193手目 疑心暗鬼
UFOキャッチャー、プリクラ、それに、さまざまなアーケードゲーム。
私たちの横では、子どもたちがレーシングマシーンをプレイしている。
あざやかなネオンと、騒々しい空間。
この光景に、風切先輩は目を白黒させた。
「な、なんだこれは……城のなかにゲーセン……?」
太宰くんがスマホをみながら答える。
「この熱海城、歴史的には実在してないらしいですよ。最近作ったみたいです」
なんですか、それは。
ようするに、お城型のアミューズメントパークってこと?
風切先輩は拍子抜けしたみたいで、たばねたうしろ髪の位置をなおした。
「天守閣に将棋盤があってそこで対決とかじゃないのか」
いやいや、風切先輩、なんでそんなマンガみたいな展開を希望してるんですか。
ともかく、私たちは聖生がどこで待っているのか、それがわからなかった。
風切先輩は、
「裏見たちは、聖生の生音声を聞いたんだよな? くわしい場所は知らないのか?」
とたずねてきた。
わたしたちは知らないと答えた。
風切先輩は腕組みをして、店内をみまわす。
「しかし……それらしいやつはいないんだよな……」
たしかに。
まず、休日を利用した親子連れ。
それから地元のヤンキーっぽいひとたち。
あとは学校が休みで遊んでいるこどもたちと、ヒマそうなカップルくらいかな。
むしろ、私たちのほうが浮いている気がする。
今日ここに集まったメンバーは、朝の打ち合わせで決まった。研修センターの朝食で、三宅先輩と風切先輩を中心に相談した。そして、昨日の夜に参加したメンバーから、大谷さんをはずすということで決着した。大谷さんをはずした理由は、これが聖生の分断作戦じゃないか、という不安だった。棋力が高いひとを熱海城に移動させて、じっさいには研修センターのほうにちょっかいをかけてくるおそれがあった。だから、棋力が高くてクイズも得意な大谷さんが残ることになった。
関東A校からは、速水先輩、土御門先輩、太宰くんの3人が派遣されてきた。氷室くんは昨日の運動でダウンしてしまったらしい。
私がちらちら見ていると、速水先輩が、
「どうしたの? さっきから私たちのことが気になるみたいね?」
とたずねてきた。
「あ、いえ……なんでもありません。ちょっと緊張してて」
「そう……私たちは聖生の話を聞いていないから、裏見さんたち、よろしくね」
私はあいまいな返事をする。これ、速水先輩と土御門先輩は聖生じゃない……ともいえないのよね。このまま聖生が現れなかったら、むしろ嫌疑が深まるような――
そのときだった。すこしはなれた場所にいる太宰くんが、私たちを呼んだ。
「これじゃないですか?」
私たちは一斉にその場へ集合した。
有名な将棋アプリ『将棋バトルウォーズ』のアーケード版がおいてあった。
穂積さんを勧誘するときに、松平が対戦したやつだ。
そこにはだれも座っていなかった。かわりに、一枚の張り紙があった。
故障中 のえる
私たちは騒然とする。
まちがいない。この台だ。聖生が正体をあらわすかどうか、私たちは半信半疑だった。でも、こうしてみれば納得。ゲーム通信で私たちとコンタクトをとるつもりなわけだ。将棋バトルウォーズは会員数も多いし、本名は表示されないから身バレもしない。
私たちはおたがいに目配せしあった。風切先輩がまえに出て、その張り紙をはがす。そして、お財布から将棋バトルウォーズの会員カードをとりだした。これがないとプレイできない。所定の部分にさしこむと、電源が入った。
将棋バトルウォーズ!の掛け声。華々しいBGMとともにOP画面が映る。有名なプロ棋士に似せたイラストが、次々ときりかわっていく。
風切先輩は、ほかのメンバーに視線を走らせた。
「で、だれが指す? 1年生の話だと、とくに指名はされてないんだよな?」
これには太宰くんが答えた。
「僕たちが1年生だとわかったから、聖生は対局を延期したんです。ってことは、2年生のだれかが指してくれることを希望したんだと思いますよ」
心臓に毛が生えたようなセリフだ。上級生に対してよく言えると思う。ようするに2年生が指せってことだし、さらに棋力で考えれば、風切先輩を暗に指名しているからだ。
風切先輩もそのことは察したらしく、
「だな……公人、もこっち、俺でいいか?」
と確認した。ふたりともそれでOKだと答えた。一見、当然ではある、風切先輩が負けるなら、この場にいるだれも勝てなかったというオチで済むからだ。でも、いろいろと問題があるような気はした。
私が言おうかどうか迷っていると、松平が代弁してくれた。
「あの……風切先輩が指すのに異論はないんですが……受ける必要があるんですか?」
そうだ、三宅先輩も、今朝は消極派だった。わざわざ出向く必要がないとか、これは罠かもしれないとか、いろいろ理屈をならべていた。最終的に行くことに決まったのは、風切先輩が最後まで折れなかったからだ。
私はそこに強い疑問を感じた。
風切先輩はしばらく黙ってから、
「聖生の正体をあばくチャンスだろ?」
と答えた。
これには松平が納得しなかった。
「将棋を指しても、聖生の正体はわかんないと思います」
「まあ、棋風とか……」
「棋風で個人の特定はムリじゃないですか?」
風切先輩は口ごもった。
私はその理由を悟った。
知り合いなら、棋風でわかるだろ――そう考えているんじゃないだろうか。
さすがの私も、これは口に出さない。知り合いの中にいる可能性は、昨日の夜に大谷さんと話し合ったばかりだ。松平もなにかを察したのか、それ以上は追及しなかった。だから、対局はこのまま始まるはずだった。
そこへ水をさしたのは、太宰くんだった。
「ああ、なるほど、風切先輩、もしかして大学将棋の関係者を疑ってます?」
沈黙。それに続いて、速水先輩の発言。
「太宰くん、あなたは憶測で口を挟みすぎよ。氷室教授にも失礼があったでしょ」
「マスコミ志望の身として、ここは引けませんね。先輩方、聖生の正体について、なにかアテがあるんじゃないですか? たとえば身内とか」
私と松平は、ひやひやしながらこの会話を聞いていた。
速水先輩は太宰くんを無視した。風切先輩に話しかける。
「松平くんの発言には一理あるわ。ソフト指しも考えらえるし、ここは引かない?」
まさかの対局放棄の要請。
風切先輩はさきほどとはちがい、なにかを決意したかのような表情だった。
「いや……これ以上ごまかすのはナシにしたい」
「ごまかす? ……太宰くんに同意するわけ?」
風切先輩はうなずいた。
「もこっちも気づいてるんだろ? いや、答えなくていいし、もこっちの性格からして答えないよな。太宰の言うとおりだ。聖生は俺たちが知っているだれか……だと思う」
「根拠は?」
「聖生に対して、俺たちの行動が筒抜けになりすぎてる。今回の合宿だって、俺たちは外部にほとんど公表していない。親しい仲間にしゃべったことはあるかもしれないが、内輪話みたいなもんだろ。聖生が部外者なら、どうやって情報を入手してる?」
速水先輩は答えなかった。
土御門先輩は扇子をパチリと鳴らして、あいだに割って入る。
「おぬし……わしらを疑っておるな?」
「悪いが、Yesだ……公人たちだって、俺を疑っていたんじゃないのか?」
え? 土御門先輩たちが? まさか……と思いきや、土御門先輩は否定しなかった。
「……容疑者のひとりとは考えておる」
土御門先輩の核心的な自白に、風切先輩もうなずいた。
「よし、これで決まりだな。おたがいの潔白を証明するためにも、ここで指す。仮にソフト指しでも、ここにいるメンバーは嫌疑からはずれる。それだけでも収穫だ」
風切先輩の決意に、私たちも首をたてにふった。
先輩は椅子にすわり、ボタンを押す。
すると、図ったように対戦予約がはいっていた。
「Noeru2008……か」
風切先輩は、対戦相手のIDを読みあげた。
手を組んで、かるく指をならす。
対局ボタンを押すと、過激なエフェクトとともに対戦がはじまった。
【先手:風切隼人 後手:Noeru2008】
よし、風切先輩が先手だ。
「聖生、お手並み拝見といくぜ」
5六歩、3四歩、7八飛(!)
いきなりの変則的な出だし。風切先輩、気負わずに。
4二玉、6八銀、3二玉、4八玉、6二銀、3八玉、8四歩。
居飛車vs振り飛車になった。
私のとなりで観戦していた松平は、ここまで指し手をみて、
「これ、聖生も有段者だな。5六歩〜7八飛のゆさぶりに動じてない」
とつぶやいた。
あ、そっか、変則的な出だしは、あえて後手の動きをみたのか。
ノータイムで舟囲いにむかったところをみると、聖生は有段者だ。
7六歩、8五歩、2二角成、同銀、8八飛。
風切先輩は向かい飛車へ移行した。
6四歩、2八玉、6三銀、3八銀、5二金右。
「……端を聞くか。1六歩」
聖生は1四歩とつきかえした。
風切先輩は口もとに手をあてて考え込む。
「……後手は速攻か?」
うーん、どうだろう。
向かい飛車相手にこのかたちで速攻って、むずかしい気もする。
風切先輩は5七銀とあがった。
3三銀、6八金、2二玉、7七桂、3二金、8九飛。
よくあるかたちになった。7八の弱点もない。
7四歩、2六歩、4二金右、2七銀。
パシリ
あ、穴熊ッ!?