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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第3章 大学将棋は甘くない(2016年4月15日金曜・16日土曜)
16/487

15手目 詰むや詰まざるや

 3四同銀、3五銀、同銀、同飛、3四歩。


挿絵(By みてみん)


 ここで私は、手を止めた。

 3八飛と引く手、4五飛とスライドする手、このふたつが見えたからだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 3八飛はダメね。5五馬と飛び出されて、攻めが頓挫してしまう。

「4五飛です」

「4四歩」

 私は4六飛と引いた。


挿絵(By みてみん)


 馬と飛車の交換なら歓迎。

 私は、速水はやみ先輩の次の手を待った。

「なるほど……裏見うらみさんは、この手順を選んだのね」

 ん? 話しかけられた?

「だったら、こんな手は、どうかしら?」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 金寄り……馬を殺しに来た手だ。

 あるかな、とは思っていた。とはいえ、指されてみると、疑問に思う。

 対応としては、6一馬or4二馬or4三馬よね。6一馬、5二銀の展開は、駒を使わせているというよりも、堅くしているという印象が強い。却下。4二馬or4三馬で、すなおに交換したほうがいい。問題は、両者の比較……4二馬かしら。4三馬よりも4二馬のほうが、後手のかたちは崩れている。5四歩と取り込む手もある。

 その瞬間の4六馬は、当然に予想済み。でも、同歩と応じて、次に5三銀と打ち込めば、取られようが取られまいが、攻めは続いているはず。後手の飛車の打ち場所が、ちょっと気になるけど……4六の歩が邪魔だから、3九でもいい……ん、5九飛がある?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 これが一番、攻防に利いている気がする。4二馬、同金、5四歩、4六馬、同歩、5九飛までを本線で読むとして、5三銀、同銀、同歩成、同飛成……ん、これって7一角が、飛車龍両取りね。じゃあ、成立してないわ。

 自陣龍が成立していないことは、確認できた。となると、私がどう攻めるか――

 

 ピッ

 

 しまった、考え過ぎた。30秒将棋。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4二馬」

 私は、予定の進行を取った。

 同金、5四歩、4六馬、同歩。

 速水先輩は、まっすぐに5九飛と下ろしてくる。

 私はノータイムで、2三歩と打った。


挿絵(By みてみん)


 これで、どう?

 同玉なら2五歩と打つ。放置は2四歩と取り込んで、同玉は1五角が王手飛車。もちろん、こうはならないだろうから、後手は2九飛成の可能性が高い。以下、2四歩、同龍のとき、1五銀と打って、龍をイジメに行くのが、私のプラン。

 速水先輩は、落ち着き払った手つきで、2三同玉と取った。

 私は29秒まで読んで、2五歩。

 先輩は、残り1分まで時間を使い、持ち駒へ手を伸ばした。

「8七歩」


挿絵(By みてみん)


 これは……同玉とできない。8九龍、8八金打、2九龍は、損しかしていない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「9八玉」

 これで詰まない。

 後手の持ち駒は銀と角だから、バラバラにされる心配もなし。

 先輩も追撃せずに、2九飛成で受けに回った。

 私は角を空打ちして、6四に放つ。


挿絵(By みてみん)


 秒読みのなかで発見した手だ。好手のはず。

 飛車金両取りなだけじゃなくて、4二角成が詰めろ。3二銀、1四玉、1五金まで。

 これがあるから、後手は2五龍とせざるをえないはず。

 

 ピッ

 

 速水先輩も30秒将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8八銀」

 銀を打ち込まれた――詰めろ?

 8九銀不成、8七玉、7八銀不成に同玉は詰むけど(6九角以下)、9六玉と逃げれば詰まないような……いや、詰むか。8七角、8六玉、9四桂、9五玉、8三桂、8四玉、7三銀までだ。でも、8六玉なら詰まない気がする。8九龍とされても――

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 秒読みが速過ぎるッ!

 

「4二角成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 詰めろをかける。

 速水先輩が詰ましに来て、詰まなかったら勝ち。

「8九銀不成」

 ノータイムで8七玉。

 以下、7八銀不成、8六玉、8九龍、8八銀打。

 これを同龍なら、同銀で7七の地点が空くから、詰まないはず。

「8七銀成」


挿絵(By みてみん)


 え? 銀捨て?

 同玉……は6九角で詰むのか。

 8六玉、9四桂、9五玉、8三桂、8四玉、7三銀までだ。

 でも、同銀なら大丈夫。

「同銀」

 速水先輩は、スーッと飛車を走った。


挿絵(By みてみん)


「ぎ、銀にヒモが……」

 同玉、8七龍、8六合駒、9四銀、7四玉、7三金、7五玉、7四角で詰み……じゃないッ! 8七龍のときに8六飛合なら、7四角に同飛、同金、6六玉だッ!

 合駒問題で助かってるッ!


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同玉ッ!」

 8七龍、8六飛。ノータイムの応酬。

「合駒は、間違えないのね。8四銀」

 盤上に、速水先輩の手が舞った。

「それも同玉ですッ!」

 8六龍、同銀。

「これで終わり。9四飛」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? 押さえ込むには、駒が足り……てるッ!

 8三玉、6一角、7二合駒、9二金かッ!

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「に、21手詰め……負けました」

 私は肩を落とし、頭を下げた。速水先輩も一礼する。

「ありがとうございました」

 一手差……一手差……私は目を閉じて、クールダウンの時間を取った。

 悔しいけど、感想戦はしないといけない。

「……最後、ノータイム指しが良くなかったですね。詰みに気づかなかったです」

「相手に時間を与えないのも、立派な作戦だと思うわ」

 うーん、肯定されてしまった。

「4二角成のところで、2四歩、同玉、4二角成でしたか?」

「3五玉で? 先手は詰めろのままよ?」

「そこで8八銀、同歩成、同玉みたいな……」

 あんまり自信がない。私は、局面を進めてもらった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「いろいろ手がありそうね。受ける手も、攻める手も」

「私は個人的に、8六歩と垂らされるのがイヤです」

「その意図は? 馬筋よ?」

「同馬に9四桂がイヤかな、と……速水先輩は、べつの手を指しますか?」

「おもしろい手ね。検討してみましょう」

 先輩側の手を指定したのは、マズかったかしら。どうも萎縮気味。

 とりあえず、続きを考えた。

「自分で言うのもなんですけど、これ、詰めろじゃないですね。3七銀と置きます」

 私は、後手玉に詰めろをかけた。ふりほどくのは、むずかしいはず。

「たしかに、8六歩は詰めろではないけれど……後手勝ちだと思うわ」

「8六歩が詰めろじゃないと、速度計算で後手負けじゃありませんか?」

「詰む筋自体は多いのよね。8七銀、同金、同歩成、8九龍のとき、8八銀合も金合も、6九角、7七玉、8八龍に同玉とできないわ。そこから6六玉と逃げるのは、5五金、同玉、6三桂、5六玉、5五金、5七玉、5八龍で詰み。8九龍の時点で、7七玉と逃げるしかないの」

「ということは、8八角、6八玉までは必然ですね」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「7九角成に7七玉と戻るのは、8八馬、6八玉に7八龍、5八玉、4七金。これに対して5六玉と立つのは、6七龍、同玉、5七金打で詰み」

 むッ、その詰みは見えてなかった。私も必死についていく。

「5六玉と立たずに4七同玉は、6七龍、5七合駒、5五桂、4八玉、4七金、3九玉。詰みはしませんけど、3七金で銀を外されて、私の負け……ですね」

 そうか。詰めろじゃなくても、3七の銀をはずす順があるのか。

 もっとも、今のは危なそうな場所に逃げてしまった。ルートは、他にもある。

「7九角成とされたとき、5八玉と逃げます」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「7八龍か6九馬か、悩ましいですけど……6九馬〜4七金が、安全勝ちですか?」

「それは危険よ。6九馬に4八玉は、4七金、3九玉、5八馬、2八玉、3七金以下、簡単な詰みだから、5七玉、4七金、5六玉と逃げるわよね。そこで3七金とすると、2六金と捨てられて、同玉、1七金、3六玉、2五銀、同玉、1五馬、3五玉、2四銀、3六玉、2六馬で、後手の詰み。5六の王様が、詰みに働いてしまうわ」

 うっそ、こんな詰みがあるんだ。

「つまり、7八龍が確実かしら。合駒をしないのは、4七、4九のどちらに逃げても先手の負け。だから、6八銀合か6八金合」

「金合は同馬、同金、6七金で、銀合は6九馬……あ、6九馬は4九玉で、攻めが途切れますね。銀合の場合も、同馬、同金に6七銀か6七金ですか。例えば、6七銀、4七玉、5五桂、3八玉、6八龍、4八銀打、4七金、3九玉、3七金……同銀は3八銀以下で詰みますから、これも先手負けです」

 かと言って、6七銀に5七玉と立つのは、6八龍でまったく無意味。

「となると、6七銀に4九玉ですか?」

「銀は、攻めが繋がらない気がするわ。打つなら、6六桂じゃない?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「6六桂ですか? ……横には、逃げられないんですよね。4七玉は、5五桂、3八玉、6八龍、4八銀打、4七金、2九玉、3八銀、1八玉、2七金で駒が足りてますから……4九玉?」

「それが、限りなく正解に近い気がするわね。4九玉、3八金、同玉、6八龍、4八銀打に4九銀で迫れるかどうかだけど、2九玉、3八金、1八玉、3七金の瞬間、角を渡しているから、2四角、3六玉、2六金、同玉、1七金、2五玉……詰まないかも」

 いやあ、難解過ぎる。頭がクラクラしてきた。

 紙コップのお茶を飲んで、リフレッシュ。

「速水先輩、全局終わりました」

 眼鏡をかけた細身の男子が、そう告げた。

「今、何時?」

「1時過ぎです」

「学食もいてきた頃ね。そろそろ、お昼にしましょう」

 感想戦は、これで打ち切り。

 私たちは再度一礼してから、学食へ向かった。

「え、この建物全部、学食なんですか?」

 白い4階建てのビルだった。都ノみやこのの食堂と、全然ちがう。

「なにが食べたいかしら? 案内するわよ」

 お客さんとはいえ、ここは日セン陣営任せに。

 結局、1番オーソドックスな食堂へ案内された。

 食券を買って並んで、大人数用の長テーブルに着席。

 私はラーメンにした。無難そうだから。激マズってことはないでしょ、多分。

「裏見さん、さきほどの対局は、いかがでしたか?」

 ラーメンをすすっていると、となりの大谷おおたにさんに話しかけられた。

「負けちゃった」

「拙僧も、1局目は負けてしまいました」

 なんか、レベルがちがうって感じだった。私よりも、ずっと深い階層で読んでいる。高校時代にも、そういう壁は何度かあったし、心が折れるほどじゃないんだけど……私は、やるせない気持ちになる。どこまで行っても中堅。

 私は気分転換のため、松平まつだいらに声をかけた。正面に座っていた。

「そっちは、どうだった?」

「俺か? 俺は2連勝だ」

「え? ほんと?」

 信用されなかったのが不満なのか、松平は箸をとめた。

「ほんとだぞ」

奥山おくやまくんとは、指した?」

「いや、ほかのふたりだ」

 あそことあそこの男子だと、松平は小声で示した。

「どんな感じだった?」

「地元なら、市内で3番手、4番手って印象だな」

 そっか……全員が県代表クラス、ってわけじゃないのね。

 イマイチ、大学将棋の感覚が掴めない。アドバイス・プリーズ。

場所:日本セントラル大学 Dスクウェア

先手:裏見 香子

後手:速水 萠子

戦型:脇システム


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金

▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △3三銀

▲7七銀 △3一角 ▲3六歩 △4四歩 ▲7九角 △6四角

▲4六角 △5二金 ▲3七銀 △8五歩 ▲7九玉 △3一玉

▲2六歩 △2二玉 ▲2五歩 △4三金右 ▲8八玉 △7三銀

▲1六歩 △8四銀 ▲6四角 △同 歩 ▲4一角 △7三銀

▲6三角成 △6五歩 ▲同 歩 △3九角 ▲3八飛 △8四角成

▲4六銀 △6二銀 ▲5二馬 △7三馬 ▲3五歩 △同 歩

▲2四歩 △同 歩 ▲5五歩 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩

▲同 歩 △4五歩 ▲3四歩 △同 銀 ▲3五銀 △同 銀

▲同 飛 △3四歩 ▲4五飛 △4四歩 ▲4六飛 △4二金寄

▲同 馬 △同 金 ▲5四歩 △4六馬 ▲同 歩 △5九飛

▲2三歩 △同 玉 ▲2五歩 △8七歩 ▲9八玉 △2九飛成

▲6四角 △8八銀 ▲4二角成 △8九銀不成▲8七玉 △7八銀不成

▲8六玉 △8九龍 ▲8八銀打 △8七銀成 ▲同 銀 △8五飛

▲同 玉 △8七龍 ▲8六飛 △8四銀 ▲同 玉 △8六龍

▲同 銀 △9四飛


まで104手で速水の勝ち

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