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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第26章 単位大作戦!松平を救え!(2016年6月29日水曜)
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157手目 鬼、正体を現す

 放課後の工学部棟――廊下の窓から、風のざわめきが聞こえる。

 妙に人気ひとけがない。

 1つおきについた蛍光灯のしたを、私はゆっくりと歩いた。

「たしか、このへんだったような……」

 折口おりぐち先生に声をかけられたのは、このあたりの……あった。

 私はプレートを確認した。ドアの窓から光が漏れている。

 だれかいる証拠だ。私はこっそりと接近した。

 ひとの声が聞こえた。

「折口先生、すごいです」

「くくく、これが大人のテクというやつだ」

 ちょっとーッ!

 私はドアを開けた。

「ふたりとも、なにやってるのッ!?」

 中に飛び込むと――3Dプリンタをのぞきこむ松平まつだいらと折口先生の姿があった。

 松平はびっくりして、

「う、裏見うらみ、どうしてここにッ!」

 とさけんだ。そして、3Dプリンタの中身を隠そうとした。

「ちょっと、なに作ってるの?」

「い、いや、これはだな……またあとで見せようと……」

 私は松平を押しのけた。プリンタのガラス越しに、中のブツをのぞきこむ――ん?

「これって……私?」

 スプレーで造形されていくフィギュアは、ポニーテールの女の子と、メガネをかけた女性が将棋を指しているシーンだった。完全に見覚えがある。

 私は折口先生にむかって、

「これ、もしかして昼間の対局ですか?」

 とたずねた。

 折口先生は腕組みをして、不敵な笑みを浮かべた。

「ふふふ、全身スキャンからモデリングした。これが大人の使い方というやつだ」

 あのさぁ……ひと騒がせな。

 私があきれていると、折口先生は、

「ところで、裏見はなぜ共同研究室へ来たんだ? やはりプリンタに興味津々か?」

 と、逆に質問をかえしてきた。

「い、いえ、そういうわけでは……」

「遠慮するな。これまで松平といっしょに作ったコレクションをみろ」

 折口先生は、テーブルのうえに並べられたフィギュアの山を示した。

 こ、こんなに作ったのか。

 私は自分がモデルにされてることもあって、微妙に気になった。

 ひとつひとつ鑑賞しようとすると、松平が立ちはだかった。

「待て待て待て、これはプライベートなものだッ!」

「? なんであんたが慌ててるの?」

「とにかく、今は研究中ッ!」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………なにかあるわね。

「松平、ちょっとどいてもらえる?」

「裏見さん、お願いだからみないで」

 どーけぇッ!

 私は松平を押しのけて、テーブルのうえを一瞥した――ん?

「松平……この水着を着た私のフィギュアは、なに?」

「そ、それは世界で一番美しい女神像です」


 ゲシッ! ドゴッ! ボコッ!

 

  ○

   。

    .


 翌日の昼休み、私は部室でコーヒーを飲んでいた。自販機で買った安物だ。

 まったく、腹立たしい。

「裏見さん、ごきげんナナメのようですが、いかがなさいましたか?」

 大谷おおたにさんは、将棋を指しながらそうたずねた。

「べつに」

「さようですか……人生、いろいろなことがあります。お気になさらずに」

 10代らしからぬアドバイスを終えて、大谷さんはお茶を一服した。

 私はミクロ経済学の教科書をひらく。

「試験勉強ですか?」

「さすがにそろそろ始めないとね……大谷さんは、どう?」

「崩し字の試験が近いのですけれども、拙僧、実家で習いましたので問題ありません」

 くぅ、余裕みせちゃって。

 私は穂積ほづみさんのほうへ向きなおった。

「ねぇ、穂積さんは? 法学部の勉強って、どんな感じ?」

 反応がない。ぼんやりと外をみている。

「穂積さーん?」

 穂積さんはようやく我にかえって、

「な、なに?」

 と訊き返した。聞いてなかったんかい。

「法学部も試験あるんでしょ? どんな感じ?」

「だ、大丈夫よ」

 なにがですか。っていうか、この動揺っぷり、あやすぃ。

「お、お兄ちゃんが単位取れるんだから、私なら、ら、楽勝よ」

 いや、そういう問題じゃないっていうか、穂積さん、お兄さんのこと過小評価し過ぎでは。たしかに、最初に会ったときは、天然シスコンキャラかと思った。けど、普段の言動をみる限り、キレ者な気がする。とくに他大で名前が売れてるのがナゾ。

 大谷さんと将棋を指していた三宅みやけ先輩は、ひとこと、

「そんなに心配しなくても、なんとかなるぞ」

 とコメントした。

「……」

「……」

「……」

「なんで無視するんだッ!?」

 三宅先輩の単位状況にもとづき、と内心つっこみを入れた瞬間、ドアがひらいた。

 風切かざぎり先輩が眠たそうな顔で入室した。

「おーす、今日も盛況だな」

 先輩は、肩にかついだ荷物を、部屋のすみのソファーにほうった。

 この部屋も家具が増えてきた。だんだん部室っぽくなっている。

 先輩は手近な椅子を引いて腰をおろした。

 そして、こう言った。

「7月に入って、部室へ来る時間も減るころだと思うが、1年生は大丈夫か? 試験対策はできてるか? 三宅みたいになるなよ?」

「なぜ俺を名指しなんだ……」

「で、裏見、折口についてなにか進展はあったか?」

「ありません」

 私はちょっと強めに答えた。

「……ほんとになにもないのか?」

「ありません」

「そ、そうか……じゃあ、聖生のえるの手がかりは完全に消えて……」

「なーいッ!」

 私たちはびっくりした。いきなり大声が聞こえたからだ。

 ガラリとドアがひらき、折口先生が姿をあらわした。

「諸君ッ! 手がかりはまだ消えていないぞッ!」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 私たちはあっけにとられた。折口先生はキョトンとして、

「どうした? 教官の顔がそんなにめずらしいのか?」

 とたずねた。私は代表して、

「お、折口先生、どうなさったんですか? ここは工学部棟じゃありませんよ?」

 と訊いた。

「こらこら、徘徊老人みたいな扱いをするな。それくらいわかっている」

「じゃあ、なんでここに?」

「クラブの顧問がサークル棟をウロついてはいかんのか?」

 なんだ、折口先生、クラブの顧問だったのか。

 ついでに通りかかったわけね。

「どちらのクラブですか?」

「今、目のまえにいるクラブだ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………全員硬直する。

 折口先生は眼鏡をなおして、ポーズを決めた。

「というわけで、将棋部顧問に就任した折口おりぐちのぞみだ。よろしく……ん? どうした?」

 私はおそるおそるたずねる。

「あの……冗談ですよね? 顧問の先生はすでに……」

「今年で退官する。私が新任だ」

 その瞬間、安食あじき先生との会話がフラッシュバックした。


 《私は顧問の先生に会ったことがないんですが、どういうかたですか?》

 《今年で定年退官されるかたです。工学部の先生ですよ。裏見さんは、次の顧問にどういうひとを希望しますか?》

 《全国大会を狙っているので、バックアップしてくれる先生がいいです》

 《そうですか、全国大会ですか、それは凄いですね》


「あッ……」

 絶句した私に、全員の視線があつまる。

 風切先輩は青ざめて、

「裏見、まさか部に無断で、折口を顧問に呼んだのか?」

 とうたがってきた。

「ち、ちがいますッ! これは大学当局の陰謀ですッ!」

「おーい、そこのポニテ男子、いま呼び捨てにしたな? あとで研究室に来なさい。というか、私に頼んできたのは理学部の安食先生だ。学生部は安食先生に頼むつもりだったが、熱血教官のほうがいいと言われてな。折口希、青春部活ドラマは嫌いじゃない」

「おい、こいつをだれか追い出せ。ヤバいぞ」

 風切先輩、混乱して先生を追い出し始める。ダメダメ、穏便に。

 私は大谷さんと穂積さんに、とりなしをもとめた。

「拙僧でも、さすがに調伏ちょうぶくはむずかしいとみました……南無三」

「アカハラっ! パワハラっ! 大学当局の横暴を許すなッ! 学生自治ッ!」

 ダメダメダメ、穏便に。私は最後の頼みのつな、三宅先輩に助けをもとめた。

「先輩、なんとかしてください。これじゃ集団ヒステリーですよ」

「いやぁ、さっき散々言われたからなぁ。俺じゃ役に立たない」

「小学生みたいなね方しないでください」

「まあ、それは冗談で……折口先生、顧問っておっしゃいますけど、大学将棋のことにお詳しいんですか? 将棋が強いとはうかがいましたが、それだけじゃ俺たちを指導するのはむずかしいと思います」

 折口先生は、またキョトンとした。

 そして、大きくタメ息をついた。

「なんだなんだ、最近の若いのは、私のことを知らんのか。よく聞け」

 折口先生は、自分自身を親指でゆびさした。

古都こと大学将棋部、元主将、鬼の折口とは私のことだ。あらためてよろしくぅ!」

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