168手目 アマプロ親睦麻雀大会(後半戦)
《東3局終了時点の点棒状況》
穂積 32700
三和 25300
和泉 41600
不破 20400
タン タン タン
【南3局 三和 北家 3巡目】
さて、どうしようかな……と言いたいところだけど、やることは同じだね。
麻雀。それをするしかない。
ギャグじゃないよ。打ち手のヤル気で変わるゲームじゃないんだから。ただ、そこが麻雀のむずかしいところでもある。ゲームの展開や点棒の増減によって、「ああしたほうがいいかな」とか「こうしたほうがいいかな」とか、迷いが生じる。その迷いのなかには、正しいものもあるし、まちがっているものもある。例えば、1000点差のトップ目オーラスで役満を狙う必要はない。逆に、トップと50000点差なら狙う必要がある。どうしてもトップじゃなきゃダメという前提なら、ね。こういうのを臨機応変という。
反対に、「今日はよく振り込むからリーチはやめておこう」みたいなのはオカルトだ。だけど、心理的には私もそうなりやすい。これを克服するのは大変。
タン タン タン
「リーチ」
【南3局 和泉 東家(親)7巡目】
さて、厳しいリーチがきた。
ここで「ダントツトップ目なんだから、リーチしたってことはリーチ以外に役がないんだろう」と考えることもできる。でも、和泉プロはそういう雀風じゃない。「Aさんはダントツトップ目でリーチしたらリーのみ」という情報は、他のプレイヤーに共有されると不利になる。和泉プロは、そう解説していた。将棋だって一緒だ。「Bさんは振り飛車しか指さない」とか「Cさんはこの戦法は選択しない」っていう情報は、対戦相手にとって有利に働く。対策をあれこれ考える必要がなくなるからね。
とはいえ、私はもう親がないから、安いと決め打って行く……のは無謀か。我慢。
タン タン タン
「ツモ」
【南3局 和泉 東家(親)10巡目】
「1300オール」
典型的な現代麻雀だな。平和リーチ。
それにしても、和泉プロが止まらなくなってきた。私と穂積さんは親がないから、あんまり無茶はできない。不破プロになんとかしてもらわないと。不破プロの性格からして、「和泉が勝つからプロの勝ち、だったらOK」なんてことは考えていない、はず。
カシャ
【南3局(1本場) 三和 北家 配牌(ドラ9萬)】
うーん、これ……場況を考えなかったら好配牌だけど、安いね。
早く安く上がっていいものかどうか……となりがもう終わってるから、イベント進行的にはサクサク打ったほうがいいのかもしれない。南原プロも席にもどっていた。となりの抽選がすでに始まっている可能性もあった。
タン タン タン
【南3局(1本場) 三和 北家 4巡目】
まいった。リーのみで張っちゃった。
ここから狙う手役もないか……リーチだな。
今はトップと21500点差。これを縮めて満貫直撃条件にしておくのは、悪くない。
「リーチ」
【南3局(1本場) 三和 北家 4巡目】
和泉プロは鳴きをいれなかった。ツモって3秒ほど考える。
安牌がない? それとも、和泉プロも張った?
タン
現物か。そう思った瞬間、不破プロが動いた。
「チー」
うわ、もしかして不破プロが鳴けそうなところを切った?
カラ過ぎでしょ。
タン
【南3局 不破 南家 5巡目】
強い……不破プロ、2索で私に打ち込んだときもそうだったけど、打牌が強いな。
いわゆる打撃系ってやつなのかな。そう解説してる麻雀雑誌もあったね。不破プロは手が読めてるんじゃなくて、単なる打撃系。綺麗にキマったときの牌譜をみると、まるで手が読めているように錯覚するだけだ、って。
穂積さんは現物切り。
私のツモは――
【南3局(1本場) 三和 北家 5巡目】
ツモれず、と。
タン タン
「ツモ」
【南3局(1本場) 不破 北家 6巡目】
「1100、2100」
うわ、ツモられちゃった。
私は1100点とリー棒を渡す。
牌を卓に流し込みながら、ちょっとひっかかることがあった。
今の局、和泉プロは不破プロにアシストしたようにみえた。なんでだろう。
和泉プロが親なんだから、私がアガっても状況は変わ……るのかッ!
《本譜》
穂積 31400→30300
三和 24000→21900
和泉 45500→43400
不破 19100→24400
三和⇔和泉の差 21500
《仮に三和がツモった場合》 ※3役と仮定
穂積 31400→30300
三和 24000→28300
和泉 45500→43400
不破 19100→18000
三和⇔和泉の差 15100
和泉プロから私の手牌はわからない。
だから、リーヅモ+αと仮定して読んでいたはず。
私がリーヅモ裏1でハネ直条件からマン直条件になる。
つまり、和泉プロは私の浮上を拒否したわけだ。
ただ、これは微妙な判断だぞ。
代わりに親の不破プロがマン直・ハネツモ条件になった。
カラカラカラ カシャ
【南4局 三和 西家 配牌(ドラ1萬)】
トップ狙いじゃないと失礼かな。プロサイドが真面目にやってるから。
3倍満ツモはさすがに厳しすぎる。ハネ直。
あるいは、不破プロが和泉プロになにかぶつけてもう1局、のほうが現実的。
タン タン タン
【南4局 三和 西家 5巡目】
西一通ドラドラ……もうひとひねりいるな。
ダマでハネるには……ホンイツもつけるしかないか。
がんばれ、ツモ山。
タン タン タン
【南4局 三和 西家 10巡目】
よし、張った。土俵には乗れた。
けど、ほかの面子も、いろいろとあやしくなっている。
【南4局 不破 東家(親)】
【南4局 穂積 南家】
【南4局 三和 西家】
【南4局 和泉 北家】
とくに和泉プロ……これ、張ってるんじゃないか?
いくらブレない打法とはいえ、今はオーラスだ。さすがに役があるならダマだろう。
「……」
いや、あんまり考えてもしょうがないな。トップ狙いにはこれしかないし、ハネ直条件はそろったんだ。それに、裏3なら一発ナシでも3倍満ツモ条件を満たす(リーヅモホンイツ西・表2裏3)。この状況なら、プロの公式大会ですら打ち込みは許容される。
「リーチ」
私は發切りでリーチした。ロンの声はかからず。
和泉プロはツモ山に手を伸ばし、つまんだ牌を手牌に乗せた。
タン
回したっぽいな。手出しだ。
「チー」
うーん、このチーは不気味だ。一発消しじゃないと思う。
オーラスで私がツモればどのみち終了。消す意味がない。
不破プロは9萬を落とした。
タン タン
カンチャンずっぽし――
【南4局 三和 西家 11巡目】
こない。私は8筒を切った。
和泉プロは8索を落とした。678を崩してるのかな?
6索はさっき4枚切れになったから、7索も通してくるかもしれない。
やっぱり直撃はむずかしい。
「カン」
【南4局 不破 東家 12巡目】
……………………
……………………
…………………
………………え? あれ? これって純カラ?
待ちが……なくなったぞ。マズい。顔に出さないほうがいい。
不破プロはしれっとリンシャン牌の發を切ってくる。
冷静をよそおっていると、穂積さんが1000点棒をとりだした。
「リーチ」
【南4局 穂積 南家 12巡目】
穂積さんもリーチ。30300点持ちの彼女のほうがトップに近い。
私が出しちゃうと一番マズいんだけど――
タン
……セーフ。和泉プロのツモ。
和泉プロ、2軒リーチにどう対応する?
「……」
タン
「ロン」
【南4局 不破 東家 11巡目】
「9600」
……あッ、50符3飜か。
しかもなんだこのトリッキーな待ち。789から678の食い替えでラス9索待ち?
これで不破プロが2着。続行……ん? 待てよ、19000点差だったよな?
不破プロは帽子を脱いで、和泉プロに話しかけた。
つややかな前髪が流れる。
「すみません、公式戦ならアガリやめ無しなんですけど」
「もちろん、かまわないよ。ルールはルールだからね」
そっか、不破プロは正確には9600条件だったのか。
しかもリー棒が出てるからいくらでも足りている。
《最終結果》
不破 24400→36000
和泉 43400→33800
穂積 30300→29300
三和 21900→20900
ラスになっちゃった。プロが1・2フィニッシュ。
和泉プロはにっこりと笑って、
「同卓、ありがとうございました」
とあいさつした。不破プロも、
「お姉さんたち、また機会があれば打ちましょう」
と言ってくれた。私と穂積さんも、それぞれお礼を言う。
対局会場をあとにして、廊下へ出た。
穂積さんが話しかけてくる。
「なんか違和感がありませんでしたか?」
「ん? まあ、ね。だけど、どれも合理的に説明がつくと思うよ。例えば……」
私は東3局の不破プロのアガリを解説した。
「というわけで、変則単騎に穂積さんがぶつかったのは偶然だよ」
「うーん、あたしもそれで納得はいくんですけど……」
「けど?」
「三和さんは、あのときのあたしの落とし順を、どう理解してます?」
あがった方じゃなくて、あがられた方の手牌か。むずかしい質問だな。
「……安牌5萬のアンコ落としじゃないの?」
「に、見えますよね。でもあれは、5556萬から5萬を2枚はずしてリャンメンターツに移行していったんですよ。雀頭候補は他にもあって、降りてたわけじゃないです」
あ、そういう……そこまで聞いて、私はふと疑問に思った。
「え、ってことは、不破プロの待ちは……」
穂積さんの顔がくもる。
「そうなんです。私が56萬のどちらから落としてもロンできるかたちだったんです。あの時点で5萬は河に3枚切れ、6萬も1枚切れなので、56萬待ちの残り牌は3枚しかありません。7萬単騎の3枚よりもいいってわけじゃないんです。ってことは、ワンチャン+9萬現物ということを考えて、6萬はずしのほうが安全だと思うんですけど……これって偶然なんでしょうか?」