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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第31章 裏見香子、駒桜に舞い戻る(2016年8月9日火曜)
181/486

181手目 テレビに映ったホスト

挿絵(By みてみん)


 そこに角か……4六に飛び出されるとめんどうだ。

 攻め筋が減るうえに、歩切れを解消されてしまう。

「4七金」

 歩をガードする。

「さすがに4二だと戦えない……3一玉……」

 6七銀、4四歩、5六歩、6三銀。

 また引っ込んだ。

 ここは強気に攻めますか。

 6六歩、同歩、同銀直。

「8六歩……」


挿絵(By みてみん)


 ん、反撃してきた。

 同歩に8五歩の継ぎ歩でしょうね。でも、そこから追加で垂らす歩はない。

 そこまで迫力のある攻めではなさそうだ。とりあえず8六同歩。

 飛瀬とびせさんは5四歩と突いて、角の逃げ場所を作った。

 私は5七金で安定させる。

 8五歩、同歩、同桂。


挿絵(By みてみん)


 ふむふむ、桂馬を跳ねて来ましたか。垂れ歩ができないから端攻めに切り替えた、と。これ自体は怖い手で、銀はもう逃げられない。8六には角が利いているし、6八銀なんてしたら9七桂成で大惨事。すなおに8七歩と受ける。

「それなら銀桂交換で……7七桂成……」

 同銀、9五歩とされて、私は小考。

 意外とめんどくさい順に入っちゃったかも。

 金銀の配置からして、6四飛と切る順は成立しない。

「……同歩」

「まあ、取りますよね……7五歩……」


挿絵(By みてみん)


 これは、単純な端攻めが成立しないとみた手だ。狙いは同歩、同角で1歩稼ぐことと、同角の瞬間が金当たりになっていること。対処しないといけない。安定して受けるなら6六歩でしょうけど、消極的過ぎるわよね。

「同歩」

 同角に対して、私は6六金とぶつけた。

 ここで飛瀬さんが小考。持ち時間を使い切る。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 飛瀬さんはギリギリで6四角と引いた。

 4六を狙ってきてるわね。もう一回受けておく。5五歩。

「この局面で30秒将棋はキツい……3分欲しい……」

 時間厳守。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 あ、ゴリ押ししますっていう手だ。

 とはいえ、さっきの角との連携がある。私は7六歩と受けないといけない。端を対処する暇がない。私は7六歩と打って、後手の対応を訊いた。

「9七歩……」

 ぐぅ、9五香と走られそう。

 私も30秒将棋になった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 前に出るッ!


挿絵(By みてみん)


 ギリギリでチェスクロを叩く。

 飛瀬さんはまた考え込んだ。

「いったん4二角……は、6四歩〜7五桂でどんどん悪くなるか……9五香……」

 6四金、同銀、同飛。

 望外の角得。端をしのぎきれば、あとはなんとか。

「とりあえず9八歩成……」

 同香、同香成、同玉、6三香、5四飛。

「5三歩……」


挿絵(By みてみん)


 私の飛車も詰んじゃった。さすがに角丸得はムリだったか……ん?

 ちょっと待って。これ、飛車が死んでるとは限らなくない?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

挿絵(By みてみん)


「角打ち……? あ、王様のラインか……」

 飛瀬さんはこの手を読んでいなかったようだ。対応に迷いがみえた。

「香車が利かなくなるけど……しょうがないか……6四歩……」

 私はノータイムで同角。

「え、同角……って、あ、同香だと同飛で脱出される……」

 さようです。

 この飛車、ギリギリ助かってるような、助かってないような。

 私の中でも確定はしていない。というのも、後手には応手があるからだ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 ですよねぇ。むずかしい。次こそ5四歩とされてしまう。角もボヤけた。

 こうなったら、取られるまえに最大限暴れておく。

「9二角」

「あうあう……8四飛だと5三角成で困る……6一飛……」

 さすがに気づいたか。8四飛には5三角成としておいて、うっかり同金なら8四飛の素抜きがあった。

 かくなるうえは、5四飛が助からなくなったっぽい。

 私は8三角成として、5四歩に6一馬と刺し違えた。

 同金、4二角成、同銀。

 ここで8一飛と下ろす。両取り。

「金銀がバラバラ……」

 さあさあ、これは後手、完敗コースなのでは。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ムリをした受けにみえる。

 ただ、こっちも金が浮いているのは気になる。

 ていねいに対応する。

「9五歩」

「カラい……7二角打……」

 8四飛成、7六銀と進んで、私は手をとめた。

 7六同銀のほうが安全? ……ってこともないか。

「9四歩」

 角を回収する。

「これに賭けます……」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そうきましたか……同金、同銀成でも勝ちだし、7六銀でも勝ちだとは思う。

 どっちの方が安全そうか、よね。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 私は7六銀と取った。

「そっちか……7八成香……」

 9七玉と立つ。飛瀬さんは8三歩で入玉を阻止してきた。

 7三龍、9五金……んん? 意外と危なくなった?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7四角ッ!」

「逆転したのでは……9九飛……」


挿絵(By みてみん)


 うッ……包囲された……けど、飛瀬さんはこれで駒がない。

 9八銀と冷静に受けておく。

「詰めろはさすがにかからないんですよね……」

 飛瀬さんはそう言いながら8九成香と入った。

 これは詰めろじゃない。つまり、私が詰めろ詰めろで迫れば勝ち。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 飛瀬さんはこの手をみて、しばらく黙った。

「これは……詰めろ……?」

 詰めろですよぉ。簡単な詰みですよぉ。

「あ、そっか……3二桂成、同玉、4一銀、2二玉に2三龍捨てか……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「はわわわ……6三桂……」

 飛瀬さんは龍の利きを遮断した。2四同歩は同歩でジリ貧と見ましたか。

 3二桂成、同玉、6四歩。

 この手に、飛瀬さんはきょとんとした。

「え……それは龍をどかせるのでは……8一桂……」

 はうわッ! ……なわけないでしょ。さすがにそういうミスはしないわよ。

 私は6三角成と成った。


挿絵(By みてみん)


「え……龍を取っても馬を取っても先手が詰めろになる……?」

 飛瀬さん、激しく混乱。

「あ、でも、7三桂だと詰む可能性……? 1三で助かる……? 角を取ったら7七銀、飛車を取ったら9六香で受ける予定……?」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 飛瀬さんは7三桂を選択した。

 私はすかさず2四桂と打ち込む。


挿絵(By みてみん)


 飛瀬さんはこの手をみて、

「あッ……そっか……」

 とつぶやいた。

 そう、これで詰み。同歩、2三金、同玉、2四歩、同玉、2五香、3三玉、2三金、4三玉、3二銀まで。2四の桂馬を取らずに4三玉と上がるのは、3二銀、3三玉、4三金、同銀(2二玉は2三銀成、同玉、4一馬の入りで詰み)、同銀成、同玉、3二銀、3三玉、2三銀成、同玉、4一馬まで。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 以下、詰み。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 飛瀬さんは嘆息した。

「完全に見落とし……負けました……」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼して終了。飛瀬さんのコメントを待つ。

「最後、追いついたかと思いましたけど、ぜんぜんでしたね……」

「私もヒヤリとはしたかな。駒を渡すと詰んじゃう状態だったし」

 私と飛瀬さんは、終盤に逆転筋がなかったどうかを確認した。どうもないっぽい。そもそも後手は持ち駒がないから、どうしようもない感じだ。けっきょくのところ、序盤の3手損にムリがあったんじゃないか、というところでおちついた。

裏見うらみ先輩、受験ブランクからの回復が早い……」

 おほほほ、そうでもありましてよ。

 だてに大学将棋で鍛えてもらってない。

 そのあと、私たちはもう1局指して、休憩に入った。

 お菓子とジュースが配られる。さらにゲストがご来場。

「アハッ、裏見先輩、おひさしぶりです」

 ボサボサの白髪少年に挨拶された。

 駒桜こまざくら市ナンバーワンの将棋指し、捨神すてがみ九十九つくもくんだ。

 そのとなりには、かわいい女の子、もとい男の娘の葛城かつらぎふたばくん。

「おひさしぶりでぇす」

「ふたりとも、おひさしぶり。元気してた?」

 捨神くんは「はい」と答えつつ、

不破ふわさんが裏見先輩と東京で会ったって言ってましたよ。お元気そうですね」

 と付け加えた。不破さん、やっぱりベラベラしゃべってるじゃない。

 とはいえ、さすがに麻雀大会で遭遇したという話は伝わっていないらしく、不破さんも最低限の守秘義務は守ってくれたようだ。

 私たちはテーブルを囲んで、おやつにする。

 クッキーをつまみながら、葛城くんは、

「裏見先輩、ファッションセンスちょっと変わりましたねぇ」

 と言った。

「そう?」

「なんか彼氏いそうな服ぅ」

 な、なんでそうなるかな。ここは適当にごまかす。

「渋谷の有名なお店で買ったからじゃない?」

「うーん、お店の問題かなぁ……」

 葛城くん、ジュースをチューチューしながらジト目。

 勘のいい子はきらいよ。

 なーんて思っていたら、箕辺みのべくんが会話にわりこんできた。

「渋谷で思い出しましたけど、あの有名な将棋カフェって行きましたか?」

「渋谷の将棋カフェ……え? もしかして有縁坂うえんざか将棋道場のこと?」

「あ、やっぱりご存知なんですね。テレビでやってましたし」

 それは知らなかった。私はあんまりテレビは観ないからだ。

 あの道場の名前が、こんなところで出るとは思わなかった。

 困惑する私をよそに、箕辺くんは先を続けた。

「あのお店、すごくおしゃれでしたよね。店長もなんかホストみたいでしたし」

「え、ええ、たしかに若いひとが利用してるみたいで……」

 私はそこで言葉をくぎった――たしかにホストみたいだ。言われるまでもなく、かっこいいおじさんだな、とは思っていた。けど、今初めて、正確な表現をされた気がする。前髪に銀色のメッシュが入ったアラサーの男性。着こなしもアクセサリーもセンスがいい。

 私は、速水はやみ先輩のセリフを思い出す。


 あなたが元真剣師だからです

 渋谷の一等地に将棋道場……いくらぐらいお出しになられたんですか?


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「うら……んぱ……裏見先輩、どうかしましたか?」

 いきなり名前を呼ばれて、私はハッとなった。

 顔をあげると、ほかのメンバーが心配そうに私を見ていた。

 箕辺くんは、

「新幹線に忘れ物ですか?」

 とたずねた。

「ち、ちがうの、ちょっと大学のひとに連絡を忘れてて……すぐもどるわ」

 私はスマホを握りしめて、部室を飛び出した。

場所:駒桜市立高校将棋部

先手:裏見 香子

後手:飛瀬 カンナ

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △3二金 ▲2六歩 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀

▲3八銀 △6二銀 ▲3六歩 △6四歩 ▲3七桂 △4二玉

▲6八玉 △6三銀 ▲4六歩 △3三銀 ▲4七銀 △7四歩

▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲4八金 △7三桂

▲2九飛 △8一飛 ▲5六銀 △6二金 ▲7九玉 △5四銀

▲6六歩 △6三銀 ▲8八玉 △5四銀 ▲2五歩 △6五歩

▲6九飛 △6六歩 ▲同 飛 △6五歩 ▲6九飛 △6四角

▲4七金 △3一玉 ▲6七銀 △4四歩 ▲5六歩 △6三銀

▲6六歩 △同 歩 ▲同銀直 △8六歩 ▲同 歩 △5四歩

▲5七金 △8五歩 ▲同 歩 △同 桂 ▲8七歩 △7七桂成

▲同 銀 △9五歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲同 歩 △同 角

▲6六金 △6四角 ▲5五歩 △8五銀 ▲7六歩 △9七歩

▲6五金 △9五香 ▲6四金 △同 銀 ▲同 飛 △9八歩成

▲同 香 △同香成 ▲同 玉 △6三香 ▲5四飛 △5三歩

▲7五角 △6四歩 ▲同 角 △4二金打 ▲9二角 △6一飛

▲8三角成 △5四歩 ▲6一馬 △同 金 ▲4二角成 △同 銀

▲8一飛 △9四角 ▲9五歩 △7二角打 ▲8四飛成 △7六銀

▲9四歩 △6七香成 ▲7六銀 △7八成香 ▲9七玉 △8三歩

▲7三龍 △9五金 ▲7四角 △9九飛 ▲9八銀 △8九成香

▲2四桂 △6三桂 ▲3二桂成 △同 玉 ▲6四歩 △8一桂

▲6三角成 △7三桂 ▲2四桂


まで129手で裏見の勝ち

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