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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第26章 単位大作戦!松平を救え!(2016年6月29日水曜)
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150手目 コピペレポート

「最初に質問してきたやつが裏切り者……か」

 私はぼんやりと、紙製のタンブラーをなでた。

 青空のしたで、私の気分は晴れない。

 周囲の学生はにぎやかに談笑している。その雰囲気と私のあいだにある壁。

 それは――

裏見うらみ、まだあの件を気にしてるのか?」

 正面に座った松平まつだいらは、気づかうようにたずねた。

 私は手のひらを組んで、うんと背伸びをした。

「んー……なんかひっかかるのよね」

風切かざぎり先輩と三和みわさんのセリフがかぶってたなんて、ただの偶然だと思うけどな」

「洋画の、おなじシーンのセリフでかぶってるのよ?」

「とも限らなくないか? 最初にマルマルしたやつが犯人だ〜って、推理小説でもよくあるパターンだろ。犯人は現場に帰ってくるとも言うしな」

「まあ、それはそうなんだけど……なんかしっくりこないのよね」

 松平は、私を安心させるように笑顔をつくった。

「それよりも、期末試験の勉強をしたほうがいいぞ。初めてのテストだからな」

 ああ〜ッ、思い出させないでぇ。

「松平は、どういう対策してるの?」

「こういうときは先輩に聞くのが一番だ。俺は工学部の先輩に聞いてる。三宅みやけ先輩が経済学部なんだから、三宅先輩にアドバイスもらうといいんじゃないか?」

「三宅先輩、去年何単位か落としたって言ってたわよ」

「まあ、それが心配なら、直接ゼミの先生に……」


 ガ~ピーッ!

 

 うわッ、なにこれ。

 私は思わず耳をおおった。壊れたスピーカーのような音だ。

《え~マイクテスト、マイクテスト》

 なに? なにかのイベントの練習?

 まわりもざわつき始めた。

 あたりを見回すと、ハンディメガホンを持った白衣の女性が遠くに立っていた。

《理工学系工学部電気電子工学科1年生、学籍番号1645009、松平まつだいら剣之介けんのすけくん。もう一度呼ぶ。理工学系工学部電気電子工学科1年生、学籍番号1645009、松平剣之介くん。挙手》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え? 松平?

「俺?」

 松平はびっくりしていた。なにも心当たりがないようだ。

《いないんですか? いたら挙手してください。っていうか、しろ》

 な、なんか言い方が物騒なんですか。

 松平はしかたなく手をあげた。

《はい、そこ動かないでね。さあさあ、通して》

 ひとの波が分かれて、白衣にメガネの女性が接近してきた。

 松平は目をみひらいて、

「げッ! 折口おりぐち先生ッ!」

 と身をひいた――かと思いきや、いきなりアイアンクローを食らった。

「き~さ~ま~か~このレポートを出したのは」

 白衣の女性は、1枚のレポートをみせた。

「いてててッ! そのレポートがどうかしたんですかッ!?」

 白衣の女性はレポートをテーブルに叩きつけた。

「このレポートとまったく同じまちがいをした学生が去年もいるんだが、なぜだぁ?」

 あッ……

 

 そ、そうだ……明日までのレポートがあったんだ……

 すまん、ちょっと離れていいか?

 先輩から過去問をもらうだけだ。すぐもどる。

 

 松平……やってしまいましたね、これは。

「I/Oセル使わないと静電気放電で回路壊れるって100回言っただろうがぁ!」

「ひぃいいいッ!」

「よって単位は一発不可。以上」

 

  ○

   。

    .


 ここは将棋部の部室――松平ぁ、生きてるぅ?

 松平は椅子をならべて横たわっていた。私は顔をのぞきこむ。

「裏見……もっと近くでみて……」

「元気そうね」

「半分死にかけてる……」

「そう」

「もっと優しい声をかけて……」

「うーん、レポートを丸写しする男との付き合い方、考えなおしたほうがいいかしら」


 チ~ン

 

 松平、悶絶。

「俺の人生はもう終わった……煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」

 そばにいたララさんと大谷おおたにさんは、

香子きょうこ、いじめはよくないよ~」

「左様です。殺生はいけません」

 と煽ってきた。ぐぬぬぬ。そもそも私はなにも悪くないでしょ。

 とりあえず、松平をはげましておく。

「ほんとに不可にしたかどうか、わかんないでしょ」

「鬼の折口だぞ……ゼッタイ不可になる……」

「なに? 厳しい先生なの?」

「工学部で一番厳しい……あそこの研究室は毎回ひとがいない……」

 ハァ……ってことは、ほとんど絶望的ってことね。

 すると、三宅先輩が親指をたてて、まぶしいスマイルをみせた。

「安心しろ。単位なんて落としても問題はない」

 後輩を堕落の道へいざなう先輩はNG。

 松平も抗議する。

「よくないですよ。理系学部は研究室の推薦で就職先が決まることが多いんですから」

「ん? そうなのか?」

「コネがある研究室はGPAがよくないと入れません」

「そ、そうか、それはたいへんだな……風切、なんとかしてやれないか?」

「なんで俺に丸投げなんだよ?」

 詰めパラを説いていた先輩は、不満そうに返した。

 三宅先輩もすこしマジメになって、

「こうなったのも、松平に星野ほしの対策をさせたせいだろう。俺たちにも責任はあるぞ」

 と指摘した。風切先輩もちょっとひるむ。

「た、たしかに星野担当に任命したのは俺だが……単位は学生じゃどうしようもない」

「そもそも、一発不可なんてできるのか? 経済学部じゃ、試験中のカンニング以外に聞いたことないぞ?」

「まあ、文系はヌル単位だからな」

「そういうことを言うと、落としてる俺の立場がないだろ……」

「いや、半分は冗談だ……が、コピペレポート不可は普通にあるだろ? れっきとした不正行為だぞ? 掛け合ってくつがえるとは思えない。数学科でも異議申し立ては毎年あるが、判定が変わったなんて聞いたことないからな」

「となると、折口とかいう教員の弱みをにぎるしかないな」

 三宅先輩、サラッとあぶないこと言ってますね。

 これにはララさんも反応した。

「そんなことしたら脅迫になっちゃうよ~」

「べつに私生活のことで脅すわけじゃない。コピペレポートで助かったやつがいれば、それが前例になるだろう。松平だけアウトにはできないはずだ」

 おっと、三宅先輩、そこまで考えて言ってたのか。感心。

 松平もがばりと起き上がった。

「その手があったかッ! 今から折口先生の研究室へ行ってきますッ!」


 *** 松平剣之介、単位をかけて交渉中 ***

 

「というわけで、なんとかお願いします」

 松平は、折口先生に頭をさげた。

 折口先生は書類をめくりながら、ひとこと。

「弁明は以上か?」

「はい」

「じゃあ帰ってくれ。今いそがしい」

「工学部の先輩に聞きましたが、コピペレポートで一発アウトは前例がないです」

「今年から厳しくする」

「そんな犠牲者第一号みたいなのは困りますッ!」

 折口先生は書類をテーブルにほうって、松平にアイアンクローをキメた。

「おまえこそ、研究室に彼女なんか連れてきて、アラサー独身女を挑発してるのか?」

 彼女……? もしかして私のこと?

「あの、私は彼女じゃなくて同じ部活のメンバーなんですが……」

「部活? 非公認サークルじゃなくて?」

 私が将棋部だと名乗るよりもまえに、折口先生はパッと手をはなした。

「よし、じゃあ、ひとつだけ条件を出す。ふたりが得意なゲームで、私に勝ったら単位不可は取り消す。負けたらペナルティ倍」

 松平は半分よろこびかけて、すぐに眉をひそめた。

「ペナルティ倍ってなんですか?」

「私の研究を手伝って欲しい」

「け、研究の手伝いって……卒研は4年生からですよ?」

「いや、正式に所属しなくても手伝いはできるだろう、松平くん?」

「も、もしかして、ノー単位で奴隷労働ですか?」

 折口先生は、チッチッチと指をふった。

「奴隷労働とは人聞きが悪い。CADで製図したり3Dプリンタで型を取ったり、ハンダ付けしたり、できあがった回路に萌えてみたりする、やりがいのある職場(無給)だぞ」

「それを奴隷労働と言うんですよッ!」

「なんだ? 勝つ自信がないのか? ふたりは何の部活だ?」

「しょ、将棋です……っていうか、折口先生、将棋できるんですか?」

「多少はできるぞ」

 ん、ほんとに受けて立つの? 松平はそんなに弱くないわよ?

 ところが、ここで松平の悪い癖が出る。

「あの……一発勝負で研究室に強制参加というのは、ちょっと……」

 弱気ぃ。松平、こういうときはガツンといきなさい、ガツンと。

 私はこっそりハッパをかける。

「松平、せっかく先生が妥協してくださってるんだから、指してみたら?」

「でもなぁ、将棋はなにが起こるかわからんし……」

 もうすこし押そうとしたところで、折口先生のほうからさらに妥協してきた。

「なんだ? もしかして初心者なのか? だったら2対1でもいいぞ?」

 松平はきょとんとする。

「2対1というのは?」

「そっちの女子も入れて2対1だ。2連勝したら私の勝ち、1つでも負けたら、単位不可は取り消す。どうだ? それでもダメか? 女子のほうも初心者?」

 ほらほら、松平、どんどん安売りになってきた。これは買うべし。

 私は松平の肩に手をのせる。

「2対1ならさすがに大丈夫でしょ」

「そ、そうだな」

「よし、じゃあ……えーと、ふたりは将棋盤って持ってる?」

 持ってるわけがない。私は、

「ネットでもできますけど、先生はアカウントを持ってらっしゃらないですか?」

 とたずねた。先生は、

「持ってないけど、メアドはたくさん持ってるから2つ作れるよ」

 と答えた。規約違反な気もするけど、背に腹は代えられない。

 私はネット将棋のアプリを紹介して、スマホとパッドにひとつずつ入れてもらった。

 先生はスマホとパッドを交互にフリックする。

「セット完了……じゃ、よろしく」

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