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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第4章 2016年度春季個人戦1日目(2016年4月17日日曜)
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16手目 狩衣のお調子者

 というわけで、来てしまいました――春の個人戦、1日目です。

 場所は、電電でんでん理科りか大学の神楽坂キャンパス。新宿方面には出たことがなかったから、交通機関でめちゃくちゃ迷った。なによ、あの迷路みたいな駅は。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

 駒音が、教室から聞こえてくる。

 私たちは廊下を歩きながら、どこに場所を取ったものか、悩んでいた。

「これ、控え室はどこなんですか? 割り当てられてるとか?」

 私の質問に、三宅みやけ先輩は首を振った。

「空いたスペースを、好きに使っていいらしい」

 好きに使っていいと言われましても……だいたい埋まってるんですが。見た感じ、大学ごとに固まってるみたいね。当たり前か。

 風切かざぎり先輩は、眠そうに頭をかきながら、

「テキトーに座ればいいだろ。大学生なんだから、気兼ねするな」

 とアドバイスした。三宅先輩も、「そうだな」と答えて、手近な教室に入ろうとした。

「あら、都ノみやこののメンバーじゃない」

 ふりかえると、速水はやみ先輩が立っていた。

 紺のスーツに、水玉模様のネクタイをしていた。私服がスーツなのかしら。

 私たちは、とりあえず挨拶した。三宅先輩が代表して、

「昨日は、ありがとうございました」

 と添えておいた。

「おはよう……三宅くん、だったかしら。都ノの控え室は、どこなの? ここ?」

「いえ、まだ決めてません」

「この教室は、もう埋まってるわ。となりはまだ空いてるし、そこにしたら?」

 どうやら、日センもそこに陣取っているらしかった。

 せっかくのお誘いだし、私たちは好意に甘えた。お邪魔します……って、多いわね。空いているというのは、ギリギリ5人なら入る、という意味だったようだ。次回は、もっと早く来て、席取りしないとダメみたい。

「日センは、どのあたりですか?」

 三宅先輩は、なるべく知り合いのとなりに座りたいのか、場所を確認した。

 速水先輩は、教室の半分くらいを指差した。

「このあたり全部」

 多ッ! 20人近くいるじゃないですかッ!

「うちは、関東だと最大派閥だから」

「人数が多いから強い、とは限らんのじゃがのぉ」

 おかしな言葉遣いが聞こえて、私たちは振り返った。

 真っ白な狩衣かりぎぬを着た美少年が、ニヤけ顔でこちらを見ていた。色白、小顔で、髪の毛は腰まで垂らしたのを、青い紙紐かみひもでひとまとめにしている。烏帽子えぼうしをかぶったら、平安貴族か神官さんみたいな格好だ。コスプレ?

「もこちゃん、おはようなのじゃ」

「おはよう。初日から来たの?」

「主将が顔を出さんのは、さすがに体裁が悪いからのぉ。ところで……おッ!」

 少年は、風切先輩に気づいて、大げさに驚いてみせた。

 ぶかぶか気味の袖から手を出して、風切先輩の肩を叩く。

隼人はやとではないか。ついに復帰か?」

「まあな」

 少年は、その場でくるくる回って、

「こりゃ、めでたい。どうじゃ、もこちゃん、お祝いにパーッと飲まんか?」

 と言い始めた。まだ朝の9時なんですが。

 少年は、私たちのじっとりとした視線に気づいたのか、回るのをやめた。ふところから扇子を取り出し、パッとひらいて、口もとを覆った。

「もちろん、夜の話じゃぞ。立川たちかわあたりなら、みんな近いじゃろ?」

 東京の地図が頭に入ってないから、イマイチ距離感が掴めない。

 というか、私たちも頭数に入ってるの、これ? お酒、飲めないんだけど。

「して、そこにおるべっぴんさんたちは、だれじゃ?」

 少年は、私たちのほうに興味を示してきた。

「このふたりも、都ノのメンバーだ。よろしくな」

 私たちの代わりに、風切先輩が話を繋いでくれた。

「そうか、そうか。わしは、土御門つちみかど公人きみひとじゃ。土御門、じゃぞ。漢字は分かるか?」

 さすがに、それは分かる。大学生ですよ、これでも。

「2年生じゃから、よろしくな」

 うーん、これで先輩なのか。引き気味な私に対して、大谷おおたにさんはそうでもないようで、

「土御門さんは、どちらの大学にご所属なのですか?」

 とたずねた。

八ツ橋やつはしじゃ。国立くにたちにキャンパスがあろう」

 いいところじゃないですか。ひとは見かけに依らない、と。

 土御門先輩は、風切先輩と付き合いが長いのか、妙に馴れ馴れしかった。

 風切先輩のほうも、まんざらではないらしく、将棋の話に花を咲かせた。

 蚊帳の外になった私たちは、テーブルに陣取って、盤駒の数をチェックした。

「ぴったりね……トーナメント表は、まだ発表されてないの?」

 私がたずねると、松平まつだいらは、知らないと答えた。

 大学将棋初心者ばかりで、どうもスムーズに行かない。

「トーナメント表は、抽選で作るんだよ」

 となりの席から、いきなり話しかけられた。

 見ると、奥山おくやまくんが親指を立てて、ウィンクを送っていた。

裏見うらみさん、おはよう」

「おはよう」

「昨日の午後は、ずいぶんと調子が良かったみたいだね」

 そう、昨日は、なんだかんだで3勝2敗。午後の部は全勝した。奥山くん→速水先輩と当たってへこんだけど、全体としてみれば勝ち越し。自信がついた。途中で、おやつタイムがあったり、いろいろ楽しくもあった。

 それに、松平と奥山くんは、なんだか気が合うらしく、意気投合していた。

「松平と当たるかもしれないけど、お手柔らかに」

「望むところだ。かかってこい」

 ちょっとちょっと、かかってこい、って、あんたのほうが格下でしょ。

 松平には、もっとパワーアップしてもらわないと。団体戦で生き残れない。

「こちらの控え室の大学、311で抽選しますので、集まってください」

 おっと、もうこんな時間。風切先輩たちは、移動を始めた。

 ついて行こうとすると、速水先輩に呼び止められた。

「会場は狭いわ。全員で行くと迷惑よ」

「あ、そうなんですか」

「それに、荷物番が必要でしょ?」

 むむ、うっかりした。高校のときは、公民館を貸し切りでやっていたから、別の部屋に移動するという感覚がなかったのだ。私は、先輩にお礼を言った。

「一から教えてくださって、ありがとうございます」

「べつに、あなたたちのために教えてるわけじゃないわ。大会の運営のためよ」

 ひ、ひどい。そういう言い方をしなくても、いいじゃないですか。しょんぼり。

「もこちゃんは、ツンデレじゃからのぉ。褒めても、愛想ひとつ出てこんぞ」

 速水先輩は、土御門先輩のコメントを無視した。

「ハハハ、嫌われてしもうたわ」

 このひとはこのひとで、ノリが軽過ぎる……ん?

「土御門先輩は、抽選に行かなくていいんですか?」

 先輩は、パチリと扇子を閉じた。

「ほんとに何も知らんのじゃな……わしはシードじゃ」

「シード? シードなんてあるんですか?」

 土御門先輩は、その場で変なステップを踏みながら、

「当然じゃ。こう見えても、七将しちしょうのはしくれじゃからな」

 と笑った。シチショウ……え、もしかして……。

「つ、土御門先輩って、関東ベスト7なんですか?」

「どうじゃ? ひとは見かけに依らんじゃろ?」

 ぐッ、台詞を先回りされた。

 どう返したものか迷っていると、教室の奥で速水先輩の声が聞こえた。

「公人、時間があるなら、私と指さない? ヒマでしょうがないわ」

 おっと、これは……七将同士の対局? 私は興味津々で、会話に耳を澄ませた。

「朝っぱらから将棋とは、もこちゃんも将棋バカじゃな」

「あんたほどじゃないわ。で、指すの? 指さないの? 指さないなら他を当たるから」

「もっとおしとやかにせんと、男にモテんぞ? ん?」

「はい、ジェンダー差別。過料ね。500円」

 そのとき、ふいに肩を叩かれた。

 振り返ると、大谷さんが入り口のところを指差して、

「三宅先輩が呼んでいます」

 と教えてくれた。私は、後ろ髪を引かれる思いで、入り口へと向かった。

「抽選中じゃないんですか?」

「俺の分は終わった……裏見に、頼みたいことがある」

 三宅先輩は、ルーズリーフを私に1枚手渡した。名前がぎっしり書かれている。

「これは……?」

「関東の大学将棋界で、めぼしい男子の名簿だ。中堅以上をリストアップしてある」

「はぁ……」

「1回戦で、この名簿にある選手の戦型をチェックしてくれないか?」

 えぇッ!? こ、この人数をッ!?

「ひ、ひとり10秒でチェックしても、10分は掛かりますよ?」

 最後のほうは、どういう出だしだったか、分からなくなっているはずだ。私がそう指摘すると、三宅先輩もうなずいてくれた。

「それも、そうか……ちょっと待ってろ」

 三宅先輩は、ポケットから赤いボールペンを取り出して、書き込みを加えた。

「星マークをつけたところだけ、頼む」

 私は再度、ルーズリーフを受け取った。ざっと目を通す。

「星のついてるほうですか? ついてないほうじゃなくて?」

「どうした? 変か?」

「なんというか……有名な大学が抜けてるな、と……」

 三宅先輩は、なんだそんなことか、という表情で、

「星がついてるのは、Dクラスの大学だ」

 と答えた。私も、ようやく事情を察した。

「個人戦じゃなくて、団体戦用に偵察するんですね」

「そうだ……っと、ひとつ言い忘れた。念入りにチェックして欲しい大学がある」

「どこですか?」

「聖ソフィアだ」

 え、そこ? ……あ、ほんとだ。マークがついてる。私は、ちょっと違和感を覚えた。

「聖ソフィアって、Dにいるんですか?」

 語学と神学ですごく有名な大学なのに、どうしてかしら。偏差値と棋力が関係ないのは分かるけど、場違いな印象を受けた。

「それには、理由があってな。実は……」

 そのとき、廊下のほうで、さっきの幹事の声がした。対局開始が近いから、会場に集合しろ、というお達しだった。三宅先輩は慌てて、

「事情は、あとで説明する。聖ソフィアは要チェックだ。頼んだぞ」

 と、その場を去ってしまった。

 ぽかんとする私の背後で、駒を並べる音が聞こえた。

「1分将棋で、いいわね?」

「なんでも受けてたつぞい」

 ああ、その対局、観たいのにぃ!

 私は好奇心を振り払って、教室を飛び出した。

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