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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第32章 夏合宿ゲーム(2016年8月27日土曜)
193/487

193手目 疑心暗鬼

 UFOキャッチャー、プリクラ、それに、さまざまなアーケードゲーム。

 私たちの横では、子どもたちがレーシングマシーンをプレイしている。

 あざやかなネオンと、騒々しい空間。

 この光景に、風切かざぎり先輩は目を白黒させた。

「な、なんだこれは……城のなかにゲーセン……?」

 太宰だざいくんがスマホをみながら答える。

「この熱海城あたみじょう、歴史的には実在してないらしいですよ。最近作ったみたいです」

 なんですか、それは。

 ようするに、お城型のアミューズメントパークってこと?

 風切先輩は拍子抜けしたみたいで、たばねたうしろ髪の位置をなおした。

「天守閣に将棋盤があってそこで対決とかじゃないのか」

 いやいや、風切先輩、なんでそんなマンガみたいな展開を希望してるんですか。

 ともかく、私たちは聖生のえるがどこで待っているのか、それがわからなかった。

 風切先輩は、

「裏見たちは、聖生のえるの生音声を聞いたんだよな? くわしい場所は知らないのか?」

 とたずねてきた。

 わたしたちは知らないと答えた。

 風切先輩は腕組みをして、店内をみまわす。

「しかし……それらしいやつはいないんだよな……」

 たしかに。

 まず、休日を利用した親子連れ。

 それから地元のヤンキーっぽいひとたち。

 あとは学校が休みで遊んでいるこどもたちと、ヒマそうなカップルくらいかな。

 むしろ、私たちのほうが浮いている気がする。

 今日ここに集まったメンバーは、朝の打ち合わせで決まった。研修センターの朝食で、三宅みやけ先輩と風切先輩を中心に相談した。そして、昨日の夜に参加したメンバーから、大谷おおたにさんをはずすということで決着した。大谷さんをはずした理由は、これが聖生の分断作戦じゃないか、という不安だった。棋力が高いひとを熱海城に移動させて、じっさいには研修センターのほうにちょっかいをかけてくるおそれがあった。だから、棋力が高くてクイズも得意な大谷さんが残ることになった。

 関東A校からは、速水はやみ先輩、土御門つちみかど先輩、太宰だざいくんの3人が派遣されてきた。氷室ひむろくんは昨日の運動でダウンしてしまったらしい。

 私がちらちら見ていると、速水先輩が、

「どうしたの? さっきから私たちのことが気になるみたいね?」

 とたずねてきた。

「あ、いえ……なんでもありません。ちょっと緊張してて」

「そう……私たちは聖生のえるの話を聞いていないから、裏見うらみさんたち、よろしくね」

 私はあいまいな返事をする。これ、速水先輩と土御門先輩は聖生のえるじゃない……ともいえないのよね。このまま聖生のえるが現れなかったら、むしろ嫌疑が深まるような――

 そのときだった。すこしはなれた場所にいる太宰くんが、私たちを呼んだ。

「これじゃないですか?」

 私たちは一斉にその場へ集合した。

 有名な将棋アプリ『将棋バトルウォーズ』のアーケード版がおいてあった。

 穂積ほづみさんを勧誘するときに、松平が対戦したやつだ。

 そこにはだれも座っていなかった。かわりに、一枚の張り紙があった。


 故障中 のえる

 

 私たちは騒然とする。

 まちがいない。この台だ。聖生が正体をあらわすかどうか、私たちは半信半疑だった。でも、こうしてみれば納得。ゲーム通信で私たちとコンタクトをとるつもりなわけだ。将棋バトルウォーズは会員数も多いし、本名は表示されないから身バレもしない。

 私たちはおたがいに目配せしあった。風切先輩がまえに出て、その張り紙をはがす。そして、お財布から将棋バトルウォーズの会員カードをとりだした。これがないとプレイできない。所定の部分にさしこむと、電源が入った。

 将棋バトルウォーズ!の掛け声。華々しいBGMとともにOP画面が映る。有名なプロ棋士に似せたイラストが、次々ときりかわっていく。

 風切先輩は、ほかのメンバーに視線を走らせた。

「で、だれが指す? 1年生の話だと、とくに指名はされてないんだよな?」

 これには太宰くんが答えた。

「僕たちが1年生だとわかったから、聖生のえるは対局を延期したんです。ってことは、2年生のだれかが指してくれることを希望したんだと思いますよ」

 心臓に毛が生えたようなセリフだ。上級生に対してよく言えると思う。ようするに2年生が指せってことだし、さらに棋力で考えれば、風切先輩を暗に指名しているからだ。

 風切先輩もそのことは察したらしく、

「だな……公人きみひと、もこっち、俺でいいか?」

 と確認した。ふたりともそれでOKだと答えた。一見、当然ではある、風切先輩が負けるなら、この場にいるだれも勝てなかったというオチで済むからだ。でも、いろいろと問題があるような気はした。

 私が言おうかどうか迷っていると、松平まつだいらが代弁してくれた。

「あの……風切先輩が指すのに異論はないんですが……受ける必要があるんですか?」

 そうだ、三宅先輩も、今朝は消極派だった。わざわざ出向く必要がないとか、これは罠かもしれないとか、いろいろ理屈をならべていた。最終的に行くことに決まったのは、風切先輩が最後まで折れなかったからだ。

 私はそこに強い疑問を感じた。

 風切先輩はしばらく黙ってから、

聖生のえるの正体をあばくチャンスだろ?」

 と答えた。

 これには松平が納得しなかった。

「将棋を指しても、聖生のえるの正体はわかんないと思います」

「まあ、棋風とか……」

「棋風で個人の特定はムリじゃないですか?」

 風切先輩は口ごもった。

 私はその理由を悟った。

 知り合いなら、棋風でわかるだろ――そう考えているんじゃないだろうか。

 さすがの私も、これは口に出さない。知り合いの中にいる可能性は、昨日の夜に大谷さんと話し合ったばかりだ。松平もなにかを察したのか、それ以上は追及しなかった。だから、対局はこのまま始まるはずだった。

 そこへ水をさしたのは、太宰くんだった。

「ああ、なるほど、風切先輩、もしかして大学将棋の関係者を疑ってます?」

 沈黙。それに続いて、速水先輩の発言。

「太宰くん、あなたは憶測で口を挟みすぎよ。氷室教授にも失礼があったでしょ」

「マスコミ志望の身として、ここは引けませんね。先輩方、聖生のえるの正体について、なにかアテがあるんじゃないですか? たとえば身内とか」

 私と松平は、ひやひやしながらこの会話を聞いていた。

 速水先輩は太宰くんを無視した。風切先輩に話しかける。

「松平くんの発言には一理あるわ。ソフト指しも考えらえるし、ここは引かない?」

 まさかの対局放棄の要請。

 風切先輩はさきほどとはちがい、なにかを決意したかのような表情だった。

「いや……これ以上ごまかすのはナシにしたい」

「ごまかす? ……太宰くんに同意するわけ?」

 風切先輩はうなずいた。

「もこっちも気づいてるんだろ? いや、答えなくていいし、もこっちの性格からして答えないよな。太宰の言うとおりだ。聖生のえるは俺たちが知っているだれか……だと思う」

「根拠は?」

聖生のえるに対して、俺たちの行動が筒抜けになりすぎてる。今回の合宿だって、俺たちは外部にほとんど公表していない。親しい仲間にしゃべったことはあるかもしれないが、内輪話みたいなもんだろ。聖生のえるが部外者なら、どうやって情報を入手してる?」

 速水先輩は答えなかった。

 土御門先輩は扇子せんすをパチリと鳴らして、あいだに割って入る。

「おぬし……わしらを疑っておるな?」

「悪いが、Yesだ……公人たちだって、俺を疑っていたんじゃないのか?」

 え? 土御門先輩たちが? まさか……と思いきや、土御門先輩は否定しなかった。

「……容疑者のひとりとは考えておる」

 土御門先輩の核心的な自白に、風切先輩もうなずいた。

「よし、これで決まりだな。おたがいの潔白を証明するためにも、ここで指す。仮にソフト指しでも、ここにいるメンバーは嫌疑からはずれる。それだけでも収穫だ」

 風切先輩の決意に、私たちも首をたてにふった。

 先輩は椅子にすわり、ボタンを押す。

 すると、図ったように対戦予約がはいっていた。

「Noeru2008……か」

 風切先輩は、対戦相手のIDを読みあげた。

 手を組んで、かるく指をならす。

 対局ボタンを押すと、過激なエフェクトとともに対戦がはじまった。

 

【先手:風切隼人 後手:Noeru2008】

挿絵(By みてみん)


 よし、風切先輩が先手だ。

聖生のえる、お手並み拝見といくぜ」

 5六歩、3四歩、7八飛(!)

 いきなりの変則的な出だし。風切先輩、気負わずに。

 4二玉、6八銀、3二玉、4八玉、6二銀、3八玉、8四歩。


挿絵(By みてみん)


 居飛車vs振り飛車になった。

 私のとなりで観戦していた松平は、ここまで指し手をみて、

「これ、聖生のえるも有段者だな。5六歩〜7八飛のゆさぶりに動じてない」

 とつぶやいた。

 あ、そっか、変則的な出だしは、あえて後手の動きをみたのか。

 ノータイムで舟囲いにむかったところをみると、聖生のえるは有段者だ。

 7六歩、8五歩、2二角成、同銀、8八飛。

 風切先輩は向かい飛車へ移行した。

 6四歩、2八玉、6三銀、3八銀、5二金右。

「……端を聞くか。1六歩」

 聖生のえるは1四歩とつきかえした。


挿絵(By みてみん)


 風切先輩は口もとに手をあてて考え込む。

「……後手は速攻か?」

 うーん、どうだろう。

 向かい飛車相手にこのかたちで速攻って、むずかしい気もする。

 風切先輩は5七銀とあがった。

 3三銀、6八金、2二玉、7七桂、3二金、8九飛。

 よくあるかたちになった。7八の弱点もない。

 7四歩、2六歩、4二金右、2七銀。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、穴熊ッ!?

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