいよなぁ、こういうの慣れてそうだし」

 と言った。

 ま、いいかどうかは置いといて、人生楽しそうではある。

 それにしても、脇くん、ぜんぜん話しかけて来ないわね。私たちから情報収集するつもりなのかな、と思って、けっこう警戒してたんだけど。

 黙々とメロンソーダを楽しんでいる脇くん。

 そこへ、体格のいいヒゲの男性が、いきなり話しかけてきた。

「よぉ、ワッキー、今日は友だちづれか?」

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