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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第22章 都ノ将棋部、危機再来!?(2016年6月13日月曜)
129/486

129手目 首都工のエース、鮮やかに推理する?

首都工しゅとこう、期待の新人エース、ばん一眞かずまです。よろしくお願いしまーす」

 磐くんは部室のみんなに挨拶。

 風切かざぎり先輩はちょっと心配そうに、

「部外者なんて呼んでよかったのか?」

 と耳打ちした。私もどうかと思うのよね。

 とはいえ、私たちじゃ分からなかったトリックを、磐くんは見抜いているらしい。

 私はそこに期待することにした。

 まずは風切先輩が慎重な態度で、

「ほんとに予想がついたのか?」

 と確認した。磐くんはローラーブレードでぴょんぴょんしながら、

「もちろんですッ!」

 と答えて、もうひと跳ねした。

 

 ぐぎッ


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」

 磐くん、思いっきり足首をひねった。痛そう。

 風切先輩はタメ息をついて、

「そこに座らせてやれ」

 と私たちに指示。私は松平まつだいらと協力して、磐くんを椅子に座らせた。

「いててて……厄年なのかな。どうもうまくいかない」

「自作のローラーブレードなんか使ってるからだろ」

「あ、風切先輩、自作だってよく分かりましたね」

「ロゴもなにもついてないじゃないか」

「ご明察。そしてこれが、今回の預金抜き出しの答えです」

 ん? 答え? ……なにが?

 私たちはポカンとした。

「あ、風切先輩、さては現場に関心のない理論肌ですね」

「……すまん、なんの話だ?」

「3Dプリンタですよ」

 風切先輩はハッとなって、指を鳴らした。

「そうか、3Dプリンタでパーツを自作したのか」

「正解です。モデルは有名メーカーのやつを借りましたけどね」

「なるほど、ってことは……そうか、俺も分かった」

 んー、どういうこと? 私は風切先輩に尋ねた。

「3Dプリンタで、犯人はなにをしたんですか?」

「ハンコの偽造だよ」

「ハンコの偽造? ……さすがに無理じゃないですか?」

「家庭用のしょぼいマシンじゃ無理だが、商業用は印影があればできる」

 えぇ? 私はびっくりしてしまった。

「それってセキュリティ的にどうなんですか?」

「まあ……なんというか、未だにハンコを使ってるのが悪いんじゃないか?」

 風切先輩、元も子もない解釈。でも、先輩はさらに言葉を継いだ。

「とはいえ、家庭用じゃムリだぞ。業務用は100万から1000万クラスまでピンキリだし、店舗で引き出したとなると、おそらく相当高価なマシンを使っている。そのへんの一般人にできる作業じゃない」

 ん? ってことは……磐くんの推理、普通に間違っているのでは?

 さすがに数百万もイタズラに費やさないでしょ。

 私たちのあいだで、解決のテンションが下がった。

 磐くんもこの空気に気づいたらしく、

「あ、その顔は信じてないね。1000万クラスなら首都工にだってあるよ。個人所有だとは限らないじゃないか」

 と反論してきた。

 これには穂積ほづみさんが耳ざとく反応する。

「あ、ふーん、首都工には精密な3Dプリンタがあるんだ。ふーん」

「ちょ、なんでこっちに疑惑を向けてくるわけッ!?」

 私もちらっと考えてしまった――これ、聖生のえるは理工学部の関係者なんじゃないの? 筆跡の偽造、部の監視、ハンコの偽造、どれも最新テクノロジーが絡んでいる。

 となると、真っ先に怪しいのは、理科系で都内最大の規模を持つ私大の電電理科、あるいは国立で理科系トップクラスの首都工業……うーん、勘ぐり過ぎかなぁ。

 磐くんもスネたようなかっこうで、足を投げ出した。

「事件を解決した探偵に、恩を仇で返すのは良くないなぁ」

「とりあえず勾留しましょ。身柄を確保するわよ」

 穂積さん、指をポキポキ。

「えぇッ!?」

「冗談よ。で、ハンコの偽造が3Dプリンタだとして、通帳は?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「ごめん、そっちは考えてなかった」

 全員ずっこける。

 穂積さんは腰に手をあてて怒った。

「あのさ、それじゃあハンコの偽造が正しい推理かどうかも分かんないでしょ」

「ハンコは自信があるよ。だって、ハンコは教授のところにあるんだろ? 持ち出すのはリスクが高い。でも、3Dプリンタだったら、印影から推測して作れる。指で持つ部分を銀行員が確認することはないからね。素材はなんだっていい」

「素材がなんだっていいなら、紙だって作れるでしょ」

「紙は無理だよ。ゴムとかプラスチックでないと。多層にならないからね」

「さっき『素材はなんだっていい』って言ったじゃないッ!」

「あ、おまえ、さては法学か哲学だな。文系死すべし」

 はいはいはい、そこまで。細かすぎるし、ケンカはNG。

 私はあいだに入って整理する。

「とりあえず、通帳の持ち出した方法を考えましょう」

 風切先輩も同意してくれた。

裏見うらみの言う通りだ。ケンカしてる場合じゃない。ハンコが偽造、という推理はありうるが、通帳はできない。付属の磁気テープはさすがに作れないからな。三宅みやけ、通帳はどこに保管してあった?」

「そこのテーブルの引き出しだ」

「鍵は?」

「かかってない」

 ガバガバセキュリティ。風切先輩は困ったように頭を掻いた。

「だれでも持ち出せるってことじゃないか」

「すまん、ハンコの保管場所が別だから安心していた……」

「いや、三宅は悪くない。事務を任せきりな俺も悪かった」

 たしかに、私たちにも反省の要素はある。

 三宅先輩に事務を丸投げしてしまっていた。

「ハンコが持ち出されたかどうか、顧問に確認できないか?」

 風切先輩の質問に、三宅先輩は渋い顔をした。

「それは難しい。質問した時点で、なにかあったと勘ぐられる」

「それもそうだな……通帳が盗まれたタイミングを考えるしかないか」

 これにはその場にいた全員が同意した。

 と同時に、磐くんは不思議そうな顔をして、

都ノみやこのの将棋部って、部室で活動してないんですか?」

 と、変な質問を飛ばした。三宅先輩は怪訝そうな顔をする。

「もちろんしてるぞ。定例会の日以外も、ほぼ人は来る」

「それで3回も持ち出されるんですか?」

 ん? なんか大事なことを指摘された気がする。

 三宅先輩もハッとなった。

「たしかに……もとに戻す手間も考えると、6回出入りしてるな」

「でしょ? そんなに無人なのかな、と思ったんです」

 ここで穂積さんが挙手。

「そんなに難しくなくないですか? ようは部屋を監視すればいいんですよね?」

 これには三宅先輩が納得しなかった。

「監視すれば、って言っても、簡単じゃないぞ」

「なんでですか? 廊下で見張るとか窓から覗くとか、いくらでもありますよ?」

「トイレなんかで一時退室するのと、そうじゃない場合とを見分けられるのか?」

「……まあ、なんとかなるんじゃないですかね」

 穂積さん、一気にトーンダウン。

「それに、一日中そんなことをしていたら警備員にあやしまれる」

「じゃあ……盗聴?」

 穂積さんのひとことに、私たちは視線を走らせた――この部屋が盗聴されている?

 一方、磐くんは他人事みたいに、

「ありえますねぇ。おーい、犯人、聞いてるかぁ?」

 と大声を出した。

 こらこら、なにやってるんですか。三宅先輩もあわてて止めた。

「磐、静かにしろ」

「だったら筆談にしますか?」

 磐くんはピョンと立ち上がり、ホワイトボードまで慣性移動した。

 黒の水性マジックで、キュッと文字を書く。


 (磐)どこにあると思いますか?

 

 三宅先輩は小考。

 べつのマジックを走らせた。

 

 (三宅)テーブルの引き出し

 

 磐くんはニヤリと笑って、チッチッチッと指を振った。

 

 (磐)盗聴器を隠す場所はだいたい決まってます

 (三宅)もったいぶらずに教えろ

 (磐)盗聴器に必要なものといえば?

 

 クイズかい。私は呆れた。

 ところが、ひとり風切先輩は赤いマジックで、

 

 電源

 

 と書いた。

「正解でーす」

 磐くんはローラーブレードで一回転した。

「しーッ」

「いやいや、これくらいなら大丈夫ですよ。というわけで……」


 (磐)あやしいのはコンセント

 

 なるほど、電源に接続するわけね。

 私たちはコンセントを――どうやって開けるの?

 2つの細い縦穴とにらめっこする。

「ハハハ、甘いね」

 磐くんは笑って、ジャケットからプラスドライバーをとりだした。

 ペン回しみたいにクルクルさせる。

「工具は首都工しゅとこう男子だんしのたしなみッ! 俺に任せてッ!」

 磐くんは手際よくコンセントを開けた。

「……あれ、ないな」

 三宅先輩は、本棚の近くにもコンセントがあると伝えた。

 そちらも開けてみる。

「……ない」

「じゃあアレだ。パソコンを繋いでる一番奥のやつ」

 もう丸聞こえなんじゃないかしら、これ。

 まあ、聖生のえるがプロならさっきみんなが黙った時点でお察しの状態だと思うけど。

 私たちはパソコンのコードをはずして、テーブルをどけた。

 磐くんは最後のひと回しとばかりに、慎重にコンセントのふたを開けた。

「……ない」

 三宅先輩は眉間にシワを寄せて、

「ほんとにないのか? 部品に偽装されてるのかもしれないぞ?」

 と念を押した。

「いやいや、これでも盗聴には詳しいですから。仕掛けたこともありますし」

 はい、犯罪の自白。穂積さんはポキポキと指を鳴らして、

「じつはあんたが犯人ってオチじゃないでしょうね?」

 と迫った。

「ち、ちがうよ」

「あるいは、首都工のだれかなんじゃないの?」

「失礼だなぁ。そもそもコンセントっていうのは第一候補なだけで、まだ隠し場所はあるよ。電気があればいいんだから」

 そう言って、磐くんはパソコンやチェスクロを調べ始めた。

 でも、風切先輩はこれに否定的だった。

「さすがにそれはないだろう。解体中に人が来たらどうするんだ。盗聴器を仕掛けるまでは中の様子が分からないんだから、設置は瞬時に終わる方法のはずだ」

「うーん……気づかないうちに置かれてたものとか、ないですか?」

 全員顔を見合わせる。心当たりはなかった。

 磐くんはドライバーを片付けながら、

「この推理は自信があったんだけどなぁ……ま、いっか。それじゃ、行きましょう」

 と締めくくった。どこに?

 風切先輩も意味が分からなかったらしく、

「どこにだ? ほかに目星があるのか?」

 と尋ねた。

「やだなぁ、首都工の天才技術者が、わざわざ時間を割いたんですよ」

「……すまん、ストレートに言ってくれ」

「焼肉ですよ、や・き・に・く」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………は?

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