139手目 東西リベンジマッチ
【先手:三和遍vs後手:藤堂司】
「申命館将棋部が日本一であることを、この場で証明してやろう」
「そんな恥ずかしいセリフ、うちのイキリ研修医でも言わないよ」
【先手:宗像恭二vs後手:朽木爽太】
「俺にアタリにきた度胸だけは褒めてやるよ、びんぼっちゃま先輩」
「こういう役目は公人にやって欲しかったのだが。まあ、お手合わせ願おう」
【先手:速水萠子vs後手:姫野咲耶】
「去年の王座戦以来ですね、速水さん。リベンジさせていただきます」
「あなた、お嬢様のわりに器が小さいのね。もっと大きく生きなさい」
か、関東と関西が正面衝突してしまった。いったいどうすれば。
困惑する私の肩に、いきなり手がおかれた。どさくさの痴漢かと思ってふりかえる。
「た、橘さんッ!?」
「こんばんは……たいへんなことになっているようですね」
「なんでここに?」
「ぼっちゃまのいらっしゃるところに橘可憐あり、ですよ」
か、関西勢3人とはべつの意味で怖い。
「しかし、困ったことになりました。入江会長からヘルプが入ったかと思いきや、まさか関西勢の道場荒らしとは。氷室くんが入院したというのは、ほんとうですか?」
「は、はい……シックハウスで大したことはないらしいです……多分……」
私は氷室くんのお父さんのことを思い出した。
それについても、年上の橘さんになにか訊きたい気がした。でも、対局が気になる。
周囲にはだいぶ人だかりができていた。私は最前列に自分の場所を確保する。
【先手:速水vs後手:姫野】
うわぁ、横歩の青野流だ。激しくなりそう。
そう思ったのもつかのま、速水先輩はすぐに7四飛と切った。
同歩、3八銀、2八飛。
いきなり飛車を打たれている。
速水先輩はこの手をみて、
「あいかわらず過激なのね」
と言ってから、2七歩と打った。あれ? 後手の飛車が死んでない?
姫野先輩は顔色ひとつ変えずに答える。
「どれほど細い攻めも通せば成立するのです。2六歩」
「原告のムリ攻めは最高裁で止められちゃうのよ、3九金」
2七歩成、2八金、同と。
い、いきなり飛車を捨てた。これは姫野先輩の893攻めが出そう。
4九銀、3九と、5八銀、3八とと、姫野先輩は先手陣を荒らした。
私は中央席に目を転じる。
【先手:宗像vs後手:朽木】
こっちは角換わりか。がっぷり四つに組んでいる。
朽木先輩には悪いけど、ここの分が一番悪い。先輩は氷室くんに個人戦で負けて、氷室くんは東西対抗戦で実質的に宗像くんに負けていたからだ。
まだまだ駒組みとみて、私は1番席へ視線をうつした。
【先手:三和vs後手:藤堂】
ここも横歩かぁ。
学生将棋で横歩ってことは、そうとう自信がある証拠だ。
定跡が日進月歩だし、イレギュラーな局面に対応する力も問われる。
「8六歩だ」
藤堂さんは歩を打った。横歩は攻めが切れると後手不利になる。
三和さんはノータイムで同歩。
以下、同飛、4六銀、7三桂、3五歩と進んだ。
【先手:三和vs後手:藤堂】
「ほぉ、角頭にプレッシャーか」
「普通の手だけどね。藤堂はあいかわらずオーバーリアクションだなぁ」
「三和にオーバーリアクションをさせる手を指したいものだな。7六飛」
3三角成、同銀、6八玉。
後手はやや変則的なかたちになった。3三角成には同桂が普通だからだ。これを同銀としたのは、同桂だと3四歩で桂馬が死んでしまうから。4六銀も3五歩も、3三角成に同銀とさせる布石だ。
「やるな……しかし、この手はどうだ? 4四歩」
【先手:三和vs後手:藤堂】
「いい手だね。4五歩、同銀は5五角で先手が死ぬ」
「かといって、いまさら銀を撤退もできまい。さあ、どうする?」
三和さんは29秒ぎりぎりまで考えて、8七金とあがった。
7五飛、7六歩、8五飛、8六歩、8四飛。
「後手の攻めは頓挫したんじゃないかな。2五飛」
【先手:三和vs後手:藤堂】
強い。三和先輩、攻勢に出る。
その瞬間、3番席が湧いた。ギャラリー静粛に。
【先手:速水vs後手:姫野】
うッ……これは厳しい。桂馬を逃げると挟撃になるから取るしかないけど……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
速水先輩は同金と取った。姫野先輩はすかさず角を打ち込む。
「5九角」
7九玉に5八とと迫る。これも痛い。同銀は6八金で詰んでしまう。
「日頃のストレスを晴らすような攻め、嫌いじゃないわよ。7七角」
【先手:速水vs後手:姫野】
ん、これは受かってるの? 何通りか処理の仕方がある。
同角成は逃げ道を作ってお手伝いだから、単純に6九と、同玉、3七角成かしら。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
姫野先輩は6九とと入った。同玉、4八角成。
え? そっち? 馬を自陣に効かせないの?
ところが、速水先輩のほうは納得顔で、
「ふぅん、そういう方針か……ま、受けて立つわ。1一角成」
「5七馬」
【先手:速水vs後手:姫野】
これは5三桂成で王手馬になるのでは――と思った瞬間、5三桂成が指された。
姫野先輩はノータイムで4一玉と引く。
「へぇ、そこで耐えるわけ」
「速水さんの玉は詰めろですが? しかも金駒がありません」
私は速水先輩の持ち駒を確認した――飛車と香車しかないじゃないですかッ!
6八香は5八金から潰されてしまう。6八飛しかない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6八飛」
「4二銀」
速水先輩のシンキングタイム。私は他の対局も確認する。
【先手:宗像vs後手:朽木】
せ、先手右玉になってる……いい勝負? 三和先輩のところは?
【先手:三和vs後手:藤堂】
わお、すっごい押してる。
「くッ、患者をなぶるような指し手だな」
藤堂さん、言ってることがめちゃくちゃ。
「あした解剖学の授業なんだけど、ついでに解剖してあげようか?」
「俺は血を見るのが嫌いでな。鼻血もダメだ」
意外とデリケートで笑う。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシーン!
【先手:三和vs後手:藤堂】
ふわッ!? なにこれ? ギャラリーもざわついた。
三和先輩もかなりおどろいたらしく、さっきまでの軽口が消えた。
「それが三和のオーバーリアクションか。もうすこし変顔になってくれ」
「……」
三和先輩は黙って考え込んだ。手の意図が読めないのだろう。私も読めない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同歩成」
「同桂だ」
藤堂さんはニヤリと笑った。
飛車銀両取りを決めたってこと? 桂馬を捨てたら意味なくない?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
三和先輩は3五飛と逃げた。
4五桂、同飛。
「飛車馬交換が狙いだと思ったか? 5六馬」
【先手:三和vs後手:藤堂】
「「「!」」」
棋力のそこそこあるメンツは、この手にアッとなった。
同歩からの2七角だ。飛車金両取りになる。
「……」
三和先輩が動揺したのは一瞬だけ。表情には出さなかった。
でも動揺したのはまちがいない。私は藤堂さんが口だけでないことを悟った。
3三桂打からこの局面の青写真をつくれるなんて、強すぎる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
三和先輩は5六歩と取った。藤堂さんは2七角。
「3三歩」
「……同金」
三和先輩は5五角をはなつ。
【先手:三和vs後手:藤堂】
うまいッ! 金銀両取りをかけ返した。4五角成なら7三角成で駒損がない。
「さすが慶長の前主将。一筋縄ではいかんか。6四香」
ん? 銀を守っただけ? 3三角成があるのに? 同銀と取れないわよ?
三和先輩も警戒した。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
最後まで考えて3三角成を選択。
藤堂さんはようやく4五角成で飛車を抜いた。
三和先輩は桂馬を一回カラ打ちして、秒読みに入った。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
【先手:三和vs後手:藤堂】
……め、めちゃくちゃ好手。
3三銀は3二金で詰みだ。3一歩と受けても3二金と放り込まれて詰む。
「好手には好手で返すのが申命館のマナーだ。同馬」
「桂馬を取ってるだけじゃん。同馬」
「1手先走った。こっちだ。6七香成」
うわッ……これは……三和先輩も覚悟を決めたように同玉とした。
「6九飛」
【先手:三和vs後手:藤堂】
くぅ、こんどは王手金銀の3面取り。
ふたたびギャラリーが湧く。静粛に、静粛に。
「ギャラリーが盛り上がってるところ悪いけど、それは読み切り。6八銀」
藤堂さんは4九飛成とした。先手陣が一気に危なくなる。
三和さんも真剣な表情。まるで公式大会のようだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3三桂ッ!」