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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第32章 夏合宿ゲーム(2016年8月27日土曜)
192/487

192手目 敵は身内に

 私たちが起雲閣きうんかくに到着したとき、制限時間ぎりぎりなっていた。

 予想よりもビーチからの距離があったのだ。

 しかも途中がずっと坂道で、そうとうキツい。何人か脱落していた。

 私もさすがに息があがっている。すぐうしろにつけていた大谷おおたにさんに、

「ハァ……ハァ……な、何人のこってる?」

 とたずねた。

「せ、拙僧がみるかぎり、よ、4人かと……」

 うっそッ!? 私はあわてて確認した。

 到着しているのは、私と大谷さんと松平まつだいらと……あ、太宰だざいくんが来た。

 え? ほかは脱落?

 出発する時点で風切かざぎり先輩はすごくキツそうだったし、氷室ひむろくんはもともと体が弱いのかもしれない。速水先輩は女性だからしょうがないとして、土御門つちみかど先輩……あの衣装かぁ。めちゃくちゃ走りにくそうだった。

裏見うらみさん、ひとまず次のクイズをさがすのが先決です」

 そうだ。べつに全員そろっている必要はない。あとで合流という手もある。

 私たちは大慌てで現場をさがした。起雲閣という名前だから、お寺かなにかと勘違いしていた。じっさいには、とても広い邸宅だった。観光地らしく、門はすでに閉ざされていた。周囲には塀がめぐらされていて、そこから大きな木々が何本もみえた。

 松平はきょろきょろしながら、

「これ、中にクイズがあったらどうしようもなくないか?」

 と口走った。

 た、たしかに。私たち、さすがに住居侵入するつもりはないわよ。

 もしかして聖生のえるの目的は、私たちに犯罪をおかさせること?

 だとしたら乗らないほうが――

「ありましたッ!」

 大声を出したのは、太宰くんだった。

 太宰くんは、近くのバス停の時刻表をゆびさした。

「この光ってるやつだと思います」

 私たちは急いでかけよった。

 コンサートで使うペンライトが、ボイスレコーダといっしょにくくりつけられていた。

 そして、それを確認した瞬間、ザーッと雑音がした。

《はーい、みんな、ここが文豪ぶんごうたちのいこいの場、起雲閣だよ》

 セーフ、今回はかなりあぶなかった。

 次に遠距離移動することになったら、ちょっとムリかもしれない。

 とりあえず、私たちは耳を澄ませた。

《それでは次のクイズ……と行きたいところだけど、今回はクイズじゃないんだ》

 クイズじゃない? 新手のチャレンジ?

 私が身構えていると、太宰くんが、

「あれ……もしかして録音じゃない?」

 とつぶやいた。すると、ボイスレコーダだと思っていた機械がしゃべった。

《あ、やっと気づいた? これはね、生放送だよ》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………えええええッ!?

 私はあやうく大声を出しかけた。

 松平は「シーッ」とくちびるにひとさしゆびをあてて、全員をだまらせた。

 いけない。これ、私たちの声が録音されてるかも。怖いから沈黙する。

《どうしたのかな? 僕のことが怖くて黙っちゃった?》

「……」

「……」

「……」

「……」

 だれも答えない。

 聖生のえるは笑った。

《アハハ、ちょっとくらい反応して欲しかったかな。でないと次のゲームは成立しないんだ……僕と将棋を指してもらおうか》

 唐突な提案。

 私たちはすこしばかりパニック状態だった。

 ひとつは、聖生のえると直接対話しているという緊張感。

 もうひとつは、この事態にどう対処していいのか、そもそもわからなかった。

 先輩が全員脱落してしまったのが痛い。

 1年生だけで判断するとか危険すぎる。

《もしもーし? ……みんなここでギブアップする?》

「……」

「……」

「……」

「……」

《んー……もしかして、1年生しかいないのかな?》

 気づかれた。勘がいい。

 とはいえ、いまだにどう反応していいのか、まったくわからなかった。

《じゃあ、そこに2年生がいないなら、バス停の柱を2回叩いてくれる?》

 太宰くんが動いた。

 松平は視線で「いいのか?」みたいなメッセージを送っていた。

 でも、太宰くんはこれを無視して2回叩いた。

 

 カン カン

 

《ふーん、そっか……じゃあ、今日はここまでにしようか》

 あまりにもあっけない幕切れで、私たちは混乱しかけた。

 もしかして飽きた?

 ところが、つづく聖生のえるの言葉は、さらに斜めうえを行っていた。

《明日の午前10時、熱海城あたみじょうのゲームセンターで対局しよう》

 はい? 私はまた喫驚をあげかけた。

 あやうく話しかけかける前に、通信機のほうがオフになった。

 なにも聞こえなくなる。

 松平は通信機の電源をオフにして、盗聴を防止した。そして、こう言った。

「今の、なんだったんだ?」

 わからない。

 なにかはたじょうのような雰囲気だったけど、意味がわからない。

 4人とも押し黙っていると、うしろから声が聞こえた。

「おーい、ど、どうなっとるッ!?」

 土御門先輩が息を切らして坂をのぼってきた。

 さらにその数十メートルうしろに、速水先輩がみえた。

 先輩たちと合流した私たちは、さっそく事情を説明した。

 速水先輩はけげんそうな顔をして、

「果し状? 聖生のえるから?」

 と、まったく信じていないようすだった。

 それはそうだ。私だって、遅れて到着してそんな説明を受けたら、ほんとうかどうか判断に迷うと思う。とはいえ、1年生4人の証言が一致していたから、速水先輩も最後は信じてくれた。

 土御門先輩はバス停のベンチに腰をおろす。

「フゥ……しかし、将棋を指してどうする気じゃ?」

 それはだれにもわからない。

 それに、私からも確認したいことがひとつあった。

「風切先輩と氷室くんは、どこに?」

 土御門先輩は扇子せんすであおぎながら、

「とちゅうでどんどん差がついて、みんなはぐれてしもうた」

 と答えた。速水先輩に訊いてみても、

公人きみひとの言うとおりだわ。途中でみえなくなったし、私も公人に追いついたのが、坂の最後のほうだったから。それまではずっとひとりで走ってたの」

 という回答だった。

 私はかるくうなずく。

「そうですか……わかりました」

 その後、私たちは風切先輩たちにスマホで連絡を入れた。すると、坂の真ん中で休憩しているという返信があった。氷室くんはだいぶキツそうだったから、途中のコンビニに預けて来たこともわかった。とりあえず、宿泊施設へもどることになった。風切先輩は、別のバス停のベンチでバテていた。さらに坂をくだると、コンビニの飲食コーナーで寝ている氷室くんも発見した。

 大学の研修センターでは、三宅みやけ先輩たちが心配そうな面持ちで出迎えてくれた。私たちは管理人さんに話を聞かれないよう、レクリエーションルームへ移動した。部屋は私たちが出かけたときとおなじで、三宅先輩たちは将棋をしながら待っていたようだ。

 風切先輩は三宅先輩に、留守のあいだ変わったことはなかったかとたずねた。

「あの音声の出所でどころを、重信しげのぶが突き止めてくれた」

 それは大きい。私たちは穂積ほづみお兄さんにトリックをたずねた。

「ここのWiFiに偽装したフリーWiFiが見つかったよ」

 穂積お兄さんの説明によると、この研修センターのフリーWiFiとよく似た名前のフリーWiFiが飛んでいて、そちらはだれかがこっそり飛ばしているとのことだった。繋ぐとスマホを乗っ取られて音声を流された、ということらしい。しかもその被害者は――

「ふえーん、お兄ちゃん、このスマホ怖くて使えないよ。新しいiPhone買って」

 穂積さんはお兄さんに泣きついた。

 ウソ泣きくさいなぁ。まあ、被害者だからつっこまないでおく。

 三宅先輩は、風切先輩と打ち合わせに入った。

「どうする、風切? 聖生のえるの挑戦を受けるのか?」

 風切先輩は決めかねているようだった。

「どうすればいいのか、イマイチ……ただ、受けるなら俺だ」

 この返答に、三宅先輩は眉をひそめた。

「風切が指名されたのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……確実に勝てるメンツのほうがいいだろ」

 風切先輩の弁明は、どこかよそよそしかった。

 その理由を、私はうすうす察していた。けど、黙っておく。

 けっきょく、その場では決まらず、明朝みょうちょう話し合うことになった。私と大谷さんは自室にもどり、シャワーを浴びて潮風しおかぜのあとを流す。それから寝間着に着替えて、すぐに布団へ入った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「裏見さん、眠れませんか?」

 暗闇のなかで、大谷さんの声が聞こえた。

 私は「うん」と返事をした。

「すこし電気をつけてもよろしいですか?」

 私は代わりにつけてあげた。

 ルームライトがうっすらと室内を照らす。

 大谷さんと私は布団から出て、ベッドのうえに座った。

 大谷さんの寝間着は、室内にあった浴衣ゆかただ。私は家から持ってきた黄色いパジャマ。

「裏見さん、相談いたしたいことがあります」

 私もだ。大谷さんは、私にも相談があることを察しているようだった。

「拙僧から申し上げたいところですけれども、裏見さんのほうが拙僧よりも、場の状況がよくみえているように感じられました。拙僧にまだお話でないことがありますね?」

 見破られていたか。

 私は謝ったうえで、「プライバシーに関わるから話せない」と正直に答えた。

 大谷さんは表情を変えずに受け入れてくれた。

「では次に、拙僧の勘をお話しさせていただきます……聖生のえるは学生将棋界のだれか、という可能性があります」

 私もうなずいた。

 そう……その可能性は高い。

「私も、ちょっとそんな気がしてる……大谷さんは、いつ頃そう感じた?」

「今日初めてそう感じました。特に、最後の起雲閣で」

「私も、聖生が学生将棋界のだれかなんじゃないかって思ったのは、今日なの。これは嘘じゃないわ。私が知ってる……その、さっき言ったプライバシーに関わる情報だと、むしろ学生じゃないっぽかったし……でも、今日の風切先輩の反応があやしかったの」

「反応とは?」

金色夜叉こんじきやしゃの銅像のところで、風切先輩は土御門先輩にバッタリ会ったでしょ。あのときに『おまえが聖生のえるだったのか』って叫んだじゃない。あの驚き方、すこし変だと思う。いくら聖生のえるが指定した場所で出会ったからって、土御門先輩を聖生のえるだと即断する?」

「前々からあやしんでいなければ、そのような発言はしない、と?」

 私はこくりとうなずいた。

「裏見さんは、土御門先輩が聖生のえるだと思いますか?」

 思っていないと、はっきり答えた。

 まず、性格が違いすぎる。次に、動機に見当がつかなかった。

「大谷さんも、さすがに土御門先輩が聖生だとは思ってないんでしょ?」

「……なんとも申し上げられません」

 そっか……大谷さんは、可能性があるとみてるのか。

 大谷さんは続けた。

「ただ、ひとつだけ申し上げたいことがあります。風切先輩の憶測はともかく、今日のできごとで聖生のえるが……この熱海にいる将棋指しのだれかである気がしています」

「どうして? そこまで限定できる要素あった?」

「思い出してください。起雲閣前のバス停で、聖生は『そこに2年生がいないなら、バス停の柱を2回叩いてくれる?』と言いました。なぜ2年生に限定しているのですか?」

 ……ああッ!

「そっか……あの8人が1・2年生混成チームだって知ってるのは……」

「さようです。今、熱海にいるメンバーだけ……さらに合理的に推論すると、あの8人のうち、起雲閣へ到着できなかった4人のうちのだれか、ということになります」

「でも、あの4人は……」

「走っていたと言っていますが、お互いに確認がとれていません」

 そうだ、大谷さんの言うとおりだ。

 私は頭が痛くなってきた。

「大丈夫ですか?」

「ちょっと混乱しちゃって……」

「あれだけ運動したあとです。起こしてしまい、失礼しました。もう寝るとしましょう」

 私たちは横になって電気を消した。

 暗がりのなかで、私の思考は続く。

 

 土御門つちみかど公人きみひと

 速水はやみ萌子もえこ

 氷室ひむろ京介きょうすけ

 

 この3人のなかに、聖生がいるの?

 それとも――風切先輩の自作自演?

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