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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第32章 夏合宿ゲーム(2016年8月27日土曜)
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191手目 学際的解決法

 ボイスレコーダは、そこで切れた。

 私たちは騒然とする。

 数字の羅列だったわよね。いかにも暗号クイズっぽくて、聖生のえる好みだと感じた。

 今回はさすがに大谷おおたにさんの即答はなかった。

 最初に声を発したのは、土御門つちみかど先輩だった。

「ふぅむ……こんどは数学クイズかのぉ……風切かざぎり氷室ひむろ、どうじゃ?」

 丸投げはNG。

 とはいえ、ここはこのふたりに任せたほうがよさそう。

 風切先輩もじぶんの担当パターンだと思っているらしく、マジメに考えていた。

「380、450、495、570、590、620、750……数列だと思うんだが、該当する有名な式が思い当たらないんだよな……」

 なるほど、数列の可能性もあるのか。

 ただ、等差数列でも等比数列でもない。

 何らかの簡単な式で表すのは、すごく難しいように思えた。

 シグマを使った複雑な式になりそう。

 風切先輩は、うしろでたばねたじぶんの髪をなでながら、

「氷室、なんかアイデアあるか?」

 と尋ねた。

 氷室くんも、いつものノリではなく真剣な表情。

「そうですね……数列じゃなくて、暗号じゃないかと思うんですけど……」

 氷室くん、いい勘している。

 私もそっちのほうが可能性は高いと読んでいた。理由はふたつある。

 ひとつは、さっきも言ったように、聖生のえるは暗号クイズを出した過去があること。

 もうひとつは、数列の式が判明しても、答えになっていなさそうなこと。答えは、次の目的地を指し示すものでないといけない。つまり、日本語に変換できるはずなのだ。

 だから、風切先輩の数列説よりも、氷室くんの暗号説のほうがもっともらしかった。

 だけど、氷室くんもなんの暗号かはわからないみたいだった。

 数学組が詰んだので、土御門先輩は扇子せんすをパタパタさせながら、

「よし、それでは陰陽師おんみょうじの知恵とやらを貸してしんぜよう」

 と言った。

 これには風切先輩もあきれる。

「陰陽師パワーで数学が解けるわけないだろ」

「ふふふ、まあ聞くがよい。このクイズは30分の時間制限であろう」

「そうだな。さっきそう言ってた」

「そして、その30分以内に、わしらは答えを見つけて次の目的地へ行かねばならん」

「だからどうし……ん?」

 風切先輩もハッとなった。

「そうかッ! 解く時間も合わせると、この付近でないと移動できないぞッ!」

「そういうことじゃ。つまり、目的地はここから徒歩圏内にある」

 土御門先輩、やりますねぇ。

 陰陽師は関係なかったけど。

 みんなで手分けして、地図アプリで周囲を検索した。

 私は付近のマップを拡大しつつ、

「それっぽい名所はたくさんあります」

 と答えた。

 松平もうなずく。

「熱海サンビーチ、恋人の聖地、親水公園しんすいこうえん、レインボーデッキ……徒歩ですぐに行けそうなのは、このあたりです」

 速水はやみ先輩が口をはさむ。

「数字が7つあるから、7文字の場所なんじゃない?」

 これには説得力があった。

 けど、7文字の名所は今のところ見当たらなかった。

 私たちははたと困った。7文字の名所がないかどうか確認する。

 私は文字数を逐一数えて、1箇所だけ7文字の名所をみつけた。

「……熱海温泉は7文字ですね」

 熱海温泉まで行くか、という流れになりかけた。

 でも、速水先輩が待ったをかけた。

「7文字かもって言い出したのは私だけど、それだけで決め打ちするのはよくないわ。残り時間からして、1箇所しか回れないもの」

 スマホの時計を確認する。のこり25分。

 どこかへ行ってまた移動するというのはできなさそうだ。

 私たちは、きちんと暗号を解くことにした。

 3分ほど経過したところで、松平まつだいらは、

「7……ん、7? ……そっかッ! 分かりましたッ!」

 と叫んだ。

 私はびっくりして、

「ほんと?」

 と尋ね返す。

「これは文字に対応する暗号じゃないです。光のスペクトルです」

 風切先輩も、なんとなく察しがついたらしい。

「もしかして波長か?」

「そうです。380から750までが可視光線ですから、合ってるはずです」

 松平は念のため、ネットで確認をした。

 

 380ー450nm 紫

 450ー495nm 青

 495ー570nm 緑

 570ー590nm 黄

 590ー620nm 橙

 620ー750nm 赤

 

 ぴったりだッ!

「松平、やるじゃない」

 うりうり、褒めておく。

 つまり、目的地はレインボーデッキだ。

 私たちは大急ぎで移動することにした。お宮の松から離れて、海岸沿いに走る。

 綺麗な歩道が続いていて、どうやら観光客の遊歩道になっているようだった。

 観光案内所の建物を通り過ぎて、私たちははたと立ち止まった。

 イベントステージがならぶ広場――レインボーデッキは予想以上に広かった。

 私の真後ろにつけていた大谷さんも、足をとめた。

「ここは……イベント会場のようですね」

 そうみたい。昼間にコンサートなんかをしているのだろう。

 しかし、これは参った……っていうか、後続が遅すぎるッ!

 1分ほど待って、ようやく松平が到着した。

 松平はひざに手をついて、

「ハァ……ハァ……速すぎるぞ……」

 と肩で息をする。

 鍛え方が甘い。

 って、こんなことしてる場合じゃないッ!

 私たちは到着したひとから手分けして、次のクイズを探す。

 だけど全然見つからなかった。残り3分になる。

 私といっしょに捜していた大谷さんは、

聖生のえるの性格からして、なにか明確なヒントがあるはずです」

 と言った。

 ヒント……ヒントあるかなぁ……。

 焦燥感だけがつのる。

 もうデタラメにすみっこから調べるしかないかな、と思った瞬間、

「あれじゃない?」

 と速水先輩の声が聞こえた。

 速水先輩は、海に面したフェンスの一角いっかくをゆびさした。

 そこには、7色に光る電飾が巻かれていた。電飾があるのはそこだけだった。

 おかしい。あんなピンポイントで設置しないはずだ。

 私たちはあわてて駆け寄った。

《さーて、みんな、答えの前にいるかな? 今回はちょっと難しかったよねぇ》

 セーフ!

 ボイスレコーダは、電飾のすぐそばに、針金でフェンスにくくりつけられていた。

 私たちが喜んだのもつかのま、次のクイズが出された。

《第3問、30分で解いてね》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………問題は?

 私たちはじっとボイスレコーダを見守る。

 なにも聞こえてこない。

 風切先輩は音量をあげてみたり、再生ボタンを押し直したりしてみた。

 だけど、さっきとおなじフレーズが流れるだけで、それ以上のメッセージはなかった。

 風切先輩は目を白黒させる。

「どういうことだ?」

 これには太宰だざいくんがアドバイスした。

「それ自体がクイズなのでは?」

 なるほど、と、風切先輩はうなずいた。

「となると……電飾があやしいか」

 同意。だんだん慣れてきた。

 私たちは電飾を観察した――ん? なんかパターンがありそう?

 速水先輩も気づいた。

「点滅にヒントがありそうね」

 そうだ。よくみると、点滅している色と、していない色がある。

 点滅しているのは赤と青だけだ。それ以外はつきっぱなし。

 これまた暗号問題っぽい。

 土御門先輩は扇子をパチパチやりながら、

「ふぅむ、これは理系組に任せるか。文字数なども見当がつかん」

 と諦めぎみ。こらこら、陰陽師、がんばれ。

 土御門先輩は、ほんとうに考える気がないらしく、

香子きょうこちゃんはやけに足が速かったのぉ。なにかスポーツでもしておるのか?」

 と尋ねてきた。

「中学まで陸上部だったんです。今でもたまに走ってます」

「ふむふむ、このカモシカのような足は、そのおかげ……ぐほぉッ!?」

 セクハラおやじは死ね。

 ハイキックで撃沈する。

「拙僧と宗派は異なれど、土御門つちみかど公人きみひと、惜しいかたを亡くしました。南無三」

 大谷さんは手を合わせた。

 一方、マジメに考えていたグループのなかで、パチリと指が鳴った。

 風切先輩だった。

「わかったぞ。モールス信号だ。赤よりも青のほうが点滅が遅い」

 私たちは電飾をもういちど観察した。

 赤はチカチカ光っているけど、青はスーッと時間をかけて消える感じだった。

 しかも、赤が消えるときは青がついていて、青が消えるときは赤がついていた。

 なるほど、長短の組み合わせだから、モールス信号なわけか。

 ただ、風切先輩も氷室くんも、モールス信号自体を覚えているわけではなかった。

 太宰くんはメモをとりはじめる。

「長、短、長、短、短、短、短、長……」

「KIUNKAKUHEIKE、ね」

 速水先輩、早すぎィ!

 太宰くんがメモを取り終わるまえに、速水先輩が解いてしまった。

 風切先輩もびっくりして、

「もこっち、モールス信号を読めるのか?」

 と尋ねた。

 速水先輩は腕組みをしてほくそ笑む。

「モールス信号は公安こうあんのたしなみ」

 怖い。

 それにしてもこのメンバー、いろんな面でけっこう強いのでは。

 とりあえず、解読した文章の意味を考える。

 これは太宰くんが解いてくれた。

起雲閣きうんかくへ行け、ですね。起雲閣はこの近くにある有形文化財です」

 時計を確認すると、まだ15分もあった。

 とはいえ、地図アプリで出てきた場所は、走らないと間に合わない。

 地面にノックアウトされていた土御門先輩が、がばりと起き上がる。

「また走るのか?」

 えーい、文化部、体を鍛えなさいッ!

 ダーッシュ!

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