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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第2章 再始動、都ノ大将棋部!(2016年4月10日月曜・11日火曜)
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9手目 お宝はゲーセンにあり

「というわけで、キャリア設計は、早めに見通しをつけておくことが大切です。まだ実感の沸かない学生さんも多いかもしれませんが、ぜひキャリアセンターへ足を運んで、先輩や教職員の方々から、アドバイスをもらってみてください」

 ひとの良さそうな女性職員さんは、大教室に座る私たちを見渡した。

「質問のあるひとは、あとでこちらへ来てください。それでは、お疲れさまでした」

 一斉に椅子を引く音。

 1年生が、ぞろぞろと教室を出て行く。

 就職活動の大変さを痛感させられて、なんだか憂鬱な気分。

 1年生の初っぱなに、暗くなる話をしなくてもねぇ。

「おーい、裏見うらみぃ」

 聞き慣れた声。ふりかえると、入り口に松平まつだいらが立っていた。

「裏見、待ってたぞ」

「なにが?」

「これから、ゲーセンに行かないか?」

 あのさぁ……私はあきれ返った。

「キャリアセンターの話、ちゃんと聞いてたの?」

「俺は学部が違うから、中には入ってないぞ」

 どうやら、廊下でずっと待っていたらしい。

 とりあえず、ゲーセンに何の用があるのか、と詰問する。

「部員の勧誘だよ」

「勧誘? ゲームセンターで?」

「ほら、スマホのアプリに、将棋バトルウォーズってあるだろ。実はあれ、ゲーセンに機械が入ってるらしいんだ。かよったことないから、俺は知らなかったけどな」

 三宅みやけ先輩の入れ知恵だと、松平は白状した。将棋バトルウォーズで遊んでいる学生を見つけて、それを勧誘しようと言うのだ。段位も表示されるから、こっそり見て確認すればいいというのが、松平たちの意見だった。

「まるでストーカーね」

「なりふりかまっていられないだろ」

 確かに――私たちの部員集めは、難航していた。

 まず、勧誘の方法が難しい。ポスターを貼るというのが一般的だけど、そんなことをしたら全学年に周知されてしまう。3、4年生の入部を断るというのは、できない相談だった。一本釣りしかない。でも、どこに魚がいるのか、さっぱり。教室を見回してみても、将棋をやっている子なんて、全然いなかった。

「うーん……ちょっとだけ、いいアイデアに思えてきたわ」

「だろ? 指し方で性格も分かるし、悪くはないと思う」

「ゲームセンターなんて、どこにあるの?」

 近所にドラムという大きなゲームセンターがあると、松平は答えた。

 三宅先輩が、たまに遊びに行っているところらしい。

「分かったわ。このあと履修説明会だから、夕方に部室で合流しましょう」

「ああ、先に待ってる」


 かくして、夕方の5時――私たちは、ゲームセンターへと潜入した。

 入学早々、ゲーセン通いとは。トホホ。

 お父さんたちに申し訳ない気がしてくる。

「ボードゲームコーナーは2階だ」

 三宅先輩を先頭に、さわがしい店内を闊歩する。クレーンゲームに始まって、対戦型の格闘ゲームやクイズゲームが続く。太鼓を叩いてリズムを取る音楽ゲーも人気だった。みんなゲームに集中していて、あいだを縫うのもひと苦労。

 階段で2階に上がると、【ボードゲーム】と書かれたコーナーが見えた。

 将棋の他に、麻雀の機械も並んでいた。

 麻雀コーナーには、大学生らしきひとが3人ほどいた。ひとりは女性。スポーティーな感じのピンク色のシャツを着た、小柄な女の子だった。頭頂部でまとめ髪に結んでいる。眉毛が細くて、勝ち気な笑みを浮かべていた。

 一方、将棋コーナーには、誰もいなかった。

「良かった。まだ空いてたな」

 三宅先輩はそう言って、4台あるうちのひとつに座った。

「意外と込むんですか?」

 松平の質問。

「曜日による。指してるのは、だいたい常連だ」

 その常連のなかに大学生はいないのか、と松平は尋ねた。

「みんな上級生だと思う。俺が初めて来たときには、もう何人かいた」

「そうですか……じゃあ、俺はとなりに……」

 松平も座って、財布を取り出す。その途中で、顔をあげた。

風切かざぎり先輩は?」

「俺は反対側に回って、対局相手を見る。変なやつだと困るからな」

 なるほど……って、私たちは?

「私と大谷おおたにさんは、どうすればいいんですか?」

「おまえたちは、適当に遊んでおいてくれ」

 えぇ……来た意味なし。不満が顔に出てしまったのか、風切先輩は、

「声をかけるときは、全員の総意にしたい。裏見と大谷の意見も聞く」

 と添えた。私と大谷さんは納得して、どこで遊ぶか相談する。

 そのあいだ、男性陣は早速コインを投入して、自由対局を始めた。

「あそこでバトミントンをしましょう」

 大谷さんが指差したのは、隅っこにあるスポーツコーナー。

 ワンコインで、二人バトミントンを遊べるようになっていた。

「いいわね。やりましょう」

 私はこう見えても、元陸上部。大谷さんは、現役ソフトボール部。

 ちょっと私が不利かな、と思いつつ、係員に入場料を払って準備。

 じゃんけんで、最初のサーブを決めた。私の先手。

「それじゃ、行くわよッ!」


 30分後――

 

「ハァ……ハァ……大谷さん、やるわね……」

「裏見さんこそ、なかなかお上手なようで」

 私は、休憩を提案した。疲れたのもあるけど、将棋のほうが気になる。

 大谷さんも快諾して、係員のひとに、

「1時間500円とありますが、中断はできますか?」

 と尋ねた。おじさんは「ええ」と答えてから、

「ただ、ほかのひとが入ったときは、待ってもらうことになります」

 と告げた。私たちは、べつにそれで構わないと答えた。

 タオルで汗を拭いて、コーナーを出る。

 松平たちは、あいかわらず真剣に指していた。

「どう?」

 松平は画面から目を離さず、

「ダメだ。社会人と、年上っぽい大学生しか来てない」

 と返した。反対側を覗き込もうとしたけど、機械の影で見えなかった。

 パシリパシリと、効果音のようなものだけが聞こえる。

「チェッ、詰みか」

 無精髭のある青年が、向こう側で席を立った。明らかに上級生ね。

 そのひとは頭を掻きながら、あきらめたように1階へと降りて行った。

 松平の画面をみると、5連勝と出ていた。

「やるわね」

「ま、こんなもんだろ。みんな趣味でやってるわけだし」

「それにしても、4月からいきなりゲーセンに来る1年生なんて、いるの?」

「……分からん」

 まったく。計画性がないじゃないですか。

 そう思った瞬間、反対側で物音が聞こえた。

 チャリンとお金を入れる音がする。

「へぇ、対面といめんのひと、5連勝してるんだ」

 ん……女?

 私は気になって、遠回りに反対側へ出てみた。

 どこかで見たことがある……あ、さっき麻雀コーナーにいた子だ。

 女の子はポキポキと指を鳴らして、【対局】と表示されたアイコンを押した。

「よろしくお願いしまーすッ!」

 女の子は、反対側の松平に聞こえるように、大きな声で挨拶した。

 よろしく、と、松平も挨拶した。

 少女は画面にれて、7六歩。パシリと効果音が鳴った。

 3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。

 

挿絵(By みてみん)


 まさかの横歩。

「これは珍しいですね」

 いつの間にか、大谷さんが横に立っていた。

「このゲーム、ほとんどやったことないけど、横歩は少ないの?」

「アマチュアでは、横歩自体が稀少です。それに、設定が10切れなので」

「10切れって? 10秒将棋?」

「10分切れ負けです」

 切れ負けというのは、最初に一定の持ち時間が与えられて、これを使い切るとその瞬間負けになってしまうルールだ。高校の大会でよくあるのは、持ち時間がなくなったあと、一手60秒以内に指さないといけないルール。この場合は、うっかりしない限り、時間切れ負けになることはない。

「切れ負け将棋って、楽しいの?」

「楽しい云々のまえに、通信対戦は長引くとぐだぐだになります」

 なるほど、エンターテイメント性を追求した結果なわけか。

 そんな会話をしているあいだも、局面は進む。

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛。

 さすがに縦歩取りはなかったか。

 3三角、3六飛、8四飛、2六飛、2二銀、8七歩、5二玉。

「5八玉ッ!」


挿絵(By みてみん)


 少女は慣れた手つきで、中住まい模様を選択した。

 2三銀、3八金、7二銀。

 後手の5二玉〜7二銀は、ここ数年で定着した指し方らしい。

 松平は、この局面を指し慣れているはず。

「お兄さん、なかなかやるね。3三角成」

 同桂、7七桂。

 私は横歩を指さないけど……この子、できる。手つきだけでも分かるレベル。

 松平も気になったのか、こちらを覗き込もうとした。

 こらこら、集中する。

 1四歩、7五歩、1五歩。

「8六歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 飛車ぶつけでも7六飛でもなかった。

 松平は、すかさず5四飛と回る。放置でも8五歩だもんね。

 少女は当然に4八銀と堅めた。その瞬間――

 

 パシーン

 

 画面の端で、華々しいエフェクトがはじけた。

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