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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第19章 新規募集(2016年5月30日月曜)
103/486

102手目 Cicada3301

「帰ってきた? ……どういう意味ですか?」

 私の質問に、児玉こだま先輩は表情を変えた。うっかりをごまかすような笑顔。

「ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃった。今の言い方は変だったね」

聖生のえるってひと、ご存知なんですか?」

 児玉先輩は、アイスティーをひと口飲んだ。私は黙って待つ。

「僕も直接は知らないんだけどね。30年ほどまえにそういうひとがいた……らしい」

「らしい?」

 はぐらかされてたのかしら。私は迷った。

 大谷おおたにさんとアイコンタクトをかわす。

 もうすこし掘り下げたいから、大谷さんが訊いてみて――無言のコミュニケーションが成功し、大谷さんがバトンタッチしてくれた。

「なぜ30年まえの話をご存知なのですか?」

「大学将棋界では、まあまあ有名……でもないか。もうみんな忘れてる。僕もくわしくは知らないし、都市伝説みたいなもんだよ」

 んー、ごまかされた。

 大谷さん、うまく情報を聞き出してちょうだいな。

「拙僧、都市伝説には興味があります。信心深いもので」

 児玉先輩は、大谷さんの服装をチラ見した。

 お遍路へんろさんの衣装だから、変な説得力があった。

「きみ、そのかっこうで毎日歩いてるの?」

「はい」

 即答した。強い。嘘じゃないからいいんだけど。

 児玉先輩は、よく分からない空気に押されたのか、

「都市伝説って言っても、心霊系じゃないんだよ」

 と白状してしまった。こうなったらこっちのものだ。

 こんどは私が言葉を継ぐ。

「心霊系じゃなくて、なんなんですか?」

 児玉先輩は、ひたいに手をあてて思案した。

 ごまかす言葉を考えているというよりは、ほんとに悩んでいるみたいだった。

「うーん……謎系?」

「幽霊もUFOも、全部謎だと思うんですけど」

 児玉先輩は、私のつっこみに笑った。

「ごめん、オカルトはよく知らないんだよね。隠すようなことじゃないし、もしほんとうに聖生かもしれないから、ちゃんと話すよ。話は、30年まえに戻る。バブル全盛期……いや、ちがうな。バブル前夜か。大学将棋の歴史は長い。当時から、関東将棋連合は存在してたんだよ。そこに聖生のえるは現れた。暗号を持ってね」

 私と大谷さんとララさんは、おたがいに目配せした。

 私が代表してたずねる。

「暗号?」

「そう、カブトムシの暗号で……Cicadaシケイダ3301って知らないかな?」

 私は知らないと答えた。

「世界的に有名な暗号で、まだ誰も解いていない」

「その暗号を、聖生のえるが持ってきたんですか?」

 児玉先輩は首を左右に振った。

「Cicada 3301は2012年に現れた暗号なんだ」

 児玉先輩はスマホで検索して、画面をみせてくれた。

 

挿絵(By みてみん)


 ??? なにこれ?

せみの絵にみえますけど……」

「そう、この画像が暗号になってるんだ」

 私はびっくりした。

「絵の暗号なんて、解けるんですか?」

「じつはかなりの部分までは解読されたんだよ……と言っても、そのあたりは風切かざぎり先輩に訊いて欲しいかな。僕はド素人だからね。で、話をもどすと、これと似たような画像が、1988年の夏、関東将棋連合に送られてきた。カブトムシの絵でね」

「メールで、ですか?」

「当時の連合はパソコンを持ってなかったと思う。NIFTYのパソコン通損が1987年だから、ありえると言えばありえるけど……いずれにせよ、この暗号はもう現物が残ってないんだよ。だから、メールではなかったんじゃないかな」

「となると……ハガキですか?」

 それを確認する術はないと、児玉先輩は答えた。

「噂では、カメラで撮影したOBもいたらしいよ。デジカメの時代じゃないからね。ネガが残ってないんじゃないかな。解いたって話も聞かないし……ひとつだけ分かっているのは、その送り主の名前が聖生のえるだった……それだけさ」

 私たちは沈黙した。めいめい、今の話の意味を考える。

 児玉先輩は、最後のひと口を飲んで、財布をとりだした。

「さてと、今日はこれくらいかな。誰も来ないみたいだし」

 児玉先輩は伝票を手にとった。ララさんはそれを見て、

「いくら?」

 とたずねた。

「今日は僕がおごるよ」

「え? ほんと?」

 児玉先輩は、私のほうを見て微笑ほほえんだ。

「東日本代表の立役者もいるしね」

 お恥ずかしい――でも、おごってもらえるのは助かる。お金がない。

「料理に席代は入ってるよ。時間は気にしなくていい。ごゆっくり」

 児玉先輩はそう言って、レジのほうへ姿を消した。

 私は大きく息をつく。

「ふぅ……意味もなく緊張したわ」

裏見うらみさんは、今のお話をどう思われますか?」

 大谷さんの質問。私はちょっとだけ考え込んだ。

「……嘘じゃないと思う」

「拙僧もそう思います。作り話にしては、できすぎかと」

「そうかなぁ? ララは信じないよ」

 ララさんはそう言って、コーラを飲み干した。

「30年まえでしょ? Codeが残ってないのも変だよ」

 そうかしら。80年代のハガキなんて、そうそう残ってないような。

「そのへんは、風切先輩に訊けば分かるんじゃないかしら。暗号マニアみたいだし」

 私のひとことで、話は打ち切りになった。現物がない暗号を考えてもしょうがない。

 そのあとは、パンケーキを食べ終えて雑談。

 ララさんのお金を使って、ちょっとだけ渋谷で遊んだ。

 帰りは立川たちかわ経由で帰宅。

「今日は楽しかったね」

 ララさんは満足した顔で、親指を立てた。

「今日はごちそうさま。バイト代が入ったときに、また誘って」

「AHAHA、持って持たれて、だよ。いつでもOK」

 ララさんはそう言い残し、モノレールでべつの駅にむかった。

 私と大谷さんは、都ノみやこの大学のそばを通りかかる。

 新緑の季節はすぎて、初夏が訪れていた。

「おーい、裏見」

 ふりかえると、木漏れ日のなかに松平まつだいらが立っていた。風切先輩もいっしょだった。

 松平は、すこし驚いたような顔をしていた。

「裏見たちもグラウンドか?」

「え? なんのこと?」

「今日、硬式野球部の紅白戦があるらしい。全員集まるはずだ」

 なるほど、偵察か。

「タイミングが良かったわ。ちょうど渋谷から帰ってきたところ」

 私の返答に、松平はギョッとなった。

「し、渋谷? だれと行ったんだ? ……まさかほかの男とッ!?」

「はいはいはい、ララさんと大谷さんよ」

 私はあきれかえる。風切先輩もタメ息をついた。

「松平、おまえはもうちょっと余裕を持て」

「あ、はい……」

 そうそう、もっと余裕を――あ、そうだ。

「風切先輩、じつは渋谷で……」

 私は将棋カフェのできごとを伝えた。風切先輩は、興味深そうに話を聞いてくれた。

Cicadaシケイダ3301か……有名な未解決暗号だな。しかし、聖生のえるの暗号は初耳だ」

「そうなんですか? 先輩なら、てっきり知ってるかと……」

「知ってたら、ララのときに別の対応をしてる」

 それも、そうか。あのとき、風切先輩は全然知らないみたいだった。

 でも、暗号マニアの先輩が知らないって、なんか変だな、とも思う。

 私の疑問が雰囲気で伝わったのか、風切先輩は言葉をつけたした。

「俺がアマ棋界に参戦したのは、4月からだ。ほかのメンバーのほうが詳しい」

 ん、そういう持って行き方をされると困る。

 先輩が奨励会を辞めた話は、将棋部のタブー項目1位に輝いている。

 2位は大谷さんの服装かな。

「さて、もうすぐ4時だ。準備をしてるのが1年生だろうから、それを探そう」

 私たちはグラウンドに移動した。ベンチに座っているメンバーが18人。おそらく、今から試合に出るメンバーだろう。レギュラー陣というわけだ。

 このようすを土手から眺めて、風切先輩は困ったような顔をした。

「しまった、1年が準備ってわけじゃないのか」

 そうみたい。準備をしているのは、非レギュラーだろう。学年はバラバラだ。

 けど、ここで松平は知恵を出した。

「比較的重労働なのが1年生じゃないですか?」

「一理あるな……松平と俺でリストアップしよう。裏見と大谷は、なるべく部員の会話をひろってみてくれ。名前が分かるかもしれない」

 風切先輩と松平は、グラウンドを指さしながら、あれこれ議論した。

 あそこでバットを運んでいるのは1年生かも云々。合ってるのかなぁ?

「拙僧、このやりかたが良いようには思えません」

 同意。もうちょっとスマートな方法がありそう。

 ま、それが思いつくまでは地道にやるしかないか。

 私と大谷さんは耳を澄ませて、情報を収集した。

 

「プレイボール!」


 ついに紅白戦が始まった。私たちは野次馬のふりをして、土手の草原に腰をおろす。

 できあがったメモを、おたがいに交換しあった。

 風切先輩は、風になびく後ろ髪をととのえた。

「1年生っぽいのは、このまえの偵察で見かけたメンツばかりだ」

 ここで松平が意見。

「もしかして、野球部を辞めてるんじゃないですか?」

 ありえる。将棋部と野球部で迷ったってことは、野球部のレギュラーじゃないと思う。すくなくとも、野球がめちゃくちゃできてチヤホヤされる人物じゃない。だとすれば、退部している可能性も低くはなかった。

 風切先輩も、同じことを考えていたらしく、

「そうなると、お手上げだな……」

 と答えた。

「拙僧が思うに、監督に直接訊いたほうが早いのでは?」

「できればそうしたいが、どうやって話しかける?」

「そうですね、そこは拙僧が……」

 ああでもないこうでもないと、議論が始まる。

 球場からは、ストライクとボールの掛け声。ときどき打球音。

 私は野球観戦が嫌いじゃない。立ち上がってフェンスのそばに寄ってみた。

 せめてユニフォームに名前でも書いてくれればなぁ。規定で禁止されてるのかしら。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、いいこと思いついた。

 スコアラーの名簿をみればいいんじゃない。なんで気づかなかったんだろ。

 こういうのをライフハックって言うのよね。

 私はフェンス伝いに移動して、一番近くに立っているスコアラーにこっそり近寄った。

 熱心に観てるわね。どれどれ。


挿絵(By みてみん)


 ん?

【詰将棋の出典】

日本将棋連盟公式HP「詰将棋・次の一手」(5手詰・菊地常夫)


【局面作成】

以下のサイトのサービスをお借りしました。

https://sfenreader.appspot.com/ja/create_board.html

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