172手目 ありえない自撮り
「うーん……香子にフェミニンはどうも似合わないネェ……そっちの緑のVネックは……あっさりし過ぎかなぁ……ギンガムチェックはイメージとちがうしぃ……」
鏡のまえで、両手に持ったハンガーを入れ替える。
全部ダメ出しされて、べつの2着と交換。
ララさんはあごに手をそえて、じっと私の上半身をみつめた。
「ドット柄は、おばさんくさいね……プルオーバーもなんかあざとい感じ……香子、意外と似合う服すくないかも」
は?×3 あのさぁ、さんざん試着してそれですか。
というか、ララさんのチョイスが悪いのでは?
なーんか30代っぽい服を選んでる気がするのよね。
とはいえ、センスが悪いとか言い合うのはケンカのもと。
「ララさんが選んでばっかりだから、私にも選ばせて」
「Sinto muito……香子はどんなのがいいの?」
さて、言い出してはみたものの……フェミニンが似合わないっていうのは、ララさんの言うとおりなのよね……高校のときも、あんまりそれっぽいのは着てなかった。モード系とかクール系も印象変わっちゃいそうだから、基本はカジュアル。
「このチュールワンピなんか、どう?」
私はネイビーブルーに白い花柄のワンピースを選んだ。
「もっと明るい色がよくない? こっちのピンクとか」
「ロングパンツをピンクにしたいのよ」
「Oh、だったらなおさら上は暗色じゃないほうがいいよ。この白のトップスは?」
ララさんが持ってきたのは、2段フリルの純白トップスだった。
「私がフリル着て大丈夫?」
「へーきへーき、そんなにひらひらしてないし」
私はロングパンツとトップスを手にして、鏡のまえに立った。
パンツはおへそよりちょっと高い位置にしてみる。
「……そうね、試着してみようかしら」
「お客さま、デートですか?」
ん、この声は――ふりかえると、ニヤケ顔の金髪少女が立っていた。
不破楓さんだ。
「ど、どうしたの? まだ東京にいたの?」
「夏休みに東京で遊ばない手はないだろぉ。っていうか、マジでデートなの?」
マズいところをみられた。
いいわけを考えるまえに、これまたどこかで聞いた声がした。
「楓、お姉さんにちょっかいかけちゃダメだよ」
スポーツキャップをかぶった美少年こと、不破煌くんだった。
麻雀大会ではお仕事モードの彼だったけど、こうしてアパレルショップで出会うと、ほんとにかっこいい高校生って感じだ。これで最年少雀士って、ちょっとデキすぎよね。業界を盛り上げるためにイカサマでヨイショしてる、っていううわさが流れるのも、なんとなく分かってしまう気がした。もちろん、本当にイカサマしてるとは思わないけど。
煌くんは帽子を脱いであいさつする。
「こんにちは、またお会いしましたね」
「こんにちは、又従姉妹のお守りで大変そうね」
これには不破さんが怒った。
「あたしはガキの使いじゃないっつーの。つーか、大学生なのにショッピングに精出してていいのかよ?」
いやいやいや、試験は終わったから。ごほうびだから。
不破さんはいかにも説教くさい態度で、
「仕送りが服に消えてるって知ったら親が泣くぜぇ」
と言った。
「残念でした。ちゃんとバイト代から支出してまーす」
「なんだ、バイトざんまいなのか。それも親が泣くぜ」
学生さんは金がないのよ、まったく。
っていうか、素でグレてる不破さんに言われたくない。
「なんのバイトしてるんだ? まさかパパ活じゃないよな?」
「だからぁ、ひと聞きの悪いこと言わない」
私が反撃へ移るよりも早く、煌くんが仲介に入った。
「まあまあ、そのあたりで。楓が失礼な子ですみません」
「おーい、煌、じぶんだけいい子ぶるのはやめろぉ」
「楓、どうしたの? 裏見さんがデートの準備してるのに嫉妬した?」
これには私と不破さんの両方が赤くなった。
「ちげーよッ! なんであたしが妬かないといけないんだッ!」
煌くんは平然とした顔で、
「んー、そうだなぁ、楓にも好きな男がいるけど、ふり向いてくれないとか?」
と返した。不破さんは、飴玉のスティックが曲がるくらい歯ぎしりした。
え? 図星なの? 不破さん、片想い?
「おまえ、むかしからマジでそういうところだぞ、腹立つ」
「ハハハ、楓はわかりやすいからね……と、それでは、失礼しました」
不破さんたちは、そそくさと売り場をはなれた。
ララさんはふたりを見送りながら、腰に手をあててタメ息。
「香子、さっきのふたりは知り合い?」
「女の子は同郷よ。東京見物に来たみたい」
「男の子は? すごくかっこよかったね」
「又従兄弟らしいわ」
そっか、ララさんはあのHPの写真を見てないのね。見てたら気づくはずだ。
ま、説明する必要性も感じないし、いっか。
ショッピング、ショッピング。
○
。
.
ふぅ、奮発して買ってしまった。
夏休みはバイトを増やそうかしら。将棋道場も混雑するみたいだし。
私はトイレのまえの椅子で、お財布を仕舞っていた。
ララさんがお手洗いに行ってしまったのだ。
レシートをかたづけていると、サイドから声をかけられた。
「あれ、またお会いしましたね」
なんと、ふたたび煌くんが立っていた。しかも、ひとりで。
「ど、どうしたの? 不破さんは?」
「手洗いなので待ってます」
あ、私とおなじ状況か。女子トイレの付近で遭遇という奇妙なシチュエーション。私はなにを話せばいいのかわからなかったし、そもそも煌くんが会話をしたがっているのかもわからなかった。
ただ、ひとつだけ言っておかないといけないことがあった。例の写真だ。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
「はい」
「このまえの写真、HPに載せてもらったうえで言うのはもうしわけないんだけど、ほかのと差し替えてもらえないかしら?」
私のお願いに、煌くんは透明なまなざしをむけてきた。
「……どうしてですか?」
「じつは私、麻雀はよくわからないのよ。ファンとしてあの場にいたわけじゃないの」
「ええ、なんとなく気づきました。麻雀をそもそもおやりにならないんでしょう」
ん……気づかれてたのか。それとも、不破さんがしゃべった?
ま、それはどうでもよくて、HPから写真を削除させるのが先決。
「あのシーン、会場じゃなくて屋外だから不適切じゃない?」
「どうしたんですか? 急に気が変わったみたいですけど?」
私はきょとんとした。なんの話かしら。
「気が変わった?」
「HP担当者から、『この写真を掲載して欲しい』という要望があった、と聞きました。てっきり裏見さんが掲載をお願いしたのかと思ったのですが」
……………………
……………………
…………………
………………え?
「私、掲載のお願いなんかしてないわよ。っていうか、あの写真を撮ったの、私じゃないから。自撮りできるアングルじゃなかったでしょ」
「そうですね。自撮りできるアングルじゃないと僕も思ってました。だから、担当者の話は眉唾だったんですよ。スタッフがこっそり写したか、あるいは、どこかの雑誌のカメラマン……なんてね」
私は、煌くんが懸念している事態を察した――ゴシップだ。
あの日の会場のようすからして、煌くんには大勢の女性ファンがついている。ねたみの対象になる可能性はあった。しかも、麻雀の世界は将棋の世界とちがってて、プロ団体が複数あるっぽい。つまり、煌くんを罠にかけたいひとが、麻雀界のなかにいてもおかしくないわけだ。高校生なのにたいへんだな、と思うと同時に、そんな業界でヤリ手の煌くんが、ちょっとだけ怖くなった。
「煌くんが不審に思ってるなら、HP担当者に取り下げてもらえばいいんじゃない?」
「それができたら簡単なんですがね……と、出てきた」
トイレから不破さんが現れた。ズボンで手を拭いている。きたない。
「おお、待たせたな……って、ポニテの姉ちゃんも一緒かよ」
「一緒で悪かったわね」
「べつに悪くはないけど、なにしてんだ? 迷子か?」
「連れを待ってるの」
そう言ったとたん、ララさんも出てきた。
「香子、お待たせぇ……Wow、このひとたちしつこいね」
ララさん、言いまわしは慎重に。
一方、不破さんは全然気にしてないみたいで、私の荷物をじろじろみた。
「やっぱデートだな、これ」
「仮にそうだとしても、不破さんには関係ないでしょ」
「へっへっへ、ひと押しした甲斐があったかなぁ。不破楓、恋のキューピッド」
こらぁ、地元で言いふらしたら、どうなるかわかってるんでしょうね。
私がいきどおっていると、不破さんは右手を振った。
「それじゃ、ごゆっくりぃ」
「楓が失礼しました。さようなら」
煌くんは帽子を脱いで謝った。そのまま不破さんのあとを追う。
嵐のあとの晴天――というわけでもないか。本番のイベントはこれからだ。
「よし、帰って着こなすわよ」
「香子、興奮してるね。鼻の穴ふくらんでるよ」
「え、うそ」
「うっそー」
ララさんは笑いながら駆け出した。
「こらぁ! ひとの恋路をからかわないッ!」
私は荷物をかかえて追いかけようとする。
そして、ふと思った――あの写真、けっきょくだれが撮ったの?