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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第26章 単位大作戦!松平を救え!(2016年6月29日水曜)
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152手目 状況証拠ばかりなり

松平まつだいら折口おりぐちの身辺をさぐってる?」

 風切かざぎり先輩は、やや大きな声でたずねかえした。

 私は声のトーンをさげるようにお願いする。

「すまん……で、ほんとの話なのか?」

「松平は、折口先生が聖生のえるだとうたがってるみたいです……三宅みやけ先輩から連絡がありませんでしたか? MINEに報告するって言ってましたよ?」

「昨日は俺も三宅もいそがしかった。連絡をとってない。ところで、証拠はあるのか?」

 私はその根拠も説明した。

 高性能3Dプリンタを所持している可能性があること。

 学内関係者だから、私たちを監視するのはたやすいこと。

 そしてなにより、将棋が強かったことだ。

「たしかに、状況はそろいすぎてる気もするが……断定はできないだろう」

「断定できないからこそ、証拠をさがそうとしてるんです」

「待て。それ以外にも説明がつかないことがある」

 風切先輩は予想だにしないことを言い出した。

「説明がつかないこと……? なんですか?」

「被害者は都ノみやこのだけじゃないんだ。聖ソフィアも、だろう」

 あ、そっか……すっかり忘れていた。

 風切先輩は先をつづける。

「コトの発端は、都ノと聖ソフィアのオーダーが書き換えられていた事件だ。俺たちが集中的にストーカーされ始めたのは、そのあとだ」

「聖ソフィアをまきこんだのは、目くらましとも考えられませんか? 嫌疑をそらすために1回目だけ聖ソフィアを巻き込んだとか?」

「その可能性もなくはないが……そもそも教官が俺たちにちょっかいをかける理由は?」

「あの……これは私の主観なんですが……折口先生はかなり性格が変わってるみたいで、なにも目的がない可能性はあると思います」

「単なるイタズラってことか?」

「あくまでも主観です。ただ、これを機にもういっかい考えなおしてみました。聖生が目的をもって事件を起こしていると、そう断言できる根拠はありません。むしろ愉快犯だというのが本線なんじゃありませんか?」

「しかし、愉快犯にしてはやってることが悪質……」

 そのとき、数人の男子がとおりかかった。

 チェック柄のシャツを着た少年が、

「よ、風切、彼女といっしょか」

 とからかった。風切先輩は間髪おかずに、

「ちげぇよ、サークルの仲間だ」

 と反論した。ちょっと怒気をふくんでいるところがあって、相手はひるんだ。

「じょ、冗談だよ……風切はモテそうだからな。どうせ外に彼女いるんだろ?」

 うわぁ……無知は罪の典型ですね、これは……。

「ひとがリア充かどうか気にするヒマがあるなら、試験対策したほうがいいぜ。おまえは去年の代数幾何、落としてるだろ」

「はいはい、わかってるって。邪魔して悪かったな」

 男子たちはそそくさとその場をはなれた。

 どぎまぎする私に、先輩はむきなおる。

「とにかく、松平ひとりに調査させるのはよくない。部で話し合いの機会を持とう」

 

  ○

   。

    .


 話し合いの機会を持つって言ってくれたけど――ほんとうは、そういう流れにして欲しかったわけじゃないのよね。松平が折口ゼミに入るのは危険なんじゃないか、ってこと。聖生対策は、風切先輩のしごとなんじゃないのかなぁ。関東大学将棋界の因縁が絡んでるみたいだし……そうなると、西日本出身の私たちは基本的に関係ないはずだ。

「……さん」

 それに、折口先生は素で変わってるから、聖生のえるかどうかと関係なく、あんまり近づきたくない存在ではある。となると――

裏見うらみさん」

 うわッ!

 私は、洗いものの湯呑みをあやうく落としかけた。

 ふりかえると、たちばなさんがじっとこちらをみていた。

「ていねいに洗うのはよろしいですが、時間をかけすぎでは?」

「あ……すみません」

 私は湯呑みの水をきった。流しに置く。

「なにか考えごとでもなさっていたのですか?」

「ちょっと期末試験のことを……」

 私はてきとうに嘘をついた。

 橘さんは澄まし顔で、

「大学の定期試験など、大したことはありません。普通に勉強すれば優です」

 と返した。なんか棘があるなぁ。

 もうちょっと笑ったりしてくれたら、いいのに。

 そのほうがかわいくなって朽木くちき先輩にも好印象だと思う。

 まあ、私が心配することじゃないのかもしれないけど。

「橘さん、裏見さん、すみません、手合いが足りないので入っていただけますか?」

 宗像むなかたさんが給油室に顔をのぞかせた。

 うぅ、風切先輩との裏事情を知ってしまったせいで、どぎまぎする。

 知らぬが仏とはこのことだ。

「裏見さん? どうかしましたか?」

 宗像さんは、不思議そうなに私をみつめた。

「あ、いえ、べつに……」

「裏見さんは大学のテストが近いので緊張なさっているようです」

 橘さんのまちがった解説を聞いて、宗像さんはクスリとした。

「あ、そうなんですか。いそがしくなったら休んでもいいですからね」

 ホワイトバイトで助かった。ここだけは土御門つちみかど先輩に感謝する。

 私は洗いものを中断して、手合いに入った。

 4、5局指したところで、閉館の時間になる。

 残っている洗いものを終えようとしたら、宗像さんは自分でやると言った。

 私の勉強時間を気づかってくれたのだろう。お先に失礼させてもらった。

 自転車を押しつつ坂道をのぼっていると、ふいにうしろから声をかけられた。

「裏見ぃ」

「うわッ!?」

 びっくりした。変質者かと思った。

 でも、その声には聞き覚えがあった。ふりかえると案の定――

「松平、どうしてここにいるの?」

「いや、俺もさっき手伝いが終わったんだ。部室へ寄ったら、裏見はバイトだって聞いてな。道場に行ってみたら閉まってたんで、ひきかえしてきた」

「そういうのは先に連絡しなさいよ。行き違いになってるじゃない」

「さっき入れたぞ」

 私はスマホを確認した――あ、ほんとだ。松平からMINEが。

「ごめんなさい。気づかなかったわ。で、折口先生のようすはどうだった?」

「俺の勘は当たってた。折口は3Dプリンタを持ってる」

「どんな?」

 松平は悔しそうに頭をかいた。

「機械がカバーでおおってあった。機種は不明だ」

「3Dプリンタだってわかった理由は?」

「カバーに『3Dプリンタ触るな』っていう手書きの張り紙がしてあった」

「どこにあるの? 先生の研究室?」

 松平はあごに手をあてて、しばらく考え込んだ。

「見た感じ、共同ラボだった気がする。折口は准教授だから、そこまで大きな研究室はもらえないんじゃないか。それに、自分専用の部屋なら、わざわざ張り紙しないよな」

 なるほど、一理ある。

「ねぇ、松平、一回部員で話し合ったほうがよくない?」

「そうしたいのはやまやまだが……俺の単位の問題だしな……」

「単位が取れなかったのは部の雑用が理由でしょ。個人的な問題じゃないわ」

 松平は首をふった。

「いや、ここは部を巻きこまないほうがいい」

「どうして?」

「辻姉も言ってただろ。大学サークルでチームワークを育てるのは、想像以上にむずかしいって。部の問題と個人の問題は、きっちりわけたほうがいい。俺がいそがしくて単位がとれなかった、とか言い出したら、今後の活動はぜんぶ学業優先になるだろ。そういう先例になるのはよくない」

「学業は大学生の本分よ。そっちが優先なのは当たり前じゃない?」

「その優先のさせかたに頭を使え……辻姉は、そう言いたかったんじゃないか?」

 私と松平は見つめあい――最後は私が折れた。

「わかったわ。好きにしなさい……で、折口先生のほうはどうやって調べるの?」

「一番簡単なのは、部の印鑑データがのこっている場合だ。3Dプリンタにつながってるパソコンを調べればわかる……が、ふつうに考えたらロックがかかってる」

「でしょうね。学生にパスワードは教えないわ」

「それに、データは消されてる可能性も高い」

「仮に折口先生が聖生なら、ね」

 松平がちょっと前のめりなところが、私は気がかりだった。

 たしかに折口先生が聖生でも、そこまで驚きはない。むしろ安心感すらある。変わったひとのイタズラというのなら、納得はしないけど無害だと思うから。

 でも、客観的な証拠はなにもない。状況証拠すらイマイチな感じ。

 いまさらだけど、昼間の風切先輩の意見が正しいような気がしてきた。

「そんな顔をしないでくれ。じつはもうひとつ有力な接点をみつけた」

「接点?」

「折口はドイツの研究所に留学してたことがあるらしい」

「! ……ってことは、ドイツ語ができるの?」

「どうだろうな……理系の国際語は英語だ。ドイツ留学してても、現地では英語で生活してたかもしれない。あるいは、あまりしゃべれないってこともありうる」

 なるほど、一理ある。私はすこし考えなおした。

「じゃあ、こういうのはどうかしら……」

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