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03 心に空いた穴




「…リリアーナ様は隣国の王太子殿下、ミルフィア様は世界有数のシルフィード商会の跡取り息子。陛下もカルディア…様のためにと、思い切ったことをなさったようですね」


「このまま話が進むとカルディア様のお相手は、侯爵家以上の家格となるな」


王都の子爵邸でシリウスと向き合うのは、父であるローダント子爵カール。

しかし、この場合は当代「王家の番犬」の方が相応しい。


「ときに、シリウスよ」


「はい。まだ不備がありましたか?」


「いや、…カルディア様のことは、いいのか」


まさかそんな言葉がでてくるとは思わなかった。一瞬言葉を失った息子シリウスを見て、父は頭を掻く。


「お前がカルディア様に好意を抱いてることは知っている。だから、今回の話は─────」


「…俺はもう、あの方と何の繋がりもありません。ただ、“ローダント” として役目を果たします」


静かな息子の言葉に、父は目を見張る。その表情に溢れる愛おしさが込められているのを見取って “心” が壊れていないことに安心した。それでも、一抹の不安がもやもやと霧のようにかかってしまう。


「…何か?」


いいやなんでも、と誤魔化されたシリウスは手元の報告書に視線を落とす。そこには、「王家の番犬」たちによって詳細に調べ上げられた上位貴族の子息たちの情報がある。学歴や資産、人品はもちろんのこと、過去の女性遍歴に至るまで報告されているが、彼らよりも“ ローダント” の方が知っていることが多いのではないかと思う。


そして、この中から今日、次期女王カルディアの王配候補が選定される。既に王都には多くの貴族たちが集まっているため、水面下の駆け引きも活発になっている。


ふと、シリウスが見上げた空は雲ひとつない青空で、その眩しさに目を眇めた。









その頃。


王宮では主な大臣職を持つ貴族が集められ、ずらりと議会室に集合していた。彼らの目の前に並ぶ報告書はシリウスたちが目を通したものと同じだ。これを「王家の番犬」が作成したことは、ここにいる全員が了解している。


真正面の扉が開くと着席していた大臣たちは一斉に席を立つ。一礼をして、「よい」と王からの声がかかるとサッと座った。父王の一歩後ろを歩いてきたカルディアもまた然りだ。


「本日はカルディアの王配候補を選定する。みなの意見を参考に、カルディアの意思も尊重したい。よろしく頼む」


集められた大臣たちは全部で12人。それぞれに外政内政の違いはあれど得意分野があり、それぞれの派閥がある。王配候補を選定・・するといっても、この駆け引きはもうずっと前から始まっているのだ。


「まずは報告書を見てほしい。第一に、私が考えるのは侯爵家以上の家柄を持つもの。これには皆、異存はないな?」


大臣たちは一様に頷く。


「…では次。リュストミア公爵令息ルーカス、フルォール公爵令息ハルバート、ゴルダート侯爵令息キース。以上3名を最終候補と位置付け、議論をしてほしい」


侯爵家以上の家格を持ち、かつ、王配となるにも差し支えない血筋を持った者は一握りだ。さらに適齢期となれば、なおさらに。


「お待ちください。そのお三方は特に優秀だと聞き及んでおりますが、彼らだけに決めてしまわれるのはあまりにも早急かと思われます」


「我々もこの報告書を受け取ってから議論したではありませんか?」


「彼ら以上の方はいらっしゃらないでしょう」


口々に言い始めた大臣たちは火花を散らすように対峙する。その議論は平行線を辿った。


「…カルディア、そなたはどう考える?」


見かねた王がカルディアへと意見を求める。カルディアは殺伐とした雰囲気を醸し出す大臣たちにゆっくりと視線を向けた。


「私、ですか?」


青い瞳に何の感情も感じられない無機質な光を宿したカルディアに、王や大臣たちは目をみはる。彼らよりも、ひと回りもふた回りも年下の王女カルディアから発せられるものに圧倒されていたのだ。


「…皆さまが考えて下さるのは嬉しく思います。ですが客観的に考えなくては、皆さまの貴重な時間が無駄に失われるだけではありませんか?ひとつ望むのであれば、私と共に国を守ってくださる方がいいですわ」


カルディアは「無意味である」とこの議論を遠回しに批判した。誰もが派閥や利益を考える中で、その言葉は痛烈だった。


「例えば、ですけれど…。リュストミア公爵家のルーカスとは気心の知れた仲です。他の候補者とも何度もお話させていただく機会もありますから。私はどなたでも受け入れますわ」


と、カルディアは微笑みを浮かべながらその場の雰囲気を根本から変えた。大臣の誰もが視線を彷徨わせ様子を伺う姿はある意味奇妙だ。


「…よくぞ申した、カルディア。そなたのような娘を持ってよかった」


王は面白がるように大臣たちを見て、娘の姿に目を細める。なにやら機嫌の良さ気な王に、大臣たちが疑問を持つのは早かった。


「陛下、」


「そなたらの時間を食うてしまったことは詫びよう。だが、それこそ時間の無駄のようだからな。…あとは私で決定を下し、その後再び招集をかける。それで良いな?」


王は、カルディアの意見ことばを待っていた。国を継ぐ王女であり、大切な娘。その幸せを願わないほど王は非情ではない。本当は父親として意見し、限られた候補者の中から最善の者を選びたい。もちろん、誰にも邪魔されずに。


にやりと笑った王は、そのまま席を立った。そして王が去った後、大臣たちはカルディアに一礼して扉の向こうへ消えていく。




……誰でもいいわけがない。


カルディアは閉じた瞳の奥でただ一人の姿を思い浮かべ、心の声を封じ込める。誰もいなくなった静かな場所で、カルディアは少しの間動くことができなかった、








◆◇◆◇◆◇








王宮に火が焚かれ、橙色のあたたかな光が満ちたころ。

滅多に誰もこないカルディアの私室の扉がノックされる。控えていた女官が「まぁ…」と声を上げたところで、カルディアは手元の資料から目を離した。


「殿下は疲れていらっしゃいます。お引き取り願いたいのですが…」


どうやら、扉の前で少々言い合いになっているようだ。女官の丁寧な対応からすると、どうやらあまり強く出れない人物らしい。


「…どなた?」


「殿下。それが─────」


女官がカルディアの方を向いた一瞬、飛び込んでくる小さな影があった。あっ、と女官が驚いた頃にはもう遅く「ティア姉さまーっ!」とカルディアに飛びかかる。


カルディアが微かな悲鳴を上げて小さな影を受け止めたその時、「リリー!」と息急き切った声が聞こえてきた。


「もうちょっと待ったどうなの、って言ったのに…!ううぅ、ごめんなさいお姉さま。私ったらまた止められなかったみたい…」


カルディアの腕の中でニコニコと笑うのは末の妹、第3王女リリアーナ。肩のあたりで切りそろえた銀髪は所々が跳ねている。それを直してやりながら、カルディアは申し訳なさそうに部屋に入ってきたもう1人の人物に答えた。


「ありがとう、フィア。…今は大丈夫よ。私室ここには仕事を持ち込まないようにしてるから」


「ほら、フィア姉さま!リリーの言った通りでしょう?」


屈託なく笑ったリリアーナは怖い顔をしたもう1人の姉にも隣の席を示す。カルディアが腰掛けるソファは3姉妹が揃って座るには丁度いい。ちゃっかりカルディアの膝の上に座るリリアーナを見た第2王女ミルフィアはため息をついて、おとなしくカルディアの隣に収まった。同時にミルフィアの代名詞でもある光沢のある金髪がふわりと舞い上がる。


「珍しいわねぇ。2人揃って私のところに来るなんて」


何かあったの?と聞けば、ミルフィアが「お願いしたいことがあるんだけど…」と小さく言った。


「そっか…。私が叶えられることなら何でも言って?」


「…あのね、お姉さま。これから、リリーたちと一緒に寝て欲しいの」


カルディアは目を丸くする。


ミルフィアは15歳、さらにリリアーナは9歳とまだ幼い。2人は「年齢の割にはしっかりしている」とよく言われているが、姉のカルディアから言わせると「王女」としてしっかりしているだけだ。2人とも可愛くて幼い、カルディアが守るべき存在なのだ。


「いつもなら『お姉さまはお疲れだから』って言うとリリーは聞いてくれるんだけど…。やっぱり、不安みたいなの。…私たちの婚約ですぐに離ればなれになってしまうんじゃないか、って」


そんなミルフィアの言葉と共に瞳を潤ませたリリアーナは、ぎゅっとカルディアの胸へと顔を埋める。そんなにないんだけどね…となぜか悲しく思いながら、小さな妹の背中を撫でた。


リリアーナが産まれてから母は体調を崩しやすくなり、ひどい時は寝台から起き上がることができない。そんな母を幼いながらに慮ったリリアーナは姉たちよりも「母親」という存在が遠い。


…きっと、離れることが怖いのだ。

口にはしないけれど、ミルフィアも。


「…わかった。なるべく夜はみんなで寝るようにしようか。それと、お母様のお部屋にも行きましょう?きっと喜んでくださるわ」


ぱぁっと顔を輝かせたリリアーナがカルディアの寝室へ飛び込んでいく。「ひろーい!」と年相応にはしゃぎながら早く!とミルフィアの手を引いた。先に行ってて、とミルフィアが言うと無邪気な妹は寝台の上で遊んでいる。


そして、向かいあう形となったミルフィアがきゅっ、とカルディアの夜着の袖をつかんだ。


「…フィア?」


「お姉さまは、構わないの?」


「え?」


「“彼”のこと…」


ずきり、と胸が軋む。


『もういいのよ』


そう言おうとして、声が出なかった。代わりに溢れたのは一粒の涙。それを強引に拭ったカルディアは唇を噛んで、こぼれそうになる涙を何とか堪えた。


しかし、ミルフィアは姉のそんな表情をみて「やっぱり」と確信する。


「…お姉さまの心が泣いているわ」


妹の温かい手がカルディアの手を包み込む。


ミルフィアは姉の想い人が誰であるのか知っていた。決して、公に関わってはいけない人。それでも、姉が心から求め続けるただ1人の人。


ある日姉はこう言った。


『2人は、ちゃんと好きな人と結ばれないとだめよ』


あの頃、その真意は分からなかった。だが、今となってはその意味が痛いほどに分かる。…それが姉にとって、どれほど叶わない願いだったのかということも。


「フィアは優しいね…」


そのまま儚くなってしまいそうになりながら姉は微笑む。


「でもね、もう決めたから」


ミルフィアと同じ目をした姉が、泣き笑いのような顔をして目尻に浮かんだ涙を拭う。そして、ミルフィアの体を優しく引き寄せた。


「…ありがとう、フィア」


ミルフィアよりも少し身長の高い姉から抱き締められるとくすぐったい。うん、と頷きながらミルフィアは姉の背に手をまわす。


また少し、姉は痩せていた。そのことにミルフィアが表情を曇らせた瞬間、


「もおー、姉さまたち遅い!!」


と頬を膨らませたリリアーナが寝室から出てくる。そして抱きしめ合う姉たちを見て、みるみるうちに涙目になっていく。


2人は慌ててリリアーナの元へ駆け寄った。「泣かないで」と声をかける姉たちにリリアーナは「ちがうの」と首を横に振り、精一杯手を伸ばす。


「…リリーも、姉さまたちみたいにぎゅってしたいの…」


さみしいよ、姉さま。


小さな妹の言葉は沈黙をもたらした。

いつかは離ればなれになる。でも、こんなに早かったなんて。


「…今日はみんなで寝るんでしょう?リリーも、フィアも、私が抱きしめてあげるから」


そう言ってカルディアは2人を寝室へ促す。


ミルフィアは何か言いたげに口を開いたが、リリアーナの嬉しそうな笑い声を前にして何も言うことはできなかった。







ルーカスの名前がプロットのままになっておりましたので修正しました。(2016/08.13)

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