9手目 お宝はゲーセンにあり
「というわけで、キャリア設計は、早めに見通しをつけておくことが大切です。まだ実感の沸かない学生さんも多いかもしれませんが、ぜひキャリアセンターへ足を運んで、先輩や教職員の方々から、アドバイスをもらってみてください」
ひとの良さそうな女性職員さんは、大教室に座る私たちを見渡した。
「質問のあるひとは、あとでこちらへ来てください。それでは、お疲れさまでした」
一斉に椅子を引く音。
1年生が、ぞろぞろと教室を出て行く。
就職活動の大変さを痛感させられて、なんだか憂鬱な気分。
1年生の初っぱなに、暗くなる話をしなくてもねぇ。
「おーい、裏見ぃ」
聞き慣れた声。ふりかえると、入り口に松平が立っていた。
「裏見、待ってたぞ」
「なにが?」
「これから、ゲーセンに行かないか?」
あのさぁ……私はあきれ返った。
「キャリアセンターの話、ちゃんと聞いてたの?」
「俺は学部が違うから、中には入ってないぞ」
どうやら、廊下でずっと待っていたらしい。
とりあえず、ゲーセンに何の用があるのか、と詰問する。
「部員の勧誘だよ」
「勧誘? ゲームセンターで?」
「ほら、スマホのアプリに、将棋バトルウォーズってあるだろ。実はあれ、ゲーセンに機械が入ってるらしいんだ。通ったことないから、俺は知らなかったけどな」
三宅先輩の入れ知恵だと、松平は白状した。将棋バトルウォーズで遊んでいる学生を見つけて、それを勧誘しようと言うのだ。段位も表示されるから、こっそり見て確認すればいいというのが、松平たちの意見だった。
「まるでストーカーね」
「なりふりかまっていられないだろ」
確かに――私たちの部員集めは、難航していた。
まず、勧誘の方法が難しい。ポスターを貼るというのが一般的だけど、そんなことをしたら全学年に周知されてしまう。3、4年生の入部を断るというのは、できない相談だった。一本釣りしかない。でも、どこに魚がいるのか、さっぱり。教室を見回してみても、将棋をやっている子なんて、全然いなかった。
「うーん……ちょっとだけ、いいアイデアに思えてきたわ」
「だろ? 指し方で性格も分かるし、悪くはないと思う」
「ゲームセンターなんて、どこにあるの?」
近所にドラムという大きなゲームセンターがあると、松平は答えた。
三宅先輩が、たまに遊びに行っているところらしい。
「分かったわ。このあと履修説明会だから、夕方に部室で合流しましょう」
「ああ、先に待ってる」
かくして、夕方の5時――私たちは、ゲームセンターへと潜入した。
入学早々、ゲーセン通いとは。トホホ。
お父さんたちに申し訳ない気がしてくる。
「ボードゲームコーナーは2階だ」
三宅先輩を先頭に、さわがしい店内を闊歩する。クレーンゲームに始まって、対戦型の格闘ゲームやクイズゲームが続く。太鼓を叩いてリズムを取る音楽ゲーも人気だった。みんなゲームに集中していて、あいだを縫うのもひと苦労。
階段で2階に上がると、【ボードゲーム】と書かれたコーナーが見えた。
将棋の他に、麻雀の機械も並んでいた。
麻雀コーナーには、大学生らしきひとが3人ほどいた。ひとりは女性。スポーティーな感じのピンク色のシャツを着た、小柄な女の子だった。頭頂部でまとめ髪に結んでいる。眉毛が細くて、勝ち気な笑みを浮かべていた。
一方、将棋コーナーには、誰もいなかった。
「良かった。まだ空いてたな」
三宅先輩はそう言って、4台あるうちのひとつに座った。
「意外と込むんですか?」
松平の質問。
「曜日による。指してるのは、だいたい常連だ」
その常連のなかに大学生はいないのか、と松平は尋ねた。
「みんな上級生だと思う。俺が初めて来たときには、もう何人かいた」
「そうですか……じゃあ、俺はとなりに……」
松平も座って、財布を取り出す。その途中で、顔をあげた。
「風切先輩は?」
「俺は反対側に回って、対局相手を見る。変なやつだと困るからな」
なるほど……って、私たちは?
「私と大谷さんは、どうすればいいんですか?」
「おまえたちは、適当に遊んでおいてくれ」
えぇ……来た意味なし。不満が顔に出てしまったのか、風切先輩は、
「声をかけるときは、全員の総意にしたい。裏見と大谷の意見も聞く」
と添えた。私と大谷さんは納得して、どこで遊ぶか相談する。
そのあいだ、男性陣は早速コインを投入して、自由対局を始めた。
「あそこでバトミントンをしましょう」
大谷さんが指差したのは、隅っこにあるスポーツコーナー。
ワンコインで、二人バトミントンを遊べるようになっていた。
「いいわね。やりましょう」
私はこう見えても、元陸上部。大谷さんは、現役ソフトボール部。
ちょっと私が不利かな、と思いつつ、係員に入場料を払って準備。
じゃんけんで、最初のサーブを決めた。私の先手。
「それじゃ、行くわよッ!」
30分後――
「ハァ……ハァ……大谷さん、やるわね……」
「裏見さんこそ、なかなかお上手なようで」
私は、休憩を提案した。疲れたのもあるけど、将棋のほうが気になる。
大谷さんも快諾して、係員のひとに、
「1時間500円とありますが、中断はできますか?」
と尋ねた。おじさんは「ええ」と答えてから、
「ただ、ほかのひとが入ったときは、待ってもらうことになります」
と告げた。私たちは、べつにそれで構わないと答えた。
タオルで汗を拭いて、コーナーを出る。
松平たちは、あいかわらず真剣に指していた。
「どう?」
松平は画面から目を離さず、
「ダメだ。社会人と、年上っぽい大学生しか来てない」
と返した。反対側を覗き込もうとしたけど、機械の影で見えなかった。
パシリパシリと、効果音のようなものだけが聞こえる。
「チェッ、詰みか」
無精髭のある青年が、向こう側で席を立った。明らかに上級生ね。
そのひとは頭を掻きながら、あきらめたように1階へと降りて行った。
松平の画面をみると、5連勝と出ていた。
「やるわね」
「ま、こんなもんだろ。みんな趣味でやってるわけだし」
「それにしても、4月からいきなりゲーセンに来る1年生なんて、いるの?」
「……分からん」
まったく。計画性がないじゃないですか。
そう思った瞬間、反対側で物音が聞こえた。
チャリンとお金を入れる音がする。
「へぇ、対面のひと、5連勝してるんだ」
ん……女?
私は気になって、遠回りに反対側へ出てみた。
どこかで見たことがある……あ、さっき麻雀コーナーにいた子だ。
女の子はポキポキと指を鳴らして、【対局】と表示されたアイコンを押した。
「よろしくお願いしまーすッ!」
女の子は、反対側の松平に聞こえるように、大きな声で挨拶した。
よろしく、と、松平も挨拶した。
少女は画面に触れて、7六歩。パシリと効果音が鳴った。
3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。
まさかの横歩。
「これは珍しいですね」
いつの間にか、大谷さんが横に立っていた。
「このゲーム、ほとんどやったことないけど、横歩は少ないの?」
「アマチュアでは、横歩自体が稀少です。それに、設定が10切れなので」
「10切れって? 10秒将棋?」
「10分切れ負けです」
切れ負けというのは、最初に一定の持ち時間が与えられて、これを使い切るとその瞬間負けになってしまうルールだ。高校の大会でよくあるのは、持ち時間がなくなったあと、一手60秒以内に指さないといけないルール。この場合は、うっかりしない限り、時間切れ負けになることはない。
「切れ負け将棋って、楽しいの?」
「楽しい云々のまえに、通信対戦は長引くとぐだぐだになります」
なるほど、エンターテイメント性を追求した結果なわけか。
そんな会話をしているあいだも、局面は進む。
2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛。
さすがに縦歩取りはなかったか。
3三角、3六飛、8四飛、2六飛、2二銀、8七歩、5二玉。
「5八玉ッ!」
少女は慣れた手つきで、中住まい模様を選択した。
2三銀、3八金、7二銀。
後手の5二玉〜7二銀は、ここ数年で定着した指し方らしい。
松平は、この局面を指し慣れているはず。
「お兄さん、なかなかやるね。3三角成」
同桂、7七桂。
私は横歩を指さないけど……この子、できる。手つきだけでも分かるレベル。
松平も気になったのか、こちらを覗き込もうとした。
こらこら、集中する。
1四歩、7五歩、1五歩。
「8六歩ッ!」
飛車ぶつけでも7六飛でもなかった。
松平は、すかさず5四飛と回る。放置でも8五歩だもんね。
少女は当然に4八銀と堅めた。その瞬間――
パシーン
画面の端で、華々しいエフェクトがはじけた。