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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第3章 大学将棋は甘くない(2016年4月15日金曜・16日土曜)
14/486

13手目 ノリの軽い実力者

挿絵(By みてみん)


 奥山おくやまくんは、自信たっぷりに5四銀と指して、手を引っ込めた。

 チェスクロが押される。今度は、私が考える番だ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 飛車先を通した手かしら。

 例えば、7八飛、4六歩、同歩、4一飛。ここから2八飛なら、私の読み筋よりも一手多く指せる。7四の傷と交換ってわけね。2八飛に6五歩が本命っぽい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 同歩、同銀は6六歩でなんともない。同歩、同桂のとき、6六銀は同角と切られる虞があるけど、6八銀と冷静に引いておいて、次に6六歩を狙えば無問題。ポイントは、6五桂と跳ねたとき、後手の王様のこびんが開いていること。6八銀、4五歩なら、同歩が王手になる。後手の攻めは続かない。

「7八飛」

 私は飛車を下がった。奥山くんは、私の予想と全然違うところに手を伸ばす。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 私は正座したまま、両手をひざのうえに揃えて、小考した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あッ」

 私の喫驚に、奥山くんはひとこと、

「さあ、どうする?」

 とだけたずねた。私は答えずに、盤面とにらめっこする。

 これ……2八飛に6五歩がある。例えば、2八飛、4六歩、同歩、6五歩、同歩、8六歩の強襲があって、同歩、8七歩、7七銀、6五桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 穴熊が崩壊してる。4五歩と王手をかけても、7三歩でなんともない。

 後手は5七桂成、同金、8八銀、同銀、同歩成、同金、8七銀で勝勢。

 私はちょっとだけ姿勢をくずして、長考に沈んだ。

 2八飛、6五歩のときに手抜いて、2四歩、同歩、3五歩と攻める? 以下、6六歩、同銀、6五歩、7七銀引と組み替えれば、後手の攻めは止まっている。でも、6六銀のときに8六歩、同歩、6五銀、7七銀引、7六歩、6八銀、8七歩がある。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは勝てないでしょ、さすがに。

 2八飛〜3五歩の攻めが成立していないとなると……受けるしかないか。

 例えば、7六金として、8六歩に同金を用意する。そこから後手が攻めるなら、6五歩からの開戦になりそう。同歩、同銀、同金、同桂……あ、同桂とできない。王手放置ね。だとすると、4六歩、同歩、6五歩、同歩、同銀、同金、同桂……先手が潰れているように見える。

 つまり……7六金以下の変化は、6五歩と取れない。4六歩、同歩、6五歩に2八飛と回ってみようかしら。6六歩の取り込みが、なんでもない気がするのよね。同銀、6五銀が気になるけど、同銀、同桂に同金としないで、6六銀or4五歩〜6六銀。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これで止まっている気がする。

 私はチェスクロを確認した。残り時間は、私が4分、奥山くんが6分。

 逆転されちゃったわね。

「7六金」

 この一手を見て、奥山くんはマジメな顔になった。

「ふぅん……最善っぽいな」

 舐めてるわね、こいつ。裏見うらみさまに舐めプは厳禁よ。

「7四歩」

 あれ? 受けるんだ。この手はあんまり考えてなかった。

 私は一手稼げたことをよろこんで、2八飛と回った。

 以下、4一飛、7七金(7五歩に同金とできないから、あらかじめ引いておく)、7五歩(それでも突いてくるのか……)、6八銀と、陣形を整備した。これなら最初に7七金でも良かったかな、と思う反面、7七金は6筋が薄くなる。

 案の定、本譜でも7七金となった途端、奥山くんは6五歩と仕掛けてきた。

 

挿絵(By みてみん)


 同歩、同銀から7六銀と入り込まれるのが、一番イヤ。

 私は5五歩と突いて、銀の筋を変えた。

 同銀、2四歩、同歩、3五歩

 奥山くんは息をついて、首をコキリと鳴らした。

「銀は保留にするか……4六歩」

 ふむふむ、6六銀とせずに、4六銀もみせたわけね。

 感心していると、チェスクロがピッと鳴った。

 私は30秒将棋。本腰を入れて読む。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3四歩」

 角の取り合いは、こちらが一手早い。

 奥山くんもそれは分かっているから、5一角と逃げた。

 ここで用意の一手。

「5二歩」

 奥山くんは右手を頭にあてて、痛そうな表情。

「なかなか、やるね。4二角」


挿絵(By みてみん)


 飛車先が止まった。後手の攻めは頓挫。

 私は威風堂々、4六歩と取り返す。ここで奥山くんも30秒将棋に。

「5五銀を拠点に攻めようか。3六歩」

 2六角、6六歩と進み、予定外の進行になった。てっきり6六銀かと。

 同時に、チャンスだとも感じた。うまい手を模索する。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6四歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ひねり出した好手――自分で言うのもなんだけど、好手のはず。

 奥山くんは一瞬ポカンとして、すぐにハッとなった。

「しまった……同金とできないのか……」

 その通り。同金には5一歩成と捨てる。同角は5三角成だから、同飛車しかない。4六飛と走られる可能性がなくなったところで、3五角と出る。次に、2四角、同角、同飛の成り込みを狙って、先手も頑張れるはず。

 奥山くんは眼鏡の位置をなおして、30秒を使い切る。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「5四金ッ!」

 そこしかないわよね。私は3五角として、角交換の準備。

 奥山くんの6五桂を手抜いて、2四角、同角、同飛の交換を終えた。6五桂に7八金と引くのは、7六歩と伸ばされてやぶ蛇になる。

「7七桂成」

 ぐぅ、穴熊に火がついた。

 同銀はマズいから、同桂。パンツを脱ぐ。

 奥山くんはピシャリと空打ちして、角を5六の地点に滑り込ませた。

 

挿絵(By みてみん)


 急所。自陣への利かせ+8九の地点の攻め+2九の桂馬拾い+3四歩の回収を狙った、八方睨みの角打ちってわけか……だけど、そこまでプレッシャーは感じない。ひとつひとつの狙いが、そこまで厳しくない気がしたからだ。

 私は6三歩成、同金でかたちを崩してから、5一歩成と成った。

「同飛なら、飛車が隠居か……4六飛」

 奥山くんは、攻めを選択した。私は意気揚々と飛車をつまむ。

「2二飛成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 いきなりの王手。なんだかんだで、後手陣ももろい。

 奥山くんは深呼吸して、4二歩と受けた。

 ここで2一龍……ん、ちょっと待ってよ。2一龍、4九飛成、5二と、7九龍……あ、4九飛成が詰めろになってるッ! しまったッ!

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「5七歩ッ!」

 角をどかせる。龍切りからの金打ちで詰まされては、たまらない。

 奥山くんは29秒まで考えて、角を逃げずに6七歩成と踏み込んだ。

 

挿絵(By みてみん)


 強い……この手が指せるのは強い……私は、しかたなく5六歩。

 以下、6八と、同金、6七歩、7八金、4九飛成、7九歩、6九銀。

 後手の攻めが止まらなくなってきた。私は必死に粘る。

 とりあえず、7八銀成に同歩とできるようにしないといけない。

「8九桂」

 奥山くんは、無慈悲にノータイムで7八銀成。同歩に6八歩成とされた。

 こうなったら、後手玉が詰むことに賭ける。6一と。

 奥山くんは最後に29秒使って、7八とと入った。

 

挿絵(By みてみん)


 詰ます詰ます詰ます……つ、詰まないッ!?

 7一角に8一玉ですら、8二銀、7二玉、8一角、6一玉で詰まない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「な、7一角」

 奥山くんは、より安全に7三玉。手がない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

 私は頭を下げた。

「ありがとうございました」

 奥山くんはチェスクロをとめて、無言になる。

 感想戦は敗者から。私のほうが話しかけないと始まらない。

 私は気持ちを落ち着けて、対局を振り返った。

「最後、5七歩が悪手だった?」

「4九飛成〜7九龍の詰み筋を消した手だよね? あれ自体は、ありかな、と思ったよ。ただ、6七歩成以下も厳しくて、両方の受けになってなかった感じかな」

「4九飛成〜7九龍と6七歩成の両方を受ける手……7八角とか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「……」

 奥山くんは黙って、6七金と打ち込んだ。

「同銀、同歩成、同角、同角成は角損だからないとして……ここで5七歩?」

「それは4九飛成だね。そのままだと7八金に同金と取れなくて、角がタダ。8九桂と打つのは7八金、同金、同角成で角がタダ。両方は受からないよ。7八角のところで8九角と控えて打つのも、6七金からゆっくり攻めて俺の勝ち」

 これもダメか。私は嘆息する。

 どうやら、5六角の圧力を、低く見積もり過ぎていたようだ。

「7六金から7七金と下がったのがおかしかった?」

 私たちは、局面を中盤までもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ここで2四歩、同歩、3五歩?」

 私は2四歩と突きながらたずねた。

「こっちは4六歩は入れたいかな。2四歩、同歩、3五歩、4六歩、同歩、6五歩は?」

「それは同歩とせずに、3四歩、5一角、5二歩」

「二歩だよ」

 おっとっと。

「ごめんなさい。混乱してたわ。2四歩、同歩、3五歩、4六歩、同歩、6五歩に5五歩として、同銀、3四歩、5一角、5二歩、4二角は、どう?」

「4二角で飛車先は止まるけど、先手は手がないように見えるなあ」

 うーん……反論できない。

「それにさ、俺としては、7五歩のタイミングを計りたいんだよね」

「7五歩? ……あ、同金だと6五歩のパターン?」

「そうそう、だから、7五歩、7七金、4一飛で、本譜と合流すると思うよ」

 なるほど……私は納得した。

 もっと根本的に悪かったのかしら。

 私が悩んでいると、奥山くんは、

「ところで、出身地はH島なんだよね? 県代表?」

 とたずねてきた。

「違うけど……どうして?」

「あれ? 違うの? じゃあ、ナンバー2とか?」

 私は、H島県高校竜王戦で優勝したことを伝えた。

「ま、たまたまなんだけどね……でも、さっきの質問の意図は?」

 奥山くんは、後頭部に手を当てて笑った。

「いやあ、俺といい勝負するから、てっきりそれくらいかな、と思って」

 どういう基準なのよ。いぶかる私のまえで、奥山くんは自分自身を親指で示した。

「俺、H海道代表なんだよね」

 うそーん、そういうのは、早く言ってくださいな。

 余裕で倒されちゃうわけだわ。トホホ。

「竜王戦だと、全国大会がないから残念だね。関東にはいろいろ……」

 奥山くんの後頭部に、ぱしりと軽い平手打ちが決まった。

 ふたりとも顔をあげると、速水はやみ先輩が立っていた。

「なに自慢話してるの。対局は終わった?」

「あ、はい」

「5分休憩で次の対局に移るから……裏見うらみさん」

 私は名前を呼ばれて、返事をする。

「次は、私と指してちょうだい。いいわね」

 疑問形じゃなく命令調で、そう告げられた。速水先輩は和室を出て行く。

 後頭部をさする奥山くんに、私は小声で質問する。

「速水さんって、どういう棋風のひと?」

「ん? ……ああ、居飛車党だよ。矢倉が得意かな」

 おっと、硬派ね。

 私が作戦を練っていると、奥山くんが小声で返してきた。

「もこちゃんのこと、知らないの?」

「全然」

「あ、そうなんだ……まあ、あのひと、東北出身だから……」

 東北出身なら知らないっていうのも、おかしくない?

 そりゃ、私は西日本出身だけど。

「強いの?」

 奥山くんは、速水先輩がもどって来ていないことを確認してから、

「もこちゃんは、七将しちしょうだよ」

 と答えた。

「シチショウ?」

「全国学生名人戦に出場したひと。関東で7枠あるから、七将ね」

 へぇ、すごい……って、関東ベスト7!? うそでしょッ!?

「裏見さん」

 ふりかえると、速水先輩がもどっていた。

 両腕を組んで、こちらを見つめている。

「そろそろ席を移動しましょう……あなたの実力、見せてちょうだい」

場所:日本セントラル大学 Dスクウェア

先手:裏見 香子

後手:奥山 貴広

戦型:居飛車穴熊vsノーマル四間


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △3二銀 ▲5六歩 △4二飛 ▲6八玉 △6二玉

▲7八玉 △7二銀 ▲5八金右 △7一玉 ▲5七銀 △5二金左

▲7七角 △6四歩 ▲8八玉 △7四歩 ▲9八香 △7三桂

▲6六歩 △9四歩 ▲9九玉 △8四歩 ▲8八銀 △8二玉

▲7九金 △9五歩 ▲3六歩 △6三金 ▲6七金 △4三銀

▲5九角 △4五歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲3七角 △8三銀

▲7八飛 △7二金 ▲7五歩 △同 歩 ▲同 飛 △5四銀

▲7八飛 △8五歩 ▲7六金 △7四歩 ▲2八飛 △4一飛

▲7七金 △7五歩 ▲6八銀 △6五歩 ▲5五歩 △同 銀

▲2四歩 △同 歩 ▲3五歩 △4六歩 ▲3四歩 △5一角

▲5二歩 △4二角 ▲4六歩 △3六歩 ▲2六角 △6六歩

▲6四歩 △5四金 ▲3五角 △6五桂 ▲2四角 △同 角

▲同 飛 △7七桂成 ▲同 桂 △5六角 ▲6三歩成 △同 金

▲5一歩成 △4六飛 ▲2二飛成 △4二歩 ▲5七歩 △6七歩成

▲5六歩 △6八と ▲同 金 △6七歩 ▲7八金 △4九飛成

▲7九歩 △6九銀 ▲8九桂 △7八銀成 ▲同 歩 △6八歩成

▲6一と △7八と ▲7一角 △7三玉


まで106手で奥山の勝ち

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