第94話
「……ということで、この武器についての調査を行うことになった」
提出された刀を、シュトールはエルラとクリスに見せていた。ルイスが本当ならいるはずの執務室は、今はシュトールの代執務室となっていた。そこで、刀の検分をしている。
「安い刀だな、人を切ることはできんだろ」
クリスが鞘にも入っていない刀の刃を触りつつ言った。よほどのなまくらのようで、指は皮一枚切れていない。
「鋳造がうまくできてないし、それに切れないっていうことだから、これはもしかすると研ぐ前の刀なのかもな」
「だったら、尋ねるべき人は決まったな」
シュトールがいう。その人は、町役場のほど近くに店を出している。刀だけではない、鉄器具全般を製造している鍛治職人だ。この街で店を構えているのは彼ただ一人で、弟子が数人いる中規模の鍛冶場になっている。そこへと訪れると、すぐに弟子の一人が出迎えてくれた。
「親方、シュトールさんらが来てくださいました」
鍛冶の最後を確かめている親方が、のっそり奥から歩いてくる。エプロンとして鹿革からできた前掛けを使っていて、さらに髪は短髪、そして白くなっていた。ちなみにひげはない。昔は生やしていたらしいのだが、鍛冶をしていると邪魔になるということで、この町にやってくるときにバッサリと切ってしまったそうだ。
「これはこれは。本日はどのようなものを御所望で」
手には先ほどまで使っていたらしい金づちを握っている。しかし、顔は柔和な笑顔に見えた。すぐにカットして怒りそうもない。
「実は、これが見つかってな。これの鑑定を願いたい」
「では、お預かりします」
手に取るなり、それを床にそっと置き、思いっきり金づちで殴りつけそうになった。それを慌ててそばにいた受付をしてくれた弟子が抑える。
「親方、止めてくださいっ」
「ならん、こんなものを作る鍛冶職人なぞ、認めんぞっ」
落ち着かせるのにまるまる30分はかかり、それまでの間、シュトールたちは暇になって鎧の製造過程を見学していた。
「誠申し訳ありません、どのように詫びれば……」
「いや、構わん。つまりはそれほどのものだということだろう」
「はい、これは手に取った瞬間に分かります。練習にしても幼稚過ぎる。これは、鍛冶の弟子の、そのまた弟子の子供が、お遊びで作ったような品物。到底役には立ちますまい」
奥まったところにある机の上に、問題の刀を置きつつ、シュトールらは親方から話を聞いた。
「では、この刀はなにがいけない。そもそも、なぜこれが出てきたと思う」
「重さは十分にあります。着ることはできなくとも、殴りつけ、それか投げつけることはできるでしょう。剣の形を取っている以上は、何かしらの者に入れてごまかすということもできると考えます。騎士階級以上の者を気取るには、十分でしょう。少なくとも、刀そのものはあるのですから、空鞘であるよりかはまし、といったところかと」
「つまり、身分の僭称に使うと」
「私はそう考えますが、実際に作った者を見つけないことには、断言することはできません」
刀の背を指でなぞりつつ、親方はいう。それがどうやら親方が出した結論のようだ。
「とりあえずは分かった。詳しくこの刀について知りたいから、しばらく預けてもいいか。多少傷をつける程度なら許容しよう」
「分かりました。それでは1週間後にお越しください。必ずや、製造方法は突き止めて見せましょう」
それだけはどうやらすぐに約束できるようだ。親方に別れを告げて、シュトールらが鍛冶屋から出ていく。その帰り道。
「身分僭称か、重罪だな」
「そうだ。まず死刑は免れまい」
騎士身分ではない者が、あるいは貴族ではない者が、その身分を名乗ることは、社会秩序の面から見て極めて有害である。そのため、この国においては、身分僭称をした者はまず死刑となり、その協力をした者も、少なくとも国外追放となるか、終身刑となるか、さらには死刑となることもある。それほどの罪となっていたとしても、したい人はしたいようだ。
「しかし、そうなると、この町のどこかに身分僭称をすることを考えている者がいる、ということになってしまう」
シュトールは歩きながら話す。そういうことだから、隠し部屋にこの刀を隠していたのだろう。罪であることを分かっていながら、それをすることは、どのような言い逃れもできない。
「捕まえる?」
「いや」
エルラが聞くが、シュトールは首を振った。
「しばらく泳がせよう。ことが起きてからでもまだ間に合うと思う。それにルイスがいなければ逮捕するべき案件じゃないだろう」
今いる3人はあくまでもルイスの代理人だ。そのことが、シュトールたちの枷となっていた。これでいいのかどうか、シュトールは歩きながらも結論を出すことはできなかった。