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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第21章 2016年度新人戦(2016年6月12日日曜)
126/489

125手目 成立しなかったオチ

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 盤上に歩が打たれた。

 これ……も手抜けない。

 私は取ろうと腕を伸ばす。そして、血の気が引いた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ハマってる。

 8五同歩、4五銀、同銀、8五飛がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 十字飛車――太宰だざいくんが言ってた「ライン」って、このこと?

 よくある筋なのに見落としてた……っていうか、あの段階では見えなかった。

「ところで、さっきの切り裂きジャックについてですが……」

「ちょ、ちょっと静かにして」

「あ、失礼しました」

 私は前傾姿勢で読む。8五歩を手抜いて……ムリだ。8六歩と取り込まれたら、それこそ終わり。4五銀のほうを手抜くしかない。8五同歩、4五銀に同銀と取らないで……7三歩成かしら。後手は当然に5六銀を決めてくる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 この局面で、どう指すか。

 5六同歩が普通……だけど、4四歩と収められた局面は、私の陣形だけバラバラ。

 となると……先に4四歩、同銀と崩してから5六歩。この順ね。

 以下、8五飛にうまい切り返しがあればいい。8六歩、4五飛、6三と、同金、7二角みたいなのが決まってくれればいいんだけど……5四金と上がる手があって、これをきっちり崩すのが難しいかもしれない。

 例えば5五歩、同銀、同金、同飛みたいなのは考えられる。そこで2四歩……ん? 意外と後手も厳しい? 5八飛成に5九銀打と手堅く受けておけば……さすがにムリか。よく見たら、5六の地点を開けた時点で6五角の飛車金両取りが成立してしまっている。それに加えて、最初の6三とを同金とせずにける手も考えられた。

 私は8五飛に8六歩の路線を切り捨てた。ほかの手を練る。

「……8五同歩」

「なにか閃いたみたいですね。4五銀」

 私は7三歩成と成り込む。

 5六銀、4四歩、同銀、5六歩、8五飛。

「7六角」


挿絵(By みてみん)


 これが回答。かなり不安定だけど、攻防に効いている。

 太宰くんは急にマジメな顔になった。

「なるほど……これは一理あるな。すごい」

 いきなり褒めてきた。お世辞かと思ったけど、すなおに感心しているらしい。

 なんかほんとに推理好きな印象。

「いい手でお返ししたいですね」

 悪手希望――なんだけど、4五飛のスライドかな、とは思う。

 普通に厳しいし。

「べつに4五飛でもいいんですが……予定通りだし……」

 太宰くんはそう言いながら、持ち駒のほうへ手を伸ばした。

 え? なにか使うの? 言ってることとやってることが違うじゃないですか。

 不審に思った矢先、太宰くんは桂馬をつまみあげた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 うッ……全然読んでない手がきた。

 桂捨て……よね。同金、同飛が狙いなのは、まあ読める。と金も抜けそうだし。

 無視して8五角だと? 次に5二角成まであるわよ?

 8五角、8七桂成……詰めろだから受けないといけない。7八銀みたいなのは、8八金以下で追われて無駄打ち。だから6九玉として……ん?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………4七角ッ!?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ぐッ……痛恨の王手飛車……玉の退路が悪すぎる。

 まさかのダブルラインだった? あの時点でここまで読んでたの?

 ……いや、それはないか。7六角は読んでなかったっぽいし。

 となると、その場で対応されたというオチに……ぐぬぬ。それはそれで癪だ。

 私は顔をあげて深呼吸した。

 都ノみやこののメンバーは、全員私の応援に来ている。風切かぜぎり先輩だけ姿がなかった。

 お茶を飲んでリフレッシュ。続きを考える

「……8八歩」


挿絵(By みてみん)


 一回8筋を収めたい。

 金桂交換は、局面を収める代償としては問題ないという判断だ。

「その手も面白いです」

 太宰くんはさらに1分を投資して、8七桂成とした。

 同歩、8六歩。

 ここが正念場。必殺の一手をさぐる。

 角筋は後手陣に貫通しているのだから、なにかあるはずだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? もしかして、王様が4一にいると技が決まりそう?

 後手玉の位置が4一なら、8五角、8七歩成(詰めろ)に対して、5二角成、同玉、8二飛の王手から8七のと金を抜く順がある。


【後手玉が4一にいたと仮定した場合の参考図】

挿絵(By みてみん)

 

 ある……けど、現実の王様は4一じゃなくて3一にいるわけで……困った。

 むりやり捨ててズラす? 例えば4一銀とか?

 4一銀は詰めろなのよね。手抜けない。同玉、8五角、8七歩成、5二角成、同玉、8二飛、4一玉、8七飛成……小康状態にはなるわね。

 私はチェスクロを確認した。持ち時間は、残り13分。手数はまだそんなに多くないけど、どのみち100手行くか行かないかだと思う。どちらが勝つにせよ。

「……4一銀」


挿絵(By みてみん)


 打つしかない。8六同歩はジリ貧だ。

「うーん、3連続で面白い手ですね……Dクラスの対局も見ておけばよかったかな」

 お世辞を言ってる場合じゃないでしょ。態度決定してくださいな。

 まあ、取るしかないと思うんだけど。見落としなら3二銀成で詰むし。

「こうして、ああして……これで解決かな。7八歩」


挿絵(By みてみん)


 ……? 同玉、8七歩成が王手だから8五角って取るヒマがないってこと?

 右サイドが空いてるんだから6九玉で受かって……あれ?

 私は持ち駒を確認した――歩と桂馬としかない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 4七角をはじける駒がないッ!?

「さすがに今回は面白い手がないと思うんですよねぇ」

 うるさーい、シャラーップ!

 私は懸命に読む。6九玉、4七角、5八桂、4一玉、8五角(ここで5八の合駒が金か銀なら4七の角を払う手があった)、2九角成……こ、これはさすがに勝てない。

 かと言って、飛車を取らない手は……あッ! 4九飛があるッ! 4九飛で角に狙いを定めて……ご、後手は4五飛があるのか。4六歩と止めても同飛に4六同桂(王手放置)とできないからおしまいだ。

 合駒が悪過ぎる……銀か金があれば簡単に受かる順なのに……。

 私は残り10分を切るところまで考えて、同玉と取った。

 8七歩成、6七玉(同角は4一玉のあとが完全にオワコン)、7八銀、5七玉。

「4六金です」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………こっちもオワコンだった。

「ま、負けました」

「ありがとうございました」

 私の投了と同時に、ギャラリーから声が漏れた。

「まあ……残当ざんとうかな……」

「投了図以下は、どうなるんだ?」

「同玉は4五飛。4八玉なら4一玉、8五角に3七銀から圧迫して勝ちだろ」

 私と太宰くんのあいだでは、しばらく沈黙が続いた。

 負けた私から声をかけないといけないのは分かっている。でも釈然としない。

「……どこが悪かったかしら?」

「7五歩以下はほとんど必然なので、攻めが成立してないんだと思います」

 ばっさり。とはいえ、反論もできない。現に手の変えようがなかった。

 私が感想戦に苦心していると、ギャラリーのなかから氷室ひむろくんが顔をのぞかせた。

「あ、終わってるね。どっちの勝ち?」

「僕」

「うーん、つまんないなぁ」

「真犯人の意外性がなかったかな?」

「太宰くんの首が盤に乗っかってるレベルじゃないとね」

 大事件なんですが、それは。

 くぅ、こいつら、A級の貫禄みたいな会話しちゃって。

 この恨み、晴らさでおくべきかッ!

場所:2016年度 関東将棋連合新人戦 4回戦

先手:裏見 香子

後手:太宰 治虫

戦型:ムリヤリ矢倉(後手雁木)


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲6六歩 △8五歩

▲7七角 △6二銀 ▲2五歩 △3三角 ▲6八銀 △6四歩

▲7八金 △6三銀 ▲4八銀 △3二銀 ▲4六歩 △4二玉

▲4七銀 △5四銀 ▲5六銀 △3一玉 ▲5八金 △5二金右

▲6九玉 △7四歩 ▲7九玉 △7三桂 ▲6七金右 △4四歩

▲3六歩 △4三銀上 ▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲3七桂 △3二金 ▲2九飛 △8一飛 ▲4五歩 △同 歩

▲同 桂 △4四角 ▲1五歩 △同 歩 ▲7五歩 △6五歩

▲7四歩 △8六歩 ▲同 歩 △6六歩 ▲同 角 △同 角

▲同 金 △8八歩 ▲同 金 △8七歩 ▲同 金 △8五歩

▲同 歩 △4五銀 ▲7三歩成 △5六銀 ▲4四歩 △同 銀

▲5六歩 △8五飛 ▲7六角 △7五桂 ▲8八歩 △8七桂成

▲同 歩 △8六歩 ▲4一銀 △7八歩 ▲同 玉 △8七歩成

▲6七玉 △7八銀 ▲5七玉 △4六金


まで82手で太宰の勝ち

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