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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第4章 2016年度春季個人戦1日目(2016年4月17日日曜)
19/488

18手目 交渉不成立

「1回戦突破、おつかれさまです」

 私たちは、ジュース入りのグラスで乾杯した。ここは、電電でんでん理科りか大学からすこし離れたところにあるファミレス。近くにファーストフードやコンビニもあったけど、三宅みやけ先輩の提案で、人目を避けることになった。その理由は――作戦会議だ。

裏見うらみには、悪かったな。準備がグダグダだった」

 三宅先輩は、戦型チェックがうまくいかなかったことを謝った。

「いえ、私のほうこそ、あんまり正確じゃなくて、すみません」

「拙僧もお手伝いできれば良かったのですが、荷物番をしていましたので」

 そう、大谷おおたにさんみたいな県代表が荷物番って、どうなの。レギュラークラスしかいないというのも、かえってよくないようだ。ベンチの重要性を再認識させられた。

「ほかの大学は、どうやってるんですか?」

 私の質問に、三宅先輩は肩をすくめた。分からない、ってことか。

 あとで、奥山おくやまくんにでも、訊いてみましょう。

「で、裏見、聖ソフィアのほうは、どうだった?」

 三宅先輩は、案の定、聖ソフィアに関心を示してきた。

 私はルーズリーフを取り出して、メモした内容を簡潔に伝える。

「聖ソフィアは、全体で4人しか来てませんでした。それで……」

 私は、もうしわけなさそうにしつつ、

「だれが聖ソフィアの選手か分からなかったので、対局中のひとを両方メモしました」

 と告げた。三宅先輩は、機転が利くと言って、むしろ褒めてくれた。

「というわけで、聖ソフィアっぽい男子は、全部で8人います。とりたてて強いと感じた選手はいなくて……最高で、道場初段くらいかな、と」

 三宅先輩と風切かざぎり先輩は、おたがいに目配せした。納得いかない表情。

「どうしました? もしかして、見落とした教室があったとか……」

「いや、そういうわけじゃないんだが……事前の情報と違うんでな」

 三宅先輩はそう言って、コーラを飲んだ。

「事前情報? 聖ソフィアについて、なにか噂でもあったんですか?」

「聖ソフィアは、数年前に一度、棋界追放になってるんだ」

 意外な知らせに、私はおどろいた。

「追放? ……不祥事ですか?」

「ああ、うちのような学内問題じゃなくて、大会でやらかしてる。替え玉事件だ」

 登録した選手と別の選手を出して、相手チームにそれが発覚してしまったらしい。

 そのまま幹事会にかけられて、関東大学将棋連合からの追放処分。

 その後、聖ソフィアの将棋部がどうなったのかは、だれも知らなかったとのこと。

「活動を停止してた、っていうのが、一番ありそうだ。大学の将棋部なんて、大会に出られなきゃ、あんまり意味はないからな。ところが、今年の3月になって、復帰したいという連絡が、いきなり幹事会に届いた。審議の結果、うちと同じように、Dクラスからやり直しということで決着がついたんだとさ」

「それって、いつのことなんですか?」

「俺たちの復帰が決まる、1週間前だ」

 八千代やちよ先輩は、そんなことを仄めかしもしなかった。コネがあっても、すべてを教えてくれるわけではないようだ。それはそれで、八千代先輩の信頼度があがる。外部に漏らしてはいけない情報まで漏らしていると、公私混同だから。おそらく、八千代先輩は、幹事としての立場でギリギリ教えられることを、教えてくれたのだろう。あらためて感謝。

「復帰直後なら、弱くても不思議じゃないですよね?」

 三宅先輩は、ソファーにもたれて腕組みをした。

「ここからは、あくまでも噂なんだが……聖ソフィアも昇級を狙ってるらしい」

「大会に出る以上は、みんな狙ってるんじゃないですか?」

「そりゃそうだが、おおっぴらに公言するか? 他大の掲示板を見てみたが、『昇級を狙います』と書いてるのは、各クラスの上位校ばかりだ。聖ソフィアみたいな有名校が、勝算もないのに昇級を狙うとは思えない」

 有名校だからこそ、じゃないの。奢りがあるとか。頭が回るなら、そもそも替え玉自体しないと思うんだけど。となりに座っていた松平まつだいらも、疑問を呈した。

「伝言ゲームじゃないですか? 聖ソフィア自身はなにも言ってないのに、周りが『聖ソフィアが復帰したらしい』『復帰するなら、自信があるんだろうな。昇級を狙ってる可能性もある』『聖ソフィアが昇級を狙ってるらしいぞ』みたいな」

 すっごく、ありそう。三宅先輩も、かるくうなずいた。

「そうだよな……4人しかいないなら、そもそもチームを組むのもむずかしい……」

 そのとき、店員さんが料理を運んできた。作戦会議は中断。

 私たちは食事をしながら、1回戦の様子などについて話し合った。

「それにしても、全員初戦突破って、すごくないですか?」

 お世辞のつもりじゃなかったけれど、松平たちの表情は硬かった。

「問題は、ブロックを抜けられるかどうかだな。あと2回勝たないといけない」

 松平は、ピザを食べる手を休めて、そう答えた。

 メモを取っていて分かったのは、1日目がベスト64を決める戦いだってこと。どこのブロックも、最多で3回、最少で2回戦って、2日目進出を決める。午前中に1局、午後に2局という構成になっていた。2回でOKなのは、籤でシードになったひと。

 そして、都ノみやこのには、ひとりだけ2回戦シードになったひとがいる。それは――

「まさか、風切先輩がシードとはなぁ……うらやましいです」

 松平はそう言って、のけぞった。こらこら、やっかまない。

 たしかに、一番強いひとがシードになると、大学としては損なのよね。三宅先輩あたりがシードになったほうが、2日目への進出率は上がると思う。

「籤運っていうのは、いつでもあるもんさ。まあ、それはいいとして……おい」

 風切先輩は、観葉植物の植え込みに話しかけた。

 突然の奇行で、私たちはどぎまぎする。

「おい、そこにだれかいるだろ。出てこい」

 ガサリと植物の葉が動いて、背後から眼鏡の女性が出てきた。

「あらら、バレちゃいました?」

春日かすがさんッ!?」

 私の喫驚に、全員の視線が向いた。

「裏見、知り合いか?」

 風切先輩の質問に、私は首を振ろうとした。それよりも早く、春日さんは松平のとなりに座って、がさごそと鞄を漁り始めた。首には、例のカメラをかけていた。

東方とうほう大学ジャーナリズム研究会の春日です。よろしく」

 春日さんは、風切先輩に名刺を手渡した。

「ジャーナリズム研究会……? なんの用だ?」

風切かざぎり隼人はやとくんが棋界に復帰したということで、ぜひ取材を……」

「興味ないね」

 風切先輩は、名刺を破り捨てて、食べ終わった食器に放り込んだ。

 緊張が走る――ところが、春日さん本人は笑って、

「あたし、関東大学将棋連合の広報担当なのよね。毎月一校ずつ、広報誌で正式に紹介しなきゃいけないの。5月号は、都ノでどうかな? ご協力いただけない?」

 と尋ねた。風切先輩は、そっぽを向く。

「三宅、お前に任せた」

「できれば、風切くんから話を聞きたいなあ」

 はいはい。ようするに、風切先輩特集ってことでしょ。バレバレ。

 三宅先輩も、お誘いを断った。

「うちは復帰したばかりですから、紹介するようなことは、なにもありませんよ」

「またまた、けっこう強いって噂だけど」

 ん? 情報が漏れてる? ……もしかして、日セン?

「そんなのは噂話です。連合の広報誌は、ゴシップ新聞なんですか?」

 三宅先輩の皮肉にもかかわらず、春日さんは平気そうな顔で続けた。

「なるほど、あくまでも極秘ってわけか……じゃあ、取引しましょ」

 三宅先輩は、眉をひそめた。

「取引?」

「聖ソフィアの情報をそっちに流すから、都ノも情報をちょうだい」

 えぇ……このひと、しれっとシークレットの売買してる。どういうことなの。

 いくら記者だからって、バイタリティがあり過ぎでしょ。

 とはいえ、私たちの欲しい情報どんぴしゃで、三宅先輩の反応が鈍った。

「それは……どういう情報ですか?」

「聖ソフィアのメンバー構成とか、いろいろ」

 これ以上は前売りになるから言えないと、春日さんは付け加えた。

 三宅先輩は、悩んだ。部長としての立場があるのだろう。

 一方、風切先輩は、腕組みをして目を閉じていた。そして、ひとこと――

「帰れ」

 ばっさりと切り捨てた。

「んー、さっきの会話だと、聖ソフィアが気になってるんじゃないの?」

「俺はマスコミが嫌いだ。帰れ」

 春日さんは両手をあげて、降参のポーズ。

「了解……もし取材を受けたくなったら、名刺のアドレスにメールしてね」

「二度と顔を出すな」

 春日さんは自分の伝票を持って、レジへと向かった。

 気まずい空気――春日さんの図々しさも大概だけど、風切先輩の拒絶反応も、ちょっと度を越していたような気がする。なにか、あったのかしら。私は、高校の新聞部の後輩がいい子だったから、マスコミにそこまで悪い印象はない。H島の高校竜王戦で優勝したときも、新聞社のひとはよくしてくれたし……でも、こういうのって印象論だから、先輩には、なにかイヤな思い出があるのかもしれない。

 ただ……あの春日さんの台詞、すごく気になる。

 聖ソフィアには、なにかまだヒミツがあるってこと?

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