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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第26章 単位大作戦!松平を救え!(2016年6月29日水曜)
151/487

151手目 聖生、発見!?

 さぁ、対局開始。ちゃちゃっとやりましょう、ちゃちゃっと。

 持ち時間10分の切れ負けモード。

 先手の折口おりぐち先生は7六歩と突いた。軽快な駒音とエフェクトがかかる。

 3四歩、2六歩、4四歩、4八銀、3二銀、6八玉。

 対抗形か。私は四間を選択。

 4二飛、7八銀。


挿絵(By みてみん)


 ん? もうかたちを決めるの? 左美濃?

 だったら私は穴熊……いや、こっちはかたちを決める必要がない。

 6二玉、7九玉、7二玉、5六歩、8二玉。

「おっと、女子のほうは穴熊かな。9六歩」


挿絵(By みてみん)


 端歩を突いてきた。ちょっと悩む。

 穴熊のほうが堅い……けど、私の得意戦法ってわけでもない。

 それに、先手はどうも動きがあやしい。狙いがよくわからない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………9四歩。とりあえず慣れたほうで。

 5八金右、7二銀、2五歩、3三角、6六角。


挿絵(By みてみん)


 ん……これはッ!

「み、ミレニアム?」

「さぁ、どうでしょう」

 折口先生はとぼけたふりをして、松平まつだいらのほうを対応した。

 おたがいにスマホでやってるから、松平サイドの戦型はわからない。

 というか、そんなこと考えてる場合じゃない。

 5二金左、7七桂、6四歩、3六歩、4三銀。

「よーし、8九玉」


挿絵(By みてみん)


 ほんとにミレニアムなのか……ひさびさにみた。レア囲いだ。

 私は5四歩と突いて、5七角に2二飛と振りなおした。

 3七桂、6三金、5九銀。

 先手も組み換え始めた。

 7四歩、6八銀、7三桂、7九銀。


挿絵(By みてみん)


 4枚ミレニアム。私も銀冠にする? それとも攻める?

 ミレニアムなんて、じっさいは穴熊ほど遠くない。

 プロでもアマでも流行らなかったんだから、そこは証明済みだ。

 となると、攻めるに限る。

「攻めます。5五歩です」

「はいはい、同歩」

 ハイは一回ッ!

 4五歩、4六歩、同歩。

「逆用。4八飛」


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……4筋が危なくなった。っていうか2二飛がぼやけた。

 とりあえず、5筋は一貫させる。

 5五角、5六歩、3三角、4六飛。

 私は背筋を伸ばす……手が思いつかない。

「……4四歩」

「元気ないねぇ。8八銀」

 折口先生はさらに組み換えた。

 でも、4四歩は単に局面をおさめただけじゃないのよ。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 戦線拡大。2筋の飛車を活かす。

「もういっかい逆用。4五歩」

 2五歩、4四歩、同銀、3五歩、2四飛。

「さぁ、イマドキ女子くん、これならどうかな、4五桂」


挿絵(By みてみん)


 さすがに読んである。

 私は2二角と引いて、2三歩の追撃に3一角と逃げた。

 2三歩を同飛と取るのは、3四歩の伸ばしが痛いと読んだ。

「ふむふむ、的確だな。だったら、これは?」


 パシリ

 

 画面にエフェクトがはじけた。

 

挿絵(By みてみん)


 ……? 成らず? これは読んでなかった。

 3三桂成は読んであった――けど、まさかの不成。

 早指しを心がけてきた私も、さすがに考え込んだ。

「……4五歩」

「ほい」

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……そうかッ! 飛車と角桂を刺しちがえる手だッ!

 3三桂成の場合は3二成桂しかなくて、桂馬を回収できない。

 狙いはわかった。こちらも乗る。

「4六歩ッ!」

「ま、それしかないよね。3一成桂」

 私は4九飛とおろした。

 折口先生は、ここではじめてグチった。

「んー、4七歩成があるのか……6六角」

 私は3五歩で、2四の飛車を楽にした。

「挟撃で、9五歩」


挿絵(By みてみん)


 は、端攻め。角が利いてるから取ると危ない。

 私はまた考え込む。

 折口先生は松平の相手をしながら、

「これで困ってるんじゃないかなぁ」

 と画面をフリックした。

 松平の表情がけわしくなる。どうやら劣勢のようだ。

 私のほうが勝たないとマズい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………♪のこり5分です♪

 

 アプリの音声。持ち時間が半分を切った。

 これ以上は使えない。まだ中盤だ。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 これでいく。

 折口先生は、この手をみて目をほそめた。

「角をどかせる狙いとみせかけて、じっさいは桂跳ね、ネ」

 一瞬で読み切ってきた。

 このひと何者? 素人じゃない。

 ともかく、折口先生もこの局面はさすがに考えた。

 

 ♪のこり5分です♪

 

「同桂」

 同桂、8五桂、8四歩。


挿絵(By みてみん)


 渾身のトラップ!

 8四同角なら7七桂打、同銀左、同桂成、同銀、6九飛成で勝ちッ!

「ふぅん……これもイキのいい手」

 でしょ。

「そういうイキった若い子を潰すのが、先生は大好きだぞ。2七角」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………? そこに角? 飛車を逃げて……あッ、6三角成かッ!

 同銀に7三金以下で寄るッ!

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 飛車は逃げられない……ってことは切るしかないッ!

「どうした? 8四歩は自信あったんじゃないのか?」

 シャラーップ! 私は6九飛成と切った。

 同銀、5四歩、9四歩、9二歩、8四角。


挿絵(By みてみん)


 い、言い分をぜんぶ通された。

 8三金、6六角、8四歩、4五歩、5三銀、1一角成。

 ジリ貧になった。左右から押さえ込まれている。

 とりあえず8五歩と桂馬を取り切る。

 3二飛、8四桂、6六馬、6四銀。

「7九香」


挿絵(By みてみん)


 カラ過ぎィ!

 7筋からの反撃を見破られていた。

 

 ♪のこり1分です♪

 

 私は行きがけの駄賃で、7五歩と突いた。

 折口先生は無視して3三飛成とする。

 7六歩、2四龍――


挿絵(By みてみん)


 ダメだ。大駒をぜんぶ取られた。

 この時点で、松平も投了。

 私のほうだけ無慈悲に秒読みがはじまった。

 

 5、4、3、2、1

 

「ま、負けました」

 私は画面の投了ボタンを押した。

「実質的には切れ勝ちかな。詰んでないし」

 折口先生は余裕の表情で、スマホをひざのうえにおいた。

「じゃ、松平くんはボッシュート。今日からよろしくぅ」

 

  ○

   。

    .


「弱気な夫が妻にケツを叩かれて強気の投資をしたら含み損をかかえた回、完」

 三宅みやけ先輩のその言い方、めっちゃ腹たつ。

 私はこぶしをにぎって、わなわなと震えながら抗議する。

「あんなに強いとは思わなかったんです」

「まあ、そんなに強い教官がいるとは俺も思ってなかったが……星野ほしのは知ってたか?」

 三宅先輩は、ララさんと将棋を指している星野くんに声をかけた。

 星野くんは顔をあげて、

「はい、なんですか?」

 とたずね返した。

「工学部の折口って知ってるか?」

「おりぐち……いえ、理学部と工学部は先生がちがうので」

「そうか……っと、もうこんな時間か」

 三宅先輩は壁の時計をみて、カバンを手にした。

「じゃ、俺はバイト行ってくる。また明日な」

 もしもーし、もうちょっとマジメにとらえてくださいな。

 まったく。ドアの向こうに消えた三宅先輩を、私はいきどおりながら見送った。

「ララさんも、なにか言ってちょうだい」

 ララさんは星野くんとの将棋を中断した。

「夫婦でつくった借金は夫婦で返さないとダメだよ〜」

「これは部の問題よ」

「É um problema do seu namorado……1年生でゼミ決まったんだし、ラッキーだよ」

「ララさん、今ポルトガル語でなにか言った?」

「香子は今日もカワイイねぇ、って言ったんだよ」

「ララさ〜ん、ほんとのこと言いましょうねぇ」

星野ほしのかける、お先に失礼します」

「「星野く〜ん、ちょっと待ってね」」

「……はい」

 私とララさんは星野くんを椅子にすわらせる。

「ララ、香子が言ってることはプライベートな話だと思うんだけどなぁ」

「松平がレポートを準備できなかったのは、部の用事で忙しかったからよ。これは部全体で話し合う必要があるわ。星野くんもそう思うでしょ?」

「え……その……」

 私たちが詰め寄っていると、いきなりドアがひらいた。

 疲れ切った松平が顔をのぞかせる。

「ふいぃぃ……なにやってんだ?」

「松平、いいところに来たわね。折口先生の話をしてたのよ」

 先生の名前が出て、松平は眉毛をもちあげた。

「ちょうどよかった、俺も折口のことで話がある」

 松平はそう言いながら、室内をみまわした。

「……先輩はだれもいないのか?」

風切かざぎり先輩も三宅先輩も、バイトで帰っちゃったわ」

「そうか……大事な話なんだが……」

 松平は荷物をおいて、テーブルについた。私とララさんも席につく。

 なにかとても大事な話だってことは、雰囲気から察しがついた。

「あとで三宅先輩たちにもMINEしておくが、折口をちょっと監視したい」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………は?

「ま、松平、折口先生をほんとに脅迫する気?」

「いや、そういう意味じゃない。裏見うらみは気づかなかったか?」

「なにに?」

「折口の発言だ。3Dプリンタがあるとか言ってただろ」


 CADで製図したり3Dプリンタで型を取ったり、ハンダ付けしたり、

 できあがった回路に萌えてみたりする、やりがいのある職場(無給)だぞ

 

 ん? そういえば……ってことはッ!?

「も、もしかして折口先生が聖生のえるッ!?」

 松平はシーッと注意した。

「声が大きい」

「ご、ごめんなさい……でも、犯人像は完全に一致してるわ」

 聖生については、都ノみやこののメンバーだけでなく、聖ソフィアの火村ほむらさんとも話し合って、ある程度の合意をえていた。時間があって、いろいろな機材にアクセスできて、しかもその行動がそこまで厳格にチェックされてない……つまり、だ。

「性格的にも、折口は破天荒だ。上の学年からも奇異な目でみられてるらしい」

「それはそうでしょ。あんな先生、ほかに見たことないもの」

「というわけで、俺は折口ゼミの一員になって、内部を調査してみる」

 せ、潜入スパイってことか……いいアイデアな気もするけど、ただ……。

「だいじょうぶ? もしかしたら危ないひとかもしれないのよ?」

「傷害事件は起こしてないし、腕力なら勝てるだろ。とりあえず、折口が言ってた3Dプリンタがどこにあるのか探らないとな。ま、そんなに心配するな。なんとかなる」

場所:折口研究室

先手:折口 希

後手:裏見 香子

戦型:先手ミレニアム囲いvs後手四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀

▲6八玉 △4二飛 ▲7八銀 △6二玉 ▲7九玉 △7二玉

▲5六歩 △8二玉 ▲9六歩 △9四歩 ▲5八金右 △7二銀

▲2五歩 △3三角 ▲6六角 △5二金左 ▲7七桂 △6四歩

▲3六歩 △4三銀 ▲8九玉 △5四歩 ▲5七角 △2二飛

▲3七桂 △6三金 ▲5九銀 △7四歩 ▲6八銀 △7三桂

▲7九銀 △5五歩 ▲同 歩 △4五歩 ▲4六歩 △同 歩

▲4八飛 △5五角 ▲5六歩 △3三角 ▲4六飛 △4四歩

▲8八銀 △2四歩 ▲4五歩 △2五歩 ▲4四歩 △同 銀

▲3五歩 △2四飛 ▲4五桂 △2二角 ▲2三歩 △3一角

▲3三桂不成△4五歩 ▲2一桂成 △4六歩 ▲3一成桂 △4九飛

▲6六角 △3五歩 ▲9五歩 △6五歩 ▲同 桂 △同 桂

▲8五桂 △8四歩 ▲2七角 △6九飛成 ▲同 銀 △5四歩

▲9四歩 △9二歩 ▲8四角 △8三金 ▲6六角 △8四歩

▲4五歩 △5三銀 ▲1一角成 △8五歩 ▲3二飛 △8四桂

▲6六馬 △6四銀 ▲7九香 △7五歩 ▲3三飛成 △7六歩

▲2四龍


まで97手で折口の勝ち

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