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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第30章 帰ってきた歩美ちゃん(2016年8月8日月曜)
174/486

174手目 おひさしぶりな先輩たち

《本日はJR東海道新幹線をご利用いただきまして、ありがとうございます》

 私は新幹線の車窓から、富士山をながめていた。

 大谷おおたにさんは進行方向と逆の席で、おにぎりを食べている。

 大学1年生の前期を終えて、なんだかとてもホッとした。

裏見うらみさん、なにかありましたか?」

 私は窓から視線をはなした。

「富士山をみてるの」

「いえ、そうではなく……すこし雰囲気が変わられたような気が」

 ぐッ、さすが大谷さん、勘がするどい。

 ごまかすとかえってこじれそう。

「プライベートで、ちょっとだけいいことがあったの」

「……左様ですか」

 大谷さんもそれ以上は追及しなかった。セーフ?

 とりあえず、私はスマホで、これからの予定を確認した。まずK都で一回降りる。最初はまっすぐ実家に帰る予定だったけど、大谷さんと相談して、K都旅行をいれた。理由はふたつ。ひとつは、姫野ひめの先輩と歩美あゆみ先輩に会いたかったから。2日前にMINEで確認を取ってみたら、ふたりとも帰省時期が私とかぶっていなかった。会うなら私がK都入りするしかない。もうひとつは、大谷さんがK都で降りて観光をしたがったからだ。だったら私も便乗して、というわけ。宿がめちゃくちゃ高かったけど、姫野先輩のツテで安く泊めてもらえることになった。

「10時22分着か……大谷さんは、降りたらすぐに観光?」

「観光ではなく参拝です」

 あ、はい。

「参拝ルートは、決まってる?」

「世相に合わせて時間を細々こまごまと決めるのは、よろしくありません」

 んー、いかにも大谷さんっぽい反応。

 やっぱり別行動かなぁ。仏閣めぐりもいいけど、ずっとそれはさすがにちょっと。

 私がなやんでいると、大谷さんから話を振ってきた。

「裏見さんは、どなたか先輩にお会いになられるそうですね」

「高校のとき、お世話になったひとよ……姫野先輩は知ってるわよね?」

「もちろんです。古都こと大にお進みになられたとか。もうひとりのかたは?」

駒込こまごめ歩美あゆみっていうおなじ高校の先輩で、申命館しんめいかんよ」

 この返事に、大谷さんは少々真顔になった。

「あの藤堂とうどうさんがいるところですか……」

「藤堂さんに会いに行くわけじゃないし、勝負を挑むわけでもないから、大丈夫よ」

 大谷さんは、左様ですね、とだけ言って、最後のおにぎりを食べた。

 私は家を出るときにコンビニのパンを食べたから、お昼まで我慢。


  ○


   。


    .


《K都、K都です。お忘れ物のないよう、ご注意ください》

 ふぅ……ホームに降りた私は、大きく背伸びをした。

 K都は初めてってわけじゃない。家族旅行で来たことがある。

 だけど、ここは大谷さんに頼ったほうがいいかな。彼女はT島出身だし。

「どういうルートで行けばいいかしら?」

「宿へ荷物を置きに行くほうがよろしいかと」

 ふむ、納得。大谷さんの風呂敷はともかく、私のキャリーバックはきつい。

 私たちは宿へ移動することに決めた。

 階段を降りて、地元の路線に乗り換える。

 私たちは路線図をみた。

「……あら? 古都大の最寄り駅が載ってな……あ、載ってる」

 けど、なんか変ね。1駅だけJRで移動して、それから私鉄に乗り換え?

 アクセスが悪いような気がする。まあ、しょうがないか。

「すぐに出るようですね。急ぎましょう」

 待ってぇ。

 私たちはギリギリで最後尾の車両に乗ることができた。

 外国人観光客が多い。これは市内もそうとう混んでそう。

 なるべく邪魔にならないように、キャリーバックを端へ寄せて立った。

 すぐに次の駅で乗り換える。ホームを移動していると、大谷さんが、

「古都大の近くにある宿舎ですか?」

 とたずねてきた。

「多分……料金は気にしなくていいらしいから、大学の施設じゃないかしら」

 じつは、住所しかもらってないのよね。

 次に来た電車は、比較的空いていた。私と大谷さんは連結部の近くに座る。

「旅行って、最初と最後の移動がつかれるわよね」

「拙僧のように風呂敷を使うと楽ですよ」

 いや、風呂敷に下着類を入れるのは、ちょっと。

 とはいえ、お遍路さんのかっこうをしてる大谷さんがキャリーバックを転がしてたら、それはそれで変な感じがする。やっぱり統一性よね、ファッションは。

 私はなんとなく納得(?)して、最後の駅で降りた。

 指定された住所へと、地図アプリを活用しながらむかう。

 さすがに歴史のある街だけあって、そこそこ古い建物がちらほらとみえた。

「……ここに矢印が立ってるわ」

「ここですか? 民家しかないようですが?」

 そうなのよね。ホテルらしきビルも、大学の施設らしき建物も見当たらない。

 目の前には、古民家が一軒建っているだけだった。玄関が道に面しているタイプじゃなくて、門をくぐった先に庭がみえるタイプ。奥にみえる民家は、そこまで豪華ってわけでもなく、なんか普通に2階建ての木造。玄関は洋式じゃなくて、昔ながらの横にスライドさせる構造だった。くもりガラスの向こうがわは、わからない。

 門の表札ひょうさつは――姫野じゃないわね。松田って書いてある。

 大谷さんも表札の名前を確認して、

「住所がまちがっているのではありませんか?」

 とうたぐった。うーん、教えてもらった住所がちがうのかしら。

 入力ミスはしてないし、電信柱の番地もあってるし、ナビも――

 

 ガラガラガラ

 

 あ、だれか出てきた……って、えぇッ!?

「ひ、姫野先輩ッ!」

 私の声に、姫野先輩は顔をこちらへ向けた。

 渡り石をたどって、門のほうへ歩いてくる。

「裏見さん、大谷さん、おひさしぶりです。道に迷われているのかと思いました」

「迷ったというか……ここでいいのかな、と」

「なにかご不満でも?」

「あ、いえ、全然そんなことないんですけど、ホテルに見えなかったので……」

「ここはわたくしの下宿先です」

 下宿? ……姫野先輩が下宿? 地元でセレブリティだった姫野先輩が?

 K都って、そんなに家賃が高いの?

 私は疑問が顔に出てしまったらしい。姫野先輩は、

「どうかなさいましたか?」

 とたずねてきた。

「あ、すみません……失礼かもしれませんけど、姫野先輩ならマンションとか買ってるんじゃないかな、と思ってて……」

「ここはわたくしの実家の所有物です」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「大学へ通うのに、家一軒、買ったってことですか?」

「はい」

 お金持ち過ぎィ!

「で、でも、持ち家とかたいへんじゃないですか……?」

「お手伝いの松田さんがいらっしゃるので、わたくしはなにもしていません」

 私がアパートで食器洗いしたりゴミ出ししたりしてるのは、なんなんですかね?

 これが格差? これが実家の太さ?

「ってことは、姫野先輩の家に格安で泊めていただけるってことですか?」

「お金をいただくつもりはございません」

 そういえば、MINEのメッセージには「料金は気になさらなくてけっこうです」と書いてあっただけで、安いとかそういう単語はなかったような気がする。

 つまり、K都で宿代タダ。乗るっきゃない、姫野先輩の財力に。

「1泊だけですが、よろしくお願いします」

「こちらこそ……と言いたいところですが、本日は大学で会合があります。同伴はできませんので、ご自由にお過ごしください。松田さんには言伝ことづててあります」

 ありがとうございます。

 私たちは姫野先輩をおがんで、お見送りをした。

 さて、さっそく荷物をおきましょう。

「ごめんくださーい」

 私たちは玄関であいさつした。

 すると、奥からひとのよさそうなおばさんが出てきた。

 ちょっとふくよかで、腰に巻いたエプロンで手を拭いていた。

「はい、どなたさまですか」

「姫野先輩からご紹介にあずかりました、裏見です。こちらは……」

「大谷ともうします」

「ああ、お嬢さんのお客さんですね。うかがっていますよ」

 私たちは靴をそろえてあがった。2階に案内される。

「今、もうおひとかたお泊めしていますが、もうすぐ出られますので」

 あれ? もうひとりいるの? 彼氏……ってことはないか。そんなにうかつじゃないだろうし、この松田さんっていうひと、よく考えてみたら、ようするに姫野先輩のお目付け役ってことよね。やっぱり窮屈な生活を送っているようだ。

 私たちは一番奥の洋室へ通された。ベッドが2台、テレビもテーブルもついていて、お客さん用に改装されていることがわかった。

「お風呂は1階にありますので、お入りになられるときはお言いつけください」

「ありがとうございます」

「では、ごゆっくり」

 私たちは荷物を部屋のすみにまとめた。お洋服を出して、クローゼットにならべる。

 ちょっと休憩したい気もした。お茶がついてるから、お湯を沸かしましょう。

 私は湯沸かし器に水道水をいれながら、

「もうひとりのお客さんって、だれかしら。女性でまちがいないとは思うんだけど」

 とつぶやいた。すると、廊下から、

「私に決まってるでしょ」

 と声がかかった。びっくりして水が手にかかってしまう。

 ふりかえると、高校以来の馴染みのひとが立っていた。

 ショートヘアで、ちょっと淡白そうなところのある顔。切れ長の瞳。

「歩美先輩ッ!」

「お・ま・た・せ。香子ちゃんが来るって聞いたから、出発を遅らせてたの」

「おひさしぶりです……そっか、申命館だからK都なんですよね、先輩」

「そうよ。ほんとにひさしぶりね。ここは1局……」

 いけない、歩美先輩のダメなところが出た。

 私はこれから市内観光の予定だと伝えようとした。

 ところが、歩美先輩はそれよりも早く先を続けた。

「と言いたいところだけど、ちょっと用事があるのよね」

「用事? ……歩美先輩にとって、将棋よりだいじな用事とは?」

「大学に行かないといけないのよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「歩美先輩、ついに改心したんですね。裏見香子、感動しました」

「将棋部の定例会だけど?」

 あのさぁ、けっきょく将棋ですか。私の感動をかえして。

 とはいえ、いきなり歩美先輩の将棋キチが治ってたら、それはそれで怖いか。

「どう、香子ちゃん、いっしょに申命館まで行かない?」

「私たちはこれから……」

 そのとき、うしろで大谷さんがささやいた。

(申命館は王座戦常連校です。偵察しておいて損はないかと)

 むッ……大谷さんらしからぬ、煩悩ぼんのうにまみれたアドバイス。

「これから、なにか別件があるの?」

「いえ、これからすることもなくてヒマだったので、お言葉に甘えます」

「そうこなくっちゃね。それじゃ、申命館までひとっ飛びしましょ」

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