第89話
ルイスは半月の間、副隊長としての作法を勉強し、さらに就任から半年の間は騎士の練兵として、訓練をし続けていた。
「ルイス、来てくれないか」
「はい公爵閣下」
この日も、ルイスは訓練をしていた。木でできた人形に、ひたすら木刀をぶつけていた。斬るというよりも、むしろ殴りつけるという感覚に近い。それが、一番効果的な攻撃と考えられているからだ。練習用の鎧や木刀の類を脱ぎ、整えてから公爵の執務室へと向かった。
公爵の執務室は、中庭がよく見えるような位置にあった。騎士見習いや、騎士本人がいろんな訓練をしているのが窓越しにわかる。窓といっても、ガラスははめ込めれていない。だから、高い階層にある執務室には年中風が通り抜けていた。執務室へと入ると、そこには公爵と騎士団長の他に何人かいた。
「みなさん、ルイス・プロープグナートルは知っておりますね。先の戦争において武功を立て、勇士団員となり、さらには先代の国王を狙ったテロで重要な役回りをした」
服装から見て、すぐにルイスは爵位貴族であることを見抜いていた。公爵はマウンダイスのみであるが、伯爵、子爵、男爵とそろっている。何人かは騎士団勲章としてサシュオリ勲章を佩用していた。サシュオリ勲章は騎士団勲章の中で一等勲爵士団へと入る際に国王から授与される勲章だ。ちなみに地位としては伯爵と子爵の間ぐらいだ。
公爵の紹介もあって、ルイスはすぐに輪に入ることができた。準爵という爵位の中でも最下級であるのは、この中ではルイスだけだ。それもあって、一番壁際の席となった。当然、執務室の中で最も中央に位置しているのは公爵だ。そこから爵位の上下に沿って席次が決まっていた。
「君らを今日呼んだのは、ほかでもない、ダッケンバル王へといよいよ進軍することと決めたからだ」
おお、と声を挙げたのは先頭にいる伯爵だ。長老格で、執務室の中で一番年上だろう。70近くはあるのは間違いない。
「ダッケンバル王国ができてから早幾星霜。しかし崩壊は進んでいる。イザアワ王国という外患に限らず、周囲から圧迫を受け続けている。これまで持っていたのが奇跡ともいえるかもしれん。しかし、それもこれで終わりだ。戦乱の世の中となり、国内は大きく変わりつつある。我々も変わらなければならない。戦闘がたびたびあるだろう。昨日の敵は今日の友というのもあるだろう、しかしその逆も覚悟しなければならない。戦闘単位は軍、連隊、隊、班と定める。伯爵、子爵は連隊を指揮せよ。騎士団は我が率いる。連隊相当だ。また男爵である者は隊あるいは班を指揮せよ。ルイスは我とともに本営に詰めよ。班の編制については、歩兵を中心とし、本営は我の軍が直接指揮する。質問は」
数秒、公爵は待った。しかし、誰も声を上げようとしない。
「よろしい。ならば準備に取り掛かれ。必要な人員を召集してから、マナーハウスそばへ集合せよ。では、よろしく頼む」
公爵が言うと、すぐに一礼しながらぞろぞろと部屋を出ていった。
「ああ、ルイスはそこにいてくれないか。本営について話を詰めたい」
「了解です」
そういうことで、ルイスは離れていく人から離れ、騎士団長と公爵ともども、部屋の中に残った。