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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第28章 チーポンロン♪で麻雀大会(2016年7月9日土曜)
165/487

165手目 又従兄弟のプリンス

 えー、というわけで、やらかしてしまった裏見うらみ香子きょうこ、フォローをいただきました。

 チケットはオークションで新たに入手。さらに、麻雀を打てる先輩も同行。

 かくして、多少の心強さを得た私は、都内のイベント会場へ。まさか麻雀大会に参加することになるとは、とほほ。お父さんたちにはとても言えない。これが終わったら、ほんとに勉強しましょ。

 とはいえ、予想していたほどいかがわしい雰囲気はなかった。客層も、女性が圧倒的に多い。どうやら、レディースイベントのようだ。2つのホールを貸し切りで、片方が対局会場、もう片方がサテライト観戦会場になっていた。私と三和みわ先輩は、サテライト会場のほうで待機していた。穂積ほづみさんもいるけど、お兄さんといっしょで話しかけにくい。

 サテライト会場には、大きなスクリーンと、観戦用の椅子、ほかには麻雀グッズの販売コーナーなんかがあった。売り子のお姉さんは、ちょっと露出が高め。将棋のレディースイベントみたいに、男性プロも呼んだほうがいいんじゃないかしら。

「チケットを競り落とせて、よかったよ。出品数が少なかった」

 いつもながら、男性アイドルとみまがいそうなイケメンっぷりですね、はい。

 三和先輩は、お医者さんの卵。その財力にあやかったかっこう。

 H島出身で私と同郷だし、気後れしないですむ。

「おいそがしいところ、ありがとうございました」

 とりあえず、お礼を言っておく。

「いいよ。この大会、ちょっと気になってたから。ある意味、役得だ」

「先輩、もしかして麻雀好きです?」

「まあね……裏見さんは?」

 全然。というか、ルールが依然としてわからない。

 あんまり無知だと先輩にもうしわけないから、入門書には目をとおした。穂積さんが貸してくれた。複雑過ぎて、はいの種類しか覚えられなかった。

「裏見さんもやってみたらいいよ。楽しいから」

 いやぁ、遠慮します。「麻雀は覚えるとすぐに呼び出されるぞ」って、風切かざぎり先輩から忠告を受けた。これ以上、勉強の時間がなくなったら困る。さすがに今週で遊びは最後。

《本日は、朱雀位すざくい10周年記念イベントにお集まりいただき、まことにありがとうございます。これより抽選をおこないますので、チケットをお持ちのかたは、対局会場へ集合してください》

 アナウンスが入った。私は三和先輩を見送る。

 観戦チケットを購入したひとのなかから、抽選でプロと対局させてもらえるというイベントらしい。どのプロが来るかは、当日のお楽しみになっていた。こういうのって、ふつうは事前に告知があると思うんだけど。

 さて、どうしましょ。観戦席に座ってましょうか。それとも、速水はやみ先輩から頼まれたとおり、会場内を監視する? でもなぁ、監視するって言っても、若いお姉さんとか妙齢のおばさまが多いし、だれがあやしいのかさっぱりわからない。

 しかたがないから、私はそのへんをぶらぶらすることにした。

 パンフレットを手に取ったり、展示用の牌をみたり。

 ポスターをながめていると、背後からいきなり声をかけられた。

「あれ? ポニテの姉ちゃん?」

 ふりかえると、意外な人物が立っていた。

 口に飴玉あめだまのスティックをくわえた、金髪の少女。

 ひざに穴の空いたジーンズ。ロゴ入りの白いTシャツ。いかにも不良といういでたち。

「ふ、不破ふわさんッ!」

 不破ふわかえでさんだった。H島でおなじ街に住んでいた子だ。

 不破さんはポケットに手を突っ込んだまま、けげんそうに私をみた。

「ポニテの姉ちゃん、こんなところでなにやってんだ?」

「不破さんこそ、なんでここにいるの? 東京へ引っ越したの?」

 不破さんは、飴玉のスティックを舌のうえでころがした。

「見りゃわかるだろ。観戦に来たんだよ、観戦」

「観戦って……わざわざH島から?」

「上京を『わざわざ』って表現する必要ないだろ。観光スポット多いんだし」

 そう言われてみれば、そうか。

 だけど、納得のいかない部分もあった。彼女は私より2コ下だから、高校2年生のはずだ。わざわざ東京の大会を観に来るなんて、よほどのことに思える。それに、不破さんがすごく麻雀好きという話も、聞いたことがなかった。

「もう抽選は始まってるわよ」

「ああ、打つ気はないんでね」

 純粋な観戦なのか……ますます納得がいかない。

 一方、不破さんも、私がここにいることに納得がいかないらしく、

「つーかさ、ポニテの姉ちゃん、大学で遊びまくってるのか?」

 とたずねてきた。

 ちがーうッ! カンちがいしないでくださいッ!

「これには理由わけがあるのよ」

理由わけ? 彼氏が麻雀好きとか?」

 ちがーうッ! いかんいかん、このシチュエーションを見られたのはマズい。

 地元で変なうわさを広められたら困る。

 かと言って、さすがにくわしい事情は説明できない。

 どうやってごまかしましょ……あッ! そうだッ!

「三和先輩のお供よ。ほら、H島の県代表だった」

「ん? ああ、みわっち先輩も来てるの?」

 よしよし、さすがに三和先輩のことは知ってたか。

 ここからは反撃タイム。

「で、不破さんはなんでここにいるの?」

「だから観戦だって。この会話、3回目だぞ」

「観戦目的でわざわざチケットを入手したの? けっこう高かったわよ?」

「もらいもんだよ、もらいもん」

 ……もしかして、知り合いがいるとか? 私はそう質問しかけた。

 ところが、不破さんのほうは問答もんどうに飽きたらしく、

「ま、どうでもいいだろ。ドリンク飲み放題みたいだから飲もうぜ」

 と言い出した。私も蒸し返したくないから、これに便乗した。

 会場のすみっこに、ドリンクコーナーがあった。テーブルのうえに、ペットボトルと紙コップが並べられてるだけ。よくみると、会場のあちこちが安っぽいのよね。あんまりお金がないのかしら。

 とりあえずお茶をくんだ。不破さんはサイダーを飲む。

あめを舐めながらサイダーって、味がわからなくならない?」

「口のなかでシュワシュワさせて楽しむんだよ」

「……不破さん、けっこうお子様なのね」

 不破さんは顔を赤くした。

「うるせーよッ! ひとがどういう味覚してようが勝手だろッ!」

「はいはい、ごめんなさい」

 そう怒らないでくださいな。瞬間湯沸かし器じゃないんだから。

《抽選が終わりました。1回戦に出場のかた以外は、サテライト会場へおもどりになってください》

 対局会場から、ぞろぞろとひとがもどってきた――あれ? 三和先輩も穂積さんも帰ってこない? もしかして、ふたりとも当たった?

 きょろきょろしていると、前方のスクリーンに対局会場が映った。麻雀卓が2つ、司会のお姉さんと、スピーチ用の台もみえた。

《それでは、今夜のゲストを紹介させていただきます。日本麻雀アソシエイション所属、和泉いずみりょうプロです》

 ちょっとロン毛の好青年が、壇上にあがった。いかにもクールっぽいキャラで、立ち振る舞いも年不相応としふそうおうにおちついていた。全体的に細い。切れ長の目がかっこよかった。男性だけど、化粧をすこししているようだ。

「大学生くらいにみえるわね」

 私は不破さんに話しかけた。

「そうだぜ。今年で20歳はたちじゃなかったか」

「え? 20歳はたちでプロになれるの?」

 自分で質問しておいて、私は恥ずかしくなった。

 不破さんもあきれ顔で、

「将棋指しがそれを言うかねぇ」

 と返した。

 ですよねー、中学生プロがいるのに、愚問ぐもんだった。

 実力勝負の世界に年齢は関係ない。

 青年はマイクを渡されて、表情を変えることなく挨拶あいさつした。

《こんにちは、和泉です。本日はファンのみなさんと楽しいひとときを過ごさせていただきたいと思います。よろしくお願いします》

 簡潔ね。拍手。司会のお姉さんのマイクが入る。

《続きまして、日本麻雀クラブ所属、不破ふわあきらプロです》

 私は今度もびっくりした。

 どうみても、さっきの青年より若かったからだ。ジーンズに無地の白いTシャツ。黒いジャケットを羽織はおっていた。靴は白のスニーカーで、どれもブランドものじゃなかった。そのチープさをうまく着こなしていて、少年のちょっと小生意気そうな雰囲気とぴったり合っていた。しかも、白いスポーツキャップをかぶったままの登壇だった。

「こんにちは、煌です。今日は万全のコンディションなんで、よろしくお願いします」

 さっきとおなじように拍手が起こった。

 私は不破さんにたずねる。

「ねぇ、麻雀業界って、若いひとばっかりなの?」

「あのふたりは特別だよ。麻雀界の2大プリンスだぜ」

 うーん、その表現に違和感はない。ふたりともかっこよかった。

「ところで、ポニテの姉ちゃん、なんか気づかなかった?」

 意味深な質問はやめてくださいな――と、ん?

「そういえば、苗字みょうじが不破さんといっしょだったわね」

「へへへ、じつは又従兄弟またいとこなんだよね」

 な、なるほど、親戚に会いに来たのか。納得。

《続きまして、日本麻雀クラブ所属、現・朱雀位すざくい南原なんばら悦子えつこプロです》

 壇上にあらわれたのは――くわえたばこおばさんッ!?

 おばさんはマイクを片手に、流暢りゅうちょうなスピーチを始めた。

「本日は記念イベントにお集まりいただき、まことにありがとうございます。南原悦子です。今年度の秋、朱雀位は第10期を迎えることとなりました。これもファンの皆さま方あってのことかと思います。昨年度は苦しい戦いとなりましたが、こうして女性プロであるわたくしが防衛させていただくことができました。これからも女性ファンの増加と麻雀の普及に努めてまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます」

 盛大な拍手。

「おい、ポニテの姉ちゃん、どうしたんだ、大口開けて?」

「わ、わ、私、あのひとと将棋指したわ」

「は?」

 どどどど、どういうこと? 麻雀プロだったの? しかも、タイトル持ち?

《最後に、特別ゲストといたしまして、作家の紅孔雀べにくじゃく先生にお越しいただきました》

 聞いたことのない名前ね。

 上下カーキ色のスーツを着たサングラスの男性が登壇した。指輪と時計がキラキラしてて、夜の繁華街で飲んでそうなおじさんだ。眉毛が太くて、顔は角ばっていた。クリーム色のソフトハットをかぶっていた。

「今日はカワイイみんなに負けに来たから、点棒バンバン持ってっちゃって」

 会場内が笑いにつつまれる。八百長負けはNG。

 ゲスト4人は、それぞれ卓についた。

 カメラが動いて、アマチュア参加者の顔も映る。

 うわッ、三和先輩と穂積さん、おなじ卓にいる。スクリーンの向かって右側だ。その卓には、和泉プロと不破プロが座った。穂積さんは、カメラ越しにめちゃくちゃ機嫌よさそう。こちらに背を向けている三和さんを一番手前にして、反時計回りに和泉プロ、不破プロ、穂積さんの順になった。

《それでは、サイコロを振ってください》

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