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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第33章 2016年度秋季団体戦1日目(2016年9月25日日曜)
201/486

201手目 華麗なる挟み撃ち

 私の桂跳ねをみて、栗林くりばやしくんはけげんそうな顔をした。

「へぇ、意外と過激なんだな」

 そう言って、栗林くんは長考に入った。

 私も続きを読む。残り時間は、私が19分、栗林くんが20分。

 同歩は8八角成で私の勝ちだから、龍を逃げる一手だろう。先手から7七桂とぶつけても、私のほうは5七桂不成と飛び込めるからノープロブレム。

 問題は、龍をどこに逃げてくるか。一番可能性が高いのは8七だ。8七龍は5七の地点を横利きで守っている。すぐには5七不成とはできなくなる。だから、そこでさらに6六角と飛び出して、9九角成をみせる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 私の第一感は、この流れだ。

 6六角の次の手は、いろいろとありそう。5八金左、9九角成、9一角成とか。これが一番単純な攻め合いかな。5八金左については、7八の銀が浮かないように、6八金とする可能性もありそう。6八金、9九角成、7七桂、同桂成、同銀のとき、5八に金がいると8六歩と打たれて困る。それに、5八金左の場合は、9九角成以下のどこかで、7九飛と打ちおろすことも可能だ。

 ここで栗林くんが動いた。

「けっこうめんどくさいか……8七龍」

 本命がきた。

「6六角」

「んー、そうくるよな。6八金だ」


挿絵(By みてみん)


 そっちか……読んである手にはなった。

 ここで9九角成とするかどうか……なんだけど、よくよく考えてみると、先手には龍がある。このまま香車の取り合いに持ち込むのは、よくない気がしてきた。最終的に先手有利で収まる可能性が高い。例えば、9九角成、9一角成と取り合ったあと、私がなにか指したあとで6七歩と収めてしまえば、盤石になるような。

 私は方針を変更することに決めた――攻める手はないかしら。

 私が長考をはじめると、栗林くんは頃合いと思ったのか席を立った。

 すぐうしろで観戦していた部員に、なにやら飲み物の注文をした。

 栗林くん自身は、ほかの対局を観に行く。

 けっこう細かいのね……と、そんなこと考えてる場合じゃない。

 攻めるなら、パッと見、第一感で指したい手がある。8六歩だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 叩いて9九角成、というわけじゃない。それは先手の龍のアドバンテージが残る。

 8六同龍に5七桂不成と突っ込む順を考えていた。もちろん、これは両取りじゃない。4八金か5八金と立って逃げることができる。でも、そこで9九角成、9一角成、7九飛なら? ふつうなら6九金で飛車が死ぬけど、5七に桂馬がいる限りは死なない。先手はいったん5七金直と桂馬を払う必要がある。そのあいだに8九馬――あ、全然ダメか。同銀でまったく続かなくなる。さすがに香車と桂馬だけじゃ、先手玉は寄らな……ん?

 私は今の順に、ある手を付け加えてから読みなおした。

「これは成り立って……」

「失礼」

 栗林くんがもどって来た。

 私は前傾姿勢になっていたことに気づいた。

 背筋を伸ばし、サッと8六歩と叩いた。チェスクロを押す。

 栗林くんはその手をみて、

「ふぅん」

 と言い、それから腕組みをした。

「なにかありそうな手だな」

「……」

「ま、取るしかないか。同龍」

 私は1五歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 さすがの栗林くんも反応する。

「マジか……? アグレッシブ過ぎるだろ」

 いやいや、採算はあるから。

 ちょうどそのとき、控えの部員が、注文した飲み物を持ってきた。

 アルミ缶のブラックコーヒーだ。

 栗林くんはそれを受け取って、さっそくキャップを開けた。

 プシュと軽い音が立つ。

 栗林くんはちょっと迷っているようにみえた。つまり、即取りするかどうかだ。

 私と栗林くんの読みは、そんなに噛み合っていない。

 だったら、読む時間を節約するために即取りしてもおかしくはなかった。

 ただ、栗林くんはチームの対局を観に行っていた。見た目とちがって、けっこう繊細なところがあるんじゃないかと、私はそう予想していた。

 案の定、栗林くんはここで1分使った。

「……同歩」

 私は同香と走る。

「さすがにそれは謝らないぞッ! 同香ッ!」

 私は5七桂不成と飛び込んだ。

 5八金右、1七歩、1九歩。

「9九角成」


挿絵(By みてみん)


 栗林くんは、私の狙いにようやく気づいた。

「馬切りする気か……」

 正解。

 栗林くんはコーヒーを飲んで、しばらく考え込んだ。

「……9一角成」

 私は7九飛とおろす。

 栗林くんは5七金直と取った。

 ここからがさっきと違う。

 端を入れていなかったら、次の手がなくて後手終了。

 だけど、今回は端を絡めることができる。

 1八歩成、同歩、8九馬、同龍。

「1六桂」


挿絵(By みてみん)


 これだ。

 栗林くんもおそらく途中で察したのだろう。

 8九銀じゃなくて8九龍と取ったのは、その証拠だ。

「めんどくさくなったな……1七玉」

 そこしかないわよね。

 1九玉は7八飛成で即死する(次の2八銀で詰みだから王手龍取り)。

 私は8九飛成で飛車龍交換に応じる。

 以下、同銀、3九飛、5八飛、8九飛成。

 よし、銀をゲット。

 5九香、8五龍、5五香、1四歩。


挿絵(By みてみん)


 栗林くんは、ちょっとイヤそうな顔をした。

「チッ、マジでめんどいことになったな」

 1四同香、7六龍、6六歩、1五歩、1二香成。

 栗林くんは、端を反撃してきた。

 これは放置すると2二角で厄介かも。

 私はいったん3三銀と上がって、7七歩、8五龍ともどした。


挿絵(By みてみん)


 攻め駒を攻める。

 さすがに先手からも対応があった。

「4六金」

 ぐぅ、中央に3段ロケットが。

 とはいえ、すぐに突っ込まれる心配はない。5三香成、同銀、同飛成、同金、同香成の突撃は、2八銀、2六玉、2五飛、3六玉、3五歩、同金、同龍で詰む。後手は馬筋を活かせるかたちになっていない。

 もちろん、さすがにこのうっかりは期待していない。

 私は3二金で上部を厚くした。

 栗林くんも2六歩でふところを広げてきた。

 私は3九銀でプレッシャーをかける。

 2五歩、2八桂成、2六玉、4四香、4五桂。

 うーん、この打ち返しがあるなら、即取りしかないか。

 同香、同金、4四歩、4六金と押し返して、私は3八成桂と入った。


挿絵(By みてみん)


「さすがに切れてきたんじゃないか。同飛だ」

 そういう盤外戦術をしない。

 とは言ったものの、すぐに寄せる順はないっぽい。

 3九の銀も質に入ってしまった。

「……8八龍」

 これなら、どう? 3九飛には6八龍よ。しかも6八龍は詰めろ。1六金、3六玉に2七銀という簡単な詰みがある。先手の王様は狭い。

「1五玉」

 だぁ、端を開拓してきた。

 私は2四歩から追い返しにかかる。

 同歩、同銀、同玉、2三銀、1五玉、1二銀。

 成香を回収して、入玉を阻止した。

「2四桂」


挿絵(By みてみん)


 くぅ、金銀の位置。

 2三銀、2五歩、3三金で、栗林くんは拠点を作りなおした。

 C級上位のレギュラーだと、あっさり折れてくれない。

 ただ、困っているのは栗林くんも変わらないようだ。

 さっきからちょくちょく手が止まっている。

「……」

「……」

 勝負所になった気がする。

 先手も後手も一気に寄る可能性が出てきた。

 それに、時間もあまりない。

 ここまでの細かい応酬で、私がのこり5分、栗林くんが3分になっていた。

「……5三香成」

 栗林くんは攻めを選択した。

 同銀、同香成、同金、3二香(!)、同銀、1二桂成。


挿絵(By みてみん)


 そっち? あくまでも入玉狙い……ってわけじゃないか。2二の封鎖だ。

 私は1三香、2六玉、2二香と打って、攻防に利かせた。

「おっと、それは詰めろがかかるぜ。5一銀」

 さすがに百も承知。

 私は4三金左と受ける。

 7三馬、3三銀、2二成桂、同玉、2四香。

 これは……先手さすがに切れてるのでは?

 あんまり寄せられる恐怖心が湧かない。

 とはいえ、慎重に。

 2三歩、同香成、同玉、7四馬、6三桂、4一角。

「3二桂」

 私は持ち駒でがっちりと受けた。

 ここで栗林くんの手が止まった。

 

 ピッ


 栗林くん、秒読みへ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6五馬ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これは手がない宣言だ。

 再反撃ィ! 私も残り時間を使って読む。

 ちょうど秒読みに入ったところで、だいたいの目処めどがついた。

「2四香」 

 1七桂、2五香、同桂、2四香、3六玉、2五香、2六歩。

 どんどん盛り上がる。

 2四銀、5八飛、3五歩、2七玉、2六香、3八玉。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰んだわね。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「2八香成」


挿絵(By みてみん)


 ちょっと複雑だけど、詰んでる。

 以下、4九玉、4八香、5九玉に7九龍と入って、6九香、6七桂、同金、4九香成、同玉、6九龍、5九歩、4八香、同飛、同銀成、同玉、3八飛、5七玉、5九龍まで。最後、5七に王様が逃げても、飛車2枚で詰むところがポイントかな。

 栗林くんは、6七桂と打たれたところで、詰みに気づいた。

都ノみやこの、ここまで強かったのか……負けました」

「ありがとうございました」

 一礼して終了。

 栗林くんのコメントを待つ。

「最後、あっさり土俵を割っちまったな」

「途中はけっこう難しかったと思うわ」

「どのへんで悪くした?」

 私は対局をふりかえる。

「4一角に3二桂と受けたところで、栗林くんは6五馬ってしたでしょ」

「あぁ、あれは手がなかったんだよな。なにかあったか?」

「個人的にイヤなのは、4一角のまえに7八金かしら」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「冷静にはじかれると、龍の逃げ場所が意外とむずかしいのよね」

 龍が移動すると、先手は飛車の負担が軽くなる。受けもしやすい。

 とはいえ、これでもまだ後手がいいと思う。

 私はそう付け加えた。

 そのあと、私たちは中盤のまわりを検討して、席を立った。

 うしろで観戦していた風切かざぎり先輩と目が合う。

「あ、お疲れさまです……どうでしたか?」

「6−1で勝った」

 わお、大勝じゃないですか。端っこだから戦況が分かりにくかった。

 となりの大谷おおたにさんが早めに勝ったっぽいのは、なんとなく気づいてたけど。

 ところが、風切先輩の表情はちょっと浮かなかった。

「なにかトラブルでもありましたか?」

 まさか6勝1敗のうちの1敗が風切先輩、ってオチじゃないでしょうね。

 風切先輩はかるくタメ息をついた。

「いや、トラブルじゃないんだが……まあ、控え室に行けば分かる」

場所:2016年度 秋季団体戦1日目 1回戦

先手:栗林 光生

後手:裏見 香子

戦型:先手向かい飛車


▲7六歩 △8四歩 ▲1六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6六歩 △1四歩 ▲8八飛 △6二銀 ▲4八玉 △4二玉

▲3八玉 △3二銀 ▲2八玉 △3一玉 ▲3八銀 △7四歩

▲7八銀 △5二金右 ▲8六歩 △同 歩 ▲同 飛 △同 飛

▲同 角 △8二飛 ▲8七飛 △6四歩 ▲同 角 △8七飛成

▲同 銀 △7三桂 ▲7八銀 △8七歩 ▲8一飛 △8八歩成

▲同飛成 △6五桂 ▲8七龍 △6六角 ▲6八金 △8六歩

▲同 龍 △1五歩 ▲同 歩 △同 香 ▲同 香 △5七桂不成

▲5八金上 △1七歩 ▲1九歩 △9九角成 ▲9一角成 △7九飛

▲5七金直 △1八歩成 ▲同 歩 △8九馬 ▲同 龍 △1六桂

▲1七玉 △8九飛成 ▲同 銀 △3九飛 ▲5八飛 △8九飛成

▲5九香 △8五龍 ▲5五香 △1四歩 ▲同 香 △7六龍

▲6六歩 △1五歩 ▲1二香成 △3三銀 ▲7七歩 △8五龍

▲4六金 △3二金 ▲2六歩 △3九銀 ▲2五歩 △2八桂成

▲2六玉 △4四香 ▲4五桂 △同 香 ▲同 金 △4四歩

▲4六金 △3八成桂 ▲同 飛 △8八龍 ▲1五玉 △2四歩

▲同 歩 △同 銀 ▲同 玉 △2三銀 ▲1五玉 △1二銀

▲2四桂 △2三銀 ▲2五歩 △3三金 ▲5三香成 △同 銀

▲同香成 △同 金 ▲3二香 △同 銀 ▲1二桂成 △1三香

▲2六玉 △2二香 ▲5一銀 △4三金左 ▲7三馬 △3三銀

▲2二成桂 △同 玉 ▲2四香 △2三歩 ▲同香成 △同 玉

▲7四馬 △6三桂 ▲4一角 △3二桂 ▲6五馬 △2四香

▲1七桂 △2五香 ▲同 桂 △2四香 ▲3六玉 △2五香

▲2六歩 △2四銀 ▲5八飛 △3五歩 ▲2七玉 △2六香

▲3八玉 △2八香成 ▲4九玉 △4八香 ▲5九玉 △7九龍

▲6九香 △6七桂


まで152手で裏見の勝ち

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