171手目 磯前好江、恋愛相談をもういちど釣り上げる
「……」
「香子?」
「……」
「きょうこぉ〜?」
「……」
「香子ってばッ!」
うわ、びっくりした。
我にかえると、穂積さんが立っていた。
穂積さんは、変なものでも見るような目つきで、
「なにFXで有り金全部溶かしたような顔してるの?」
とたずねてきた。
「な、なんでもないわ」
「ほんと? テストでやらかしたとか? それともインチキ商法にやられた?」
私はちがうと答えた。追求されるかな、と思ったけど、そうはならなかった。
「ちょっと購買へ行きたいんだけど、留守番大丈夫そう?」
壁の時計を確認。針は5時半を指していた。時短期間だから、あと30分で閉まる。
私は気をとりなおして返事をした。
「いいわよ。鍵だけ置いて行ってちょうだい」
穂積さんは、テーブルの所定の位置に、部室の鍵を置いた。
そのまま廊下へ出て行く。ドアが閉まった。
将棋道具であふれた部屋に、私ひとりが残された。
……………………
……………………
…………………
………………どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう……初手が分からない……私は頭をかかえる。
ここは部員のだれかに相談……例えばララさん……は口が軽そう……大谷さんは秘密を守ってくれそうだけど、大谷さんにこの件を相談するのは根本的になにかまちがってる気がする……となると、部外で……傍目先輩? でも、傍目先輩は彼氏いないって言ってたし……冴島先輩は……うーん、年下のかわいい男の子が趣味みたいだから、ちょっと違うかな……っていうか、同郷のひとに相談すると、あとで噂が広まってそう……となると、駒桜市出身以外で、口が堅そうなひと……神崎さん? いや、神崎さんに相談するのも根本的にまちがってる気がする……というか、神崎さんって忍者にあるまじき口の軽さのような……火村さん、速水先輩、橘先輩、三和先輩……このへんもなんかちがう。
結論、関東はダメ。関西にしましょ。姫野先輩……はワンチャンありかな。お嬢様だから恋愛関係とか監督されてそうだけど……あッ! 磯前さんッ!
私は磯前さんの電話番号を検索した。
プルルル プルルル
《はい、磯前です》
「もしもし、裏見だけど、ちょっといい?」
《いいよ。釣竿の手入れしてただけだし……っていうか、慌ててるみたいだけど?》
「じつはこんどデートに誘われて……」
《あ、ごめん、これノロケ相談ダイヤルじゃないんだよね、じゃ》
いやいやいや、ちょっと待って。
「最後まで聞いてってば」
《なに? 嫌いな男子に誘われたから、そのことわりかたとか?》
「そ、そうじゃなくて……松平って男の子、おぼえてる?」
磯前さんはしばらく黙った。すぐには思い出せなかったようだ。
私は追加で説明しかけた。すると、磯前さんのほうが先に反応して、
《もしかして、あたしが釣り上げた恋愛相談*の男の子?》
「つ、釣り上げたって表現が気になるけど、そうよ。おぼえてる?」
《うん、よーくおぼえてるよ。香子ちゃん、「絶対に2回目があると踏んで、いろいろシミュレートしてた」んだよね。そのシミュレーション通りでいいじゃん。あんなことやこんなこともシミュレートしてたんでしょ?》
なんで妄想女子みたいなことになってるんですかッ!?
「あれは高校のときにもう一回告白される仮定の話で……」
《あ〜なるほどねぇ、大学生になったから、あんなことやこんなことのバリエーションが増えちゃったんだ。毎日親がいないから》
だからちがーうッ!
「そっち方面の話をしてるわけじゃないのよ」
《どっち方面の話をしてるの?》
「た、例えば……」
私は電話ごしに赤くなる。
「はじめてのデートって、どうすればいいのかな……とか」
《松平くんから誘ってきたんでしょ? おまかせでよくない? それとも、香子ちゃんに行き先を決めてくれって言ってきたの?》
「行き先は決まってるの。映画のチケットがあるって……」
《だったらおまかせでよくない? 高校からのつきあいなんでしょ? だったらデートでいきなり印象変わる心配いらないよね?》
「でも……デートでいきなりおまかせ女になったら、『あれ? もしかして本性出た?』みたいに思われない?」
《香子ちゃん、意外と心配性なんだね》
「意外と、じゃなくて、私は繊細な女ですぅ」
《ちがう世界線の話かな?》
「んもぉ、なんでそういじわるなの?」
《あはは、ごめんごめん、でもさ、3年近く放置して、それでも好きでいてくれたわけでしょ? だったら、ありのままの香子ちゃんが好きってことなんじゃないの》
私はまた赤くなる。
「そ、そうかしら?」
《彼氏いない歴=年齢の、釣りキチ女の話だけどね。ほかの子にはもう話した?》
ほかの子と言われましても、あんまり適切な相談相手が――あッ!
肝心な友だちに相談していない。
「まだひとり話してない子がいたわ」
《だれ?》
「H島高校将棋連合の副幹事だった乃々村さん」
《ののむら……その子はよく知らないけど、あたしよりは適任かもね。それに、あたしは今夜デートがあるから。そろそろバイク出さないと》
「え? さっき彼氏いないって……」
《夜のO阪湾が、あたしのルアーさばきを待ってるんだよね。じゃ》
電話はそこで切れた。
なんというか……あいかわらず痺れる生き方をしてる。
それにしても、乃々村さんを忘れてたのは我ながら失策。
高校のとき、一緒にチーム**まで組んだのに。
プルルル プルルル
《もしもし? 香子ちゃん?》
「あ、乃々村さん? おひさしぶり。今時間ある?」
《あるよぉ。香子ちゃん、東京の大学行ったんでしょ。どう?》
「あ、うん、楽しくやってるわ。ちょっと相談があるんだけど……」
私はここまでの状況を説明した。
《初デート? 大学デビューじゃん。香子ちゃんやるぅ》
「だけど、なにをしていいのかわからなくて……」
《あいても初めてなんでしょ? だったらおまかせでいいよ。香子ちゃんはファッションがんばったほうが、男の子もよろこぶって》
そうかなぁ。乃々村さんに説得されそう。
乃々村さんはいくつかアドバイスをくれた。
《というわけで、清楚さにカワイイをワンポイント入れるのがおすすめよ》
「かわいい……ね」
《私もこれからデートだから、じゃあねぇ》
乃々村さんは電話を切った。
うーん……ファッション、か。
私はスマホで検索をかける。
初デート 服装
「初デート……服装……Finalmente chegou」
うわぁあああッ!?
私はびっくりしてふりかえった。
ララさんと穂積さんが立っている。大パニック。
「こここここれはちがうのよッ! っていうかなんでいるのッ!?」
「生協で八花と会ったから、ついでに寄ったんだよ。香子、初デートなの? 彼氏いない歴=年齢なの、ひよこと八花だけだと思ってたよ」
これには穂積さんが怒った。
「ちょっとッ! なに勝手にグルーピングしてんのよっ!」
「じゃあ八花、今いるor過去にいた?」
「ぐぬぬぬ……」
穂積さんは残当かな……「お兄ちゃんならこんな店連れてこな〜い」とか「お兄ちゃんならもっといいプレゼントくれる〜」とか平気で言いそうだし。穂積さんの彼氏は、お兄さんと永遠に比較される宿命を負いそう。
ララさんはタメ息をついて肩をすくめた。
「香子、そういうのは、えーと、みずくさいよ。デート服に迷ってるんでしょ?」
「ま、まあ……その……」
「渋谷で買いものするしかないね。このララさまにおまかせ、だよ」
ララさんは、大船に乗ったつもりでいろ、みたいな感じで胸をたたいた。
だ、だいじょうぶかなぁ。
っていうか、私の恋愛プライバシー……とほほ。
*215手目 磯前好江、恋愛相談を釣り上げる
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**36手目 集結する乙女たち
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