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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第32章 夏合宿ゲーム(2016年8月27日土曜)
189/489

189手目 重なった宿泊日

 ふぅ……いいお湯。

 私は石造りの湯船につかりながら、1日の疲れをいやす。

 ここは都ノみやこの大学研修センターの大浴場――ではなく、熱海あたみの某所にある有名な温泉。さすがにあのセンターじゃ小ぎれいな大浴場はなかった。私たちは5時頃にいったん切り上げて、お風呂と食事をどうするか悩んだあと、外出してひと息つく流れになった。

 まずはお風呂というわけなんだけど、ララさんが泳いでるわね。

「ん〜、広くていいネ〜」

 泳ぐ場所ではないような……とはいえ、時間的にひとも少なくて、余裕はあった。

 大谷おおたにさんは奥のほうで瞑想している。話しかけにくい。

 私のとなりでは、頭にタオルを乗せた穂積ほづみさんが、

「なんか勝てないなぁ」

 とため息まじりにつぶやいた。

 穂積さん、3回指して3連敗。

「あいてが悪かったんじゃない?」

「あのさ、それって自分が強い宣言?」

「そ、そういうわけじゃないけど……大谷さんと風切かざぎり先輩だから、しょうがなくない?」

 穂積さんは湯船に肩まで沈み、む〜ッと声を出した。

「夜の部はお兄ちゃんをぼこぼこにしておこう」

 八つ当たりはNG。

 とりま、極楽極楽。


  ○


   。


    .


「はぁ〜、いい湯だったな」

 風切先輩は浴衣姿で、大きく背伸びをした。

 出口のところで男子と合流。

 松平まつだいら三宅みやけ先輩、星野ほしのくん、最後に穂積お兄さんが出てきた。

 風切先輩はうちわで顔をあおぎながら、

「よし、このへんで飯にしよう」

 と言った。浴衣ゆかたで入店していいのかしら。

 ララさんも気になったらしく、ひらひらしたすそを確認しながら、

「これじゃレストランに入れなくない?」

 と言った。

 風切先輩はあたりを見回して、

「そもそもこのへんにファミレスとかあるのか?」

 と首をかしげた。たしかに、もうちょっと浜辺の方向へ行かないとないような。

 だれかこのあたりのお店を知っているかどうか、風切先輩はたずねた。

 だれも知らないっぽい。

 風切先輩は、しまったな、という表情。

「センターのおっちゃんに聞けばよかったか……」

「僕がご案内しましょうか?」

「うわぁああああああッ!?」

 いきなりうしろから話しかけられて、風切先輩は飛び上がった。

 むりもない。だって、話しかけた人物は――氷室ひむろくんだった。

 氷室くんは青白ストライプのTシャツに短パンという格好。

 風切先輩は幽霊でもみるような目つきで、

「ひ、氷室、なんでここにいるんだ?」

 とたずねた。

「合宿です」

「合宿?」

「A級校の有志で2泊3日の合宿をしてるんです。今日が初日です」

 え? 今日から2泊3日の合宿? ……偶然にしては妙ね。

 風切先輩もちょっとあやしんで、

「おまえ、うちが今日から合宿だって情報、どこで仕入れた?」

 とさぐりをいれた。氷室くんは、

「そうなんですか? 風切先輩こそ、僕たちの合宿に合わせるなら、さきに言ってくださいよ。行きの列車で団体切符買えたんですから」

 と、さも今知ったばかりのようなそぶりだった。

 うーん、演技なのか演技じゃないのか、すぐには見抜けない。

 こういうときは、大谷さんに聞くに限る。

 私はこっそりと大谷さんに耳打ちした。

「今の、演技だと思う?」

「……拙僧の印象では、ほんとうだと思います」

 ふむ、合宿が重なったのは偶然なのかしら。

 なんか納得いかないけど。

 一方、氷室くんはガンガン押してくる。

「ところで、先輩たちはこれからお食事ですか?」

「ん、まあ……」

「じつは僕たちもこれから食事にしようと思ってたんです。このさきに、美味しい海鮮のお店があるので、そこでいっしょに食べませんか?」

 太平洋の海鮮、いいじゃないですか。私たちはこれに乗った。

 氷室くんは私たちを先導して、坂道をすこし降りた。すると、えんじ色の暖簾のかかったお店が目にとまった。中へ入ると、2階の座敷へ通された。ほかの団体客に混じって、見慣れたメンツが奥のほうに陣取っていた。

「ん? なんじゃ? どっから連れて来た?」

 お味噌汁に口をつけようとしていた土御門つちみかど先輩は、目を白黒させた。

 むりもない。私たち、東京からワープしてきたようにみえると思う。

 氷室くんが事情を説明する。

「そうか、奇遇じゃな。ここへ座らんか」

 土御門先輩はポンポンと座布団をたたいた。

 私たちはめいめい同席させてもらう。

 ちらちらとメンバーを確認。むこうは全部で20人くらいいた……知ってる顔は半分くらい。土御門先輩のほかには、日センの速水はやみ先輩と奥山おくやまくん、晩稲田おくてだ太宰だざいくん、慶長けいちょう児玉こだま先輩、治明おさまるめい八千代やちよ先輩と大河内おおこうちくん、首都工のばんくん。

 のこりも癖のありそうな感じだった。さわらぬ神に祟りなし。

 私が座った席は6人掛けで、速水先輩と八千代先輩を上座に、役員クラスが顔をそろえていた……って、罰ゲームみたいな席じゃないですかッ!

 速水先輩はここぞとばかりに、

「あら、わざわざ役員席を選ぶなんて、意外と権力志向タイプ?」

 とジャブを飛ばしてきた。

 ちがうちがうちがう。私は地位には興味がありません。

「いえ、あの……先頭にいたので奥へ来たらこの席が空いてて……」

「冗談よ。ところで、ここのアジフライおいしいから、嫌いじゃなければどうぞ」

 とりあえずメニューをみる……山盛りの写真。たしかにおいしそう。

 私はそれを注文した。お皿が届くまえに、いくつか質問をする。

「A級校の合宿って、毎年やってるんですか?」

「そうね、夏とは限らないけど、年1でやってるみたい」

 さっきの疑念が、また頭をもたげた。

 夏とは限らないのに、うちの合宿とかぶったの?

 毎年夏休みにやってるのなら、かぶることもあるかな、と思うけど……あ、来た。

 私のまえに揚げたてのアジフライが置かれた。いただきます。

 サクリとした食感。ジューシーで食べ応えがある。

 私が地元の名物に舌鼓したづつみをうっていると、土御門先輩は、

「ところで、もこっち、そろそろハイと言ってくれんと困るのじゃが」

 と言い始めた。なんですか、急に色恋沙汰の話はやめてください。

 と思いきや、来年度の会長選の話だった。

公人きみひとがやればいいじゃない」

「わしでは関東の魑魅魍魎どもはまとめきれん」

「あなた、有名な陰陽師の家系なのに、そういうところビビりよね」

 あ、そうなんだ。まあ、セクハラが激しいけど、いいとこのぼっちゃんな気はした。

 いつも着ている烏帽子服えぼしふくみたいなのも高級そうだったし。

 速水先輩と土御門先輩の会話はつづく。

「だいたい、N良の高校将棋連盟支部長だったのに、まとめられないことないでしょ」

「いやいや、高校の支部長などたかが知れとるぞ」

「じゃあ爽太そうたで」

 土御門先輩のまなざしが光る。

「……やはり次期会長は朽木くちき爽太そうたか。今日この場にいないのが悪いのぉ」

 欠席裁判はダメでしょ。

 朽木先輩が来てないのは、たぶんお金の問題だと思うし。

 とはいえ、朽木先輩で無難な気がしないでもない。一見、速水先輩が適任にみえて、そうでもない感じがする。ちょっと冷めすぎているような……と、1年生の私が気にすることじゃないわね。食事に集中しましょう。このお漬物もおいしい。

 食後はお茶を飲んで歓談。さて解散、というところで、氷室くんが声をかけてきた。

「風切先輩、せっかくですから、僕たちの宿泊先で1局指して行きませんか?」

 階段を下りながら、風切先輩は手を振った。

「あー、ダメだダメだ。そんなことしたら『なんで都ノだけ特別扱いなんだ』って苦情がくるだろ。入江いりえなんか、会長なのにA級校じゃないから来てないんだぞ」

「……ですね」

 氷室くん、ちょっとさみしそう。

 でも、しょうがないわよね。私たちが顔を出していい会ではなさそうだし。

 さっきの食事会も、土御門先輩いわく「たまたまということにしておくのじゃ」とか。

 私たちはお会計を済ませて、研修センターへもどった。

 三宅先輩はレクリエーションルームの鍵を開け、抽選にとりかかる。

「次は、風切と松平、裏見うらみと星野……」


 パシリ


 星野くんは一手指して、チェスクロを押した。

 後ろ髪をおろした星野くん、なんか女性にみえるのよね。

 うちわを持ってる手も綺麗だし、元野球部っぽくない。


 パシリ


挿絵(By みてみん)

 

 私は角捨て。

 星野くんはうちわを止めて、アッとなる。

「そっか……しまった……」

 だいたい寄りですね、はい。

 同金なら7三金以下の必至。先手は詰まない。

 星野くんは29秒まで考えて投了した。

「負けました。最後うっかりだね」

「こっちに打ったほうがよかったんじゃない?」

 私たちは感想戦を始めた。

 しばらく手を動かしていると、ふいに妙な声が聞こえた。

《はーい、よい子のみんな、楽しいクイズの時間だよ》

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