第97話
夜になり。わずかな月の光と、丘の上で焚かれているたき火やかがり火が頼りとなっている。その丘の下で静かに行動を始めた。丘の周りを取り囲み、一端だけ隙間を空ける。当然、わざとだ。かがり火は周りを明るく照らしてくれるが、それは遠くの様子を見えにくくするという効果もあった。それに乗じて、ルイスらはこそこそと動いた。
しばらくして、月がその光を失ったとき、唐突に鬨の声を上げる。ウォォという声は、周りにいる人の数を何十倍にも増幅させた。周りにある低木も、その姿を隠してくれるのにうってつけだった。どこから聞こえているか分からない声に、ルグセンラール王国軍は恐慌状態となる。何をすればいいのか分からない彼らに、ルイスが声をかける。
「丘を降りろっ、何千人もの大騎士団がこっちに向かってきているぞっ」
さらに、その声に続けるようにして、分遣副隊長が叫んだ。
「あっちだ、元来た道がまだ空いているぞっ。そっちに行くんだ」
誰の声か、ということは問題ではない。ここで問題となるのは、ただここから逃げるための道があるかどうかだ。それに縋って、彼らは罠へと自ら進んで入っていった。彼らが気づいた時には、すでに遅かった。
ルイスは、ほぼ無傷で王国軍の侵略軍の大半を捕虜とした。
「習わしでは、捕虜は殺すこととなっていたな」
ルイスは、すっかりと日が上がった中、改めて丘の上で武装解除した一団を取り調べている。その中で敵軍の隊長は、交えるよりも先に自刃しようとしたため、厳重に拘束されて、ルイスの前に引き出されていた。
「そうです」
分遣副隊長が答えた。さるぐつわをされている敵軍隊長は、それでいてまだ敵意を失っていない。その眼は、すぐにでもルイスへと飛びつき、その喉笛を噛み切らんばかりの意思が感じられる。それでも、ルイスはその拘束を解くように命じた。周りが驚くのは当然であるが、何より驚いているのは相手の隊長だった。
「ただ死ぬのでは、騎士としての誇りが損なわれるだろう。一度だけ聴きたいことがある」
「なんだ」
立ち上がる敵軍隊長へルイスは尋ねた。
「貴殿に決闘を申し込む。ここにいる全員の目の前で、僕と決闘をせよ」
さらに部下へ命じたのは、彼の剣を持ってくるようにということだった。それでその思いが事実であるということが分かったのだろう。敵軍隊長は恭しく、ただ表情は苦々しく、礼をしたうえで答える。
「貴殿の言い分よくわかった。その決闘承ろう。期日は翌日、正午。よろしいか」
「ああ、構わない。先ほども言った通り、立会人はここにいる全員だ。貴殿が勝てば、我々は引き下がる。だが、貴殿が負ければ、その命、頂く」
「分かった」
全て敵軍隊長は受け入れた。全てを整えるために、この期日は用意され、そのために必要なことは、この丘の中であれば行うことができるとされた。




