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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第29章 動き出した恋心(2016年8月5日金曜)
172/487

172手目 ありえない自撮り

「うーん……香子きょうこにフェミニンはどうも似合わないネェ……そっちの緑のVネックは……あっさりし過ぎかなぁ……ギンガムチェックはイメージとちがうしぃ……」

 鏡のまえで、両手に持ったハンガーを入れ替える。

 全部ダメ出しされて、べつの2着と交換。

 ララさんはあごに手をそえて、じっと私の上半身をみつめた。

「ドット柄は、おばさんくさいね……プルオーバーもなんかあざとい感じ……香子、意外と似合う服すくないかも」

 は?×3 あのさぁ、さんざん試着してそれですか。

 というか、ララさんのチョイスが悪いのでは?

 なーんか30代っぽい服を選んでる気がするのよね。

 とはいえ、センスが悪いとか言い合うのはケンカのもと。

「ララさんが選んでばっかりだから、私にも選ばせて」

「Sinto muito……香子はどんなのがいいの?」

 さて、言い出してはみたものの……フェミニンが似合わないっていうのは、ララさんの言うとおりなのよね……高校のときも、あんまりそれっぽいのは着てなかった。モード系とかクール系も印象変わっちゃいそうだから、基本はカジュアル。

「このチュールワンピなんか、どう?」

 私はネイビーブルーに白い花柄のワンピースを選んだ。

「もっと明るい色がよくない? こっちのピンクとか」

「ロングパンツをピンクにしたいのよ」

「Oh、だったらなおさら上は暗色じゃないほうがいいよ。この白のトップスは?」

 ララさんが持ってきたのは、2段フリルの純白トップスだった。

「私がフリル着て大丈夫?」

「へーきへーき、そんなにひらひらしてないし」

 私はロングパンツとトップスを手にして、鏡のまえに立った。

 パンツはおへそよりちょっと高い位置にしてみる。

「……そうね、試着してみようかしら」

「お客さま、デートですか?」

 ん、この声は――ふりかえると、ニヤケ顔の金髪少女が立っていた。

 不破ふわかえでさんだ。

「ど、どうしたの? まだ東京にいたの?」

「夏休みに東京で遊ばない手はないだろぉ。っていうか、マジでデートなの?」

 マズいところをみられた。

 いいわけを考えるまえに、これまたどこかで聞いた声がした。

「楓、お姉さんにちょっかいかけちゃダメだよ」

 スポーツキャップをかぶった美少年こと、不破ふわあきらくんだった。

 麻雀大会ではお仕事モードの彼だったけど、こうしてアパレルショップで出会うと、ほんとにかっこいい高校生って感じだ。これで最年少雀士って、ちょっとデキすぎよね。業界を盛り上げるためにイカサマでヨイショしてる、っていううわさが流れるのも、なんとなく分かってしまう気がした。もちろん、本当にイカサマしてるとは思わないけど。

 煌くんは帽子を脱いであいさつする。

「こんにちは、またお会いしましたね」

「こんにちは、又従姉妹またいとこのお守りで大変そうね」

 これには不破さんが怒った。

「あたしはガキの使いじゃないっつーの。つーか、大学生なのにショッピングに精出してていいのかよ?」

 いやいやいや、試験は終わったから。ごほうびだから。

 不破さんはいかにも説教くさい態度で、

「仕送りが服に消えてるって知ったら親が泣くぜぇ」

 と言った。

「残念でした。ちゃんとバイト代から支出してまーす」

「なんだ、バイトざんまいなのか。それも親が泣くぜ」

 学生さんは金がないのよ、まったく。

 っていうか、素でグレてる不破さんに言われたくない。

「なんのバイトしてるんだ? まさかパパ活じゃないよな?」

「だからぁ、ひと聞きの悪いこと言わない」

 私が反撃へ移るよりも早く、煌くんが仲介に入った。

「まあまあ、そのあたりで。楓が失礼な子ですみません」

「おーい、煌、じぶんだけいい子ぶるのはやめろぉ」

「楓、どうしたの? 裏見うらみさんがデートの準備してるのに嫉妬しっとした?」

 これには私と不破さんの両方が赤くなった。

「ちげーよッ! なんであたしがかないといけないんだッ!」

 煌くんは平然とした顔で、

「んー、そうだなぁ、楓にも好きな男がいるけど、ふり向いてくれないとか?」

 と返した。不破さんは、飴玉のスティックが曲がるくらい歯ぎしりした。

 え? 図星なの? 不破さん、片想い?

「おまえ、むかしからマジでそういうところだぞ、腹立つ」

「ハハハ、楓はわかりやすいからね……と、それでは、失礼しました」

 不破さんたちは、そそくさと売り場をはなれた。

 ララさんはふたりを見送りながら、腰に手をあててタメ息。

「香子、さっきのふたりは知り合い?」

「女の子は同郷よ。東京見物に来たみたい」

「男の子は? すごくかっこよかったね」

又従兄弟またいとこらしいわ」

 そっか、ララさんはあのHPの写真を見てないのね。見てたら気づくはずだ。

 ま、説明する必要性も感じないし、いっか。

 ショッピング、ショッピング。

 

  ○

   。

    .


 ふぅ、奮発して買ってしまった。

 夏休みはバイトを増やそうかしら。将棋道場も混雑するみたいだし。

 私はトイレのまえの椅子で、お財布を仕舞っていた。

 ララさんがお手洗いに行ってしまったのだ。

 レシートをかたづけていると、サイドから声をかけられた。

「あれ、またお会いしましたね」

 なんと、ふたたび煌くんが立っていた。しかも、ひとりで。

「ど、どうしたの? 不破さんは?」

「手洗いなので待ってます」

 あ、私とおなじ状況か。女子トイレの付近で遭遇という奇妙なシチュエーション。私はなにを話せばいいのかわからなかったし、そもそも煌くんが会話をしたがっているのかもわからなかった。

 ただ、ひとつだけ言っておかないといけないことがあった。例の写真だ。

「ねぇ、ちょっといいかしら」

「はい」

「このまえの写真、HPに載せてもらったうえで言うのはもうしわけないんだけど、ほかのと差し替えてもらえないかしら?」

 私のお願いに、煌くんは透明なまなざしをむけてきた。

「……どうしてですか?」

「じつは私、麻雀はよくわからないのよ。ファンとしてあの場にいたわけじゃないの」

「ええ、なんとなく気づきました。麻雀をそもそもおやりにならないんでしょう」

 ん……気づかれてたのか。それとも、不破さんがしゃべった?

 ま、それはどうでもよくて、HPから写真を削除させるのが先決。

「あのシーン、会場じゃなくて屋外だから不適切じゃない?」

「どうしたんですか? 急に気が変わったみたいですけど?」

 私はきょとんとした。なんの話かしら。

「気が変わった?」

「HP担当者から、『この写真を掲載して欲しい』という要望があった、と聞きました。てっきり裏見さんが掲載をお願いしたのかと思ったのですが」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

「私、掲載のお願いなんかしてないわよ。っていうか、あの写真を撮ったの、私じゃないから。自撮りできるアングルじゃなかったでしょ」

「そうですね。自撮りできるアングルじゃないと僕も思ってました。だから、担当者の話は眉唾まゆつばだったんですよ。スタッフがこっそり写したか、あるいは、どこかの雑誌のカメラマン……なんてね」

 私は、煌くんが懸念けねんしている事態を察した――ゴシップだ。

 あの日の会場のようすからして、煌くんには大勢の女性ファンがついている。ねたみの対象になる可能性はあった。しかも、麻雀の世界は将棋の世界とちがってて、プロ団体が複数あるっぽい。つまり、煌くんを罠にかけたいひとが、麻雀界のなかにいてもおかしくないわけだ。高校生なのにたいへんだな、と思うと同時に、そんな業界でヤリ手の煌くんが、ちょっとだけ怖くなった。

「煌くんが不審に思ってるなら、HP担当者に取り下げてもらえばいいんじゃない?」

「それができたら簡単なんですがね……と、出てきた」

 トイレから不破さんが現れた。ズボンで手をいている。きたない。

「おお、待たせたな……って、ポニテの姉ちゃんも一緒かよ」

「一緒で悪かったわね」

「べつに悪くはないけど、なにしてんだ? 迷子か?」

「連れを待ってるの」

 そう言ったとたん、ララさんも出てきた。

「香子、お待たせぇ……Wow、このひとたちしつこいね」

 ララさん、言いまわしは慎重に。

 一方、不破さんは全然気にしてないみたいで、私の荷物をじろじろみた。

「やっぱデートだな、これ」

「仮にそうだとしても、不破さんには関係ないでしょ」

「へっへっへ、ひと押しした甲斐があったかなぁ。不破楓、恋のキューピッド」

 こらぁ、地元で言いふらしたら、どうなるかわかってるんでしょうね。

 私がいきどおっていると、不破さんは右手を振った。

「それじゃ、ごゆっくりぃ」

「楓が失礼しました。さようなら」

 煌くんは帽子を脱いで謝った。そのまま不破さんのあとを追う。

 嵐のあとの晴天――というわけでもないか。本番のイベントはこれからだ。

「よし、帰って着こなすわよ」

「香子、興奮してるね。鼻の穴ふくらんでるよ」

「え、うそ」

「うっそー」

 ララさんは笑いながら駆け出した。

「こらぁ! ひとの恋路こいじをからかわないッ!」

 私は荷物をかかえて追いかけようとする。

 そして、ふと思った――あの写真、けっきょくだれが撮ったの?

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