表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第20章 新宿将棋大会(2016年6月5日日曜)
110/486

109手目 端角退治

挿絵(By みてみん)


 これは……棒銀。ララさん、これしか知らないって言ってたし、それもそうか。

「6四歩」

 私は腰掛け銀を目指す。

 2六銀、1四歩、1六歩、4四銀。

 ララさんはこの手をみて、不思議そうな顔をした。

「そういう受けがあるの?」

 今考えました。どうせ30分切れ負けだから、ちゃちゃっと指す。

「すぐに1五歩は角打ちでダメだから……」

 ララさんは9六歩と突いた。

 これは突き返さない。6三銀と進出する。

「先に3六歩だったかな。3六歩」

「5四銀」


挿絵(By みてみん)


「Um umbigo da frente……」

 ララさん、切れ負けに慣れてないみたい。序盤で考えると、あとで不利になるわよ。

「うーん、3七銀かなぁ」

 渋いわね。一歩下がった。

「3三銀」

 私も一歩下がる。

 4六銀、4四歩とステップで組み替えていく。

「Ataque!! 3五歩!」


挿絵(By みてみん)


 あちらから開戦してきた。私は用意の一手をくりだす。

「6五歩」

「ん? 香子、取らないの?」

 取ったら加速するでしょ。

 ララさんはしばらくのあいだ、この手をみつめた。

「……ああ、6四角で、こっちが困る局面が多いんだね」

 ララさんは私の意図に気づいた。でも、3五歩と仕掛けてるから回避できない。

「3四歩」

 同銀、5六歩――うまい止め方だ。6四角に5五歩の遮断を用意している。

 私は3三桂と跳ねた。


挿絵(By みてみん)


「香子も攻撃的だね」

 これは攻める手じゃないわよ。2〜4筋を止めるためだ。

 案の定、ララさんはそのまま2四歩と突いてきた。

 同歩、同飛、2三金で顔面受けする。

「さすがに切るのはダメかな。2八飛」

「2四歩」

「Que? 5五歩〜2一角って打てない?」

 打てないわよ。4三角、同角成、同銀で簡単に消せる。

 ララさん、読んでる手に枝葉が多い印象。

「……これもダメか。6八銀」

 私は3六歩と置いて、先手の陣形を制限した。

「9七角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 そこ? ……そこ? これは読んでなかった。

 っていうか、手の狙いがよく分からない。

 私はうっかり1分ほど使ってしまった。あわてて5二金と受ける。

「7七桂ッ!」

 むッ……そういうことか。5五歩〜6五桂で5三の地点に殺到する気だ。

 そうはさせないわよ。

「4二玉」

「Wow……角筋に入るんだ」

 ガチンコで、って言いたいところだけど、これ以外に適当な受けがなかった。角を4二や6二に打つわけにもいかない。ただ、ちょっと怖いかたちになったのは事実。ララさんの9七角は、野生の手だけど破壊力がある。

「ん〜、5筋をコジ開けたくなるぅ。5五銀」


挿絵(By みてみん)


 ですよねぇ――困った。同銀はない。同銀、同歩のあと、5四歩と伸ばされたら私の陣は崩壊する。同歩とできないし、放置は5三歩成〜5四歩の叩きが生じる。

 ララさんはコーラのペットボトルを開けて、ニヤリと笑った。

「香子、困ったんじゃな〜い?」

 いやいや、まだあわてるような時間じゃない……はず。多分。

 ちょっと深呼吸して考えなおす。飲み物を買い忘れたのが痛い。

「……6三銀」

 とりあえず撤退してみる。

「6五……」

 ララさんは桂馬を跳ねようとした。手をとめる。

「……こっちのほうがいっか。4四銀」


挿絵(By みてみん)


 ふむ、この手はある程度予想していた。

 6五桂は4三銀と下がって、この瞬間は5五の銀が立ち往生している。銀と桂馬のどちらか一方を封じればいいわけだ。ララさんはそれに対抗して、銀を先に進出させてきた。次こそ6五桂の狙いだと思う。

「4三銀」

 桂馬を跳ねられるまえに消す。

「危なくない? 3五銀」

 ララさんは、2四銀からの2筋突破を目指してきた。私はすぐさま対応する。

「2五桂」


挿絵(By みてみん)


 ララさんは前髪を手で押し付ける。

「Boa idéia……と言いたいけど、桂馬が死なない?」

 これは半分賭け。ここまでの消費時間は、私が10分、ララさんが16分。ララさんは時間を使いすぎだ。この手に長考してくれてよし。切れ負けで6分差は大きい。

「う〜ん、3八歩」

 私は深読みせずに1五歩と突っ込む。

「Que é isto?」

 なにを言ってるのか分からないけど、悩んでるのは分かる。悩め悩め。

 ぶっちゃけた話、この手は時間稼ぎの保険だ。桂馬は取りきられちゃうと思う。

「歩がないから大丈夫だと思うけど……同歩」

 私はノータイムで5四銀右と出た。

 このあたりで、ララさんはようやく私の狙いに気づいた。

「時間切れ勝ちするつもり?」

「……」

 ララさんは両手をあげて、大げさに首をふった。

「香子、見かけによらず、けっこうセコイんだね」

 そういう言い方しなくてもいいじゃないですか。

 子どもの頃からつちかってきた勝負術なのにぃ。

 とはいえ、これでまたララさんの時間がけずれていく。

「そうと分かればサクサク指すよッ! 4六銀ッ!」

 ララさんは4五銀の進出を拒否した。私は3四金と上がって盛り上がる。

 2六歩、9四歩、2五歩(取り切られた)、同歩、5五歩。


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……ここは我慢。

「6三銀」

 ララさんは桂馬を手にした。5四桂のゴリ押しが痛いかなぁ。同銀、同歩はかなり面倒なことになるから、王様を逃げるしかないと思う。

 そう考えた矢先、ララさんは桂馬を持ち駒にもどした。

「……5七銀上」

 自陣を整備してきた。攻め切れないとみたらしい。

「だったら反撃ッ! 9五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 角を打たれたときから、ずっと狙っていた筋だ。角の頭は丸い。

「取るとスピードアップ……5六銀」

 9六歩、7九角、9七歩成。

 がんがん押し込む。

「同香、同香成、同角、9二飛、9八歩でもいいけど……4五銀かな」

 ララさんは4五銀直と立った。攻め合いに持ち込むつもりらしい。

 私は残り時間が12分なのを確認して、8七とと寄った。

 同金、9九香成、3四銀――かと思いきや、ララさんは金を回収しなかった。

「先に9三歩」


挿絵(By みてみん)


 ほぉ……9二飛の阻止を優先しましたか。冷静。

 私も冷静に8九成香とする。

「逃げるところがビミョー」

 ララさんは迷った。動かせる場所は9七、6八、5七、4六のどこかだけど、6八は直感的にない。5三の地点に狙いをしぼるなら9七角。でも、5七が完全に空くのは気持ちが悪いと思う。なにかあって5七銀or金と置かれたら身動きが取れなくなる。

「5七角」

 なるほど、5七に放り込まれるのを嫌った。それだけじゃなくて、7五角出も見てる。

 となれば、ここを突いておきましょう。


挿絵(By みてみん)


「同角……は7八角だね。3四銀」

 同銀、4六桂で攻め合いに突入。いったん2三銀と逃げておいた。

「Oportunidade!! 5四歩!」

「これを見落としてるわよッ! 5五香ッ!」


挿絵(By みてみん)


 この手を見て、ララさんはアッとなった。

「し、しまった……取れない」

 取ると6七歩成が決まる。かと言って、放置もできないはずだ。

 ララさんは30秒ほど考えて、5三歩成と成り込んだ。

 同金、6六角、5六香。

「あ〜ヤバいよヤバいよ〜、5八歩」

 私は勢い良く7八角と放り込む。


挿絵(By みてみん)


 たしかな手応えを感じる。金取りだ。

 ララさんも劣勢を自覚したらしく、ノータイム指しを始めた。

「脱出ぅ! 1一角成ッ!」

 5七歩、6六馬、5八歩成、同金、5七歩、5六馬。

 そっちか。3七の地点が通れないから、上部脱出ってわけね。

 切れ負けじゃなきゃ、じっくり考えたいところだけど……残り時間は5分。

「5八歩成」

 分かりやすいところまでは早指しで。

 同玉、6九銀、5七玉、5八金、6六玉、8七角成。


挿絵(By みてみん)


 ここでララさんの手が止まった。脱出の仕方に迷ったのだ。

「っていうか、脱出できるのかな、これ……」

 ララさんは1分を切った。

「に、2五飛」

 おっと……さすがに考えただけあって、いい手だ。

 一番詰みに絡みそうな位に利かせている。

 ということは――


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ララさんは天を仰いだ。

「Oh my god……カラ過ぎ。投了」

「ありがとうございました」

 私が一礼すると、うしろから背中を叩かれた。

「香子、なかなかやるじゃない」

 ふりかえると、火村ほむらさんが上機嫌で笑っていた。

「そっちは?」

「あたしは勝ちぃ。メイドは負けぇ」

 むむむ、たちばなさん、負けたのか。この大会、レベル高いかも。

 私と火村さんの会話が聞こえたらしく、ララさんは、

「これで優勝はないっぽいね」

 とタメ息をついた。まあ、こういう形式の大会は全勝じゃないと厳しい。

「6六歩でシビれたかなぁ」

 感想戦が始まる。とりあえず局面をもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「同歩は7八角……同角なら、香子はなに指した?」

「7八角か6四香だと思う」

 どっちを指しても似たような展開になりそう。例えば、6六同角、7八角、8六金には6四香と打つ。5七角と逃げるのは6七香成だ。かといって、6四香に6五桂とガードしても、そのまま同香、同銀、6七角成とできる。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これは後手勝ちだ。ララさんも劣勢だと判断したのか、

「中盤で悪いね。Para se render」

 と、熱が入らないみたいだった。周囲も感想戦はそこそこで済ませてしている。

 連続対局だから、私も休憩時間をとりたかった。

「ララさん、また大学の部室で検討しない?」

「OKだよ。Muito obrigado。がんばってね」

「ありがとうございました」

場所:新宿将棋大会

先手:南 ララ

後手:裏見 香子

戦型:角換わり棒銀


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △3二金

▲7八金 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲7七銀 △3三銀

▲3八銀 △6二銀 ▲2七銀 △6四歩 ▲2六銀 △1四歩

▲1六歩 △4四銀 ▲9六歩 △6三銀 ▲3六歩 △5四銀

▲3七銀 △3三銀 ▲4六銀 △4四歩 ▲3五歩 △6五歩

▲3四歩 △同 銀 ▲5六歩 △3三桂 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △2三金 ▲2八飛 △2四歩 ▲6八銀 △3六歩

▲9七角 △5二金 ▲7七桂 △4二玉 ▲5五銀 △6三銀

▲4四銀 △4三銀 ▲3五銀 △2五桂 ▲3八歩 △1五歩

▲同 歩 △5四銀右 ▲4六銀 △3四金 ▲2六歩 △9四歩

▲2五歩 △同 歩 ▲5五歩 △6三銀 ▲5七銀上 △9五歩

▲5六銀 △9六歩 ▲7九角 △9七歩成 ▲4五銀直 △8七と

▲同 金 △9九香成 ▲9三歩 △8九成香 ▲5七角 △6六歩

▲3四銀 △同 銀 ▲4六桂 △2三銀 ▲5四歩 △5五香

▲5三歩成 △同 金 ▲6六角 △5六香 ▲5八歩 △7八角

▲1一角成 △5七歩 ▲6六馬 △5八歩成 ▲同 金 △5七歩

▲5六馬 △5八歩成 ▲同 玉 △6九銀 ▲5七玉 △5八金

▲6六玉 △8七角成 ▲2五飛 △2四歩


まで106手で後手の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ