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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第26章 単位大作戦!松平を救え!(2016年6月29日水曜)
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折口おりぐちのぞみさん、ですか……》

 電話のむこうで、姫野ひめの先輩の声がとぎれた。

 私は息を殺して、続きを待つ。

《たしかに、古都大ことだい将棋部のOGです。わたくしは面識がありませんけれども》

「どんなかたか、ご存知ですか?」

《それは裏見うらみさんのほうがお詳しいのでは? 都ノみやこのの教官とうかがいましたが》

「はい……さきほどお伝えしたとおり、工学部の先生です。私が知りたいのは、大学将棋で現役だったときのことです。どれくらい強かったとか、どんなメンバーと顔見知りだったとか、そういうことです」

 ふたたび会話がとぎれた。

 ちょっと先走ってしまったかもしれない。内偵がバレバレの聴き方になってしまった。特に、交友関係を知りたがったのはマズかったかも。後悔先に立たず。

 姫野先輩が私の好奇心をどう解釈するのか、不安になる。

《……古都大の教官にも、将棋部のOBがいらっしゃいます。年齢も30そこそこですので、もしかすると折口先生の現役時代をご存知かもしれません》

「でしたら、そのひとにぜひ……」

《とはいえ、裏見さんが折口先生とじかにお話になられるのが一番です。裏見さんと折口先生がそのような仲でないならば、第三者のわたくしから情報を流すのは憚られます》

 ぐぅ、先手を打たれた。教えてくれそうにない。

 ここは、あらかじめ風切かざぎり先輩と練っておいた策を使う。

「じつは、折口先生が都ノ将棋部の顧問になられたんです。まえの先生は退職とかで……折口先生はちょっと破天荒なところがあって、今後のつきあいかたにみきわめがつかない状態です。どなたか、対応などを教えていただきたいかな、と……」

《それは部の活動をつうじて、みきわめていくことかと思いますが……》

 ダメだ、こりゃ。完全に警戒されている。

「わかりました。お時間をとっていただき、ありがとうございました」

《こちらこそ。王座戦で合間見える日を、楽しみにしております》

 ひえッ。勝負師の覇気を感じて、私はあいさつもそこそこに電話を切った。

 ひと息ついて、うしろのメンバーに結果を報告する。

「得られた情報はゼロです」

 それを聞いた風切先輩は「妙だな」と言ってから、

「10年近く前とはいえ、OGの、しかも主将のことを知らなかったりするかね」

 と、いぶかしんだ。

 私も、不承不承うなずいた。

「なんとなく、情報を隠された気がしてます……でも、姫野先輩は、気軽にウソをついたりするひとじゃありません。よほどの理由があるんだと思います」

「そのよほどの理由が聖生のえるなら、問題は関西に飛び火するな」

 そう……そうなのだ。これまでは、関東限定の問題だと考えられていた。だけど、折口先生が聖生を知っていた以上、事件のラインは関西ともつながる。

「折口先生のあの話、ほんとうだと思いますか?」

「……思わないな。突拍子がなさすぎる」

「ですよね、だって……」

 私は、あのあと部室でかわされた会話を思い出す――

 

 ***** 裏見香子、回想中 *****


「リーマンショックが聖生のしわざッ!?」

 私たちの大声が、部室にひびきわたった。

 折口先生は、椅子のうえで足を組みながら、

「聖生のしわざとは言っていない……が、聖生の出没と日本の大不況は関係している」

 と告げた。私たちは全員、頭がハテナマークになる。

 意外とかそういう以前に、意味がわからなかった。

 私はしびれを切らして、

「どういうことなのか、きちんと説明してください」

 と催促した。すると、折口先生は悪びれもせずに、

「いや、じつはな、それ以上のことはわからんのだ」

 と答えた。あのさぁ。

 私がつっこみを入れるまえに、三宅先輩が質問をはなった。

「とりあえず、聖生が日本の大不況の年に現れている、という理解でいいんですか?」

「うむ、そこのきみはなかなか理解力があるな。そのとおりだ」

「ということは、リーマンショックの年、2008年にも聖生のえるは現れたんですか?」

「そうだ。近畿大学将棋連合に、聖生のえると名乗る人物から手紙がとどいた」

 えぇ、初耳すぎる。

 三宅先輩も不審に思ったらしく、

「関東の大学将棋関係者で、そのことを知っている人物はいないようですが」

 と探りを入れた。すると、折口先生はさも当然のように、

「まあ、そうだろうな」

 とだけ返した。教育者なら、もっと丁寧に説明してくださいな。

 三宅先輩も、やや顔をしかめて、

「折口先生、もしかして俺たちをからかってます?」

 とたずねた。

「からかってはいない。ただ、この話題は近畿でも秘中の秘だ。先に、きみたちが集めた聖生のえるの情報を教えてもらおう。なぜ10代の学生が聖生のえるの名前を知っている?」

 いやいやいや、さりげなくこちらの情報を引き出そうとするのはNG。

 不公平はイヤだから、だれも答えなかった。

 折口先生は腕組みをして、

「なんだ? そっちこそ私をからかっているのか?」

 と、あらぬ疑いをかけてきた。

 三宅先輩が冷静に対応する。

「からかってはいません。でも、年配の先生から話すのが筋じゃないですか?」

「亀の甲より年の功だからな、と言いたいところだが、女性の年齢にれるのは許さん」

 ダメだ、これ。どんどん話がそれる。

 しょうがないので、同性の私から強く圧力をかける。

「折口先生、はっきりとおっしゃってください。三宅先輩が困ってます」

「しかし、情報はバーターだから……」

「それなら、共同研究室での活動を事務に報告してもいいわけですね?」

 折口先生の顔色が変わった。

「い、いや、あれはだな、適正な予算の執行であって……」

「世界で一番美しい女神像の、どこが適正な予算執行なんですかぁ?」

 ほらほらほら、バラされたくなかったら白状しなさい。

 私が詰め寄ると、折口先生はさすがに折れた。

「ぐぬぬぬ……わかった。近畿の大学将棋連合に、ハガキが送られてきたらしい」

「らしい……? らしいって、どういうことですか?」

「私は実物を見ていないのだ」

「折口せんせぇ、小出しにするとよくありませんよぉ?」

「ほんとに見てないのだッ! 当時の幹事長が内密に処分したと聞いている」

 内密に処分? ……うそくさい。

 私は三宅先輩のほうをチラ見した。

 三宅先輩はかるく肩をすくめた。判断がつきかねているらしい。

 しょうがないので、私はすこしちがう方向から尋問することにした。

「幹事長が内密に処分したことを、なんで先生はご存知なんですか?」

「こういうのは自然と漏れるものだ」

「世界で一番美しい女神像……」

「ほんとだッ! O阪の将棋道場の客から、そう聞いたッ!」

「将棋道場の客? 客ってなんですか?」

「通りすがりの真剣師だ。そこそこ顔見知りでな、情報通だったから信頼できる」

 はぁ〜、情報源があやふやなわけか。

 私は大きくタメ息をついた。

 ほかの部員も、一気にさめた感じになる。

「あ、その顔は信じていないな? 聖生のえるから手紙が送られてきたのは、バブルが崩壊した1990年とリーマンショックの2008年だ。前者は関東、後者は関西というちがいはあるが、偶然ではないと考える」

 けっきょく憶測な気がするんですが、それは。

 なんだか微妙な空気になったので、三宅先輩がしめくくった。

「わかりました。いちおう聖生との線は切れてないってことですね。ただ、この情報だけで聖生を追跡するのは無理なので、俺たちのほうで、もういちどよく考えてみます。情報提供ありがとうございました」

「うむ、秋の大会までビシバシ鍛えてやるから、よろしく」

 

 ***** 回想終了 *****


 という流れだったわけだけど――今考えてもナゾ。

「風切先輩は、2008年の手紙がホンモノだと思いますか?」

 私の質問に、先輩は「さぁな」と答えた。

「実物を見てないんじゃ、なんとも言えない。第一、ソースがあいまいすぎる」

「ですよね……この件はいったん無視ですか?」

「それしかないな。聖生もちょっかいをかけなくなってきたし、寝た子を起こすのも野暮だ。折口の話はノイズとしておこう」

 なんだか、大山鳴動したわりにネズミ一匹というか、なんというか。

 姫野先輩に聖生のえるの名前を告げたほうがよかったかしら――いや、それも藪蛇やぶへびか。

 私がスマホを片付けていると、風切先輩はなにか言いにくそうな顔をした。

「どうかしましたか? もしかして、まだ疑問があるとか?」

「聖生とは関係ないんだが……最近、松平が顔見せないのは、なにかあったのか?」

「なにも」

 私は即答した。風切先輩は「あぁ、うん」とつぶやいて、

「それならいいんだが……思春期男子はいろいろあるから、すこしは勘弁してやってくれよな」

 と、なんだか松平の肩を持つような発言。

 思春期女子にもいろいろあるんですけどぉ。っていうか思春期の問題じゃないし。

「わかりました。善処します」

「お、おぅ……ところで、世界で一番美しい女神像ってなんだ?」

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