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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第30章 帰ってきた歩美ちゃん(2016年8月8日月曜)
178/486

178手目 茶菓子の思惑

 ふぅ……いいお茶だ。

 湯呑みの緑茶に、ひとときの舌づつみ。

 しかも、まさかの茶菓子付き。

 おいもをベースにした緑色の生地に、黄色い鳥がえがかれていた。

 大谷おおたにさんもしげしげとそれを眺めながら、

「これは……薯蕷じょうよですか」

 とつぶやいた。

「じょうよ?」

「つくね芋を使った生地です。色合いも京菓子らしい慎みと遊びがありますね」

 大谷さんの講釈に、藤堂とうどうさんはメガネをくぃ〜とさせながら、

「なかなか見る目があるな。東京のスイーツ(笑)とはちがって、京菓子は品がある」

 と自慢げ。

 いや、それはどうなの。スイーツもいいじゃないですか。

 今の発言をみるかぎり、藤堂さんはK都出身かなにかっぽい。

 とりあえず、地域バトルは放置して味見……あ、美味しいッ!

 しっとりとした食感に、上品な餡子あんこの甘みがひろがる。

 温かい緑茶にぴったりだ。

「このお茶は地元産ですか?」

 私の質問に、藤堂さんはそうだと答えた。

「宇治茶だ。例会用に取り寄せている」

 はぁ、さいですか。都ノみやこのの将棋部は生協かコンビニで買ったお菓子とペットボトルでわいわいやってるのに。とはいえ、毎回この雰囲気は肩が凝るかも。

 ほかのメンバーも、大学生らしくないかしこまった調子だった。約1名を除いて。

「ねぇ、おかわりないの?」

 歩美あゆみ先輩はスナック菓子でも食べるようにサクッと頬張って、おかわりを要求した。

 藤堂さんはこめかみをピクピクさせながら、

「1個いくらだと思ってるんだ。いい加減にしろ」

 と答えた。

「うーん……恭二きょうじ、それ食べないの?」

 宗像むなかたくんは自分のお菓子が狙われていることを察して、皿を隠した。

「おまえ、なんでそんなに食い意地張ってるんだよ」

「甘いものは別腹って言うでしょ」

 別腹もなにも食後じゃないんですが、それは。

 ふたりはわいわいし始めた。最後は宗像くんがお菓子を口に押し込んでゲームセット。

 もったいない食べ方を強要されている。ただ、宗像くんのようすは、東京で見たときよりもちょっと明るい気がした。

 そして、そんな気がした瞬間、うしろから声をかけられた。

「ねぇねぇ、裏見うらみさん?」

 ふりかえると、タレ目でボブの女の子がこちらに這い寄ってきた。

 服装はいたってラフで、縞模様のキャミソールにジーンズといういでたち。

 将棋部よりもテニスサークルかなにかにいそうな女の子だった。

「あ、はい……えーと……」

「私は於保おぼよ。ここの2回生」

 あ、先輩か。私は言動をただす。

「はじめまして、都ノ1年の裏見です」

「知ってる知ってる。このまえの『将棋ワールド』に載ってたもの」

 いやぁ、うれし恥ずかし。

「たまたまと言うか、個人戦のクジがよかったです」

「またまた謙遜けんそんしちゃって」

 うーん、本心なんだけど。大谷さんのほうが素で強いし、聖ソフィアの明石あかしくんは途中で片八百かたやお負けでしょ。それに、男子と女子は人数がけっこうちがうのに、男子はベスト8、女子はベスト4から選出してて、そのへんも運がよかったとしか言いようがなかった。新人戦をみる限り、男子はベスト16でもかなり強そうだった。太宰だざいくんあたりにはあんまり勝てる気がしない。

山城やましろくんに勝ったのは、さすがだと思う」

「そう言っていただけると……」

謙吾けんごに勝ったくらいでそりゃ買いかぶりすぎだぜ」

 となりから宗像くんがツッコンできた。

 これは相手にするとめんどうだから放置。

 オボさんもすぐに話題を変えてくれた。東京のようすとか、大学の勉強はどうかとか、いろいろ。しばらくして、藤堂さんがふたたび手をたたいた。

「よし、休憩は終わりだ。後半の対局をおこなう」


  ○

   。

    .


 ふぃいい、つかれた。

 K都でこんなハードな対局になるとは。

 全4局で1勝3敗。かんばしくない。

「裏見さん、いかがでしたか?」

 となりで正座していた大谷さんが、小声で話しかけてきた。

「1勝しかできなかったわ。しかも非レギュラーのひと」

「拙僧も非レギュラーに1勝です。どうやら相当レベルが高いようですね」

 指した感じだと、申命館しんめいかんの非レギュラーの上位層が、都ノのレギュラー層レベルっぽい。つまり、申命館のレギュラー層と互角に戦えそうなのは、うちだと風切かざぎり先輩くらいしかいない、ということだ。大谷さんならレギュラーにギリギリ食い込める程度かも。藤堂さんの策略なのか、アタリは若干キツかった気がする。ほかの盤面も見てみたら、私たちより下位のメンバーがいないわけではなさそうだった。

 藤堂さんはゴミを一箇所に集めつつ、

「みんな、おつかれさまだ……於保、裏見さんたちを宿まで送ってもらえるか?」

 とたずねた。

 私たちは遠慮する。

「あ、いえ、バスで帰れますから」

「K都で初見は迷うぞ。バスも一路線ではないからな」

 んー、迷う時間でもないと思うんだけど。まだ5時過ぎなのよね。15分30秒で、感想戦も10分そこそこで打ち切りになるから、意外とサクサクだった。

 とはいえ、お言葉に甘えておく。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 というわけで、私たちは申命館のキャンパスを先に出た。於保さんに先導されて、バス停へと向かう。その途中、ちょっと歩かないかと言われた。

「さっき聞いた住所なら、ここから歩いても行けるわよ。散歩がてらに、どう? 途中に金閣寺あるんだけど?」

 なんか誘われてる。

 せっかくのお誘いだし、ことわるのも悪いかな、と思った。

 よろしくお願いします、と言って、私たちはバス停をスルーする。

 しばらく歩くと、ほんとに金閣寺に立ち寄ることができた。

 せっかくなので、拝観料を払って見物。真夏のもみじと池に映えるキンキラキンのお寺。うーむ、大谷さんがあんまり興味なさそうに観てる。しかもひとが多い。とはいえ、これはこれで観といて損はないわね。豪華。

 帰り道、オボ先輩は私の故郷のことを尋ねてきた。

「へぇ、裏見さんって歩美ちゃんの後輩なんだ」

「はい、同じ学校で……」

「彼女、けっこう変わってるわよね」

「あ、はい、いつもご迷惑を……」

「あ、そういう意味じゃないよ。恭二をコントロールできるの、歩美ちゃんくらいだし」

 そんな気配はあった。部室でも、歩美先輩と藤堂さん以外は、あんまり宗像くんと話をしてなかったのよね。エースなのにちょっと浮いてる感があったというか、溶け込めていないというか。

 私の納得感が顔に出てしまったのか、オボ先輩は先を続けた。

「恭二がどこの出身なのかすら、ほかの部員は教えてもらってないの」

 あ、マズい。関東のメンバーは、あのことを機密にしてるわけか。

 ここは顔に出さないように注意。

「そうですね、私もくわしくは知りません。藤堂さんからは『橋の下で拾った』って聞きました。もちろんただの比喩で、橋の下で賭け将棋をしていたところをスカウトしたっていう意味らしいですね」

「へぇ、藤堂先輩、入部の経緯を外部にも話してるんだ。けっこうワキが甘いわね。というわけで、将棋が強いってことと橋の下で発見されたってこと以外に、私たちは恭二のことをなにも知らないわけ。ただ、お姉さんがいるんじゃないかな、とは思ってる」

 私は心臓がとまりかけた。

「……どうしてそう思うんですか?」

 オボ先輩は笑って答えた。

「いや、ただの勘なんだけどさ。恭二って、歩美ちゃんに対する甘え方がうまいし、それでいてちょっと女性に対して醒めたところがあるのよね。変な幻想を抱いていないというか。こういうのって、姉がいるケースが多いでしょ。だからそうなんじゃないかな、って」

 ふぅ、びっくりした。

 ただの憶測なのね。でも、合ってるから怖い。

「オボ先輩は、何学部なんですか?」

「総合人間学部」

 なんですか、そのなんでもやってそうな学部は。

「具体的には、なにを?」

「ひとことで言うと、認知について、かな。まだ2回生だから基礎教養のほうが多いんだけど……さっきの話だと、裏見さんは経済学部なのよね? 最近は人間の非合理性にも注目が集まってるし、認知心理学なんかも関係してきて面白そう」

「私は1年生なのでそこまでは……」

「そうね。勉強の話しててもしょうがないし、東京の話してよ。けっこうあちこちで遊んでるんでしょ?」

 東京の女子大生は遊んでるという偏見でスタートするのはNG。

 とはいえ、ひとまず行ったところとか遊んだところは説明する。

 大きな橋を渡りきったところで、ようやく渋谷のショッピングまで話し終えた。

「ふーん……」

 なぜかオボ先輩は深刻そうな顔をした。

「男の匂いがしないわね……意図的に隠蔽いんぺいしてる?」

 そういう心理の読み合いみたいなのもNG。

「アハハ、冗談よ……あ、見えて来た」

 オボ先輩の言うとおり、姫野ひめの先輩の下宿先がみえてきた。

 と思いきや、まるで待ち構えていたかのように、ばったりと姫野先輩と出会った。

 姫野先輩は黒い革製のカバンを片手に、ちょうど門をくぐろうとしていた。

「あ、姫野さーん」

 オボ先輩は大声で名前を呼んだ。

 姫野先輩はふりかえって、すこしばかりこちらのほうへもどった。

「於保さん、こんにちは……裏見さんたちを送っていただいたようですね」

「K都は一見いちげんさんだと道に迷うからね。古都ことも例会?」

「はい……もしや、裏見さんたちも対局に参加を?」

「うん、暇してもらっても悪いかな、と思って」

「……そうですか」

 なんか今、微妙なやりとりがあった気がする。いや、まあ、内容はうすうす察しがつくというか、ようするにさっきの対局、都ノのデータを取りたかったんでしょ。さすがに私でも気づくわよ。私たちを警戒してるっていうよりは、背後にいる風切先輩を警戒しているような雰囲気だった。都ノは秋にCからBへ上がれば、来年度のどこかで申命館と当たる可能性がある。もちろん、全国大会じゃないと当たらないから、確率は低い。けど、そこを無視するほど将棋指しは楽観的でもない。

 於保さんはそれ以上なにも説明せず、私たちに笑顔をむけた。

「それじゃ、裏見さん、大谷さん、またどこかで会えるといいね。バイバイ」

「今日はいろいろと、ありがとうございました」

 私と大谷さんは一礼して見送った。

 彼女の姿が見えなくなったところで、姫野さんはようやく口をひらいた。

「歩美さんから誘われたのですか?」

「あ、はい……もしかして、他大を訪問しないほうがよかったですか?」

「いえ、歩美さんなら下心はべつになかったのでしょう」

 それは言えてる。藤堂さんの反応からして、歩美先輩の独断っぽかったし。

「ところで、裏見さん、このあと観光をなさいますか? よければ案内いたします」

「え、ほんとですか?」

「はい、今夜はスケジュールが空いています」

 私は大谷さんと相談して、このお誘いに乗ることにした。

 すこしばかりお色直しということで、2階の宿泊室へもどる。

 お化粧が崩れていないか確認していると、大谷さんがうしろで、

「今日一日、拙僧たちの存在をうまく使われている気がします」

 とつぶやいた。

「あ、うーん……ライバルの下調べをするのはしょうがなくない?」

「申命館が、ですか? ……左様ですね」

「え? 申命館の話じゃなかったの?」

「姫野さんは、遊びに出る口実として拙僧たちを誘ったのだと思います」

 なるほど、理解。この家、絶対門限ありそうだし。

「ま、そこは使われちゃってもいいんじゃないかしら」

「拙僧も、人助けとしての使われ方は嫌いではありません。が、さきほどの姫野さんと於保さんの会話、なにやら不穏なところがあったように思います」

 私は鏡から視線をはなした。

「やっぱり大谷さんも感じた?」

「はい……西は西で、なにやらいろいろとあるようですね」

 私はなんとも言えない微妙な気持ちになった。

 大谷さんはすこし思い直したらしく、

「すみません、観光前にふさわしくない話をしてしまいました」

 と謝った。

「ううん、大丈夫よ。いずれにせよ、私たちは首をつっこまないほうがいいと思う」

「左様ですね……では、心安らぐK都観光へと参りましょう」

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