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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第34章 2016年度秋季団体戦2日目(2016年10月2日日曜)
204/487

203手目 オーダーの責任

【先手:稲田弥(関八学院) 後手:裏見香子(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


「負けました」

「ありがとうございました」

 対局を終えた私は、しばらく感想戦をしてから席を立った。

 松平まつだいらのところも対局が終わっていたから、声をかける。

「おつかれ。どんな感じ?」

裏見うらみが勝ってたら4−2。ペース的には5−2っぽい」

 終わっていないのはララさんのところか。

 対局をのぞいてみると、ララさん勝勢だった。

「そういえば、裏見、三宅みやけ先輩が呼んでたぞ」

「私を?」

「ああ、ここの応援は俺たちでやっとくから、裏見は控え室にもどってくれ」

 了解。

 ほんとはララさんの応援をしたいけど、いったん控え室へもどる。

 都ノみやこのの席は、大教室の一番すみっこだった。

 会場の大学は一緒。でも今回は朝早く来て、他校に偵察されにくい場所をとってある。

 三宅先輩のほかに、風切かざぎり先輩と大谷おおたにさんも着席していた。

 私の存在に気づいた三宅先輩は、となりに席をすすめてくれた。

「どうだった?」

「勝ちました」

「よし、これでチーム勝ち確定だな」

「応援はしなくていいんですか?」

「すまん。3−2で裏見とララが勝勢だから、先にもどった。相談したいことがある」

 なんのことか、私にはすぐにはわからなかった。

 けど、テーブルのうえに広げられたオーダー表をみて、私は事情を察した。


挿絵(By みてみん)


「次はいよいよ房総ぼうそう戦ですね」

「昼休憩に話し合ってもよかったんだが、飲食店で相談していると、他の学校に聞かれるおそれがある。そのまえに大筋を決めておきたい」

 ここで大谷さんが割り込んだ。

「拙僧と裏見さんを呼び出した理由は、なんですか?」

 三宅先輩はペンをまわしながら、

「団体戦で陣頭指揮をとった経験者でかためた。この4人で決める」

 なるほど、主将経験者を集めたわけか。

 私も大谷さんも、高校のときに将棋部の主将をつとめている。

 ただ、大谷さんはこれに対して、

「船頭多くして船、山に登る、では?」

 と疑問を呈した。

 三宅先輩は、

「風切と俺で1時間相談したが決まらなかった、知恵を貸してくれ」

 と頼んだ。

 うーん、どうだろう、大谷さんが言ってることにも一理あるような。

 大谷さんもなんだかんだで折れない性格だから、

「この手の議論は、堂々めぐりするのが常です。先輩がたよりもよい案を、短時間で思いつけるとは思いません」

 と反論した。

 私も同意。「Aはどうだ?」「Aにはこういうデメリットがあって」みたいに、議論済みのことを説明しなおすハメになるパターンが多い。

 三宅先輩はペンまわしをやめて、頭をかいた。

「わかった、それもそうだ。じゃあ単刀直入に、裏見のコンディションを訊きたい。房総のトップと当たって勝てる自信は、どれくらいある?」

 ご、ご指名ですか。

 私は房総のオーダーを思い出す。

「えっと、一番強いのは……利根とねさん、でしたっけ?」

「そうだ。春の個人戦ベスト32に入ってる3年生だ」

 たしか、純粋居飛車党。

 県代表の経験はないけど、県内の大きな大会での優勝経験はアリ、だったかな。

 穂積ほづみお兄さんのつくってくれたデータに、目はとおしてある。

 三宅先輩は先を続けた。

「県代表になったことはないが県大会で優勝経験あり、キャリア的に裏見とおなじだ」

 そのとおり。

 私も県代表になれたことはないけど、県大会で優勝したことはある。

 つまり、棋歴では互角。

「……勝てなくはない、と思います」

「率直な申告として?」

「はい。棋譜もならべてみましたが、読みのレベルも似ていると感じました」

 三宅先輩と風切先輩は、ちらりと目を合わせた。

「どうする、風切? 裏見vs利根でいくか?」

「……」

 風切先輩はすぐには答えなかった。

 足を組み、しばらく考え込む。

「……三宅、大学からすこし離れた喫茶店で、最終調整をしよう。裏見、大谷、すまんがほかのメンバーには、昼食をとっておいてくれるように言ってくれ。オーダーは昼食休憩後に発表する。全責任は、俺と三宅で負う」


  ○

   。

    .


 はぁ〜、なんかプレッシャーかかる。

 注文したサンドイッチに、私は手をつけられなかった。

 これをみた穂積ほづみさんは、

香子きょうこ、さっきから食べてないけど、どうかしたの? お腹が痛いとか?」

 と訊いてきた。

 私はとりあえずコーヒーだけ飲んで、

「次の対局、けっこう大一番な気がする」

 と答えた。

 穂積さんはたまごサンドをほおばりながら、

「そういえば、次ってC級2位の房総なのよね。勝てるのかなぁ?」

 と言った。

 上3人を順番に出して戦えば、都ノが楽勝だと思う。

 房総のトップは私レベルだけど、都ノのトップは風切先輩だ。

 つまり、うちが風切・大谷・私、房総が利根+2人なら、3−0まである。

 けど、あそこまで三宅先輩がなやんでいるということは――4番手以降が微妙、なんだと思う。つまり、7人制だと3−4になる可能性があるのだろう。房総は風切先輩と大谷さんのところを捨てて、私に利根さんをぶつけ、さらにほかで3勝して4−3を狙ってくる公算が高かった。

 ララさんはグリーンスムージーを飲みながら、

「香子もひよこも、ララがかっこよく詰ませるところ、ちゃんと見てなかったでしょ〜」

 とグチった。

「ごめんなさい、あのときは三宅先輩に呼ばれてたから」

「ジョーダン。次、そんなにヤバいの? じゅん隼人はやとも隠れてミーティング中でしょ?」

 うーん、どこまでしゃべっていいんだろう。

 私がなやんでいると、大谷さんは澄まし顔で、

「そのあたりは三宅先輩と風切先輩に任せましょう。拙僧たちは全力を尽くすのみです」

 とまとめてくれた。

 そう、これはもうあのふたりに任せるしかない。

 すこしだけ気がラクになった私は、サーモンサンドイッチを口にはこんだ。


  ○

   。

    .


 控え室にもどったとき、あたりはだいぶ騒がしくなっていた。

 全9戦の折り返し地点ということで、各校ともに気合が入っているのだろう。

 三宅先輩と風切先輩は、先にもどっていた。

 私の顔をみて、三宅先輩はすぐに駆けより、小声でささやいた。

「裏見vs利根だ。あいてがトリッキーでないかぎり当たる」

 ……きましたか。

 私は力強くうなずいた。

「わかりました」

「オーダーの責任は俺と風切が持つ。いつもどおり指してくれ」

 私たちは対局会場へ移動した。

 どの列も先頭テーブルは、すごい人だかりだった。

 あいてのチームから、メガネにチェック柄のシャツの少年が出てくる。

「都ノのかたですね……もう交換しますか?」

 三宅先輩は「ああ」と答えた。

 ふたりとも席につく。

 房総の代表者からすぐに読み上げ始めた。

「房総、1番席、副将、飯野いいののぞむ

「都ノ、1番席、副将、穂積ほづみ八花やつか

「2番席、四将、上原うえはら喜平きへい

「2番席、三将、松平まつだいら剣之介けんのすけ

「3番席、五将、山田やまだたかし

「3番席、四将、星野ほしのかける

「4番席、七将、内山うちやま孝典たかのり

「4番席、五将、風切かざぎり隼人はやと

「5番席、十将、安田やすだ章仁あきひと

「5番席、七将、大谷おおたにひよこ

「6番席、十一将、利根とね大雄ひろやす

「6番席、八将、裏見うらみ香子きょうこ

「7番席、十二将、塚野つかのひろし

「7番席、九将、三宅みやけじゅん

 当たった。

 私たちはそれぞれ対局席に向かう。

 あいての利根さんは、テーブルについていた。

 天然のウェーブがかかった髪型で、黒ぶちのメガネをかけていた。

 服装は、ワンポイントの白い開襟シャツで、いたってシンプル。

「失礼します」

 私が座るあいだも、利根さんは黙って対局準備を続けた。

 チェスクロを確認し、駒を並べ終えていた。

 私は急いで自陣の駒をならべる。

「ああ、そんなにあわてなくていいよ」

 利根さんは静かにそう告げてから、腕組みをして、じっと目を閉じた。

 闘志が伝わってくる。房総も、この6番席を天王山とみている証拠だった。

 会場に幹事の声がひびく。

「1番席は振り駒をしてください」

 穂積さんがサッと振った。

「都ノ、偶数先ぐうすうせんッ!」

 先手だ。

 幹事は腕時計で時間をはかりはじめた。

「対局準備は、よろしいでしょうか? 13時30分から開始します」

 はりつめた静寂。

 せき払いの音だけが聞こえる。

「……それでは、はじめてください」

「よろしくお願いします」

 利根さんがチェスクロを押して、対局開始。

 私は7六歩と突いた。

 8四歩、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 利根さんは、この2六歩にかるく反応した。

「過去の棋譜から、振り飛車もあるかな、と思ったけど……受けて立つよ」

 8五歩、7七角、3四歩、8八銀、3二金、7八金、7七角成。

 角換わりになった。

 同銀、2二銀、4八銀、6二銀、2五歩。

「飛車先を詰めるのか。3三銀」

 利根さんはなにかあると思ったみたいだけど、ノータイムで銀をあがった。

 ここで時間を使わないあたりが手慣れている。

 4六歩、7四歩、4七銀、4二玉、3六歩、7三桂。

 

挿絵(By みてみん)


 このまま腰掛け銀の進行かな。

 とにかく利根さんの手が早い。これは準備している感があった。

 6八玉、6四歩、3七桂、6三銀、4八金、8一飛。

 ん……この段階で飛車引き?

 なくはないけど……なんかあやしい。

 利根さんはこの手を指してから、ペットボトルのキャップを開けた。

 ミネラルウォーターを飲んでいる。

 私は30秒ほど考えて、2九飛と合わせた。

 1四歩、1六歩、9四歩、9六歩、7二金、5六銀。

 利根さんは、キュッとビニール盤のうえで金をすべらせた。


挿絵(By みてみん)


 こ、このあやしげな動きはッ!?

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