表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第22章 都ノ将棋部、危機再来!?(2016年6月13日月曜)
128/487

128手目 残金ゼロ

「おはようございまーす」

 昼休み。午前中で講義を終えた私は、部室へと向かった。

 ドアを開けて、元気よく挨拶――あれ、だれもい……た。

 三宅みやけ先輩が、パソコンのまえでキーボードを打っていた。

 メガネをかけている。

「先輩、ファッションチェンジですか?」

「いや、普段はコンタクトだ」

 あ、そうなんだ。てっきり裸眼かと思ってた。

「事務作業のときは、コンタクトだときつい」

 三宅先輩はメガネをはずして、瞳をマッサージした。

「新人戦の結果整理ですか?」

「それは終わった。会計報告書の作成だ」

 うわぁ、なんかめんどくさそう。

「変な時期に会計報告があるんですね。普通は期末じゃないですか?」

「毎年ランダムで、2、3のクラブに監査が入るらしい。今年はうちが当たった」

「また運が悪いですね……」

 三宅先輩はタメ息をついた。

「無作為に選んでるとは言うが、うちは目をつけられてるんだろうな」

 なるほど、横領の前科があるから、指名されたわけか。

「なにか手伝いましょうか?」

「んー、そうだな。領収書の検算を頼めるか? あと、チェスクロの電池交換だな。古いのはそこの空き缶に放り込んでおいてくれ。、資源ごみの日に出しとく」

 はいはい、おやすい御用で。

 私は三宅先輩から渡された領収書をチェックする。

「そういえば、ほかのメンバーは?」

「休みが潰れまくったから、さすがに羽を伸ばしてるんじゃないか?」

「平日に、ですか? 日曜日に布団から出ない、なら分かりますけど……」

「ちゃーす」

 おっと、松平まつだいらが入室。うわさをすればなんとやらで、続々と部員が集まった。

 風切かざぎり先輩、穂積ほづみさん、大谷おおたにさん、ララさん。

 穂積さんは売店でサンドイッチを買っていて、さっそくパクパクし出した。

 三宅先輩はちょっと安堵したような顔で、

「これだけいれば早く済みそうだ。すまんが、あとで手分けして領収書を整理してくれ」

 と頼んだ。

「あ、拙僧、午後も講義があります」

「ララもだよぉ」

「それは講義を優先してくれ」

 はーい、残りのメンバーで、がんばるぞーッ!

 

 *** 大学生たち、会計中 ***

 

「ふいぃいい、終わりました。10万とんで377円です」

 昼食代とか交通費の計算がめんどくさかった。細かい。

「よし、サンキュ。こいつを部費で落とそう」

 三宅先輩はパソコンをカタカタし始めた。

 私は隣から覗き込んで、

「大学の経理課が払ってくれるんですか?」

 とたずねた。三宅先輩はモニターを見つめたまま、

「いや、顧問から一時的に預かったハンコと一緒に、通帳を銀行へ持って行くんだ」

 と答えた。

「え? 大学生が通帳管理してるんですか? ハンコも?」

「通帳は部長の俺が持ってて、ハンコは落とすときに顧問の教授から借りる。さっき理工学部棟へ借りて来たところだ。ま、だからこそ監査があるんじゃないのか」

 うーん、セキュリティ的に、どうなの。こんなことしてるから横領されるのでは。

「管理が甘い大学なんですね」

 私がそうつぶやくと、穂積さんが割り込んできた。

「チッチッチッ、甘いわね、香子きょうこ。そういうのはワザとやってるのよ」

「ワザと?」

「大学生に管理させとけば、いざなにかあったときに私たちのせいにできるでしょ」

「えぇ……そんなことするかしら」

「するわよ。会社が外部企業にセキュリティを委託するのも、責任逃れが多いんだから」

 ん、今の情報、穂積お兄さんからの受け売りな気がする。

 私が勘ぐっていると、三宅先輩は赤い通帳を取り出して、

「すまんが、大学のATMで記帳してくれないか。残額を正確に知りたい」

 と頼んできた。

「了解です」

 私はサークル棟を出て、大学のATMコーナーに向かう。

 このへんの地域で有名な銀行はだいたい入っているから、便利よね。

 私は列に並んで、自分の順番を待った。

「どうぞ」

 先に入っていた学生が出て来た――っと、この顔は。

星野ほしのくんじゃない」

 私の声掛けに、野球部の星野くんはふりかえった。

 あいかわらず中性的な顔してるわね。

「あ、えーと……こんにちは」

 どうやら私のほうの名前が分からないらしい。しょうがないか。

「最近、どう?」

「最近は、まあ、その……」

「すみませーん、おしゃべりはあとにしてもらえませんか」

 うしろのほうの催促。私は「また今度」と適当に言って、ATMに入った。

 通帳を突っ込んで、記帳のボタンを押す。

 

 ガーガガガ ガーガガガ

 

 三宅先輩、しばらく使ってなかったわね。長い。

 

 ガーガガガ ピーッ

 

 私は出て来た通帳を受け取った。残金は――

 

 0

 

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………は?


  ○

   。

    .


「香子の見間違いじゃないの?」

「通帳の見間違いなんかするわけないでしょ」

 私と穂積さんが話している最中、銀行のドアがひらいた。

 落胆した三宅先輩が出てくる。

「ど、どうでしたか?」

「ダメだ……残金ゼロになってる……」

 私たちは顔を見合わせて真っ青になる。

 そのなかでも、比較的冷静さを保っていた風切先輩は、

「残金がないってことは、移動させた形跡があるんじゃないのか?」

 とアドバイスした。三宅先輩はすでに確認済みなようで、即答した。

「ここ1週間で、毎日10万円ずつ、別の銀行に送金されてる」

 これには穂積さんが大声をあげた。

「ってことは聖生のえるもついに尻尾を出したってわけですね。どこの銀行ですか?」

「穂積は聖生のしわざだと思ってるのか?」

 三宅先輩の質問に、穂積さんは腕まくりをした。

「そんなの決まってるじゃないですか。あいつ以外にいないでしょう」

 まあ、そのへんは私も薄々疑っていた。

「で、どこの銀行ですか?」

「……大円だいまる銀行だ」

 え、めちゃくちゃ大手じゃないですか。

 日本のメガバンクトップ3の一角だ。

 穂積さんはこぶしをふりまわした。

「今度こそ警察沙汰ですよッ! 110番してからダイマルに乗り込みましょうッ!」

「待て待て待て。どうやって警察を納得させる?」

「不正送金なら、刑法の電磁的記録に関する罪に該当します」

「でんじ……よく分からんが、不正送金されたという証拠はないんだぞ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

 私は混乱して、

「ど、どういうことですか?」

 とたずねた。

「俺にも分からん。が、送金処理に異常なところはないらしい」

 私は意味がわからなくなる。

「異常なところがなかったら送金されないと思いますけど?」

 三宅先輩は通帳片手に頭を抱えた。

「窓口送金されてるんだ。犯人は通帳と印鑑を持ってたってことになる」

 ここで穂積さんがいきり立った。

「だったら話が早いですよ。窓口には監視カメラが絶対にあるんですから」

「いや、『まずは警察へ相談してくれ』と言われた」

「ほら、やっぱり警察じゃないですか。あそこに交番があります」

 急いで向かおうとする穂積さんを、風切先輩が押さえた。

「そのセリフは『面倒に巻き込まれたくないから、あとは警察に行ってくれ』って意味だろう。警察に行けば解決するってわけじゃない。それに、俺たちが預けてるのはこのへんの地方銀行だ。メガバンクと揉めたくないってのもあるんじゃないのか」

 三宅先輩もうなずいた。

「ああ、雰囲気的にはそんな感じだった。送金先がダイマルだって分かってから、店員の対応がよそよそしくなったからな」

 むむむ、大人の関係。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 私は三宅先輩に監査の日を確認した。

「今週の金曜日だ」

「あんまり時間がありませんね」

「今度ゼロになってるのが分かったら、正真正銘の廃部だぞ」

 私たちはおたがいに知恵をめぐらせた。

 ここでも穂積さんが積極策。

「はいはーい、とりあえず聖生があやしいと思いまーす」

 それはそう。三宅先輩は、

「聖生が犯人だとは思うが、けっきょく正体を掴めてないじゃないか」

 と指摘した。ところが、穂積さんはこれに二の矢を用意していた。

「そこで、ですよッ! 聖生が工作オタクなら私たちも助っ人を呼びましょうッ!」

「穂積の兄貴なら、さっき連絡を取ったぞ。夜になったら来てくれるらしい」

「今回のは通帳と印鑑が使われた以上、物理的なトリックですからねッ! 多分ッ! というわけで、もうひとり準備しますッ!」

 もうひとりの助っ人? だれかしら?


  ○

   。

    .


 えー、というわけでやって参りましたのは――首都工業大学?

「穂積さん、首都工しゅとこうにツテがあったの?」

「まっかせなさい」

 穂積さんはスマホを確認しながら、どんどんキャンパスの奥へ入った。

 しばらくすると、ちょっと古びた建物に突き当たる。

 中へ入って3階へ。なにやら聞き慣れた音が。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 穂積さんはドアをノックする。

「もしもーしッ! もしもーしッ!」

 電話じゃないんだから――と内心突っ込んでいると、ドアがひらいた。

 中からメガネをかけた男性が出てくる。

「ん? きみたちは……都ノみやこのの将棋部?」

「そうですッ! ばん一眞かずまはいますかッ!?」

「おーい、磐、なんかお客さんだぞ、女の」

「おっと、ついにモテ期到来ですね」

 磐くんはサーッと滑るように部室から出て来た。例のローラーブレードを履いている。

「ん? なぁんだ、都ノの将棋部じゃん」

 都ノで悪ぅございましたね。とりあえず穂積さんに任せる。

「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」

「内容は?」

「それはあとで教えるから」

「あのさ……俺も忙しいんだけど」

 忙しくはないと思うなぁ。とはいえ、依頼の中身が分からないのだから、当然の反応。

「手伝わないと、どうなるか分かってるわよね?」

「全然、分かんないよ」

 穂積さんは、ひじでコンコンと松平を小突いた。

「ん? ああ……いててて、このまえ磐にぶつけられたところが……」

「ぴ、ぴんぴんしてたじゃないか」

 私も穂積さんに催促される。

「いたたた……このまえから微妙に首が回らないのよね……」

 穂積さんは分厚い六法をめくりつつ、

「これは事故の後遺症ね。民法710条で慰謝料請求しなきゃ」

 と、なんだかもっともらしいことを言い始めた。磐くんは青くなる。

「ちょ、ちょっと待ってッ! 今月はもうお金ないよッ!」

 やっぱりね。ガラスケースは磐くんの個人弁償になった模様。

 穂積さん、交渉開始。

「うーん、今回の件で手伝ってくれたら、チャラにしてあげてもいいんだけどなぁ」

「くぅ、これじゃ当たり屋じゃないか」

 いやいやいや、当たりに行ってないから。そっちが当たって来たから。

 校内で走り回るのが悪い。というわけで、人員確保に成功。

 私たちは磐くんを最寄り駅に連行する。

 磐くんはスイーッとローラーブレードで速度を緩めながら、

「で、俺になにを手伝って欲しいの?」

 と尋ねた。穂積さんは声を落とす。

「いい、今から話すことは、だれにも言っちゃダメよ。っていうか架空の話」

「はいはい」

「はい、は一回」

 穂積さん、ごにょごにょ説明。

「ふーん……という事件が、都ノ将棋部であったわけだね」

「そうそう……じゃないってば。架空の話だって言ってるでしょ」

 そんなの信じるわけないでしょ。部外に漏らしたのは悪手なのでは。

 磐くんはその場でクルクル円を描きつつ、

「ははーん、で、俺に手伝って欲しいってわけだ」

 と、ご満悦のようすだった。

「ただし、解決できなかったら慰謝料請求するから」

 こらこら、穂積さん、そういう脅迫は――

「ハハハ、悪いけど、もう分かっちゃったよ、トリック」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ