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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第21章 2016年度新人戦(2016年6月12日日曜)
122/486

121手目 タダ

「……1五歩」

 私はチェスクロを押す。矢追やおいくんはあまり驚かずに、

裏見うらみさんらしい手かな」

 とつぶやいた。

 私らしいとからしくないとか以前に、どのみち6五歩以下の攻めがある。

 こちらは動くしかない。

 この手に1五同歩、同香、同香、同馬、6五歩が本命。以下、同歩は6六歩、同金、3九角で困るから、2七香と即座に反撃して、6六歩、同金、3九角。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 私はこれが本線だと見ている。先手にとって一番厳しい。

 1八飛、1七香、3八飛、5七角成みたいなのは全然勝負にならないし、1八飛にはそもそも1四歩と打たれる恐れがあった。同馬は1三香で串刺しになる。


 パシリ

 

 矢追くんは1五同歩と取った。

 同香、同香、同馬。

「6五歩……これで裏見さんがどう対応するかな」

 私は黙って2七香と打ち返す。

 矢追くんはふんふんとうなずいて、

「なるほど、そうきたか」

 とつぶやいた。

 あちらも本線で読んでいたようだ。対応は早かった。

 6六歩、同金、3九角と進む。

「6八飛」


挿絵(By みてみん)


 これでしのぐ。この手は矢追くんの予想からハズれていたらしく、

「ん? いいの?」

 と怪訝そうな顔をした。

 たしかに、あまり考えない順だ。5七角と成れるし、それが4七の銀当たりになっていて厳しい。銀を逃げたら6八馬、同金、1八飛がある。

 矢追くんは真剣に考え込んだ。

「……攻め合い?」

 ノーコメント――まあ、合ってるけど。

 私の狙いは5七角成に2四歩だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 以下、6八馬は2三歩成、同銀、同香成、同金、2四歩でどうか。

 2四歩の攻めと6八金の手戻し、両者の比較はむずかしい。けど、6八金はその瞬間1八飛と打った手が馬金両取りでダメだと判断した。怖くても2四歩と置く。後手は7八馬と一回王手しても、同金で次に両取りの王手はかけられない。

 矢追くんは体を前後に揺すって、盤面をじっと見つめた。

「……成立してるのか」

 してる……かな? そこまで自信はない。そういう意味では、1五歩よりも6八飛のほうが私らしい手だ。リスクを取っている。

 矢追くんはそこから2分ほど考えて、5七角成とした。

「2四歩」

「同歩」


挿絵(By みてみん)


 むッ……6八馬じゃなかった。こんどはこっちが予想をハズされた。

 とはいえ、どちらかといえば同歩のほうが自然だ。第2候補で読んである。

「2三歩」

 私は滑らせるように歩を打ち込んだ。

 プラ駒特有の音がする。

 矢追くんは、この手をひどく意外に思ったらしい。

「2三歩? 同銀で?」

 さあさあ、この手はむずかしいわよ。我ながら会心の構想。

 どういう構想かはヒ・ミ・ツ。

 私は読みを入れる。この順は気づかれないはず。多分。

 ただ、必ず突っ込んで来てくれるとも限らなかった。途中に分岐がある。

「2三同銀、2四香、同銀、同馬の交換で収めるつもり?」

「……」

「いや、まあ、答えが返って来ないとは思うんだけど……2三同銀」

 2四香、同銀、同馬。

 矢追くんは2三歩と打って収めた。

 私は悠々と敵陣に馬を入る。


挿絵(By みてみん)


「それはさすがにあると思ったかな。奇策ってほどじゃないね」

 矢追くんはちょっと拍子抜けしたような感じだった。

 10秒ほど追加で考えて、4七馬の駒得を選択した。

 このまま3七馬と回収して、入玉を確実にするつもりだろう。

「4四歩」

 とりあえず味付け。

「同金」

 よっしゃあ、私は金をグイッと前に押し出した。


挿絵(By みてみん)


「ッ!! 金捨てッ!?」

 これが秘策。強制的に飛車先を通す。

 4四歩を入れたのは、6五歩の止めに4四金を用意するためだ。これがあるから5五金は取らざるをえない。

「同金は6三銀があるから、同銀の一手か……まいったな」

 矢追くんは困ったような顔で5五同銀とした。

 6三飛成、9二飛、3三歩。


挿絵(By みてみん)


 大攻勢。

 あとは入玉に気をつけるだけ――なんだけど、可能性は低くない。

 私の拠点は3七の桂馬しかないからだ。しかも馬に圧迫されている。

「冷静に考えれば、僕の駒得だよね。3三同金」

「1四歩」

 脱出できそうなところを押さえてみる。

 矢追くんは4二銀で馬をいなしてきた。とりあえず攻めるしかない。

「1三銀」


挿絵(By みてみん)


 工夫に工夫を重ねる。

 1三同桂なら同歩成、同玉に4二馬だ。同龍、3三龍と滑り込んで、いきなり詰めろになる。あるいは、1三同桂、同歩成、同玉に対して安全に2五桂打と繋いでもいい。どちらも寄るはず。

「3二玉」

 矢追くんは王様を逃げた。さすがにさっきの順にはならないか。

 とはいえ、これもいきなり詰めろがかかるのよ。

「5二龍」


挿絵(By みてみん)


 一見筋が悪い。9二に隠居した飛車と龍の交換だから。

 でも、これは4二馬までの詰めろになってるし、5二飛、同馬なら3二飛までの詰めろになっている。

 80手台で高度な詰めろがかかったことに、私は大きな自信を持った。

 矢追くんも容易ではないと見たらしく、長考に沈む。

「まいったな……でも活路はある……はず」

 矢追くんは3一金と打った。

 4五桂(同金なら4二馬、同金、4一銀、3一玉に3二歩)、4三金寄。


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……私の手が止まる。微妙なかたちになってきた。

「……2二歩」

「粘り勝ちかな。4五金」

 2一歩成、3三玉、3一と、5一銀、同龍。

 矢追くんは王様を脱出させる。

「4四玉」


挿絵(By みてみん)


 私は苦吟した――入玉は一見して止まらない。

 でも、止めないと負けになる。私のほうから入玉は無理だ。

 残り時間を確認する。私が13分、矢追くんが8分。

 差はあるけど、使い方を間違えたかもしれない。

 罠にハメる目的で早指ししたのが仇になった。結果的にハメ切れていない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「3二と」

 もういちど工夫。

「駒が足りないのに、と金攻め……なにかあるね」

 矢追くんはまた30秒使った。同飛とする。

「5二銀」

 これで絡め取る。

「4一龍狙い? ……じゃあ攻めるよ。8四桂」

 私は4三銀不成とする。これは4三銀成と違って横にスライドできない。

 同玉、5四金、3四玉。

「2一龍ッ! これがあるわよッ!」


挿絵(By みてみん)


 変則詰めろ飛車取り。次に2四金、同歩、同龍までだ。

 矢追くんはひたいに手をあてた。

「いたたた……そんなのがあるのか……だけど、入玉阻止にはなってないよね」

 ぎくり。

「点数も足りてるし、このまま逃げ切るよ。2五玉」

 立たれると、厳しい……2三龍だと王手は追う手だから……3二龍。

 私は飛車を回収した。すぐさま7六桂が跳んでくる。

 9八玉、3六玉、2三龍、2六歩。


挿絵(By みてみん)


「これでオッケーかな」

「……」

 矢追くんはチェスクロを押して、視線を私の陣に移した。

 完全に入玉したと判断したらしい。

 一方、私は両手のひらを合わせ、それを口もとにそえると、1〜3筋のあたりを念入りに凝視した――これ、入り切れてなくない? もちろん、パッと見では入っているように感じられなくもない。でも、どこか違和感があった。

 私は5分を切るところまで読みふける。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………これだ。

「3九桂」


挿絵(By みてみん)


 私の棋歴がおぼえた違和感……その正体はこれだ。

 オカルトじゃなくて、きちんとした理由がある。後手は7段目に効く金駒かなごまがない。これはめちゃくちゃ重要だ。例えば、3九桂に3七玉と突っ込んで来たら、そのまま2六龍と切れる。以下、同玉なら2七金、2五玉(1五玉は1六歩、2五玉、2四飛まで)、2四飛までの詰み。かといって、3八玉と上がったりするのはどう見てもこちらの勝ちだ。馬を抜けば入玉は成立していない。

 それと、もうひとつ――

「しまった。この桂打ちがあるのか……3八馬」

 私は1七金と置いた。


挿絵(By みてみん)


 この手もある。

 2六にいるのが銀なら成立しなかった。

 私は、矢追くんの歩打ちが悪手だったと確信した。


 ピッ

 

 秒読み。

 状況がマズいことに気づいたらしく、矢追くんはあせった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「に、2五香ッ!」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

 私は10秒ほど読みなおして、そのまま同龍と取った。


挿絵(By みてみん)


「もしかして打った意味なしッ!?」

 はい、ないですね。同玉は2三飛と深めに打って詰みます。

「さ、3七玉」

 あとは追い回すだけだ。

 2六龍と引き、4八玉に5八飛と打って馬を消しにかかる。

 3九玉、3八飛、同玉、1六角、4七玉。

 私は1分余した状態で、玉頭をたたいた。

「4八歩」


挿絵(By みてみん)


 矢追くんは深く息をついた。

「これはヒドい……投了」

「ありがとうございました」

 私は一礼して、お茶を飲む。3回戦進出決定。

 矢追くんはなかなか立ち直れないらしく、感想戦はしばらく始まらなかった。

 投了図からは同玉、4九香(!)、5七玉、3七龍まで。

 ポカで渡した香車が効いて詰むのは、ツラいものがある。

「裏見さん、けっこうサドっ気があるね」

 第一声がそれかい。私はあきれつつ返す。

「2六歩は節約だったの?」

「まだ6段目だから、サイドに金駒かなごま使うのもどうかな、と思って」

「たしかに、先手も金があるから押さえ込めないかたちじゃなかったけど……」

 矢追くんはあまり感想戦をする気がないのか、椅子にもたれかかった。

「絶不調だなぁ。オカ研一本に絞ろうかな」

「おかけん?」

「うちの大学、『超常現象究明会』っていうのがあって、オカルトを科学的に解明するクラブがあるんだよ。そういえば、駒桜こまざくら市って日本じゃけっこう有名なUFOスポットなんだけど、どう、宇宙人の友だちとかいないの?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「いないわね」

「アハハ、だよねぇ。それじゃ、3回戦応援してるよ」

場所:2016年度 関東将棋連合新人戦 2回戦

先手:裏見 香子

後手:矢追 康一

場所:電電理科大学


▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △4二銀

▲6八玉 △5四歩 ▲3三角成 △同 銀 ▲5三角 △4四角

▲同角成 △同 歩 ▲4三角 △3二角 ▲同角成 △同 金

▲7八銀 △5二金 ▲4八銀 △6二銀 ▲4六歩 △4三金右

▲4七銀 △4一玉 ▲5八金右 △5三銀 ▲3六歩 △5五歩

▲7九玉 △3一玉 ▲6六歩 △5四銀 ▲8八玉 △2二玉

▲3七桂 △7四歩 ▲6七金 △6四歩 ▲1六歩 △1四歩

▲9六歩 △9四歩 ▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩

▲7一角 △7二飛 ▲3五角成 △3四銀 ▲2六馬 △3五歩

▲1五歩 △同 歩 ▲同 香 △同 香 ▲同 馬 △6五歩

▲2七香 △6六歩 ▲同 金 △3九角 ▲6八飛 △5七角成

▲2四歩 △同 歩 ▲2三歩 △同 銀 ▲2四香 △同 銀

▲同 馬 △2三歩 ▲5一馬 △4七馬 ▲4四歩 △同 金

▲5五金 △同 銀 ▲6三飛成 △9二飛 ▲3三歩 △同 金

▲1四歩 △4二銀 ▲1三銀 △3二玉 ▲5二龍 △3一金

▲4五桂 △4三金寄 ▲2二歩 △4五金 ▲2一歩成 △3三玉

▲3一と △5一銀 ▲同 龍 △4四玉 ▲3二と △同 飛

▲5二銀 △8四桂 ▲4三銀不成△同 玉 ▲5四金 △3四玉

▲2一龍 △2五玉 ▲3二龍 △7六桂 ▲9八玉 △3六玉

▲2三龍 △2六歩 ▲3九桂 △3八馬 ▲1七金 △2五香

▲同 龍 △3七玉 ▲2六龍 △4八玉 ▲5八飛 △3九玉

▲3八飛 △同 玉 ▲1六角 △4七玉 ▲4八歩


まで131手で裏見の勝ち

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