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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第30章 帰ってきた歩美ちゃん(2016年8月8日月曜)
177/487

177手目 御手の勝手流

挿絵(By みてみん)


 オテくんの構え、謎すぎる。どう発展してくるのか予測がつかない。

 とりあえずこちらも慎重に囲っていきましょう。

 7七銀、6四歩、3六歩、3二金。

 ん? 角換わり腰掛け銀っぽい?

 トリッキーな出だしでおどしただけなのかしら。指し慣れたかたちになるかも。

 2五歩、6三銀、3七銀、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 この手をみた私は、オテくんが腰掛け銀を目指していると判断した。

 つまり、私の3七銀をどう活かすかが論点。こっちは腰掛け銀にできない。

 王様の位置をどうするかという問題もある。7八金〜5八金とあがれば、角換わりでよくみるかたち。でも、右金の位置を決めるのは性急。4九のままのほうが安定しそう。

「……7八玉」

「その手はなんか気になるなぁ。7三桂」

 私は6八金とあがった。やや変則的な囲いにする。金2枚で3筋から7筋までを広くカバーするかっこうだ。オテくんはすこしおどろくかな、と思ったけど、全然そんなことはなくて、

「8一飛」

 とあっさり引いた。


挿絵(By みてみん)


 これもあやしい。もしかして右玉? 5二金〜6二玉とか?

 ありうる。私はこのまま囲い合ったものかどうか悩んだ。

 右玉は陣形に発展性がない。とはいえ、こっちもそれほどの発展性はない。このかたちから固くすることはできないし、あれこれ駒を動かしていると、角を打ち込まれる隙ができてしまう。

 それに、オテくんが関西七将の一角なら、変に駒組みで争わないほうがよさげ。格上相手に守勢は悪手。積極果敢に攻めるのみ。

「……4六銀」

 速攻を狙う。

「7二金」

 え? 金をそこに? ……右玉ですらないってこと?

 ま、まさかこのかたちで中住まいとか?

 私はちょっと面食らった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………いや、こんなのは考えてもしょうがない。

 歩美あゆみ先輩の言うとおりだ。オテくんの術中にハマらないようにしないと。

「3五歩です」


挿絵(By みてみん)


 開戦。

「そうこなくっちゃね。僕も遊んでるわけじゃないんだよ。すべては棋理さ。同歩」

 同銀、6二玉、2四歩、同歩、同銀、同銀、同飛。

 あっさり銀交換させてもらった。

 なにかありそうな局面ではあるけれど、4九金がよく利いている。

 オテくんは持ち駒に手をのばした。

「とりあえずこうかな」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 角打ち……敵陣に打つ場所がないから、そこくらいしかないけど、ただ……あんまり利いていないように思う。ここは変にがんばらないで、冷静に対応しましょう。

「3七歩」

「ハハハ、からいね」

 オテくんはそう言って8四歩と突いた。

 ん? 飛車先? ……3六歩の追撃か、2三歩を読んでいた。

「さあ、裏見うらみさんは飛車をどうするのかな?」

 オテくんはちょっと挑発ぎみにたずねてきた。

 私は無視して先を読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? 飛車を引く場所がない?

 2八は3六歩のあたりがキツくなる。2七はなにをしたいのかがわからない。一見2六飛はありそうだけど、4四角、3六飛、3三桂が手順すぎる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 次の2一飛が強烈だ。

 だけど、このまま2四で待機させるわけにもいかない。後手はおそらく3三桂〜2一飛をずっと狙っているはず。8四歩と突いたのは、飛車先を伸ばしたというより、王様が7一から広く逃げられるようにするのが目的っぽい。

「……2三角」

「強行突破か。3三角」

 いったん2八飛と引く。

 オテくんは2三金と取りなおした。

 私の同飛成に、オテくんは角を空打ち。

「1四角」


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……斜めの包囲網。

 私は2八龍と引いて、4七角成に5八金上と追い返す。

「1四馬、の前に2七歩ね」

 龍の頭をたたかれた――なんかイヤな予感。

 ふつうに考えたら、龍の横利きをそらすため。

 まさか5八馬といきなり切るつもりかしら?

 例えば、2七同龍、5八馬、同金、6五桂、8八銀、同角成とか?

 そのまま後手の飛車が間に合ってきたらマズい……けど、この局面では3三に角がいて飛車を回る余地はない。おそらくいったんは1四馬でしょうね。

「2七同龍です」

 私は恐る恐る歩をはらった。

「5八馬を心配したのかな? さすがにそこまでせっかちじゃないよ。1四馬」

 よし、ここで狙いの一手。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 4筋がスカスカなのは先手だけじゃない。後手もだ。

 4三銀成は防げない。王様は6筋にいるからすぐそこ。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 〜〜〜〜ッ! 切られたッ!

「同……あッ」

 同金と取れない。取ったら5八馬でボロリと取られる。

 し、しまった。2七歩の狙いはなんとなく読めてたのに。迂闊うかつ

「同け……」

 私は同桂としかけて、手をもどした。

「失礼しました」

 定跡どおり謝っておく――これ、同桂って取れなくない?

 同桂、8五桂と跳ねられて、同桂、同歩……4七歩? でも、8六歩とそのまま突っ込まれて困るような……7七同桂、4七歩と先に打つ? 7七桂成、同玉……ダメか。6五桂と跳ねられてめちゃくちゃになる。

「……」

 私は考えあぐねた挙句、7七同玉と取った。

「ん……やるね、それが最善かな」

 オテくんの声音こわねは、からかっているようには聞こえなかった。

 30秒ほど考えて、7九銀と打たれる。


挿絵(By みてみん)


 ぐぅ、これはさすがに読んでるあったけど、厳しい。

 とりあえず時間が残り1分しかない。

 私は2二龍で王手をした。一方的に攻められる展開にはしない。

 3二歩、7八玉、8八銀打、4七歩。

 なんとか馬筋は遮断した。

 6八銀成、同玉、8九銀成、4三銀成。


挿絵(By みてみん)


 目標の銀成も達成。

 後手も馬を動かすと3二龍で一気に悪くなる。

 急に膠着状態になった。

「堅実に攻めるほうがいいか……6五桂」

 ここで私は30秒将棋に。

 6五桂は5七への殺到が狙い。だったら――

「3五角」


挿絵(By みてみん)


 踏み込む。5三角成に7三玉があるから詰めろにはなっていない。

 オテくんはひとさしゆびを上唇うわくちびるにあてて、じっと虚空をみつめた。脳内将棋盤。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4六歩」

 2手スキか……さっきから読んでるんだけど、私の3五角は2手スキですらなかったっぽい。このまま突っ込むと負ける。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5三成銀」

 一回王手。

 7三玉と逃げさせてから、私は2五銀と打った。

「4七歩成」

 オテくん、冷静な歩成。これは詰めろだから対応せざるをえない。

「同金」

「龍に死んでもらおうか。1二金」


挿絵(By みてみん)


 2五銀のデメリットを突かれた。龍の撤退場所がない。

「1四銀」

 いったん馬と刺しちがえる。

「2二金……さて、手番を渡しちゃったね」

 そう、この手番は活かさざるをえない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3六角ッ!」

 攻防、多分。

 オテくんは一回5四歩と受けた。

 6三成銀、同金、5二銀。

 この5二銀が詰めろじゃないのよねぇ。きついかも。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 飛車を下ろされた。

 私は5九玉で耐える。

 5八銀、4八玉、5五桂。

 ん? 4七銀成の王手は上に抜けられると読んだの?

 ……いや、これはこれで厳しいのか。とにかく上を開拓する。

 6三銀成、8三玉とさらに追ってから、3八玉で入玉をみせた。

「4七銀不成」

「2七玉」


挿絵(By みてみん)


 上へ脱出。

「3八飛成」

 オテくんは10秒ほど読んで飛車を成った。

 私はノータイムで2六玉と立つ。

 オテくんは1四歩で銀を回収した。

 これは……3五の角を動かさないと逃げ道がなくなるパターンか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ。


「6二角成」

 詰めろをかけつつ3五の地点を空ける。

「3六銀成」


挿絵(By みてみん)


 ほとんど入れ替わるかたちで銀成が入った。

 私はそれを回収しようとして、アッとなった。

「よ、4筋の入玉ラインが消えてる……」

 同玉は4七龍以下、同歩は1五角以下で詰む。

 6二角成が王様の脱出路を全然ひろげていない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 一礼して終了。私は大きく息をついて、気持ちを落ち着かせた。

「ごめん、最後はうっかりだった」

「いや……けっこう白熱してたんじゃないかな」

 私たちは軽く感想戦をした。序盤は五分のわかれで、2三角がちょっとやりすぎだったんじゃないか、という結論になった。ただ、その後の展開も明確に後手有利で進んでいたわけではないようだ。

 15分ほど経ったところで、パンと手をたたく音がした。

 藤堂とうどうさんが立ち上がって、部室をみまわしていた。

「よし、全局終わったな。休憩だ……お茶を淹れよう」

場所:申命館大学将棋部

先手:裏見 香子

後手:御手 篤

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀

▲4八銀 △3三銀 ▲6八玉 △6二銀 ▲7七銀 △6四歩

▲3六歩 △3二金 ▲2五歩 △6三銀 ▲3七銀 △7四歩

▲7八玉 △7三桂 ▲6八金 △8一飛 ▲4六銀 △7二金

▲3五歩 △同 歩 ▲同 銀 △6二玉 ▲2四歩 △同 歩

▲同 銀 △同 銀 ▲同 飛 △5五角 ▲3七歩 △8四歩

▲2三角 △3三角 ▲2八飛 △2三金 ▲同飛成 △1四角

▲2八龍 △4七角成 ▲5八金上 △2七歩 ▲同 龍 △1四馬

▲3四銀 △7七角成 ▲同 玉 △7九銀 ▲2二龍 △3二歩

▲7八玉 △8八銀打 ▲4七歩 △6八銀成 ▲同 玉 △8九銀成

▲4三銀成 △6五桂 ▲3五角 △4六歩 ▲5三成銀 △7三玉

▲2五銀 △4七歩成 ▲同 金 △1二金 ▲1四銀 △2二金

▲3六角 △5四歩 ▲6三成銀 △同 金 ▲5二銀 △8八飛

▲5九玉 △5八銀 ▲4八玉 △5五桂 ▲6三銀成 △8三玉

▲3八玉 △4七銀不成▲2七玉 △3八飛成 ▲2六玉 △1四歩

▲6二角成 △3六銀成


まで92手で御手の勝ち

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