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05 ひとつ、確かなもの







世継ぎの姫の婚約、そして婚姻へという慶事は王国内に明るい雰囲気をもたらした。歴代の王の手腕で侵略や貧困といったことからは無縁なリンドベルク王国なだけに、次代への期待は大きい。それゆえに、身を固めない世継ぎの姫は国民の関心ごとのひとつだったのだ。


「お姫様が婚約したんだってよぉ。だから俺らにもそのお裾分けで、酒とか食べ物が配られるらしいぜぇ!」


雑踏の中で聞こえてくるのはそんな声ばかりだ。


「あたしは王女さまを見たことあるんだよ!バルコニーから手を振っていらしてね…。そりゃぁ、お美しいのなんのって!」


カルディアは広く国民に受け入れられている。精力的に各地を視察し、何事も自分の目で見るようにしていることが功をそうしているのだろう。カルディアは王族のしての責務よりも、かなりその範囲を広げて活動しているのだから。


シリウスはそれらの声を聞きながら、スイスイと人混みのなかを抜けていく。ここは、シリウスたち“番犬”の大切な情報収集の場だ。特に力を入れるのが王都であり、その王都を任されることがローダントの後継に課せられた任務となる。数年間全うすることができたなら、その力を当主に認められることになっていた。


「よぉ、にいちゃん。また来たのか〜〜」


ガハハ、と豪快に笑ったのはこの界隈の裏をシメる壮年の男だ。シメる、と言ってもコソコソと裏に染まろうとする若者にガンを飛ばすぐらいしかしていない。根は真面目で優しい、愛嬌たっぷりの兄貴分だ。


「ああ。これを土産にな」


シリウスが袋を持ち上げて示したのは上物とされる酒だ。酒は贅沢品で、豊かな国の民であろうともそうそう手を伸ばさないシロモノである。


「うひょ〜〜!さすが、分かってるじゃねぇか!」


「まだ昼だが?」


「こいつぁ貴重品だ。大事にゆっくり飲むのが大人ってもんよ」


男はシリウスから受け取った酒を持って自宅の玄関を開けた。シリウスを招き入れると扉が閉まる。それを境にただの世間話をするのではない、ピリピリとした殺気のような雰囲気に変わった。


「…西区付近に怪しいヤツらはいねぇ。あるのは義賊気取りのバカどもの集団だ。ま、おたくの人で囲めばすぐだろうよ」


「他は?」


「特には、前回と変わんねぇぜ。…ただ、どうもお姫様の婚約者サマにあぶれた家がきな臭い」


「殿下のご婚約者に反対する貴族の一部か。…主犯格だとするとフルォールとゴルダート辺りだな」


「それはまだ確信がねぇんだ」


「…わかった。気にかけておこう」


シリウスはその情報を刻み込むようにして頭に入れた。

誰に何と言われようとも、カルディアの障害になるものは排除する。それが今のシリウスに許された唯一のことであり、カルディアへのせめてもの貢献だ。


時が経てば、カルディアに抱く想いも変化するだろう。

誰にも知られず、ひっそりと隠れるのはシリウスの血筋の十八番。確信に近い直感を感じながら「また来る」と告げて家を出る。


少し歩けばどこもかしこも明るい賑わいを見せる大通りは、やはりシリウスにとって眩しいものだった。






◆◇◆◇◆◇





「うわぁ…!とってもお綺麗よ、ティア姉さま!」


瞳をキラキラと輝かせる妹に見つめられるのは何だかこそばゆい。ありがとう、と妹の頬を撫でてカルディアは目を細める。


「リリーの方が、うんと可愛らしいわ」


小さな淑女(リトル・レディ)、というリリアーナの愛称は伊達ではない。白と水色で統一された王族の正装は、彼女の銀髪をさらに美しく魅せる。あどけない表情は年相応の少女のものだが、凛とした雰囲気は姉たちにそっくりだ。その差分がリリアーナのまだ蕾のような美しさを引き立てている。


「リリー!!あれだけ勝手に出て行っちゃダメって…!」


妙に既視感のある科白と共に現れたのは、こちらも正装に身を包むミルフィアだ。同じような意匠で統一された2人が並ぶと、まるで一対の絵のように見える。さらに2人の醸し出す雰囲気が異なるために、より一層美しい。しかし、綺麗に編み込まれていたのだろうミルフィアの金髪はリリアーナを追ってきたために少し乱れていた。カルディアは近くにいた侍女にミルフィアの髪を直すように伝え、2人の会話に耳を傾ける。


「むぅ…。だってもう準備は終わったって言ったの」


「待ってなさい、ってこと。みんなリリーが居なくなって青ざめていたのよ?」


きりりと眉を吊り上げたミルフィアは上から妹を睨んだ。その迫力にリリーはパッとカルディアのドレスの影に回り込む。そんな妹たちの様子をみたカルディアは2人を軽く小突いた。


「…喧嘩しないの。せっかく2人とも綺麗にしてもらったのに勿体無いわ。お母様のところへ伺うのだから、仲良くして?」


今日は、離宮で療養する母にカルディアの晴れ姿を見せに行く。どうせ行くなら姉妹揃って会いに来てくれないか、という母たっての希望に二つ返事で返したのだ。小さな諍いの種を抱えたまま会いたくないのは、同じなはず。


わかってます、とミルフィアは拗ねたように頰を膨らませる。リリアーナは困惑気味にカルディアの顔色を伺った。


「もう少しで準備できるから、車寄せ待っていて。きっとルーカスがいるはずよ。…あまり迷惑をかけちゃダメよ、リリー」


「やっぱり、ルーカス・リュストミアも一緒なのですね…」


とミルフィアは表情を曇らせた。


「一応、お母様への挨拶も兼ねているの。…嫌だった?」


いいえとミルフィアは首を横に振る。妹の言いたいことが分かったカルディアは困ったような笑みを浮かべた。


「ミルフィアが心配するようなことにはならないわ。だから、大丈夫よ」


ありがとう、と妹の手を握る。そして「フィアねえさまー、行くよー?」という明るいリリアーナの声に2人は顔を上げる。


「お姉様、大好きです」


リリアーナと手を繋ぎ、振り向きざまにそう言ったミルフィアの瞳は暖かい。カルディアは“花嫁”に相応しい、微笑みを浮かべた。






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