137手目 道場荒らし
パシーン!
【藤堂司vs道場のお兄さん】
パシーン!
【宗像恭二vs席主】
「8連勝ッ!」
宗像くんはガッツポーズした。マナー違反。
席主のおじさんは、がっくりとして席を立つ。
藤堂先輩もメガネをなおしながら、
「俺も8連勝だ」
と澄まし顔。おのれぇ。
ここは都内の某将棋道場。
関西将棋連合の3人は、いわゆる道場荒らしにいそしんでいた。
まわりのお客さんたちは、困惑顔。
「おい、次はだれが行くんだ?」
「もうあらかた負けたぞ」
「かみさんからMINE来てるし、帰ろうかな……」
上は定年後のおじいさんから、下は地元の小学生まで、二の足を踏んでいる。
この3人、強すぎる――
「っていうか、姫野先輩ッ! 高校時代の冷静さはどこにいったんですかッ!? 大学生になって、はっちゃけてるでしょッ!?」
私のつっこみに、姫野先輩は平然とかえす。
「姫野咲耶の辞書に『はっちゃける』という文字はありません……あ、それは詰みです」
パシーン!
【道場のおじさんvs姫野咲耶】
相手のおじさんはしばらく読んでから、アッとなった。
「そうか、8五歩と叩いて詰み……負けました」
「ありがとうございました」
おじさんは将棋仲間のところへもどって一言。
「ダメだ。あの姉ちゃん、攻めが強すぎる」
それはそう。盤上のヤクザと呼ばれた姫野先輩を舐めてはいけない。
傍観者視点で立っている私を、だれかがひじで小突いた。
ふりむくと、新宿将棋大会で会ったボクっ子少女だった。
「え、あ……平賀さん?」
「お姉さんたち、道場荒らしだったんですか? 最低ですね」
ちがーう。道場荒らしはあの3人。
「私たちはただの付き添いよ」
「道場荒らしの付き添いって、それ仲間じゃないですか」
ちがーう。私は事情を説明した。平賀さんは半分納得いかない顔で、
「東西で張り合ってる? 戦前ですか?」
と皮肉った。
「そんなの私に聞かれても困るわよ」
「っていうか、お姉さん、大会でウソつきましたね。ほんとは関東の大学生でしょ? ここはボクが小学生のころから通ってるんです。部外者にデカい顔されたら困ります」
ぐぬぬぬ。なんか険悪な雰囲気になってきた。
彼女の熱量に火村さんも便乗する。
「そうよッ! ここはあたしたちの出番ねッ! 」
は? ……私たち?
「どういうこと?」
火村さんは答えるよりも早く手を挙げた。
「はいはいッ! 次はあたしたちが指すわよッ!」
会場の視線が集まる。
なに言ってるんですかッ!?
私は火村さんを引き止める。
「姫野先輩たちがどれだけ強いか分かってるの? 関西七将なのよ?」
「なーに怖気付いてるのッ! しゅつげーきッ!」
「あ、ボクも参戦しますッ!」
私は火村さんにひっぱられて、むりやり着席させられた――げぇ、姫野先輩。
「裏見さん、ずいぶんとイヤそうなお顔をなさってますわね」
「そ、そういうわけじゃ……」
「駒桜市の決勝以来ですか……では、尋常に」
姫野先輩は駒をならべなおす。私もしぶしぶ追従。
一方、外野は面白がって、ざわざわし始めた。
「おっさんだらけの道場で、めずらしい組合せだな」
「どっちが勝つか賭けようや」
こらぁ、賭けの対象にするなぁ。
姫野先輩は最後に飛車をおいて、振り駒を私にゆずった。
私はゆずり返す。
「裏見さんがどうぞ」
ゆずり返される。高校のときに何度もしたやりとりだ。
私は歩を5枚集めてシャッフル、投擲――表が2枚。後手だ。
となりの席も次々と振り駒をする。対局の準備がととのった。
「それじゃ、30秒将棋でよろしくぅ」
宗像くんの第一声で、一斉に対局がはじまる。
「よろしくお願いします」
私は一礼してチェスクロを押した。
パシリ
相掛かりの出だし――受けて立つ。8四歩。
姫野先輩は、この手を見てひとこと。
「高校時代はお指しになられていなかったのに……まだまだ伸びしろあり、ですか」
2五歩、8五歩、7八金、3二金、3八銀。
攻め将棋が得意な姫野先輩の相掛かりを受けてよかったのか、正直分からない。
でも、ここは引いちゃダメな気がした。
「7二銀」
「2四歩」
端歩を突かずに即開戦。
同歩、同飛、2三歩、2八飛。
深く引かれた。私は考え込む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は9四歩と突いた。
序盤から秒読みが始まって、となりの平賀さんは私の盤をチェックする。
自分の対局に集中してくださいな。べつに不利になってるわけじゃない。
「9六歩」
3四歩、4六歩、8六歩。
私も飛車先の歩を交換する。
同歩、同飛、4七銀――迷ったけど、飛車はこの位置で待機できない。8二飛。
「8七歩です」
けっきょく収められてしまった。序盤の分かれは五分。
「8三銀」
積極策。この手を見て、姫野先輩も小考した。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
スッと7六歩が指される。
ギャラリーはひそひそ声で、
「3番目の席、序盤から考えるね」
「相掛かりだからむずかしいよ」
という会話。シーッ、しずかに。
私も29秒ギリギリまで考えて8四銀と上がった。
パシリ
これは読んである。というか、棒銀に対する7六歩は、当然にこの伏線。
さらに29秒使う。もちろん、取るかどうかの判断じゃない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同銀」
「8八銀」
私はさらに29秒追加して、端に手をかけた。
「9五歩」
おおッと、ギャラリーから声があがる。
「過激だなぁ」
「このタイミングしかないんじゃないか」
だぁ、気が散る。
とはいえ、姫野先輩のほうがアウェイなのに、まったく動揺していなかった。
悠々と9五同歩。
9六歩と垂らした私の手に対して、9四歩の伸ばしが入った。
さっきから細かく考えていたのは、この局面。同香、9二歩とされて、同飛、8三角、9三飛、5六角成、9七歩成は攻め切れない。というわけで別の手を指す。
「8五銀」
9四の歩に当てる。
「面白い手ですが、棒銀の流れからすると不自然」
姫野先輩、プレッシャーをかけてくる。
だけど、9四の歩を助ける手ってなくない? あるの?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
姫野先輩は7五歩と伸ばした。
これにはギャラリーもダンマリ。私も意図が読めない。
9四銀だと7四歩から潰れるとか?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私はあわてて9四銀と取った。
姫野先輩は7七桂と跳ねる。
よく分からなくなった。先手は端の枚数が減ったけど、誘いのスキにみえる。
いずれにせよ、一回5三の地点を受けないといけない。6五桂がある。
「4二玉」
5六銀、5二金――これで桂跳ねの心配はなくなったかな。
「4五銀」
……あッ。私は背筋が冷たくなった。
しまった。桂馬に気をとられすぎた。
姫野先輩の狙いは、7四歩〜2四歩〜2三歩だ。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
同銀は5五角、同金は3四銀と捨ててから5五角。後者は致命傷。
か、回避する手は?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「きゅ、9五銀」
回避する手が思い浮かばなかった。当初の予定の手を指す。
姫野先輩は満を辞して7四歩と突いた。
同歩、2四歩、同歩、2三歩、同銀、5五角。
こうなったらダメージを最小限におさえる。
「6四角ッ!」
私は1一角成に3三桂と跳ねて、銀の進退をたずねた。
「さすがに一直線では攻めさせていただけませんか。5六銀です」
よしッ! 撤退させたッ!
ここで4六角は意味がない。5八金と固めさせてしまうだけだ。
私は7三桂と跳ねて6五銀を阻止する。
「2二香」
ぐッ、堅実。
だけど、今度こそこっちが攻勢だ。
「8六歩ッ! 行かせてもらいますッ!」