166手目 アマプロ親睦麻雀大会(前半戦)
《親睦イベントルール》
・東南戦
・オカウマなしの30000持ち30000返し
・トビあり
・食いタン、後づけ、一発、裏ドラあり
・カンドラなし
・ダブロンなしの上家優先
・アガリやめあり
対局(?)が始まった。
私は椅子に座って、スクリーンを見守る。
不破さんもとなりに腰をおろした。紙コップ片手にニヤニヤしている。
「みわっち、ツイてねぇなぁ。このメンツじゃ、さすがに勝てないぜ」
「麻雀って運の勝負でしょ? ラッキーパンチはあるんじゃないの?」
「そりゃ、ぽぽんと役満が出たら終わりだけどな。そうそう出るもんじゃない」
いや、だから運勝負なのでは。
そもそも麻雀が強いとか弱いとか、どこで判定するのかよくわからない。
「それでは、解説の平山プロ、よろしくお願いします」
おっと、解説までついてるのか。
スクリーンの横に、メガネをかけたサラリーマン風の男性が立った。
万年係長みたいな感じの、ひとあたりのよさそうなおじさんだった。
まだ30代かしら。聞き手は、若い女性だった。
「平山です。みなさん、今日はよろしくお願いします」
「ひとりで2卓解説はキツイと思いますが、どちらにしましょうか」
「やはり和泉・不破プロの卓ですね。配牌は……」
【東家 穂積(親)】
【南家 三和】
【西家 和泉】
【北家 不破】
「平山プロ、どうですか。ひと目、親の配牌がよさげですが」
「そうですね……プロフィールによると、ふたりとも大学生ですか。学生麻雀は昔から質が高いので、和泉プロと不破プロも用心しないといけません」
《ポン》
スピーカーに凛々しい声が入る。和泉プロが動いた。
不破プロが出した白を3枚集めて、1枚切る。
司会のお姉さんは、意外そうな顔でスクリーンをのぞきこんだ。
「不破プロ、すこし絞りがヌルかったですか」
「いえ、これはナイスアシストです。親の第1打の2萬から、早いと読みましたね。自分の手牌ではどうしようもないので、和泉プロに親を蹴らせようという作戦です」
「え、じゃあ、あの七不思議ってほんとに……」
○
。
.
***** ここから三和さん視点です ******
まるで手牌がみえてるみたいだ。
それが、白を鳴かれたときの第一印象。
麻雀界七不思議のひとつ――不破煌は、他家の手牌がみえている。
麻雀界にとって、こんな噂はおそらく本望じゃない。現に、イカサマだという関係者も大勢いた。衰退する麻雀界を盛り上げるため、顔のいい少年に八百長をさせているんだ、ってね。だけど、ネット配信やファンとの交流対局で、彼のイカサマを見破ったひとはいなかった――いや、これは語弊がある。法律の世界では、推定無罪という言葉があるらしい。医者の世界では考えられない。あやしかったら精密検査、が基本だから。それでも、不破煌の場合には、むしろ法律のほうが正しいんだろう。ようするに、彼はイカサマなんかしてない、ってこと。
「ツモ、300、500」
【西家 和泉】
自動卓に牌を流し込む。ガラガラとモーターが回る。
この白は偶然? 親を流すなら、他家の足を速めればいい。不破プロは和泉プロの下家だから、チーはさせられない。アシストするなら字牌だ。だから、「手持ちの字牌を出したらうまく鳴いてもらえた」と、合理的に解釈することができないわけじゃない。
だけど、このもっともらしい説明は、単なるあとづけだ。親の手が字牌・ドラ含みだったら、どうする? そもそも、かわし手がなぜ他家とわかるんだ? 自分に白が重なることだってある。それなら、1萬とか、親に鳴かれなさそうなところを切ったほうが、よほどプロらしいと言えないだろうか。
カシャ
【東家 三和(親)】
パッとしない……チートイとの両天秤でいこう。
【東家 三和(親) 6巡目】
ツモはそこそこ効くのか。
めいっぱい広げるなら北切りだけど、8索が3枚、9筒が1枚切れてるんだよね。
3萬や5萬、7索や9索のアンコを期待するメリットは、ほとんどない。
やはりチートイか。河は――
よし、チートイっぽくない捨て牌だ。
4索を強く切って、他家を警戒させる。
「チー」
和泉プロが345で鳴いてきた。華麗な牌さばきで南が出る。
【南家 和泉 捨て牌】
自風の南を絞っていた。つまり、重なればおいしい手だったのかな。
ドラ含み。自風を見切ったなら、タンヤオへの移行。
タン タン タン
【東家 三和(親) 7巡目】
絶好。6索を切ってリーチ。カンチャン外しにみえるはず。
河がいいし、親はよほどのことがない限りテンパイ即リー。
裏ドラ有りなら、なおさら。
「チー」
和泉プロは迷わず鳴きを入れてきた。現物の3筒が打たれる。
一発消しか。それとも、テンパったか。
和泉プロはデジタルプリンスの異名を持つ若手だ。しかも、捨て牌のかたちから相手の待ちを読むとか、そういうひと昔前の古いデジタルじゃない。確率とか期待値とか、数学用語を適当に使うエセコンピューティングでもない(和泉プロはインタビューの中で「一局の期待値は人間には正確に計算できない」と言い切っている)。本人はデジタルを自称してるけど、じつは流れ派なんじゃないかっていうファンもいる。
謎めいた彼の著書を望むファンは多い。私もそのひとりだ。
タン
北
ん、まさか不破プロから出たか。生牌なのに。
「ロ……」
「ロン。北のみ。1300」
【北家 穂積】
ダブロンは……ナシか。
不破プロは1300点を払い、私はリー棒を穂積さんに渡した。
牌を流すとき、ちらりと和泉プロのほうを確認した。
手牌はきちんと裏向きに倒されていて、わからなかった。
タンヤオドラドラだったと思うんだけどね、多分。
カシャ
【北家 三和 配牌+第1ツモ】
さすがというかなんというか、アマふたりの親はサクっと蹴られちゃったね。
ただ、この時点では穂積さんが暫定トップ……っていうほどでもないか。
ひとまず小場っぽい、と、これはオカルトか。
タン タン タン
【北家 三和 5巡目】
手は入るんだよね。もうイーシャンテンだ。
凝った打ち手なら南のトイツ落としでタンヤオを狙いそうだけど、14待ちになったらどうせタンヤオ確定じゃないし、先制リーチは正義だよ。シャンテンは落とさない。赤ナシ麻雀ならこっちかな。
「6萬」
「リーチ」
【東家 和泉(親) 捨て牌】
おっと、親も速かった。
「ポン!」
穂積さん、ナイス一発消し。
ただ、捨て牌に困るんじゃないかな。2萬は安牌にすることもできた。
穂積さんは、とりあえず現物の5萬を切った。
タン タン タン
【西家 穂積 捨て牌】
なるほどね、一発消しのあとは、すなおにベタオリ。
親の現物がトイツだった、と。
私は5索をツモった。手仕舞いだ。235のかたちは活かせない。
現物の南を切る。
タン タン タン
ここで穂積さんの手がとまった。すこし考え込む。
あれかな、ツモで安牌が来なくて詰まったパターンかな。
「しょうがないか……」
タン
【西家 穂積 捨て牌】
そっか、トイツじゃなくてアンコ落とし……。
「ロン」
「「!」」
【南家 不破】
「1300」
私はおどろいた。穂積さんがロンされたことに、じゃない。
不破プロの河には7萬が捨ててあった。
だったら、7萬じゃなくて4萬を1枚はずして――
《参考図》
これで待てただろう。なぜ両面を捨てて変則単騎?
穂積さんもおかしいと思ったのか、1300払って私のほうを見た。
うなずき返したりはしない。頭を働かせる。
これは……どういう打牌なんだ?