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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第28章 チーポンロン♪で麻雀大会(2016年7月9日土曜)
163/487

163手目 くわえタバコのおばさん、再来

 というわけで、やって来たわけですが……ここは巣鴨すがもの商店街。雑居ビルが立ち並んだ一角だ。ビジネス系の事務所から占いまで、さまざまな看板がみえた。その中でも、やや奥まったところのビルに、その道場はあった。

「くぅ、裏見うらみ、俺を選んでくれて感激だぜ」

 松平はこぶしをにぎってプルプルしていた。おおげさな。

「このまえの件、まだ許したわけじゃないんだからね」

松平まつだいら剣之介けんのすけ、大いに反省していますッ!」

 どうだか――私は、お店のカードと現在地を照らし合わせた。

 電柱に書いてある番地とも一致している。

 となりに立っていた三宅みやけ先輩は、

「賭け将棋の偵察をまかされるとは思わなかったな」

 とつぶやきながら、看板を見上げた。

 真っ赤なプラスチック製の板に、白抜きで四五六と書かれていた。

四五六しごろ、か……ずいぶんと変わった名前だ」

 三宅先輩に同意。とりあえず入り口をさがす。

 コンクリートむき出しの、いかにも遊興場という感じの階段がみえた。

 三宅先輩を先頭にして、私、松平の順で階段をのぼった。途中で三宅先輩が、

「ふたりは、賭け将棋ってやったことあるか?」

 とたずねてきた。私は「ない」と答えた。すると松平が、

「あれ? 裏見が高校の将棋部に入ったの、賭け将棋で負けたからじゃなかったか?」

 と余計なことを言い出した。

 こらーッ! 何年前の話をしてるんですかッ!

「松平、今ので株価また下がったわよ」

「なんでッ!? 事実じゃないかッ!」

 事実を言えばいいってもんじゃないでしょ、まったく。

 私はおこりながら2階に到着した。三宅先輩が代表してドアを開ける。

 小気味よい駒音が、私たちの耳にとどいた。

「らっしゃい。ご新規?」

 メガネをひたいに乗せたおじいさんが、新聞から顔をあげた。競馬新聞だった。

 三宅先輩はこういうところに慣れているらしく、対応してくれた。

「3名、新規ですけど、いいですか?」

「手合い必要?」

「……いえ、3人で指します」

「平日料金でお一人さま1000円ね。あ、女の子は800円でいいよ」

 私たちは、それぞれ場代を払った。これも速水はやみ先輩からもらった資金だ。

 おじさんは、一番奥にある窓際の席を指定した。

 フリー同士の客が指している場所と、知り合い同士で指す場所がわかれているらしい。これは助かった。偵察がしやすい。私たちは丸椅子を引いて、長机に腰をおろす。三宅先輩が奥の壁側に、私と松平はその対面に座った。

「さてと……どうします?」

 私は男子2人にたずねた。三宅先輩は、

「将棋を指すしかないだろ。大学生っぽいのが来たらマークで」

 と答えた。了解。

 

 ***** 大学生、対局中 *****

 

挿絵(By みてみん)


 んー、むずかしくなったわね。

 先手を持った私は、4六歩の対応に悩んでいた。

 三宅先輩の振り飛車相手に左銀急戦は、さすがに無謀だったかしら。

 考え込んでいると、ふいに三宅先輩が動いた。

「裏見、松平……さっきからあやしいのがいるぞ」

 私たちは顔をあげた。あたりを見回す――大学生っぽいひとはいないような?

 三宅先輩は、反対側のすみっこをゆびさした。

「あそこの隅の席、さっきから終わるたびに金を渡してる」

 え? ほんと? 私はその席を見て、アッとなった。

 くわえ電子タバコのおばさんッ!?

 し、新宿の将棋大会で会ったおばさんだ。まちがいない。仕事帰りなのか、Yシャツにグレーのビジネスズボンといういでたちだった。大会のときはポンパドールだったけど、今はうしろにおろしてゴムで結んであるだけだ。

「裏見、どうした?」

 三宅先輩の質問に、私は思わず、

「くわえタバコおばさんですよ」

 と答えてしまった。三宅先輩はけげんそうな顔で、

「くわえタバコおばさん? ……有名人か?」

 と言い、もういちどおばさんのほうを見やった。

 私は事情を説明する。

「新宿の将棋大会に参加したとき、あのひとと対局したんです」

「そりゃ……そういうこともあるんじゃないか。とはいえ、マナー違反だよな。社会人が堂々と賭け将棋だなんて」

 三宅先輩はのんきにそう言った。

 いや、ちょっと待って、「そういうこともある」で済ませていいの? 新宿の将棋大会で会った人物と、こんな短期間で再会するなんてありえる? もちろん、確率的にはゼロじゃない。でも、わざわざ賭け将棋の内偵に来た場所で賭け将棋をしている、なんて都合のいいシチュエーションに、偶然出くわすとは思えなかった。

 私があまりにガン見するものだから、三宅先輩は、

「どうした? なんかトラブルでもあったのか? タバコの煙でも吹きかけられた?」

 と訊いてきた。

「いえ……そういうわけじゃないんですが……あッ」

 おばさんが席を立った。帰るのかと思いきや、裏手の出口へむかう。【喫煙所】という手書きのプレートが、ドアにかけてあった。おばさんの姿がドアのむこうに消えたところで、私はここぞとばかりにまくしたてる。

「こんなところで再会するなんて、デキが良すぎると思いませんか? しかも速水先輩から調査を依頼された場所で、賭け将棋をしてるんですよ?」

 三宅先輩は後頭部をかきながら、

「そう言われてもな……あのおばさんが賭け将棋をしてるっぽいことはわかったが、相手もおっさんだったし、俺たちが捜してるグループとは違うんじゃないか? 手渡ししてるのも、500円玉1枚とか1000円札1枚とか、そんな感じだったぞ」

「賭けてることに変わりはありませんし、こんな偶然が重なって……」

「偶然が重なると、ひとは流れを見出だしちゃうのよねぇ」

「!?」

 私は息が止まりかけた。おそるおそるふりかえる。

 さっき出て行ったはずのおばさんが、真後ろで仁王立ちしていた。

「こ……こんにちは」

 私はひとまず挨拶した。

「こんにちは。こんなところで会うなんて奇遇ね、将棋大会で指したでしょ?」

「あ、はい……タバコを吸いに行かれたんじゃないんですか……?」

「外の空気を吸ってただけよ」

 私は喫煙所のドアを確認した。よくみると、外のベランダに出るドアだった。しかも、出入り口が2箇所あって、もうひとつは私の席の真後ろにあった。見落とし。

 外の空気を吸いに行ったというのは、たぶんウソだ。だって、こっちのドアからもどる理由がない。おばさんも私の存在に気づいて、裏手から回って来たのだ。まちがいない。

「な、なにか御用ですか?」

 とりあえず軽くジャブを飛ばしてみた。

「リベンジ戦してもらえない?」

「リベンジ? ……新宿将棋大会の、ですか?」

「そうよ。若い娘が相手でも、借りは返さないと、ね」

 どんだけ負けず嫌いなんですか――と、そこまで思って、ふと疑心暗鬼になった。

 これ、おばさんのほうで私たちの情報をさぐってるんじゃない? 

 よく考えたら、このおばさんの嫌疑が晴れたわけじゃない。主要メンバーが大学生というだけで、元締めが社会人でないとは限らないからだ。ってことは、このおばさんが元締めな可能性もあるわけで……うぅ、わからなくなってきた。

 私は困惑する。おばさんはそれを無視して、私のとなりに座った。

「どう、1局?」

「えーと……まだ対局中なので……」

 盤がそれっぽくなっているので、私はごまかそうとした。ところが、

「大丈夫よ、駒がなくても指せるでしょ」

 と言って、おばさんは自分自身のこめかみをひとさしゆびで小突いた。

 私は一瞬、意味を理解しかねた。

「……目隠し将棋ですか?」

「名前は知らないけど、できるものはできるでしょ」

「けっこう難しいですよ?」

「駒は40枚しかないんだから簡単よ」

 えぇ……40枚なら覚えるの簡単ってこと?

 このひと、何者? 単なる暗記力に自信おばさん?

 とはいえ、私が一番気にしたのは、おばさんが目隠し将棋をすることができるかどうかじゃなかった。お金を賭けようと言い出さないかどうかだ。

「……将棋を指すだけですか?」

 遠回しに尋ねてみる。

 すると、おばさんはパチリとゆびを鳴らした。

「もしかして、あなた、私と打ちたいわけ? それが交換条件?」

 打つ? ……博打ばくちを打つ? マズい。変な意味で取られたかも。

「ち、ちがいます。将棋ならいいですけど、それ以外の要素が入るならお断りします」

「そう……私の勘違いだったわ。失礼。だったら、将棋は指すのね?」

 しまった。墓穴を掘った。

 おばさんは胸に刺してあったペンをはずし、口にくわえた。

 ニヤリと笑って、椅子に横坐よこすわりになる。足を組んだ。

「そうこなくっちゃね」

 おばさんは右手でこぶしを作った。じゃんけんのお誘いだ。

 しかたがないので付き合うことに。

「じゃんけん、ぽん」

 私がグー、おばさんがパー。私の先手。

「1手30秒かしら……そこの少年、時間を計りなさい」

 おばさんは松平に秒読みを指示した。

 松平は、不承不承、スマホをとりだしてストップウォッチ機能をオンにした。

「じゃ、よろしく」

「よろしくお願いします。7六歩です」

 8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。

 

挿絵(By みてみん)


 角換わりだ。前回の対局からみて、このおばさんは将棋歴が浅い。けど、なにか裏スキルがありそう。押し引きが異様にうまかった。ほかのボードゲーマーである可能性が大。さっき「打つ」って言ったから、囲碁かも。

 私は「6八銀」と告げながら、おばさんの顔をチラ見した。目が合う。

「そういえば、あなた、晩稲田おくてだの学生なんでしょ? 大会でそう言ってたわよね?」

 あーッ! その話題はダメ!

 松平と三宅先輩が、ドン引きした表情で私をみている。

 ちがうッ! 学歴がくれき詐称さしょうはしてないッ! 誤解ッ!

 なんとかごまかそうとしていると、おばさんのほうから笑って、

「なーんて言ってたけど、ほんとはちがう大学でしょ?」

 とたずねてきた。

「え、あ、はい……すみません、あのときは個人情報が気になってウソを……」

「ま、そんなことだろうと思ったわ。じつは将棋を教えてもらいに……」

「25秒」

 おばさんは3二金と上がった。それからしゃべりなおす。

「じつは将棋を教えてもらいに、晩稲田の将棋部へ何回か顔を出したんだけど、あなたはみかけたことがなかったのよね。おなじチームのメイドさんには見覚えがあったわ」

 メイドさんって、たちばな先輩のことよね。

 なるほど、このひとはじっさいに晩稲田のOGなのか。

 私は私で、このおばさんが晩稲田OGだっていう話を若干疑っていた。

「25秒」

 7八金、7七角成、同銀、2二銀、4八銀。

 おばさんはマジメに指し始めた。私も黙々とついていく。

 6二銀、4六歩、6四歩、4七銀、6三銀。


挿絵(By みてみん)


 ミスがない。途中で動かしまちがえて終了するかと思ってたのに。

 おばさんはペン型電子タバコをくわえたまま、挑発的なまなざしを送ってきた。

牌譜はいふをおぼえるより簡単なんだから、チョンボは期待しちゃダメよ、お嬢さん」

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