15手目 詰むや詰まざるや
3四同銀、3五銀、同銀、同飛、3四歩。
ここで私は、手を止めた。
3八飛と引く手、4五飛とスライドする手、このふたつが見えたからだ。
……………………
……………………
…………………
………………
3八飛はダメね。5五馬と飛び出されて、攻めが頓挫してしまう。
「4五飛です」
「4四歩」
私は4六飛と引いた。
馬と飛車の交換なら歓迎。
私は、速水先輩の次の手を待った。
「なるほど……裏見さんは、この手順を選んだのね」
ん? 話しかけられた?
「だったら、こんな手は、どうかしら?」
パシリ
金寄り……馬を殺しに来た手だ。
あるかな、とは思っていた。とはいえ、指されてみると、疑問に思う。
対応としては、6一馬or4二馬or4三馬よね。6一馬、5二銀の展開は、駒を使わせているというよりも、堅くしているという印象が強い。却下。4二馬or4三馬で、すなおに交換したほうがいい。問題は、両者の比較……4二馬かしら。4三馬よりも4二馬のほうが、後手のかたちは崩れている。5四歩と取り込む手もある。
その瞬間の4六馬は、当然に予想済み。でも、同歩と応じて、次に5三銀と打ち込めば、取られようが取られまいが、攻めは続いているはず。後手の飛車の打ち場所が、ちょっと気になるけど……4六の歩が邪魔だから、3九でもいい……ん、5九飛がある?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これが一番、攻防に利いている気がする。4二馬、同金、5四歩、4六馬、同歩、5九飛までを本線で読むとして、5三銀、同銀、同歩成、同飛成……ん、これって7一角が、飛車龍両取りね。じゃあ、成立してないわ。
自陣龍が成立していないことは、確認できた。となると、私がどう攻めるか――
ピッ
しまった、考え過ぎた。30秒将棋。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4二馬」
私は、予定の進行を取った。
同金、5四歩、4六馬、同歩。
速水先輩は、まっすぐに5九飛と下ろしてくる。
私はノータイムで、2三歩と打った。
これで、どう?
同玉なら2五歩と打つ。放置は2四歩と取り込んで、同玉は1五角が王手飛車。もちろん、こうはならないだろうから、後手は2九飛成の可能性が高い。以下、2四歩、同龍のとき、1五銀と打って、龍をイジメに行くのが、私のプラン。
速水先輩は、落ち着き払った手つきで、2三同玉と取った。
私は29秒まで読んで、2五歩。
先輩は、残り1分まで時間を使い、持ち駒へ手を伸ばした。
「8七歩」
これは……同玉とできない。8九龍、8八金打、2九龍は、損しかしていない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「9八玉」
これで詰まない。
後手の持ち駒は銀と角だから、バラバラにされる心配もなし。
先輩も追撃せずに、2九飛成で受けに回った。
私は角を空打ちして、6四に放つ。
秒読みのなかで発見した手だ。好手のはず。
飛車金両取りなだけじゃなくて、4二角成が詰めろ。3二銀、1四玉、1五金まで。
これがあるから、後手は2五龍とせざるをえないはず。
ピッ
速水先輩も30秒将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8八銀」
銀を打ち込まれた――詰めろ?
8九銀不成、8七玉、7八銀不成に同玉は詰むけど(6九角以下)、9六玉と逃げれば詰まないような……いや、詰むか。8七角、8六玉、9四桂、9五玉、8三桂、8四玉、7三銀までだ。でも、8六玉なら詰まない気がする。8九龍とされても――
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
秒読みが速過ぎるッ!
「4二角成ッ!」
詰めろをかける。
速水先輩が詰ましに来て、詰まなかったら勝ち。
「8九銀不成」
ノータイムで8七玉。
以下、7八銀不成、8六玉、8九龍、8八銀打。
これを同龍なら、同銀で7七の地点が空くから、詰まないはず。
「8七銀成」
え? 銀捨て?
同玉……は6九角で詰むのか。
8六玉、9四桂、9五玉、8三桂、8四玉、7三銀までだ。
でも、同銀なら大丈夫。
「同銀」
速水先輩は、スーッと飛車を走った。
「ぎ、銀にヒモが……」
同玉、8七龍、8六合駒、9四銀、7四玉、7三金、7五玉、7四角で詰み……じゃないッ! 8七龍のときに8六飛合なら、7四角に同飛、同金、6六玉だッ!
合駒問題で助かってるッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同玉ッ!」
8七龍、8六飛。ノータイムの応酬。
「合駒は、間違えないのね。8四銀」
盤上に、速水先輩の手が舞った。
「それも同玉ですッ!」
8六龍、同銀。
「これで終わり。9四飛」
……………………
……………………
…………………
………………
え? 押さえ込むには、駒が足り……てるッ!
8三玉、6一角、7二合駒、9二金かッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「に、21手詰め……負けました」
私は肩を落とし、頭を下げた。速水先輩も一礼する。
「ありがとうございました」
一手差……一手差……私は目を閉じて、クールダウンの時間を取った。
悔しいけど、感想戦はしないといけない。
「……最後、ノータイム指しが良くなかったですね。詰みに気づかなかったです」
「相手に時間を与えないのも、立派な作戦だと思うわ」
うーん、肯定されてしまった。
「4二角成のところで、2四歩、同玉、4二角成でしたか?」
「3五玉で? 先手は詰めろのままよ?」
「そこで8八銀、同歩成、同玉みたいな……」
あんまり自信がない。私は、局面を進めてもらった。
【検討図】
「いろいろ手がありそうね。受ける手も、攻める手も」
「私は個人的に、8六歩と垂らされるのがイヤです」
「その意図は? 馬筋よ?」
「同馬に9四桂がイヤかな、と……速水先輩は、べつの手を指しますか?」
「おもしろい手ね。検討してみましょう」
先輩側の手を指定したのは、マズかったかしら。どうも萎縮気味。
とりあえず、続きを考えた。
「自分で言うのもなんですけど、これ、詰めろじゃないですね。3七銀と置きます」
私は、後手玉に詰めろをかけた。ふりほどくのは、むずかしいはず。
「たしかに、8六歩は詰めろではないけれど……後手勝ちだと思うわ」
「8六歩が詰めろじゃないと、速度計算で後手負けじゃありませんか?」
「詰む筋自体は多いのよね。8七銀、同金、同歩成、8九龍のとき、8八銀合も金合も、6九角、7七玉、8八龍に同玉とできないわ。そこから6六玉と逃げるのは、5五金、同玉、6三桂、5六玉、5五金、5七玉、5八龍で詰み。8九龍の時点で、7七玉と逃げるしかないの」
「ということは、8八角、6八玉までは必然ですね」
【検討図】
「7九角成に7七玉と戻るのは、8八馬、6八玉に7八龍、5八玉、4七金。これに対して5六玉と立つのは、6七龍、同玉、5七金打で詰み」
むッ、その詰みは見えてなかった。私も必死についていく。
「5六玉と立たずに4七同玉は、6七龍、5七合駒、5五桂、4八玉、4七金、3九玉。詰みはしませんけど、3七金で銀を外されて、私の負け……ですね」
そうか。詰めろじゃなくても、3七の銀を外す順があるのか。
もっとも、今のは危なそうな場所に逃げてしまった。ルートは、他にもある。
「7九角成とされたとき、5八玉と逃げます」
【検討図】
「7八龍か6九馬か、悩ましいですけど……6九馬〜4七金が、安全勝ちですか?」
「それは危険よ。6九馬に4八玉は、4七金、3九玉、5八馬、2八玉、3七金以下、簡単な詰みだから、5七玉、4七金、5六玉と逃げるわよね。そこで3七金とすると、2六金と捨てられて、同玉、1七金、3六玉、2五銀、同玉、1五馬、3五玉、2四銀、3六玉、2六馬で、後手の詰み。5六の王様が、詰みに働いてしまうわ」
うっそ、こんな詰みがあるんだ。
「つまり、7八龍が確実かしら。合駒をしないのは、4七、4九のどちらに逃げても先手の負け。だから、6八銀合か6八金合」
「金合は同馬、同金、6七金で、銀合は6九馬……あ、6九馬は4九玉で、攻めが途切れますね。銀合の場合も、同馬、同金に6七銀か6七金ですか。例えば、6七銀、4七玉、5五桂、3八玉、6八龍、4八銀打、4七金、3九玉、3七金……同銀は3八銀以下で詰みますから、これも先手負けです」
かと言って、6七銀に5七玉と立つのは、6八龍でまったく無意味。
「となると、6七銀に4九玉ですか?」
「銀は、攻めが繋がらない気がするわ。打つなら、6六桂じゃない?」
【検討図】
「6六桂ですか? ……横には、逃げられないんですよね。4七玉は、5五桂、3八玉、6八龍、4八銀打、4七金、2九玉、3八銀、1八玉、2七金で駒が足りてますから……4九玉?」
「それが、限りなく正解に近い気がするわね。4九玉、3八金、同玉、6八龍、4八銀打に4九銀で迫れるかどうかだけど、2九玉、3八金、1八玉、3七金の瞬間、角を渡しているから、2四角、3六玉、2六金、同玉、1七金、2五玉……詰まないかも」
いやあ、難解過ぎる。頭がクラクラしてきた。
紙コップのお茶を飲んで、リフレッシュ。
「速水先輩、全局終わりました」
眼鏡をかけた細身の男子が、そう告げた。
「今、何時?」
「1時過ぎです」
「学食も空いてきた頃ね。そろそろ、お昼にしましょう」
感想戦は、これで打ち切り。
私たちは再度一礼してから、学食へ向かった。
「え、この建物全部、学食なんですか?」
白い4階建てのビルだった。都ノの食堂と、全然ちがう。
「なにが食べたいかしら? 案内するわよ」
お客さんとはいえ、ここは日セン陣営任せに。
結局、1番オーソドックスな食堂へ案内された。
食券を買って並んで、大人数用の長テーブルに着席。
私はラーメンにした。無難そうだから。激マズってことはないでしょ、多分。
「裏見さん、さきほどの対局は、いかがでしたか?」
ラーメンをすすっていると、となりの大谷さんに話しかけられた。
「負けちゃった」
「拙僧も、1局目は負けてしまいました」
なんか、レベルがちがうって感じだった。私よりも、ずっと深い階層で読んでいる。高校時代にも、そういう壁は何度かあったし、心が折れるほどじゃないんだけど……私は、やるせない気持ちになる。どこまで行っても中堅。
私は気分転換のため、松平に声をかけた。正面に座っていた。
「そっちは、どうだった?」
「俺か? 俺は2連勝だ」
「え? ほんと?」
信用されなかったのが不満なのか、松平は箸をとめた。
「ほんとだぞ」
「奥山くんとは、指した?」
「いや、ほかのふたりだ」
あそことあそこの男子だと、松平は小声で示した。
「どんな感じだった?」
「地元なら、市内で3番手、4番手って印象だな」
そっか……全員が県代表クラス、ってわけじゃないのね。
イマイチ、大学将棋の感覚が掴めない。アドバイス・プリーズ。
場所:日本セントラル大学 Dスクウェア
先手:裏見 香子
後手:速水 萠子
戦型:脇システム
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金
▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △3三銀
▲7七銀 △3一角 ▲3六歩 △4四歩 ▲7九角 △6四角
▲4六角 △5二金 ▲3七銀 △8五歩 ▲7九玉 △3一玉
▲2六歩 △2二玉 ▲2五歩 △4三金右 ▲8八玉 △7三銀
▲1六歩 △8四銀 ▲6四角 △同 歩 ▲4一角 △7三銀
▲6三角成 △6五歩 ▲同 歩 △3九角 ▲3八飛 △8四角成
▲4六銀 △6二銀 ▲5二馬 △7三馬 ▲3五歩 △同 歩
▲2四歩 △同 歩 ▲5五歩 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩
▲同 歩 △4五歩 ▲3四歩 △同 銀 ▲3五銀 △同 銀
▲同 飛 △3四歩 ▲4五飛 △4四歩 ▲4六飛 △4二金寄
▲同 馬 △同 金 ▲5四歩 △4六馬 ▲同 歩 △5九飛
▲2三歩 △同 玉 ▲2五歩 △8七歩 ▲9八玉 △2九飛成
▲6四角 △8八銀 ▲4二角成 △8九銀不成▲8七玉 △7八銀不成
▲8六玉 △8九龍 ▲8八銀打 △8七銀成 ▲同 銀 △8五飛
▲同 玉 △8七龍 ▲8六飛 △8四銀 ▲同 玉 △8六龍
▲同 銀 △9四飛
まで104手で速水の勝ち