167手目 アマプロ親睦麻雀大会(中盤戦)
《東3局終了時点の点棒状況》
穂積 30500
三和 28700
和泉 30100
不破 30700
タン タン タン
【東4局 三和 西家 8巡目】
だんだん分かってきた気がするな。
私は西を切って、広めに手をかまえた。
さっきの不破プロの手牌は、和泉プロの捨牌と組み合わせて説明できるかも。
まず、不破プロ視点、萬子は、444が自分の手の内、2が穂積さんのポン材、5が場に3枚(1枚は和泉プロの河で残り2枚は穂積さんが連打)。ここから考えるに、147萬待ちはワンチャンス、36萬待ちもワンチャンス。和泉プロはリーチの再宣言牌で9萬を切ってるから、69萬待ちはない。25は和泉プロの現物で、8萬のカンチャンや単騎だけが可能。というわけで――
和泉プロが萬子で待っている場合(不破プロ視点)
14萬 2が3枚切れなのでワンチャンス
25萬 両方現物なのでありえない
36萬 5が3枚切れなのでワンチャンス
※最後の5萬を持ってた穂積さん視点ではノーチャンス
47萬 5が3枚切れなのでワンチャンス
※最後の5萬を持ってた穂積さん視点ではノーチャンス
58萬 5が現物
69萬 9が現物
ようするに、萬子はほとんど安全ってことだ。14・47は両方ワンチャンスだから、4を外すか7を外すかの決め手はない。
そして、もうひとつ、これはちょっと考えれば分かることだったけど、4を外して58萬待ちにするよりも、7を外して56萬待ちの仮テンにするほうがいい。
【4萬を外した場合】
【7萬を外した場合(本譜)】
理由は単純だ。7を外しておけば、ここからなにを引いても6萬を切って受け変えることができる。例えば、7筒を引いて679の3面張、あるいは、369索のいずれかを引いての3面張。このとき6萬を切る必要があるけど、さっきも考察したように69萬待ちはそもそもないし、36萬はワンチャンスだ。
ようするに、5萬3連続切りからのロンの印象が強かっただけで、不破プロの7萬切りはおかしくもなんともないってこと。セオリー通りとすら言える。
とここまで考えたところで、場が動いた。
「あ、しまった、リーチだったか……ツモです」
穂積さんが手牌を倒した。
「800、1600」
細かい点棒が行き交う。
そのとなりで、もうひとつの卓が盛り上がっていた。
「タンピンドラドラ、満貫でーす」
「いやぁ、お嬢ちゃん強いねぇ」
あっちはパーティーモードか。空気がちがう。
こっちはまるで場末のフリー卓みたいになってきた。
さっきの穂積さんのテンパイは、待ち頃の牌をさがしてたっぽい。3索は場に1枚出ていた。次のツモで変えてからリーチの予定だったんだろう。ひとつだけ言えるのは、このメンバーでそれをツキのせいにするひとはいなさそうってことだ。
私は不破プロと和泉プロを交互に盗み見た。和泉プロはシルバーのネックレスにブルーの開襟シャツ。髪型は……なんていうのかな。最近流行りのジェンダーレスで、うしろ髪がすこし長いモードミディアム。不破プロのカジュアルな服装とくらべると、ちょっとホストっぽい感じがする。不破プロの髪型はクールエッジィショート。スポーツキャップのロゴはΩに似ていたけど、ブランドはわからなかった。
カシャ
【南1局 三和 南家 配牌】
おっとダブ南。鳴けるかな、これ。
タン タン タン
ふむ、案の定、鳴けないね。プロが持ってたら出ないかも。
とはいえ、私を足止めしていたら、親の穂積さんに走られちゃうんじゃないかな。
タン タン タン
「リーチ」
【南1局 穂積 東家(親)6巡目】
1000点棒が卓に置かれた。
ほんとに穂積さんが走ってきちゃった。親の先制リーチだ。
とりあえず私はツモる。
【南1局 三和 南家 6巡目】
現物を合わせる。9萬。
「チー」
一発消しか。和泉プロ、余念がないな。
和泉プロは2枚切れオタ風の北を打った。
さすがにロンの声はかからない。不破プロの番。
不破プロはツモった牌を手牌のうえに乗せ、ツーッと人差し指を端まで滑らせた。
「リーチ」
タン
うッ……2軒リーチ。穂積さんも次のツモが一瞬遅れるほど強い牌だった。
ロンはかからず。
穂積さんは牌をツモって、少しばかり顔をしかめた。
ツモれず、しかも、危険牌っぽい。
「5索」
ロンの声はかからなかった。穂積さん、安堵の吐息。
さすがに不破プロでも山は読めないだろう。そんなことができたら無敵だ。
今度は私がピンチ。2軒の共通安牌がない。
私は拝みながら腕を伸ばした。安牌――
来ず。困った。
麻雀って、こういうシチュエーションがよくあるよね。
乱打してるわけじゃないのに、対応牌がない。
それとも、9萬のまえにドラ切りだったのかな。それも微妙な気がするけど。
私は場を確認する。
【穂積 東家(親)南1局 32700点+リー棒】
【三和 南家 27900点】
【和泉 西家 29300点】
【不破 北家 28100点+リー棒】
ドラは親の現物。だけど、不破プロの一発に対して通る保証がない。親のリーチに追っかけたってことは、最低でも満貫クラス。一発でドラを振り込むとハネてしまう。
だとすると……これしかないか。私は対子の南に手をかけた。
穂積さんは東の切り出しが遅かった。南が対子で持ち持ちなら、そこまで絞る必要がないように思う。それに、単騎もない。単騎ならリーチ宣言牌のドラで待てばよかったはずだ。この面子なら、生牌の南とドラの出にそこまで差があるとは思えない。
同様に、南は不破プロに対して通る可能性も高い。南と何かのシャンポン、あるいは、南単騎で親のリーチには追っかけないだろう。
と、ここまで3秒くらいで考えて、私は南を出した。
「ロン」
「!」
……下家にロンされた?
手牌を倒したのは、穂積さんでも不破プロでもなく、和泉プロだった。
「2000」
私は数秒ほど反応できなかった。和泉プロはこちらを向いて、にこり。
「2000点です」
「あ、はい……」
私は1000点棒2本で払った。
牌を卓に流す。
落ち着け、三和遍。今のもなんてことはない。安牌が尽きて字牌を打ったら、警戒から外れていた下家にロンされた。それだけのことだ。
が……私は対面の少年をみつめた。彼がリーチしていなかったら、私は南を切っただろうか? 浮いたドラで回していたと思う。不破プロのリーチで私の南が押し出された。そう見ることもできた。
でも、そんなのは後付けの解説もいいところだ。それが成立するには、不破プロは穂積さんの待ちが分かっていて、かつ、和泉プロがテンパイになっていて、かつ、私の手牌が南を切らないといけないほど詰んでいる状態じゃないといけない。そんなのは読めっこない。そもそも、私が和泉プロの9萬チーを警戒して、2萬を絞ることだってありえた。
不破煌の看板に煽られすぎだ。お医者さんは冷静に。
タン タン タン
【南2局 三和 東家(親)4巡目】
あいかわらずツモは効く……最後の親番だから、めいいっぱい広げよう
タン タン タン
【南2局 三和 東家(親)7巡目】
よし、ここは攻める。カンチャンでも先制。
「リーチ」
私は5索を切って、1000点棒をサイコロのそばに置いた。
ひっかけを意識したわけじゃないけど、結果的にはひっかけだね。
和泉プロは淀みなくツモって、現物の發を切った。
「ポン」
くッ、また動きが出た。不破プロは發を叩いて、1秒ほど動きをとめた。
タン
えッ?
「ろ、ロン」
私は裏ドラを確認する。なんと頭に乗った。
「7700」
ちゃらりと点棒が渡された。私はあっけにとられる。
簡単に打ち込んできたぞ。いや、まあ、プロでも放銃は当然あるけど。
不破プロは、切ったひとつとなりの牌をトンと叩いて、それから卓に流し込んだ。
なんだろう。こっちを切っとけばよかった、っていう意味かな。
プロにしてはちょっと感情が出すぎな気もする。
とはいえ、高校生だし、そんなもんか。
カシャ
タン タン タン
【南2局 三和 東家(親)1本場・5巡目】
よし、ノッてきた。私は一瞬リーチしようと勢い込んだ。
けど、すぐに思いなおす――これ、36筒を鳴いて打9筒は喰い替えにならないよね。ってことは、単騎でリーのみにするよりも、三色かタンヤオを狙ったほうがいいかも。あるいは、どこかにくっついてのノベタン。
私は黙って8索を落とした。仮テンに受ける。
「リーチ」
【南2局 和泉 南家 1本場・5巡目】
和泉プロからリーチがかかった。さっきリーチしなくて正解か。
不破プロはツモを手牌に入れ、1枚切れの中を切った。
「ポン」
穂積さんが動いた。あんまりバタバタしないほうが、いいような。
中は安牌にしなくてよかったのかな。穂積さんは親番がないから積極的なのかも。
一発消しが目的じゃなくて、張ったのかもしれないな。
タン
ん、なるほど、筋を追ったのか。しかも絶好だ。
「チー」
私は3筒を鳴いた。これでタンヤオ3色のテンパイ。
「9筒」
「ロン」
うッ……チートイだったか。
和泉プロは裏ドラを確認した。1萬が乗ってしまう。
「8000は8300」
私は点箱を開けて、10000点棒をひっぱりだす。
やられた。さっきの浮きが溶けた。
親も流れて、踏んだり蹴ったりだ。
卓に牌を流し込んでいると、ふと視線を感じた。
ふりかえると、南原プロが電子タバコを片手に私たちの対局を観戦していた。
どうやら、となりの卓は終了したようだ。
不破プロは椅子にふんぞりかえって、
「南原プロ、どうしました? なにか珍しいものでも?」
と尋ねた。
「対局中の私語はご遠慮ください、不破煌プロ」
南原プロは表情を変えずに注意した。
不破プロは肩をすくめた。和泉プロは黙ってサイコロを回す。
カシャ
【南3局 三和 北家】
うーん、だいぶ難しくなってきちゃったな。原点割れだ。
ここはプロの観戦付きだし、かっこつけたいところだけど、ね。




