191手目 学際的解決法
ボイスレコーダは、そこで切れた。
私たちは騒然とする。
数字の羅列だったわよね。いかにも暗号クイズっぽくて、聖生好みだと感じた。
今回はさすがに大谷さんの即答はなかった。
最初に声を発したのは、土御門先輩だった。
「ふぅむ……こんどは数学クイズかのぉ……風切、氷室、どうじゃ?」
丸投げはNG。
とはいえ、ここはこのふたりに任せたほうがよさそう。
風切先輩もじぶんの担当パターンだと思っているらしく、マジメに考えていた。
「380、450、495、570、590、620、750……数列だと思うんだが、該当する有名な式が思い当たらないんだよな……」
なるほど、数列の可能性もあるのか。
ただ、等差数列でも等比数列でもない。
何らかの簡単な式で表すのは、すごく難しいように思えた。
シグマを使った複雑な式になりそう。
風切先輩は、うしろで束ねたじぶんの髪をなでながら、
「氷室、なんかアイデアあるか?」
と尋ねた。
氷室くんも、いつものノリではなく真剣な表情。
「そうですね……数列じゃなくて、暗号じゃないかと思うんですけど……」
氷室くん、いい勘している。
私もそっちのほうが可能性は高いと読んでいた。理由はふたつある。
ひとつは、さっきも言ったように、聖生は暗号クイズを出した過去があること。
もうひとつは、数列の式が判明しても、答えになっていなさそうなこと。答えは、次の目的地を指し示すものでないといけない。つまり、日本語に変換できるはずなのだ。
だから、風切先輩の数列説よりも、氷室くんの暗号説のほうがもっともらしかった。
だけど、氷室くんもなんの暗号かはわからないみたいだった。
数学組が詰んだので、土御門先輩は扇子をパタパタさせながら、
「よし、それでは陰陽師の知恵とやらを貸してしんぜよう」
と言った。
これには風切先輩もあきれる。
「陰陽師パワーで数学が解けるわけないだろ」
「ふふふ、まあ聞くがよい。このクイズは30分の時間制限であろう」
「そうだな。さっきそう言ってた」
「そして、その30分以内に、わしらは答えを見つけて次の目的地へ行かねばならん」
「だからどうし……ん?」
風切先輩もハッとなった。
「そうかッ! 解く時間も合わせると、この付近でないと移動できないぞッ!」
「そういうことじゃ。つまり、目的地はここから徒歩圏内にある」
土御門先輩、やりますねぇ。
陰陽師は関係なかったけど。
みんなで手分けして、地図アプリで周囲を検索した。
私は付近のマップを拡大しつつ、
「それっぽい名所はたくさんあります」
と答えた。
松平もうなずく。
「熱海サンビーチ、恋人の聖地、親水公園、レインボーデッキ……徒歩ですぐに行けそうなのは、このあたりです」
速水先輩が口をはさむ。
「数字が7つあるから、7文字の場所なんじゃない?」
これには説得力があった。
けど、7文字の名所は今のところ見当たらなかった。
私たちははたと困った。7文字の名所がないかどうか確認する。
私は文字数を逐一数えて、1箇所だけ7文字の名所をみつけた。
「……熱海温泉は7文字ですね」
熱海温泉まで行くか、という流れになりかけた。
でも、速水先輩が待ったをかけた。
「7文字かもって言い出したのは私だけど、それだけで決め打ちするのはよくないわ。残り時間からして、1箇所しか回れないもの」
スマホの時計を確認する。のこり25分。
どこかへ行ってまた移動するというのはできなさそうだ。
私たちは、きちんと暗号を解くことにした。
3分ほど経過したところで、松平は、
「7……ん、7? ……そっかッ! 分かりましたッ!」
と叫んだ。
私はびっくりして、
「ほんと?」
と尋ね返す。
「これは文字に対応する暗号じゃないです。光のスペクトルです」
風切先輩も、なんとなく察しがついたらしい。
「もしかして波長か?」
「そうです。380から750までが可視光線ですから、合ってるはずです」
松平は念のため、ネットで確認をした。
380ー450nm 紫
450ー495nm 青
495ー570nm 緑
570ー590nm 黄
590ー620nm 橙
620ー750nm 赤
ぴったりだッ!
「松平、やるじゃない」
うりうり、褒めておく。
つまり、目的地はレインボーデッキだ。
私たちは大急ぎで移動することにした。お宮の松から離れて、海岸沿いに走る。
綺麗な歩道が続いていて、どうやら観光客の遊歩道になっているようだった。
観光案内所の建物を通り過ぎて、私たちははたと立ち止まった。
イベントステージがならぶ広場――レインボーデッキは予想以上に広かった。
私の真後ろにつけていた大谷さんも、足をとめた。
「ここは……イベント会場のようですね」
そうみたい。昼間にコンサートなんかをしているのだろう。
しかし、これは参った……っていうか、後続が遅すぎるッ!
1分ほど待って、ようやく松平が到着した。
松平は膝に手をついて、
「ハァ……ハァ……速すぎるぞ……」
と肩で息をする。
鍛え方が甘い。
って、こんなことしてる場合じゃないッ!
私たちは到着したひとから手分けして、次のクイズを探す。
だけど全然見つからなかった。残り3分になる。
私といっしょに捜していた大谷さんは、
「聖生の性格からして、なにか明確なヒントがあるはずです」
と言った。
ヒント……ヒントあるかなぁ……。
焦燥感だけがつのる。
もうデタラメにすみっこから調べるしかないかな、と思った瞬間、
「あれじゃない?」
と速水先輩の声が聞こえた。
速水先輩は、海に面したフェンスの一角をゆびさした。
そこには、7色に光る電飾が巻かれていた。電飾があるのはそこだけだった。
おかしい。あんなピンポイントで設置しないはずだ。
私たちはあわてて駆け寄った。
《さーて、みんな、答えの前にいるかな? 今回はちょっと難しかったよねぇ》
セーフ!
ボイスレコーダは、電飾のすぐそばに、針金でフェンスにくくりつけられていた。
私たちが喜んだのもつかのま、次のクイズが出された。
《第3問、30分で解いてね》
……………………
……………………
…………………
………………問題は?
私たちはじっとボイスレコーダを見守る。
なにも聞こえてこない。
風切先輩は音量をあげてみたり、再生ボタンを押し直したりしてみた。
だけど、さっきとおなじフレーズが流れるだけで、それ以上のメッセージはなかった。
風切先輩は目を白黒させる。
「どういうことだ?」
これには太宰くんがアドバイスした。
「それ自体がクイズなのでは?」
なるほど、と、風切先輩はうなずいた。
「となると……電飾があやしいか」
同意。だんだん慣れてきた。
私たちは電飾を観察した――ん? なんかパターンがありそう?
速水先輩も気づいた。
「点滅にヒントがありそうね」
そうだ。よくみると、点滅している色と、していない色がある。
点滅しているのは赤と青だけだ。それ以外はつきっぱなし。
これまた暗号問題っぽい。
土御門先輩は扇子をパチパチやりながら、
「ふぅむ、これは理系組に任せるか。文字数なども見当がつかん」
と諦めぎみ。こらこら、陰陽師、がんばれ。
土御門先輩は、ほんとうに考える気がないらしく、
「香子ちゃんはやけに足が速かったのぉ。なにかスポーツでもしておるのか?」
と尋ねてきた。
「中学まで陸上部だったんです。今でもたまに走ってます」
「ふむふむ、このカモシカのような足は、そのおかげ……ぐほぉッ!?」
セクハラおやじは死ね。
ハイキックで撃沈する。
「拙僧と宗派は異なれど、土御門公人、惜しいかたを亡くしました。南無三」
大谷さんは手を合わせた。
一方、マジメに考えていたグループのなかで、パチリと指が鳴った。
風切先輩だった。
「わかったぞ。モールス信号だ。赤よりも青のほうが点滅が遅い」
私たちは電飾をもういちど観察した。
赤はチカチカ光っているけど、青はスーッと時間をかけて消える感じだった。
しかも、赤が消えるときは青がついていて、青が消えるときは赤がついていた。
なるほど、長短の組み合わせだから、モールス信号なわけか。
ただ、風切先輩も氷室くんも、モールス信号自体を覚えているわけではなかった。
太宰くんはメモをとりはじめる。
「長、短、長、短、短、短、短、長……」
「KIUNKAKUHEIKE、ね」
速水先輩、早すぎィ!
太宰くんがメモを取り終わるまえに、速水先輩が解いてしまった。
風切先輩もびっくりして、
「もこっち、モールス信号を読めるのか?」
と尋ねた。
速水先輩は腕組みをしてほくそ笑む。
「モールス信号は公安のたしなみ」
怖い。
それにしてもこのメンバー、いろんな面でけっこう強いのでは。
とりあえず、解読した文章の意味を考える。
これは太宰くんが解いてくれた。
「起雲閣へ行け、ですね。起雲閣はこの近くにある有形文化財です」
時計を確認すると、まだ15分もあった。
とはいえ、地図アプリで出てきた場所は、走らないと間に合わない。
地面にノックアウトされていた土御門先輩が、がばりと起き上がる。
「また走るのか?」
えーい、文化部、体を鍛えなさいッ!
ダーッシュ!