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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第3章 大学将棋は甘くない(2016年4月15日金曜・16日土曜)
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12手目 日本セントラル大学将棋部

「私が速水はやみ萠子もえこよ。よろしく」

 黒のスーツにストライプネクタイを締めた強面の女性――彼女は、そう挨拶した。

 つり目で、顎が引き締まっている。額に切れ込みの入ったショートヘア。

 全然もこもこしてない。怖い。でも美人。

「よ、よろしくお願いします」

 私たちは、ぺこりと頭をさげた。

 ここは、日本セントラル大学八王子キャンパスの入り口。モノレール駅と接続した赤いレンガ道が、奥の施設までずっと続いていた。左右にはキンモクセイやギンモクセイが植え込まれていて、花壇もちらほら見える。あと、桜が綺麗。目の前に見える古い建物は、サークル棟のようだ。

「それじゃ、会場に案内するわ」

 私たちは赤レンガの道を渡って、敷地の奥へと案内された。

 途中、サークル棟を眺めていた松平まつだいらは、あれっと言って、

「あそこの窓に、【将棋部】って貼ってありますね。あそこじゃないんですか?」

 とたずねた。速水先輩はふりかえりもせずに、

「部室は狭くて入れないから、Dスクウェアのほうに和室を取っておいたわ」

 と答えた。Dスクウェアってどこだろう、と思ったら、すぐに到着した。

 比較的新しめの建物で、自動ドアをくぐると、エレベーターで5階に案内された。

 左手に曲がると、横びらきのとびらがいていた。

「ちょっと待ってて」

 速水先輩は中をのぞき込んで、準備はできているか、とたずねた。

 奥から、男子の声がいくつか返ってきた。

 速水先輩は、首だけ私たちのほうへ曲げて、

「入ってちょうだい」

 と言った。

「お邪魔します」

 私たちは、中に入る。和風旅館みたいに、靴を脱ぐスペースがあった。そこで靴を揃えてから、ふすまを通過すると、これまた旅館みたいなスペースの和室に出た。

 私が敷居をまたいだとき、金髪ツンツン頭の少年と目があった。オールバックで、広い額の下に黒ブチの眼鏡をかけていた。服装は、黒のジャケットに、マリリンモンローのプリントが入った白いTシャツ。下はジーンズで、首にはネックレスをしていた。

 一見場違いな少年は、歯を見せて笑って、親指を立てた。

「ちゃっす。日セン1年の奥山おくやまです。今日は、よろしくお願いします」

 バンドマンみたいな雰囲気だけど、彼も将棋指しなのかしら。

 最後に速水先輩が入って、おたがいに自己紹介することになった。

 私たちは入り口のほうの壁に、日センの学生は窓際の壁に並んだ。

都ノみやこの大2年の三宅みやけじゅんです。部長やってます。よろしくお願いします」

「同じく2年。風切かざぎりだ。よろしく」

 速水先輩の視線が、ちらりと動いた。

 名前は知ってるけど、顔は知らなかったパターンかしら。

 自己紹介はスムーズに進んで、私の番になった。

「1年の裏見うらみです。よろしくお願いします」

 ぺこり。顔を上げると、速水先輩の視線を感じた。

 にらまないでぇ。

「今度は、私たちの番ね。私が日センの新主将、速水はやみ萠子もえこよ。2年生。つじ先輩から依頼されて、交流戦を組ませてもらったわ。よろしく」

 辻先輩からの依頼、という部分を、ちょっとだけ強調してきた。私たちは、新参者扱いになっているようだ。仕方がない。

 日センも、どんどん自己紹介する。全部で8人いた。一番目立ったのは、やっぱり奥山くんかな。ノリが軽い。ほかの部員は、どちらかと言えば素朴な感じの学生だった。校風かしら。

 全員が自己紹介を終えたあと、速水先輩は、

「ところで、あなたたちは5人しかいないの? あとから追加?」

 とたずねてきた。三宅先輩は、

「すみません、さぼってるわけじゃなくて、ここにいるのが全員です」

 と答えた。速水先輩は、そのキリッとした目を細めて、

「そう……5人しかいないのね」

 とつぶやいた。うぅん、怖い。あんまり歓迎されてない感じなのかなあ。

「ま、いいわ。とりあえず、指しましょう。15分30秒で、いいわね?」

 交流戦ということで、うちと日セン同士で指すことに。

 くじ引きかな、と思っていたら、速水先輩は、

「そこのお遍路へんろさん、私と指さない?」

 と言って、大谷おおたにさんを指名した。

「拙僧とですか……分かりました」

 ふたりは、長机の端に正座した。残りの面子は、指名し合う雰囲気でもなかった。くじ引きで決めることに。日センの部員があみだを作って、下に自分たちの名前を書き、上の線を私たちに選ばせた。私たちは鉛筆を受け取って、順番に記名する。

「それじゃ、行きますよ」

 日センの部員は、あみだに横線を2本追加して、開帳。私は――

裏見うらみさんだね」

 顔をあげると、奥山くんがにっこり笑って、親指を立てていた。

 私たちは、反対側の端に座る。

 ぽんぽんと座布団を叩いて、具合を確かめた。

「失礼します」

「よろしく……そろそろ、敬語やめてもいいよね?」

 もちろん。私は、そう答えた。

 ほかのメンバーも座って、駒を並べ始めた。

「振り駒は、各自してちょうだい」

 速水先輩の指示。奥山くんは、私に振り駒をゆずった。

 私は一応、ゆずり返しておく。

「じゃ、俺が」

 奥山くんは歩をかき混ぜながら、

「裏見さんって、どこ出身?」

 とたずねてきた。

「H島」

「へぇ、H島なんだ。俺は……」

「奥山、いつまでかき混ぜてるの。さっさとしなさい」

 おっとっと、と奥山くんは言って、すぐに歩を放り投げた。

「表が2枚。裏見さんの先手」

 奥山くんは、チェスクロを右側に置きなおした。このあたりは、手慣れたものだ。チェスクロックというのは、将棋を指すとき、持ち時間を計るもの。いろいろなルールがあるけれど、今回は、15分30秒。15分の持ち時間がそれぞれあって、これを使い切ったら、1手30秒以内に指さないといけない。1局1時間くらいで終わるから、高校でも愛好されているルールだった。

 全員の準備が終わったところで、速水先輩が指示を出す。

「それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 挨拶、それに続いてチェスクロのボタンを押す音――対局が始まった。

 私は7六歩。奥山くんは3四歩。棋風も分からないし、2六歩と突いておく。私は横歩が嫌いだから、8四歩なら6六歩以下、ウソ矢倉の予定だ。

「4四歩」


挿絵(By みてみん)


 奥山くんは、角道をいきなり止めた。振り飛車の可能性高し。

 2五歩、3三角、4八銀、3二銀、5六歩。

「4二飛、と」


挿絵(By みてみん)


 四間飛車――流行りの角交換型じゃないのね。

 私は6八玉から、一直線に囲いを目指す。

 6二玉、7八玉、7二銀。

 穴熊でもないのか……藤井システムでもないみたいだし、ノーマル四間ね。

 それなら、容赦なく組ませてもらいましょう。

 5八金右、7一玉、5七銀、5二金左、7七角、6四歩、8八玉、7四歩。

「9八香」


挿絵(By みてみん)


 クマる。

「いつもの、か。7三桂」

「6六歩」

 6六歩型と6六銀型でいつも迷うけど、今回は6六歩型を選択した。

 以下、9四歩に9九玉。端歩が遅いから、スムーズに組める。8四歩に8八銀とハッチを閉めて、8二玉に7九金と寄せた。このかたちは、7八金と上がるタイプよりも、防御力が高い。金が浮いていないから。

「9五歩」

 うーん、なんか悠長ね。ここまでの消費時間と手つきからして、指し慣れている感じはする。私は用心しつつ、攻めの構想を練り始めた。穴熊で一番苦労するところ。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 とりま、ここからでしょ。

 奥山くんは6三金と上がって、高美濃に組み替えた。

 私は6七金として、上部を厚くする。

 4三銀、5九角、4五歩、1六歩。

 税金を払っておく。

「1四歩」

 奥山くんはパシリと指して、チェスクロを押した。

 どうも、全体的に受け身。攻めて来いという感じだ。9四歩〜9五歩や4三銀を遅らせたのも、そのあたりに理由がありそう。だとすれば、私の攻撃力が試されている。

「3七角」

「そろそろかな……8三銀」

 銀冠への組み替え。6一の金が浮いた。

 あんまり私を舐めないでちょうだいな。

「7八飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 後手は左銀も出遅れている。チャンス。

「ちょっと失礼」

 奥山くんは、あぐらに組みなおして、前後に揺れながら考え始めた。

 私の予想は、7二金。銀冠を完成させる手。多分、これ以外にはない。

 そこから7五歩、同歩、同飛、7四歩、7八飛、5四銀、2八飛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 次に2四歩、同歩、3五歩を狙う。3五歩に同歩としようがしまいが、いずれ3四歩で角をどかせることができる。そこで飛車先を突破。これを阻止するためには、2八飛に4一飛と引いて、5一角のスペースを作るしかない。だけど、5一角には5五歩、同銀、5二歩の手裏剣がある。4二角で飛車先が止まるのだ。問題は、どこで5五歩と入れるか。

 私が読みをまとめるあいだ、奥山くんは次第に動きが小さくなってきた。首を左斜めにかしげて、じっと盤を見つめている。それから、大きくうなずいた。

「こうかな」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 やっぱり銀冠。私は速攻で7五歩と仕掛けた。

 同歩、同飛。

「ああ……ごめん」

 ん? チェスクロを押し忘れてた?

 焦って確認すると、奥山くんは6分、私は8分。

 タイマーは、きちんと動いていた。

「どうしたの? トイレ?」

 私が質問すると、奥山くんはアハハと笑って、うしろに傾いた。

 すぐに姿勢をなおし、眼鏡の奥でニヤリと笑う。

「これもう、俺がいいんじゃないかな……5四銀」

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