人形少女の話。
昔々、ある所に美しい女の子がいました。
きらきらとした金糸の髪、目は海のように深く澄んでいました。
日焼けを知らない白磁の肌は、まるで処女雪の様で人を魅了しました。
けれども、彼女は余り笑わない子供でした。
だから、お友達も中々出来ませんでした。
けれども、そんな女の子を両親は幼い頃は慈しみました。
しかし、それは父親が外に好きな人が出来て、家に帰ってこなくなると状況は変わりました。
母親は徐々に無表情な女の子に馬鹿にしているのかと、徐々に辛く当たるようになったのです。
使用人達は雇い主の家族関係がゆっくりと壊れていくのを黙って見ていました。
そうしてとうとう母親は彼女に手を挙げてしまいました。
それは父親の耳に入り、長い長い話し合いの後離縁することに決まりました。
しかし、それはもう手遅れだったのです。
彼女の心は既に凍てついてしまっていたのです。
女の子は何処か冷たい雰囲気になり、
容姿も相まってまるで本物の人形のようになりました。
両親はそんな彼女の取り扱いにすっかり困ってしまいました。
父親は再婚することになり、母親は彼女を引き取る事を拒みました。
こうして、女の子は結婚させられることに決まったのです。
ある日、彼女は育ちの良い若い男の人と引き合わせられました。
女の子は自分がこの男の人と結婚することになったのだと聞かされても無表情でした。
ところが、男の人は美しい彼女に一目見た時から夢中になってしまいました。
彼は恵まれた育ちをした人でした。
両親に愛され、何不自由なく育ちました。
それに加えて商才もありましたが、同時に人の心情に疎い所がありました。
彼等は突き抜けるような美しい空の色の下、結婚式挙げました。
男の人の友人たちは花嫁の美しさを誰もが称えました。
彼は自分の妻になる人だから当然だとして受け止めました。
男の人は女の子を着飾って楽しみました。
しかし、彼女が美しい服を纏っても喜ばないのに首を傾げました。
服では足りないのかと宝石を贈りましたが、
女の子は静かな声でお礼を言うだけで嬉しそうな素振りは見せませんでした。
過去、側にいた女性は高価な物を贈ると例外なく機嫌が良くなったものです。
男の人は初めて女性の取り扱いに困り、すっかり頭を抱えてしまいました。
そんなある日の事、女性達の間で占いが流行している事を知りました。
彼はそうして自分のお屋敷に占い師の事を招くことに決めました。
彼女の喜ぶ姿が見たかったからです。
初めて女の子と占い師が会ったのは短い時間でした。
男の人は今回も失敗だったかと思いました。
しかし、占い師は再度訪問したいと言いました。
一回だけではきちんと鑑定したことにならないと続けた言葉に彼は頷きました。
占いの値段はほんのささやかなものだったので好きにすればいいと思ったのです。
それから彼女と占い師は段々会う回数が増えて行きました。
それにつれて、会う時間も長くなっていく事に男の人は気が付きました。
何が彼女の気を惹きつけたのだろうと彼は考えるようになりました。
そうして、男の人はいつもより仕事を早く終えると彼等の話を立ち聞きしたのです。
そこには、占い師に対して夫婦関係について相談している彼女の姿がありました。
女の子はせっかく贈り物も上手に喜べないこと。
彼も親の意向で結婚したから親切にしてくれるのか悩んでいること。
男の人が自分の父親のように外に好きな人がいるのではないということ。
彼を喜ばすにはどうしたらいいか分からないこと等をいつもと同じ無表情で語っていました。
男の人は彼女を何処かで美しい人形のように思っていた自分を恥じました。
笑顔だけが喜んでいる証拠ではない事をやっと悟りました。
そうして彼は女の子に好きだと告げた事すらないことを気が付きました。
男の人は一晩考えると彼女に手紙を書くことに決めました。
それは彼が初めて書いた恋文でした。
初めに美しさに惹かれた事、
次に動物や植物を愛おしむ優しさに気が付いた事、
更に仕事の忙しい時や体調の悪い時は気遣ってくれ、ますます好意を持った事を綴りました。
女の子に直接言えなかったのは恥ずかしかったからです。
同時に自分の気持ちを伝えることは勇気がいるのだという事を彼は知りました。
彼女に読んで欲しいと言って男の人は出かけ際に手紙を渡しました。
女の子は静かに頷いて受け取ってくれました。
彼女は手紙を読むとすっかり困ってしまいました。
それから長い間、悩み続け答えが出る前に彼は帰って来てしまいました。
それでも女の子は話をしたいと男の人に言いました。
彼は頷くと、彼等は書斎に行き二人っきりになりました。
彼女は貴方の事は慕っているけど、愛せるかどうか分からないと告げました。
男の人は女の子の手を取ると、今はそれでもいいと答えました。
彼女が驚いて顔を上げると、
彼は占い師との会話を聞いてしまったことを謝罪し、
それから僕との関係に悩んでくれていると言うだけで嬉しかったんだよと言いました。
それから、いい事も悪い事も沢山起きました。
女の子が病気で倒れたり、男の人が事業を興したり等と様々なことがありました。
彼らが幸福だったのか、それとも不幸だったのか、
それは彼等にしか分かりません。
それでも、繋いだ手を離さなかったのは確かな様です。