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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第25章 合宿費盗難事件(2016年6月20日月曜)
146/486

146手目 名探偵火村ちゃん

「犯人は聖生のえるじゃないだと?」

 風切かざぎり先輩は、私の報告にけげんそうな表情をうかべた。

 部室のなかに緊張が走る。

聖生のえるじゃなかったら、だれなんだ?」

「それはわかりません……合宿費は入金できてなかったそうです。将棋部の場合は、入金後に抜かれていたので、手口がちがいます」

 風切先輩は椅子のうえであぐらをかいた。がんじえない、といった様子。

「手口がちがうから聖生のえるじゃない、とはいえないだろう?」

「それはそうですけど……」

 私は、同席していた穂積ほづみお兄さんにアドバイスをもとめた。

「入金されたお金を口座から消すって可能なんですか?」

 穂積お兄さんはすこし考え込む。

「……さすがにないと思うよ」

聖生のえるは技術につよいみたいですし、なにかテクニックがあったりしませんか?」

「ハンコの偽造はできても、銀行システムからお金を抜くのは、ちょっとね。それこそ世界的な銀行の破綻になっちゃうよ。銀行システムはバベルの塔と呼ばれるくらい複雑で、何千人というプログラマが関与して作るものだから」

 うーん、さすがにないのか。

 私は反論の糸口を失ってしまった。

 さらに、松平まつだいらが追い打ちをかける。

星野ほしのがウソをついてるんじゃないですか?」

 私はびっくりした。さすがにそこまでは疑っていなかったからだ。

 ところが、風切先輩もうなずき返した。

「星野は俺たちに一度ウソをついてるからな」

 ちょっとちょっと、この風向きはなんですか。私は異議をとなえる。

「具体的にどの発言がウソだったんですか?」

 風切先輩は即答した。

「3回連続で休んだってところだ」

「え、でも、それは安食あじき先生に確認済みで……」

「3回連続で休んだ、っていう部分だけだろう。どの週を休んだか教えてもらったか?」

 ……あれ、そういえば。でもでも、私は記憶をさぐりあてた。

「星野くんは肺炎で2連休+『そのまえの週に寝坊』って言ってましたよ?」

「それはおかしい」

「どうしてですか?」

「星野が肺炎で休んだのは6月2日の木曜日から11日の土曜日までだろ? そのまえの週ってことは、5月末の授業を休んだことになる」

「それでつじつまが合いませんか?」

「合ってない。仮にそうなら、13日の月曜以降は休んでいないことになる。もし休んでたら3連休じゃなくて4連休になるからな。だけど、安食は星野が13日以降も来てないから心配してたんじゃないのか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、そっか。

「6月2日から11日までは肺炎で、3回目の休みはその次の週ってことですか?」

「そうだ。13日以降、午後の授業も含めて全部休んでいたはずだ。でないと退学のうわさは立たない。しかも、体調不良以外の理由で、だ。1週間全部寝坊ってこともないだろう。三宅みやけですらしないぞ」

 いや、三宅先輩は1週間ぶっちしたことがあるような――とはいえ、星野くんは野球部だったわけで、そんなめちゃくちゃな生活をしているとは思えなかった。

 風切先輩はタメ息をついて、後ろ髪をなおした。

「あいつが休んだ週をごまかした理由はわからない。とはいえ、星野が盗んだとも思っていない。仮にあいつが犯罪者なら、自分で預かった金を丸ごと持っていくんじゃなくて、経費をごまかすタイプだろう」

 これには松平も同調した。

「ですね。安物のボールを買って、差額をポケットに入れるタイプです」

 うーん、なんか流れがあやしくなってきた。

 私はとりあえず仲介に入る。

「憶測でうたがうのはいったんやめて、トリックを考えませんか?」

 私の提案に全員同調してくれた。

 風切先輩は、

「で、くわしい経緯は?」

 と質問してきた。私は順を追って説明する。

「まず、合宿は8月3日から1週間、S玉でおこなわれるそうです。毎年恒例の行事なので、ゴールデンウィーク前の4月22日には費用を集めたと聞きました。星野くんは、その日のうちにATMで入金したらしいです」

「通帳を預かったのか? どこの通帳だ?」

三八さんぱちです」

 私の返答に、風切先輩は予想していたような顔で、

「やっぱり俺たちとおなじところか」

 と言った。

「はい……ただ、さっきも言ったとおり、入金がそもそも反映されてなかったんです」

「そこが聖生のえるのトリックなんだろう。もうすこし詳しく説明してくれ」

 詳しく、と言われましても。

 星野くんは普通にATMを操作しただけらしい、と私は答えた。

「通帳が持ち出された形跡があるとか、そういうことは?」

「星野くんは『なんともいえない』と言ってました。入金後に通帳を預かっていたのは部のほうで、星野くんはあくまでも出納係だったそうです」

 風切先輩は、しばらく考え込んだ。

「……やはり犯行が似すぎてるな。聖生のえるが犯人だという線で動こう」


  ○

   。

    .


挿絵(By みてみん)


「その推理はまちがってると思うなぁ」

 火村さんはテーブルにひじをついて、ストローを吸いながらそう答えた。

 ここは渋谷の有縁坂うえんざか将棋道場。

 大谷おおたにさんも同席して、今回の事件を相談している最中だった。

 ついでに将棋も。

「火村さんは、どうしてまちがってると思うの?」

「だってさ、合宿費がなくなったのは4月なんでしょ?」

「そうよ。でも、銀行は一致してるし……」

「だからこそおかしいじゃない。4月の段階でお金を跡形あとかたもなく抜き取れるなら、なんで6月のときは窓口送金なんて危ない手口をとるの?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………そうか。

「一理あるわね」

「百理ぐらいあるわよ。それに、えーと、だれだっけ、団体戦のときに来てた男」

「松平? 三宅先輩?」

「なんかシスコンっぽいやつ」

「穂積お兄さん?」

「そうそう、そいつが言うとおり、銀行からお金を抜けるはずがないでしょ。そんなことできるなら億万長者だし。今回のケースはもっと原始的なんじゃない?」

「例えば?」

 火村さんは答えずに、盤面を見下ろした。

「そうね……うーん……あ、この手があったか」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 将棋の手を訊いたわけではなくてですね、はい。

 思いつかなかったパターンだと認識し、私も4二桂成と返した。

 先手で中飛車をしたら、火村さんのほうが居飛車にしてくれた。

 舐めプされてる気もするけど、勝てばいいのよ、勝てば。

 現に火村さんは長考が多い。

「んー……ところで、そこの仏教系女子は、なんかコメントないの?」

 火村さん、どんどん慣れ慣れしくなってるわね。

 とはいえ、そんなことを気にする大谷さんなわけもなく。

「拙僧、推理小説のたぐいは読みませんが、火村さんのご意見はご尤もだと思います」

「でしょ」

「しかし、トリックがわからなければ、星野くんの冤罪を晴らすことにはなりません」

 火村さんはひとさしゆびを振って、

「チッチッチッ、四半世紀も生きてない人間は、社会経験が足りないわね」

 と毒づいた。いや、あなたも生きてないでしょ。

 火村さんは右腕をテーブルのうえに置いた。持ち駒がズレるほど身をのりだす。

「いい、星野が自主退部だけで済んだのは、なんでだと思う?」

 私は一寸考えて、

「……証拠があがってないからじゃないの?」

 と答えた。火村さんは4二同金とする。

「それもあるでしょうね。でも、時系列が変じゃない?」

「時系列?」

「13日の朝にいきなり電話がかかってきたんでしょ。『ATMから合宿費をおろしてきてくれ』って。おろす必要性ってなに? ふつうは合宿先の口座に振り込まない?」

 あれ……たしかにそうだ。合宿費を現金で支払う必要はない。

 仮に防犯目的で通帳にいれたなら、そのままネット送金したほうが早い。

 火村さんはニヤリとしながら、9八飛と打ち込んだ。

「それともうひとつ、退部の申請は12日なのよ。これが意味するところは?」

 私はアッとなった。

「そっか、合宿費の紛失は12日の段階で発覚してたんだわ」

「正解。ATMから合宿費をおろして来いって指示があったのは、星野に責任を押し付けて辞めさせる算段がついてたからよ。12日に上層部で相談したんでしょうね」

「だけど、推理が最初にもどってるだけだわ。けっきょく証拠がないから星野くんを退部処分にして、穏便おんびんに済ませたってことしかわからなくない?」

 火村さんは肩をすくめた。

「ハァ〜、やっぱり天才火村ちゃんの推理にはついて来れないのかぁ」

「大谷さん、そろそろ帰りましょうか」

「左様ですね。拙僧も、しぃちゃんと遊びたくなってきました」

「待ってッ! まだ指し終わってないでしょッ!」

 まったく。態度がなってない。0点。私たちは、いきどおりながら座りなおした。

 とりあえず4四銀と置く。

「で、火村さん、なにが言いたいの?」

「星野に責任を押しつけるだけなら、ATMへおろしに行かせる必要がないでしょ。星野が金を預かった以上、『通帳が空っぽだ。盗んだな』ってその場で言えば終わり」

「……そう言われてみると、そうね」

 火村さんはひとさしゆびを立てて、私たちを威嚇した。

「つーまーりー、野球部はそのままだと星野を告発できない理由があったのよ」

「理由……?」

 私は頭がハテナマークになった。すると、大谷さんがパンと手を合わせた。

「もしや指紋のことをおっしゃっているのですか?」

「正解ッ!」

 指紋? 指紋がどうかしたの?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………んんッ!?

「まさか入金のときの通帳と下ろすときの通帳がちがった?」

「それしか考えられないわ」

 うッ……つじつまは合う。12日に退部が決まっていたことも、13日にいきなり呼びつけてATMへ行かせたことも、入金記録が消えたことも説明がつく。それに、野球部が今回の件であまり騒いでいないこととも整合的だ。

「さすが火村さん、名探偵」

「でしょッ! 次回から名探偵火村ちゃんを連載しましょうッ!」

 自慢げな火村さんにお礼の一手。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

香子きょうこ、これもしかして詰んでる?」

「詰んでると思うわよ」

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