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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第25章 合宿費盗難事件(2016年6月20日月曜)
143/487

143手目 病欠? 退学? 停学?

 私たちは木々のあいだから、広大な敷地をかいま見ていた。

 十数人の学生と教員が、花壇や畑の手入れをしている。

 風切かざぎり先輩はいったん体をひっこめて、私たちにむきなおる。

「ここが星野の学部か……1644055が星野の学籍番号であってるんだな?」

 風切先輩は、三宅みやけ先輩にもういちど確認した。

「ああ、学科番号44は生命科学科だ。ここはその実習場だな」

 都ノみやこののキャンパスは、都内からややはなれたところにあった。

 東京でもけっこうな敷地を確保できる、というわけだ。

 私たちはあやしまれないように、手近なベンチに腰をおろした。

 農作業の荷物置き場に使われているのか、泥があちこちに跳ねている。

 風切先輩は気にせずに足を組み、私たちの顔をみくらべた。

「さて、どうする? 手分けして捜すか?」

「それしかないだろうな。実習場のまわりは休憩スペースが多い。うろうろしてもそんなにあやしまれないはずだ」

 どうかしら。野球部のときは偵察がバレてたけど。

 人手不足の問題もある。緊急招集に応じたのは、松平まつだいら大谷おおたにさんだけだった。

 ほかのメンバーは学内にいないか、講義に出席していた。

 風切先輩は、踏ん切りをつけるようにパンと手をたたいた。

「とにかく行動だ。1年生の前期は出席率が1番高い。捜せばなんとかなる。裏見と松平は、実習場をひとめぐりしてくれ。俺は理学部棟をまわる。三宅は図書館と学食。大谷は女子ソフトのコネで、情報を聞き出せないかさぐってくれ。1時間後に部室へ集合だ」

 風切先輩は、てきぱきと役割分担をした。でも、おおざっぱだ。

 あんまりスマートじゃないけど、がんばるぞぉ。 


  ○

   。

    .


 いないわね。私と松平は、そろそろ実習場をひとまわりしそうだった。

 ほかのメンバーは視界から消えている。広すぎて、なにがなにやら。

「ま、だろうな」

 松平のそっけない返答に、私はふりかえった。

「どういう意味? まるで予想してたみたいじゃない?」

「風切先輩は数学科だから気づきにくかったんだろうな。1年生で実習は普通ない」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あのさぁ。

「なんでそれをさっき言わないの?」

裏見うらみとデートするためぐほぉッ!?」

 そこのコンポストに捨てたろか。

「裏見さん、いわれなき暴力はやめてください……」

「いわれあるでしょ。私情で部員にめいわくをかけない」

 松平は「いやいや」とひらきなおって。

「可能性はゼロじゃないからな。基礎ゼミで『今日は現場見学をしましょう』なんてのも考えられなくはない。星野がどういう履修をしてるのかもわからないんだぞ」

「ゼロじゃないっていったら、なんだってアリでしょ」

 松平は真顔になる。

「そうだな。裏見と俺がここでいい感じになる可能性もゼロでは……うごごッ!」

 私は松平のヒジ関節をねじあげた。

「折れる折れるッ!」

「これ以上ふざけてると、穂積ほづみさんにプロレス技かけてもらうわよ」

「待ってッ! 反省しますッ!」

「あのぉ、そこの学生さん」

 私たちは声をかけられた。

 しまった。大声を出しすぎたか。私は松平を解放して、とりすます。

「こ、こんにちは」

 メガネをかけた無精髭のおじさん。首に手ぬぐいをかけている。

 おじさんは静かに笑って、

「こんにちは……」

 と小声でかえした。

「す、すみません、すぐに移動します……」

「いえ、声を出すのは元気でいいのですが……星野ほしのかけるくんのお友達ですか?」

 私と松平は顔を見合わせる。とっさの判断で、私は、

「はい」

 と答えてしまった。すると、おじさんは、

「そうでしたか。じつは星野くんと連絡がとれないので、困っているのです。もうゼミを3回連続で休んでいて、病気だと聞いています。もし連絡先がわかれば、単位が危ないと伝えておいてもらえないでしょうか」

 と、急なことを頼んできた。私たちが返事をしないものだから、おじさんは、

「あ、駄目ですか?」

 と悲しそうな顔をした。

「あ、いえ、れ、連絡しておきます」

「よろしくお願いします」

 おじさんはぺこりと頭をさげて、農作業にもどった。

 私と松平はその場をいそいで去る。

「ハァ……ハァ……びっくりした」

「う〜ら〜み〜」

 松平が、うらめしそうな顔でこちらをみている。

「どうしたの?」

「可能性はゼロじゃない(ボソリ」

 ぐぬぬぬぬ。私は愛想笑いを浮かべる。

「おほほほ、ごめんあそばせ」

「しかし、さっきのはマズかったんじゃないか? 星野の友だちあつかいされたぞ」

 うッ……たしかに。

「しかも単位がらみだから連絡しないわけにはいかないな」

「部のMINEから連絡がつくんじゃないの?」

「それもそうか……とりあえず三宅先輩と合流しよう」


  ○

   。

    .


「ダメだ。反応がない。既読もつかない」

 三宅先輩はスマホを確認して、ため息をついた。

「ってことは絶望的ですね」

 松平のあきらめじみた発言に、三宅先輩はスマホの画面をぬぐった。

「……かもな」

 ちょっとちょっと男性陣、あきらめが早い。ここは、たしなめる。

「先輩、まだあきらめるのは早いですよ。連絡もついてないのに」

「連絡がつかない時点でお察しだと思うんだが」

「おたがいに知り合って間もないんですし、進展がないと考えるのは時期尚早です」

「たしかに、松平もまだ芽があるかもしれないしな」

「なんで俺に厳しいネタをふるんですかッ!」

 私はあきれかえる。

「先輩、いいかげんにしないとセクハラ認定し……」

「みなさん、いらっしゃいますか」

 部室のドアが開いた。大谷さんが姿をあらわす。

 走ってきたようで、すこしだけ息があがっていた。

 三宅先輩は、ようすがおかしいと思ったらしい。眉をひそめた。

「どうした? 見つかったか?」

「星野くんが大学を辞めたといううわさを聞きました」

 私たちは唖然とした。三宅先輩はうろたえて、

「辞めたのは野球部だろう?」

 と聞きなおした。

「女子ソフトの大田原おおだわらさんからの情報です。野球部を辞めたうえで退学した、と」

「そんなバカな、まだ6月だ。辞めるにしても、普通は夏休み明けだ」

 三宅先輩は、大田原さんからの情報を信用しなかった。

 大谷さんもそこまで自信がないのか、

「あくまでも、うわさです。退学の公表は普通されません」

 と答えた。とはいえ、私たちは動揺してしまった。

 だって、ゼミに来ていないという話をさっきされたばかりだからだ。

 三宅先輩は口もとに手をあてて、その場でぶつぶつとつぶやく。

「たしかにゼミを休むのは変だが……でも両親だって許さないだろうし……」

「おい、三宅、大変だッ!」

 こんどは風切先輩が飛び込んできた。

 こちらも走って来たらしい。完全に息があがっていた。膝に手をついて呼吸をする。

「ど、どうした風切?」

 風切先輩は顔をあげた。

「星野は停学になってるらしい」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………停学?

 三宅先輩は二重におどろいた。

「ちょ、ちょっと待て……さっき、退学したって情報が……」

 風切先輩は眉間にしわをよせた。

「退学? だれがそんなことを言ったんだ?」

「大谷……じゃなくて、大谷の友だちの大田原だ」

 風切先輩は大谷さんのほうへむきなおった。

「『停学』じゃなくて『退学』だと言ったのか?」

「拙僧の聞き間違いではないと思いますが……」

「退学の理由は?」

「自分のやりたいことと学部のイメージがちがったとか……」

 風切先輩は、ますますいぶかしんだ。

「それは俺が聞いた理由とちがう。金を盗んだってうわさだ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………もうわけがわからない。

 話がまったく噛み合っていないし、風切先輩の情報はかなり危ない内容だ。

 三宅先輩は私たちを落ち着かせた。

「とりあえず真偽をたしかめよう。これだけ情報が喰い違っていると、全部疑わしい。それに、星野が退学したのなら、もう勧誘のしようがない」

 風切先輩も息がもどってきて、冷静になった。

「たしかに……退学ならあせってもしょうがないな」

「窃盗で停学の場合もいっしょだ。さすがに入部は受け付けられない」

 風切先輩はうしろ髪の位置をととのえながら、

「くそぉ、これで星野はロストか」

 と嘆息した。三宅先輩はもういちど風切先輩をおちつかせる。

「真偽の確認が先だ。大学のうわさ話なんて、デタラメが多い」

「だが、どうやって確認する? 足取りがつかめないんだぞ?」

 そうなのよね。風切先輩の言うとおりだ。

 足取りがつかめないと確かめようがないし、足取りが消えている=退学したor停学になった可能性が高いのでは。しかも、私たちがおじさんから聞いた「病気」という情報もよくわからなかった。あのひとがゼミの担任の先生なら、星野くんが停学か退学になったことを知っているはずだ。

 部室はてんやわんやになる。

「拙僧、大田原さんを呼んでまいりましょうか?」

「あのぉ……」

「それが一番な気がするな。風切、どう思う?」

「むしろ事務じゃないのか? 野球部が流したデマかもしれないぞ?」

「もしもしぃ……」

 私たちは、ふとだれかに呼ばれていることに気づいた。

 一斉にふりむくと、ドアのところから、女――顔の少年がのぞいていた。

 おどおどと、半分だけ顔を出している。

「お取り込み中のところ、すみません……学籍番号1644055、星野翔です」

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