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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第30章 帰ってきた歩美ちゃん(2016年8月8日月曜)
176/486

176手目 すっぽ抜けた玉頭戦

挿絵(By みてみん)


 だいぶ押し込まれた……けど、さっきの読みで気づいたことがある。先手の王様が7九にいるせいで、4筋からの攻めが効かないわけだ。だったら移動させる。

「8七桂」


挿絵(By みてみん)


 この手を見た歩美あゆみ先輩は、ひとこと、

「なるほど……そうくる」

 と言って小考した。残り時間は、私も少ないけど先輩も少ない。

 私が2分、先輩が3分。

 この読みは、取るかどうかなんて考えていないはずだ。同金、同歩成は加速する。

「……6九玉」

 私は即座に4七歩と打った。同金なら3八角がある。

 とはいえ、取ってくれるわけもなく、先輩は4九金と逃げた。

「3七歩成」

「だいぶ狭くなったわね。スピード勝負かしら。3三歩成」


挿絵(By みてみん)


 これは詰めろじゃない。

 私は4八歩成と畳みかけた。放置なら4七角で決まる。

 歩美先輩、再度小考。時間がどんどんなくなる。


 ピッ

 

 先手は30秒将棋に突入。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 8八金? ……4七角を許容?

 見落とし……じゃないわよね。7八のスペースは先手玉を軽くしている。ただ、それでも4七角が激痛では? 4七角、7八玉、2九角成……詰めろじゃないのか。でも、後手だって詰めろじゃないでしょ? 3二と……ん? 4三とが詰めろ? 4三と、4九との刺し違えは3二と以下で詰む。もっとも、放置するからいけないわけで、受ければ……いや、ちがう。受けてたら4九とが間に合わない。

 す、スピードで遅れてる。8八金が予想以上にいい手だったかも。

 

 ピッ

 

 私のほうも30秒将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4九とッ!」


挿絵(By みてみん)


 飛車取りは間に合わないとみた。金を先に回収する。同飛は4八歩で遮断できる。

 3二と、同銀、3三歩。

 ぐぅ、これも詰めろだ(3二歩成、同玉、3三金以下)。

 受けつつ攻めないといけない。私は攻防の手をさがした。

 4五飛はさっきの詰めろを防げていないから──

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「1四角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 王手でいく。

「2五歩」

 なんてシンプルな受け。とりあえず猶予はできた。

 私は2三銀と上がって、3二銀に2二玉(4二玉は4一金の底打で詰む)と逃げた。

 歩美先輩は29秒ぎりぎりまで考えて、3五桂と打った。これはさすがに詰めろだ。2三桂成、同角、同銀成、同玉、2四歩、3四玉、2三角まで。

 2五歩が攻めに利いてきてしまった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

 私は2五歩で間口をひろげた。

「そっちも詰んでるわよ。2三銀成」


挿絵(By みてみん)


 え、そっちから……詰んでる? バラバラにしたあとが捕まらなくない? 2三同角、同桂成、同玉、4一角でも詰まないような……上が広いし……。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 私は2三同角と取った。

「3二歩成」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、そっか。

「ま、負けました」

「ありがとうございました」

 しまった。2三桂成とされなけば、角はむしろ邪魔になるんだ。

「はい、東日本の新人ベスト5に1勝」

 歩美先輩、めっちゃドヤ顔。もう1戦、もう1戦。

 私が再勝負を挑もうとするまえに、サイドから声がかかった。

駒込こまごめ先輩、お客さんに失礼なんじゃないですか」

 となりに座っている少年が、あきれ顔でこちらをみていた。

 ツンツンヘアのサイド2ブロックで、うっすらと茶色く染めていた。

 顔立ちは線が細いわりに我が強そうな感じで、服装は緑のYシャツに紺のジーンズ。

 歩美先輩は腕組みをして、

「ちょっと、そっちの盤に集中しなさいよ」

 と注意した。おたがいにタメ口だから、同学年っぽい。

 少年はかるく肩をすくめた。

「いや、こっちも感想戦だから……裏見うらみさん、ごめんね、うちの駒込先輩が」

「え、あ、いえ」

「ちょっと、なんで飼い犬が迷惑かけたみたいな言い方なのよ」

 少年も腕組みをして、

「いやぁ、ペットの事故は連帯責任ですからね。しつけは大事なんですよ」

 と言った。この少年自身がめちゃくちゃ失礼で笑う。

「というわけで、裏見さん、あんまり気にしないでね」

「いえ、気にはしてないんですが……えーと……」

「あ、ごめんごめん、俺は申命館しんめいかん1年の御手おてって言うんだ。よろしく」

 おて? ……本名? はじめて聞いたかも。なんだか──

 ここで歩美先輩が割り込んできた。

「香子ちゃん、今、『犬の声かけみたい』って思ったでしょ? 合ってるわよ。うちでも『御手おて御手おてして』って言って遊んでるから」

 ここは幼稚園かなにか?

 私が内心であきれていると、こんどはオテくんが笑って、

「裏見さん、今、『ここは幼稚園?』って思ったよね? 合ってる。古都こと大からは『将棋がとってもつよい申命館幼稚園』って言われてるからね」

 とセルフ突っ込み。

 ひとの心を読むのはやーめーてぇ。

 っていうか、この大学、危険地帯なのでは?

 なんだか虎穴こけつに入ってしまった気がする。なーんて考えていると、すみっこで対局していた藤堂とうどうさんが、

「駒込、御手、まじめに対局しろ」

 と注意した。

「「はーい」」

 ふたりはおとなしく返事をして、感想戦にもどる。

 負けた私のほうからコメント。

「8八金のあと、打つ手なしでしたか?」

「あの金寄り、冷静っぽく指したけど苦しまぎれよ」

 マジですかッ!?

「でも、4七角がじっさいに効きませんよね?」

「4七角で先手が悪いわけじゃないけど、良くもないわよね。7八玉と逃げるのは、7九桂成と捨てて、同玉なら8七歩成が詰めろ。同銀、8七歩成、同金、6九角成、同玉、8七飛成の局面を読みきれなかったわ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あ、そっか。王手飛車に気をとられて、8七から突っ込む順が頭から抜けていた。

「ってことは、4七角、5八桂、2九角成、3二と、同銀、3三歩が本線ですか?」

「それは先手勝ちな気がするわ。そこから5八と、同金、4六桂と打っても、3二歩成、同玉、3三金、4一玉、4二銀、同金、同金、同玉、4三銀打、5一玉、5二金で詰みよね。むしろ、4七角、5八桂に同ととして、同金、2九角成、あるいは、7九桂と捨てて同銀、5八角成、同玉、4六桂、6九玉、8七歩成……あ、これは先手負けかも」

 しまった。勝ち筋あったんだ。

「ってことは、このあたりまでは互角でした?」

「うーん、どうかしら。本譜は8八金と寄ったけど、30分60秒の本番なら、3二とと強く踏み込んでいく順をメインで読んだと思う。そっちのほうが明確に勝ちっぽいし」

 30秒将棋のアヤだったか。残念。

 もうすこし前の局面も検討――

 しばらくして、藤堂さんの指示が入った。

「よし、全局終わったな。メンバーを交代する。入り口サイドがひとつずつ右にずれる。一番右にいる俺は左端と交代する」

 入り口に近いのは……私か。私はひとつスライドした。オテくんが座っていた。

 まあ、そうなるわよね。彼は窓を背にして座ってるから。

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 駒をならべなおして、振り駒。ゆずってもらった私が振って、オテくんが後手。

 左すみっこに移動した藤堂さんは、部室に目を走らせた。

「準備はできているな? ……それでは、はじめ」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私たちは一礼して、対局開始。

 7六歩、3四歩……横歩にしてくるかしら? ちょっとわかんない。さっきちらっとオテくんの盤面をみたけど、終盤のごちゃごちゃした局面で、もとが居飛車なのか振り飛車なのかも判別がつかなかった。

「……2六歩」

 とりあえず飛車先の歩を伸ばす。横歩になりそうならムリヤリ矢倉。

「3手目にずいぶん考えたね。苦手な戦法があるのかな」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「か、角交換型振り飛車?」

「どうかなぁ。角交換したら振らないといけないってルールはないけど?」

 な、ないけど、こんな序盤で……それとも力戦形角換わり?

 私は同銀にすこし時間を使ってしまった。

 2二銀、4八銀、3三銀。

 ほら、どうみても角交換型振り飛車だ。しかも向かい飛車っぽい。

「6八玉」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……振り飛車じゃない? ってことは……角交換型の力戦?

 もしかして舐めプされてる?

香子きょうこちゃん、あんまり御手の術中にハマらないほうがいいわよ」

 左どなりに残っていた歩美先輩からの忠告。

 オテくんはアハハと笑った。

「ひと聞きが悪いですね。これは俺の棋風ですよ、駒込先輩」

「御手は香子ちゃんに嫉妬してるのよ。一校一名までで出られなかったから」

 私はちらりとオテくんのほうをみた──さっきまでの不敵な笑みは消えていた。

「なるほど、ジェラシーね……ちょっとはあるかな」

 そういうことに私を巻き込まないでください。

 困惑するなか、部屋の奥で宗像むなかたくんが笑った。

「香子、ビビんなくていいぞ。このまえみたいにちゃちゃっとやっつけとけ」

 いやいやいや、そういう言い方はないでしょう。

 ところが、オテくんは気にしていないみたいで、

「そうなんだよねぇ。だから関東のフレッシュベスト5が相手だと、分が悪いかなぁ」

「いや、あの、そういう謙遜は……」

「あとこれは舐めプじゃないから、全力で来てくれよ、裏見香子さん」

場所:申命館大学将棋部

戦型:後手雁木

先手:駒込 歩美

後手:裏見 香子


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀

▲4六歩 △6二銀 ▲4七銀 △5四歩 ▲6九玉 △5三銀右

▲7九玉 △5二金 ▲3六歩 △4一玉 ▲2五歩 △3三角

▲3七桂 △3一玉 ▲4八金 △4三銀 ▲5六銀 △6四歩

▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲2九飛 △7四歩

▲4五歩 △同 歩 ▲1五歩 △同 歩 ▲3五歩 △8六歩

▲同 歩 △8五歩 ▲同 歩 △8六歩 ▲3三角成 △同 桂

▲4四歩 △同銀右 ▲3四歩 △3六歩 ▲3三歩成 △同 金

▲4五桂 △同 銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲4五銀 △8五飛

▲6六角 △4四歩 ▲3四歩 △3二金 ▲4四銀 △8七桂

▲6九玉 △4七歩 ▲4九金 △3七歩成 ▲3三歩成 △4八歩成

▲8八金 △4九と ▲3二と △同 銀 ▲3三歩 △1四角

▲2五歩 △2三銀 ▲3二銀 △2二玉 ▲3五桂 △2五歩

▲2三銀成 △同 角 ▲3二歩成


まで87手で駒込(姉)の勝ち

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