嵐の前の…………。
課題を終わらせた私とお嬢様はあれから夕食と入浴を済ませて、寝室でゆっくりと本を読んでいました。
毎日入浴が終わってから眠りに付くまでのこの時間は、決まって本を読んでいる事が多いです。
今日もこうして今日あった一日の出来事を全て忘れて、とてもリラックスした状態で本を読んでいます。
私は一日の中でも、お嬢様と二人で本を読めるこの時間が一番好きです。
私は今、アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」を読んでいます。日本語訳版ですが、将来原作の英語版を読破しようと思っています。
一方お嬢様は新しく購入した現代文学の教科書を開いています。私も目次は見ましたが、確かにお嬢様が好きそうな文面が並んでいました。実際今でも少し呼吸を荒くしながら教科書を読んでいます。
本を読んでいる時のお嬢様は完全に本の世界に入り込んでしまって、一旦区切りが付くか全て読み切ってしまうまでこちらの世界に帰って来てくれません。
そして感情の変化も並々なる物ではありません。時には呼吸するのが困難になるほど泣いてしまったり、時には文机を卓袱台のようにひっくり返すほど激怒してしまったり…………。
お嬢様は骨の髄まで読書家なのです。
*
パタン…………。
「フゥ…………。」
「読み終わったのですか?」
「ええ…………。」
お嬢様の顔には、とても言葉に出来ないような……何といいましょうか…………とても複雑な空気が渦巻いていました。
「如何でした……?」
「色々と複雑だったわね…………。『こころ』といい、『舞姫』といい。」
「ああ…………、私も目次を見て思ったのですが、あの内容は高校生には少し早いと思いませんでしたか…………?」
「う~~ん、そうかしらね…………?登場人物の心境を如何にして読み解くか、これらの作品は文学の教材としては持ってこいだと思うけれど…………?」
………………。
「その通りですね、お嬢様。」
*
「お嬢様、それでは読書灯を消します。」
「うん…………。」
「お休みなさい、お嬢様。」
「お休みなさい、千弦…………。」
パチッ……
私の指の動きと共に、部屋は暗くなる。
枕元の読書灯を消して、私は眠りにつく…………。
* * *
* * *
「千弦、起きてる…………?」
「…………う、はい、起きてます。」
読書灯を消してしばらく経ってから、夢と現実の境にいたはずの私はお嬢様から現実の世界へと呼び戻された。
「どう……いたしましたか…………?」
「えっとね…………千弦、貴女に話しておきたい事があるの…………。」
急に改まってどうしたのだろうか。
「あ、ふぁい…………、なんでしょう………………!」
無意識にあくびをしてしまった私は、お嬢様の前であることを思い出し、慌てて口元を手で隠した、が、
「フフ…………、あくびする千弦、かわいい。」
やはりばれていた。
「申し訳ございません。」
「いえ、貴女を起こしてしまった私に非があるわ。貴女が謝る故は何処にも無いわよ。」
「いいえお嬢様、不意に起こされても正しくたち振る舞うのが良くできた使用人というものです。次からは常に気を付けます。すみません。」
「ふふ…………、立派ね千弦は。」
「それでお嬢様。お話というのは……?」
お嬢様は少し時間を開けて…………もう一度強く決心した様子で…………口を開きました。
「私って……ほら、数学が苦手でしょう?だから次の学年から、数学の家庭教師を呼ぶことにしたの!」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「あら?千弦どうしたの?」
「………………。」
「?、千弦?」
「………………。」
「どうしたの?千弦?」
その時の私は、さながらU・N・オーウェン氏の邸宅にて、あの悪魔の声を聞いた十人と同じように、ただただ呆然としているのでした…………。
早くなるとか言っておきながら、さほど以前とペースが変わらないような気がする作者です。
出来るだけ、出来るだけ頑張りますので!皆さん次の回でまたお会いましょう。