第63話
執務室は、ルイスが出るときと変わらない。ただ、書類が山になっており、決裁を待っている。その山を見つめ、ふぅとルイスはため息をついた。どうにか気持ちを入れて、執務机に座ると、その山の一番上を手に取る。そして、誰かが入ってくるまで、止まることなく手を動かし続けた。それは、ランゲルスからの報告を受け続け、彼女が報告を終えて部屋を出た後も変わらなかった。
コンコンコンんとノックの音が執務室に響く。それを聞いて、半分ほどになった山を前にしたルイスは、ようやく手を止めた。2時間ほど、ずっと続けて決裁のためのサインをしていたため、それに気づいた瞬間に筋肉痛にも似た痛みが右手を襲う。
「どうぞ」
ルイスが声をかけてそのノックした人物を部屋へと入れる。シュトールだ。
「相談したいことがあるんだが」
「ああ、入りな」
ペンをインク壺へと投げ入れ、チャポンと音が鳴って入った。決裁済みの書類の山は、執務机の右手にどんどんと高くなりつつあったが、その造成作業は一時中断だ。ルイスはそう決めてシュトールを見る。緊急の要件ではなさそうではあるが、それでも優先度が高い問題のようだ。
「どうした」
「実はな、温泉街の裏手で売春宿があるんだ。そこの査察を行ったとき、物置からこんなものが見つかってな」
シュトールが机の上に置いたのは、木でできた剣だ。木剣と呼ばれるものであり、今は初心者の練習用だったり、硬い木を使って、金属剣が手に入らない人らが、その代わりとして使うことがあるものだ。
「木剣か」
見た瞬間に、ルイスは察する。これは非常に硬い木で作られ、殺傷能力は十分にある。切るというよりも殴りつけることによる能力は、十分に人間を殺すことはある。一時はそれによって使用が禁止されたことがあるほどだ。
「禁止ではないが、危険だからという理由で、所持に制限がかかっていたはずだな」
「その通りだ。といっても、陛下が定めた勅令や法律といったものは、俺はからきし知らん。だからクリスに話を聞いたわけだ」
「そうか、わかった。ありがとう」
「ああ、それじゃあ、俺は続きの査察をしに行くことにするよ」
お疲れ様、とルイスがその背中に声をかける。木剣はそのまま机の上に置かれたままになっていたから、ルイスはそれを壁際までわざわざ置きに行く必要があった。