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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第26章 単位大作戦!松平を救え!(2016年6月29日水曜)
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155手目 4桁マン

 翌朝、私は大学へむかう坂道で、松平まつだいらをよびとめた。

「おはよ、昨日の電話はほんと?」

 松平はちょっと眠そうな顔で、

「ん……ああ、3Dプリンタか。ほんとうだ」

 と答えた。私と松平は並んで歩きながら、坂道をのぼった。

「なんで分かったの?」

「掃除のとき、3Dプリンタを調べる機会があった。CADソフトに残ってるデータをのぞいてみたんだが、ハンコらしいものはなかった」

「……それだけ? っていうか、データってそんなに簡単にのぞけるの?」

 私が首をひねると、松平は足をとめた。

折口おりぐちがパソコンをロックせずに出て行ったから、のぞかせてもらった」

「消したっていう可能性は?」

「そこまで用心深いなら、パソコンをロックしないのは変じゃないか?」

「……そう。だったら、折口先生は聖生のえるじゃないっぽいわね」

大谷おおたにとかも否定的なんだろ? ほかを当たるほうがいいと思う」

 ほかと言われても、ね。手がかりがなくなってしまった。

「それにしても、掃除の手伝いなんかやらされてるの?」

「まあ、研究室の仕事なんてそんなもんだぞ」

「あんまりコキ使われるようなら、事務室に相談したほうがいいんじゃない?」

 松平は、「いや、まあ」とか、あいまいな返事をかえした。

「ゼミ選択でこまる必要もなくなったし、このままでもいいように思えてきた」

「このままでもいい、って……折口ゼミでいいってこと?」

 折口先生は経歴的に文句なしだし、研究分野も自分の関心とあってるし、ゼミの同期がいないから就職先の紹介も優先してもらえるし云々と、松平は理屈をならべたてた。

「松平がそれでいいならいいけど……でも、ほんとに大丈夫? 3年生からよく考えて選んだほうがよくない? まだ全部の先生の講義を受けたわけでもないんでしょ?」

「ん、まあ……しかし、約束だからなぁ」

 そこを突かれると痛い。

 とはいえ、折口先生、さも素人っぽくみせかけて対局をさそってきたの、詐欺では。

「交渉の余地はあると思うわよ?」

「んー、これ以上こじらせたくないし、様子見にする」

 

  ○

   。

    .


「これは……浮気の匂いがするわね」

 あのさぁ――私はふりかえって、穂積ほづみさんのひたいを小突く。

「ひとのセリフみたいにつぶやかない」

 ここは昼休みの部室。

 サンドイッチを買った私は、室内でお昼ご飯を食べていた。

 今いるのは、穂積さんと大谷さんだけ。プチ女子会。

「いやいや、香子きょうこ、大学デビューって言葉もあるくらいだし、用心したほうがいいわよ」

「10近く年上なのよ?」

「大人のテクでメロメロなのかもしれないじゃない」

 はいはい、私は大谷さんのほうへ向きなおった。

「とりあえず、折口先生=聖生のえるの線は完全に消えたわ」

 大谷さんは食べていたおにぎりを、ささの包みにもどした。

「それは拙僧の予想と合っておりますゆえ、特におどろきはありません」

 うぅん、そもそも大谷さんがおどろくことってあるのかしら。

 私はそんなことを考えつつ、サンドイッチを頬張った。

 

  ○

   。

    .


 さてと……食事を済ませた私は、文房具を買うために生協へ向かっていた。

 すると、いきなり頭上から声をかけられた。

「おーい、そこのポニテ少女。裏見うらみ香子きょうこくん」

 見上げると、折口先生が立っていた。

 折口先生は3階の窓から私をみおろしていた。

「ちょうど良かった。すこし手伝ってくれないか?」

 折口先生は親指で研究室のなかを指し示した。

「なにをですか?」

 私はやや大きめな声で返した。ちょっと恥ずかしい。まわりに学生がいる。

 気軽に返事をしてしまったけど、よく考えたらなんで手伝わないといけないのか、よくわからない。松平とセットで考えられてるとか? 私は奴隷契約した覚えはないわよ。

「すみません、今から生協へ……」

 そこまで言いかけて、私はふと思いとどまった――チャンスなのでは。

 たしか、あの3階は折口先生の個人研究室じゃないはず。

「その部屋って、共同研究室ですか?」

「ん? そうだが?」

「わかりました。手伝います」

 私は工学部棟に入って、階段を駆け上がった。

 途中で何人かの男子がふりかえって、不思議そうに私のほうをみていた。

 やっぱり女子がすくないのね。

 3階の廊下までくると、折口先生がドアのところで待っていた。

「ここだ、ここ」

 私は共同研究室へ案内された。見たことのない機材がたくさんある。

 ささっと視線を走らせたけど、なにがなにやら見当がつかなかった。

「この部屋は、なにをする部屋なんですか?」

「主に機械工作をする部屋だ……が、なにか気になるのか?」

「いえ……経済学部の私にはめずらしいので」

「松平はかなり喜んでたぞ」

 まーつーだーいーらー、ほんとに洗脳されてるんじゃないでしょうね。

「で、なにをお手伝いすれば……あッ」

 私は小さく声をあげた。奥のほうに、松平が言っていたらしき3Dプリンタがあったからだ。私は聖生の事件でいろいろ調べたから、3Dプリンタがどういうかたちをしているのか、だいたい記憶していた。

 それは一見、大型の電子レンジにみえる。でも、中はまったくちがう構造だった。天井に移動式アームがついていて、そのアームの中央部に黒いケースがハメられている。素材を噴出するインクジェットだ。底部には銀色のプレートが載っていた。

 折口先生は私の反応をみて、「興味があるのか?」とたずねた。

「え、あ、はい……これは……なんですか?」

 とりあえずとぼけておく。

「知らんのか? 3Dプリンタだぞ」

 私は目のまえの機械を、まじまじと観察した。

「……どうやって動くんですか?」

「ビルト・トレイにサポート材を載せて、そこへモデル材をシュシュっと盛るんだ。紫外線ライトをあてて固める」

 さっぱりわからん。けど、目当てのものをようやくみつけた。

「松平もこれを使ってたりしますか?」

「ああ、これは私の研究室の備品だからな。そういえば、松平もやたらと3Dプリンタのことを気にしてたが、なにかあったのか? 作りたいものがあるとか?」

 ギクッ。あんまり言及しないほうがよさそう。

「いえ、テレビでやってたのをたまたま見たので……なんでも作れて凄いですよね」

「うむ、最近は人物造形もかなり高精度にできる」

「じんぶつぞうけい?」

「リアルな人間をモデルにしたフィギュアだな」

 へぇ、そんなこともできるんだ……ん? ほんと?

「この3Dプリンタ、そんなに高性能なんですか?」

「ああ、それだけで1500万近くしたからな」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

「いっせん……ごひゃくまん?」

「Fortusシリーズの380mcだぞ。ほんとうはStratasys F900が欲しかったんだが、さすがに予算不足だった。まあ、業者に勉強してもらって安く手に入ったからいい」

 折口先生は笑った。私は頭が混乱する。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………どういうこと? そんな話、聞いてないわよ?

 1500万もする3Dプリンタなら、折口先生を容疑者リストにもどさないと。

「ところで、だべってていいのか? 生協に行くんだろう?」

「あ、いえ……なにをすればいいんでしょうか?」

「ここで将棋を指して欲しい」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………さっきからおどろきの連続なんですが。

「しょ、将棋ですか?」

「この盤を使って指して欲しい」

 折口先生は、部屋の中央にあるテーブルをゆびさした。

 いや……おかしいでしょ。なんで共同研究室で将棋を指すの。

 私は理由をたずねた。

「解析したいことがある」

「解析?」

「将棋を指しているところのデータが欲しい」

 ますます意味がわからない。

「どうした? イヤか? イヤなら松平に指してもらうが」

 松平の名前が出て、私はとまどった。

 今の松平の調子だと、どのみち受けてしまいそうだから。

 となると、ここで私が拒否しても結末はおなじ。

「……わかりました。指します」

「よし、そっちがわに座ってくれ」

 盤駒は、よくある木製のものだった。しかも、チェスクロまでついていた。

 折口先生は振り駒をした。

「歩が3枚。私が先手だな」

「あの……ずいぶん手慣れてますね」

「そういうのは気にしなくていいぞ」

 気にするでしょ。うすうす感づいてたけど、折口先生は明らかに玄人だ。

「それじゃよろしくお願いする」

「よろしくお願いします」

 私たちは一礼して、対局が始まった。

 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。

 とりあえず相居飛車を選択した。

 8八銀、3二金、7八金。

「……4四歩です」


挿絵(By みてみん)


 角換わりを拒否。

「力戦形か。それもいい。4八銀」

 4二銀、4六歩、6二銀、4七銀、6四歩、5六銀。

 角交換しない腰掛け銀になった。

 私は6三銀と上がる。


挿絵(By みてみん)


 チェスクロを押そうとしたとき、ふと手の甲に光が当たっていることに気づいた。

 それは一本の赤い線で、手だけでなく盤全体、テーブル全体を横切っていた。

「……なんですか、これ?」

「時間がなくなるぞ」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 くッ! 私はあわててチェスクロを押した。

「先生、なんですか、この光は?」

「気にするな。人体に害はない。2五歩」

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