140手目 決着と忖度と
パシーン!
【先手:三和遍vs後手:藤堂司】
……うまいッ! ギャラリーが沸き立つ。
同銀は3二角(!)、同玉、4三金、4一玉、3三馬で寄る。3二角に5二玉と逃げるのは、4三角成、6二玉、5三馬寄、7二玉、7一馬と入って、8三玉に8五香の串刺しがある。
【参考図】
広いように見えて狭い。5一の金がかえって邪魔だ。
「くッ」
藤堂さんのメガネがズレた。すばやくなおす。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
藤堂さんは中指1本で王様を5二へ逃がした。
入れ替わるように角打ち。
【先手:三和vs後手:藤堂】
王手龍ッ!
「これで小康状態かな」
「駒得はさせんッ! 4三歩だッ!」
その手があったか。龍の素抜きとはいかないようだ。
三和先輩は馬と引き換えに龍を回収する。
4九角、4四歩、1六角、3四歩(?)、同角。
「申命館将棋部は日本一ぃいいいいいッ! 4三金ッ!」
【先手:三和vs後手:藤堂】
「!」
三和先輩はハッとなった。
「しまった……4七の歩が邪魔……」
「今ごろ気づいても遅いぞッ!」
4七? 4七の歩がどうかしたの? 関係なくない?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2五角ッ!」
「6九角だッ!」
【先手:三和vs後手:藤堂】
……あッ! この手があったかッ!
金取りが狙いじゃない。本命は5八銀だ。
自陣を固めつつ、先手玉だけうわずらせるつもり。
これは……どっちがいいの? 互角? 敵陣に飛車を打てば――
その瞬間、3番席がざわついた。私は視線を転じる。
【先手:速水萠子vs後手:姫野咲耶】
うぐぅ……すっごい追い込まれてる。
がんばれがんばれ。もこっち先輩、がんばれ。
私の必死の応援とはうらはらに、速水先輩は冷静そのものだった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6三角成」
とりあえず王手。これは合駒をするしかない。
「5二歩」
「4二銀」
【先手:速水vs後手:姫野】
「銀打ち……?」
姫野先輩は、うっすらと目を細めた。そして、刮目する。
速水先輩は堂々と腕組み。
「やっと気づいたようね。この手があるから私の王様は受かってるのよ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
姫野先輩は同金と取った。
同成香、同玉、6四馬。
【先手:速水vs後手:姫野】
王手金取りッ! 先手玉は詰めろがほどけたッ!
5三に合駒では足りなくなるとみたのか、姫野先輩は5三歩と受けた。
8六馬、3六飛成、2一馬。
攻守逆転――いや、姫野先輩だから分からない。
「受けたほうがいいわよ」
速水先輩、まさかの口三味線。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8七歩」
やっぱり攻めた。詰めろだ。馬が効いてるけど枚数で後手がまさる。
「あら、受けないの?」
「速水さん、口三味線はマナー違反です」
「親切で言ってるんだけど……1二飛」
【先手:速水vs後手:姫野】
これは……そこまで意外な手でもない。
けど、上に逃げられちゃうような? 3二歩と合駒をするのは、なんとなく詰みそう。例えば、3一馬と捨てに入って、取ると5三馬で即詰みだから、3三玉、3二飛成、2四玉、2三金、2五玉……あれ? 詰まない?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
姫野先輩は3二歩と打った。速水先輩は3一馬。
ここまでは読める。だけど、詰まないような気がする。
「3三玉」
「3二飛成」
姫野先輩は2四玉と逃げた。
ここで4二馬と入るのも1三馬と捨てるのも詰まない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3五金」
【先手:速水vs後手:姫野】
ギャラリーは息を呑む――詰むってこと?
この手はそういう意味だ。でないと指せない。
先手のはったりかどうか、姫野先輩も見極めがつかないらしい。
じっと盤をにらむ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同龍」
パシーン!
【先手:速水vs後手:姫野】
2連続捨てッ!?
となりのおじさんたちは、
「詰むのか?」
「さっきから読んでるが分からんなぁ」
とひそひそ話。
私も分からない。1五同龍で……あッ! 4二馬かッ!
【参考図】
王手龍がかかる。2五玉と逃げたら1五馬、同玉、3五龍、2五合駒、1六飛まで。
だとしたら先手勝ち……って、あれ? 3三合駒だと?
金銀香から選択できるわよ? どれが正解?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同龍ッ!」
速水先輩の4二馬に、姫野先輩はノータイムで3三香合とした。
「残念、香合のほうが簡単なのよね。同龍」
「に、2五玉……」
「2七香」
【先手:三和vs後手:藤堂】
……………………
……………………
…………………
………………詰んだッ!
2六合駒に3七桂、1四玉、3四龍、2四合駒、3二馬まで。2六合駒のところで2六龍と守るのは、3七桂、1四玉、3四龍、2四合駒、同龍、同龍、同馬まで。
先手の勝ちだッ!
姫野先輩は苦吟する。
「きょ、香合がまちがいとは……」
「銀合でも金合でも詰むし、歩切れが致命傷だったわね」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
これで1勝。私は三和先輩のほうへ視線をもどす。
【先手:三和vs後手:藤堂】
うッ……微妙に悪い気がする。
藤堂さんのほうは入玉がうまくいきそうで、余裕がみられた。
対する三和先輩は、上下をがっちり押さえられている。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6三金」
とりあえず上部を開拓する。
藤堂さんは「ふむ」とうなった。
「王手は追う手だが……この場合は好手だ。5六銀成」
銀を捨てた。けど、これは同玉とできない。4五角で王手金になる。
三和先輩は上部脱出をはかる。6五玉。
3六角成、6四銀、5二桂、6六金。
【先手:三和vs後手:藤堂】
工夫に工夫を重ねた手だ。5六玉は6四桂が王手になるのを嫌ったっぽい。
「無駄なあがきだな。同成銀」
同玉、6五歩、7七玉、6四桂、同金、5五角。
【先手:三和vs後手:藤堂】
けっきょく王手金が決まってしまった。
「8七玉と寄っても6九馬で詰みか……負けました」
「ありがとうございました」
い、1−1になった。勝負は2番席の宗像−朽木戦次第に。
ギャラリーが中央へ寄り始めて、大混雑。
私は押されないように気をつけながら観戦する。
【先手:宗像恭二vs後手:朽木爽太】
これは……王手飛車? でも、いかにも誘いのスキっぽい。
宗像くんは、テーブルに寄りかかって挑発する。
「おい? 王手飛車だぜ? 気づいてるよな?」
「……」
朽木先輩は静かに読みつづける。とはいえ、かけるしかないような――
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「かけるしかないか。3八角」
そっちかぁ。個人的に6五角かな、と思ったんだけど。
宗像くんはノータイムで5七玉と引いた。
7五角、6六歩、同角、同玉、6五金、7七玉。
「7一飛だ」
朽木先輩は飛車をまわした。金銀を打たせて、それを質駒にする気だ。
「へぇ、だったらこいつはどうだ? 8八玉」
「なに? 打たないのか?」
朽木先輩はおどろいた。私たちもおどろく。
すわ、チャンスなのでは?
期待に胸をふくらませた私たちとは対照的に、朽木先輩の表情がくもる。
「そうか……そういう手か……」
私はようやく気づいた――これ、後手はほぼ必至だ。
放置なら3三金、同桂、2三桂成から、4三金も2三桂成から詰む。
王手飛車の段階で後手は寄っていた。
もちろん、朽木先輩はとっくに気づいていたはずだ。そして、宗像くんの8八玉は、わざと1手違いに持ち込む手。7七金、9七玉のあとが続かない。しかも、金を手放したら受けようがなくなる。
20秒が過ぎたところで、朽木先輩は姿勢をただした。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
朽木先輩が投了した。ギャラリーから落胆の声がもれる。
同時に、藤堂さんは高らかに笑った。
「よーし、リベンジ完了だ。宗像、よくやった」
「べつにあんたのために勝ったわけじゃないさ……おい、朽木」
唐突な呼び捨て、橘さんがムッとしてまえに出た。
「ぼっちゃまに失礼です。さん付けをしてください」
「ん、なんだおまえ? こいつの彼女か?」
「わたくしはぼっちゃまの……」
「可憐、僕はかまわない……宗像くん、僕になにか言いたいことがあるのか?」
「ああ、もう一局指したい」
この提案には、その場にいた全員が眉をひそめた。
朽木先輩は淡々とした調子で、
「悪いが、敗戦直後に対局を受けるほど、うぬぼれてはいない」
と答えた。
宗像くんは後頭部で手を組み、椅子をうしろに倒した。
「おまえとじゃねぇよ」
「氷室くんなら病院だ」
宗像くんは舌打ちをした。
「察しが悪いな。風切だよ。風切と指させろ」
「指させろ、と言われても困る。僕は風切くんに指示できる立場にない」
「べつに指示する必要はないさ。電話で『宗像が指したがってる』と伝えろ」
「電話か……しかし、風切くんは最近ケガをしたと聞いた。裏見くん、そうだろう?」
いきなり話を振られた。私はどぎまぎする。
「え、あ、はい……そうです」
「まだ完治していないのではないか? このまえも具合が悪そうだったが?」
私は朽木先輩の言いたいことを察した。忖度して、こう答える。
「はい。どうも体調が悪いみたいで、将棋を指せるコンディションじゃありません」
朽木先輩は軽くうなずいた。宗像くんのほうへふりむく。
「というわけだ。またこんどにしてもらおう」
「おいおい、あのケガで将棋が指せないってことはないだろ」
「はて、『あのケガ』というのは? 僕はケガの内容を知らないが?」
……………………
……………………
…………………
………………宗像くんの目が泳ぐ。
「チッ……おい、藤堂、もう東京に用はない。さっさと駅へ……」
「俺ならここにいるぜ」
場所:都内某所の将棋道場
先手:速水 萠子
後手:姫野 咲耶
戦型:横歩取り
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲6八玉 △5二玉
▲3六歩 △7六飛 ▲3七桂 △7四飛 ▲同 飛 △同 歩
▲3八銀 △2八飛 ▲2七歩 △2六歩 ▲3九金 △2七歩成
▲2八金 △同 と ▲4九銀 △3九と ▲5八銀 △3八と
▲4五桂 △8八角成 ▲同 銀 △4八と ▲6九銀 △8七歩
▲同 銀 △8八歩 ▲同 金 △5九角 ▲7九玉 △5八と
▲7七角 △6九と ▲同 玉 △4八角成 ▲1一角成 △5七馬
▲5三桂成 △4一玉 ▲6八飛 △4二銀 ▲5八香 △6八馬
▲同 玉 △5三銀 ▲同香成 △3八飛 ▲5八歩 △5七歩
▲5四角 △5八歩成 ▲7七玉 △7五金 ▲8六銀 △6五桂
▲8七玉 △7六銀 ▲9八玉 △8六金 ▲6三角成 △5二歩
▲4二銀 △同 金 ▲同成香 △同 玉 ▲6四馬 △5三歩
▲8六馬 △3六飛成 ▲2一馬 △8七歩 ▲1二飛 △3二歩
▲3一馬 △3三玉 ▲3二飛成 △2四玉 ▲3五金 △同 龍
▲1五金 △同 龍 ▲4二馬 △3三香 ▲同 龍 △2五玉
▲2七香
まで103手で速水の勝ち
場所:都内某所の将棋道場
先手:三和 遍
後手:藤堂 司
戦型:横歩取り
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲5八玉 △4一玉
▲3六飛 △2二銀 ▲8七歩 △8五飛 ▲2六飛 △6二銀
▲3八銀 △5一金 ▲3六歩 △2五歩 ▲2八飛 △7四歩
▲3七銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲4六銀 △7三桂
▲3五歩 △7六飛 ▲3三角成 △同 銀 ▲6八玉 △4四歩
▲8七金 △7五飛 ▲7六歩 △8五飛 ▲8六歩 △8四飛
▲2五飛 △3一玉 ▲2四歩 △2二歩 ▲5六角 △4五歩
▲同 銀 △5五角 ▲7七桂 △1九角成 ▲3四歩 △4二銀
▲6五桂 △5五馬 ▲7三桂成 △同 銀 ▲2三桂 △4一玉
▲1一桂成 △3三桂打 ▲同歩成 △同 桂 ▲3五飛 △4五桂
▲同 飛 △5六馬 ▲同 歩 △2七角 ▲3三歩 △同 金
▲5五角 △6四香 ▲3三角成 △4五角成 ▲4四桂 △同 馬
▲同 馬 △6七香成 ▲同 玉 △6九飛 ▲6八銀 △4九飛成
▲3三桂 △5二玉 ▲1六角 △4三歩 ▲4九角 △4四歩
▲1六角 △3四歩 ▲同 角 △4三金 ▲2五角 △6九角
▲7七金 △5八銀 ▲6六玉 △3三銀 ▲3二飛 △4二金上
▲3一飛成 △3四金 ▲3六角 △4七銀不成▲7一龍 △6二銀
▲6三角成 △同 銀 ▲6二金 △4三玉 ▲6三金 △5六銀成
▲6五玉 △3六角成 ▲6四銀 △5二桂 ▲6六金 △同成銀
▲同 玉 △6五歩 ▲7七玉 △6四桂 ▲同 金 △5五角
まで132手で藤堂の勝ち
場所:都内某所の将棋道場
先手:宗像 恭二
後手:朽木 爽太
戦型:居飛車力戦
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲2五歩 △8五歩
▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀
▲7八金 △3三銀 ▲4八銀 △6二銀 ▲4六歩 △6四歩
▲4七銀 △6三銀 ▲3六歩 △7四歩 ▲3七桂 △7三桂
▲6八玉 △4二玉 ▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩
▲4八金 △6二金 ▲2九飛 △8一飛 ▲6六歩 △5四銀
▲5六銀 △6五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲5八玉 △5六銀
▲同 歩 △5四銀 ▲6九飛 △6三歩 ▲6六銀 △3一玉
▲7七桂 △4四歩 ▲4七玉 △2二玉 ▲5七銀 △4三銀
▲7五歩 △同 歩 ▲7四歩 △7六歩 ▲7三歩成 △7七歩成
▲同 金 △7三金 ▲7四歩 △6四金 ▲7三歩成 △6五桂
▲6三と △6八歩 ▲同 銀 △5四金 ▲2九飛 △7七桂成
▲同 銀 △8六歩 ▲6六銀 △8七歩成 ▲8二歩 △同 飛
▲6一角 △7七と ▲8三歩 △8一飛 ▲4三角成 △同 金
▲5二銀 △4二金 ▲4三銀打 △6七と ▲4二銀不成△6六と
▲3五桂 △5六と ▲3八玉 △3二金 ▲3三銀成 △同 金
▲4三金 △4七銀 ▲同 金 △同 と ▲同 玉 △5六銀
▲同 玉 △3八角 ▲5七玉 △7五角 ▲6六歩 △同 角
▲同 玉 △6五金 ▲7七玉 △7一飛 ▲8八玉
まで113手で宗像の勝ち